Chapter 6
私が高校1年15歳、真咲が中学3年14歳だった年の12月23日に、私の念願だった夜のグランプラスのイルミネーションを真咲と一緒に見に行けることになった。前の年までは、私の母親に反対され行くことができなかったのだが、その年は成績を武器に何か月もかけ交渉した結果、夜9時までには帰宅する条件で許しをもらえた。片道30分の往復時間を考慮すると、そんなに長い時間ではなかったが、それでも何週間も前から心待ちにしていた。
グランプラス(フランス語名La Grand Place、オランダ語名De Grote Markt)は、ベルギーの首都ブリュッセルの街の中心にある大広場だ。かつて、ブリュッセルに滞在したヴィクトール・ユーゴは、このグランプラスをヨーロッパでもっとも崇美な広場のひとつだと讃えたと言われている。15世紀に建築された市庁舎と、19世紀に現在の形のネオゴティック様式に再建された王の家を中心に、広場の四方向をギルドの家々が囲んでいる。現在は世界遺産に登録され、一年中世界各国から観光客が訪れる場所だ。近年クリスマスには、このグランプラスでクリスマスツリーとLEDライトによるイルミネーションが建物に飾られ、寒い冬を賑わせるイベントの1つとなっている。
12月23日は学校が冬休みに入る前の最終登校日だった。私と真咲は一度それぞれの家に戻って早い夕食を済ませてから、真咲が夕方6時に私の家に迎えに来た。真咲も私同様に厚いコートを着込み、ニット帽、マフラー、手袋で寒さに備えていた。私たちはさっそくグランプラスに向かい、途中トラムからメトロに乗り換え中央駅で降りた。気温は氷点下まで下がっていたが、真咲と手をつないでライトアップされたロマンティックな夜の街を歩いていると、寒さは全く気にならなかった。
人通りが少ない石畳の小道をくだっていくと、少しずつ道を行き交う人の数が増えていき、最後の角を曲がると30メートルほど前方にグランプラスの一角が見えた。
「見て、真咲!すごいきれい」と私は真咲の手を引っ張り足を早めた。
小道を抜け広場に入った途端、息をのんだ。目の前に広がる広場を囲む全ての建物が白くライトアップされて、昼間とは違う幻想的な美しさを醸し出していた。
「すごい……」と私は呟き、「きれいだな」と真咲が同意した。
私たちは目前に広がる美しい光景に心を奪われ、上を向いたまま360度見渡した。高くそびえたつ洗練された現代建築物が決して敵うことのない優美さを、広場のどの建物も顕示していた。
私たちは市庁舎の塔を距離を置いて全体を見るために、広場を横切り王の家の前まで移動した。言葉を失ったままどちらからともなく抱き合い、600年近くもこの場所を見守る壮麗な建造物を見上げた。
しばらくして、目が合うと私たちは唇を重ねた。この幻想的な光景の中で舌を絡めていると、現実感が失われ、寒さからも時間からも逃れられるような気になった。
唇が離れると「愛してる」と考える間もなく、私の口からこぼれていた。
真咲は私を寒さから守るようにしっかりと抱きしめて言った。
「ねぇ、俺が可奈の誕生日に言った言葉、覚えてる?もしも俺たちが、この先、離れ離れになったら……ってやつ」
「うん、覚えてるよ。真咲がかっこいい大人になって、私を迎えに来てくれるんだよね?」と私はにっこりと笑顔を見せた。
「かっこいい……かどうかはわかんないけど」と真咲は苦笑した。「迎えに来る、絶対に。俺には可奈しかいない。可奈しかいらない」
「私も、真咲しかいらない」
私はしがみつくように真咲を抱く腕に力を入れた。彼は私に答えるように、私の身体を包む腕に力を込めて言った。
「可奈、ここにしようか?待ち合わせ場所。12月23日の夜7時に、ここグランプラス。もし俺たちがなんかの理由で離れ離れになったら、見つけに来る場所。17世紀からあるんだからさ、今さらなくならないだろうし」
「うん、わかった。12月23日、夜7時にグランプラス、ね」と私は真咲の目を見て繰り返した。
その時の私にとっては、それじゃ来週ここでね、と同じようなニュアンスに過ぎなかった。
そして、「また来年も一緒に来ようね」と私は屈託のない笑顔を浮かべた。
愛し合っていれば、どんなに時間がたっても、困難も障害もなく私たちはいつでも一緒に幸せでいられると信じていた。
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