Chapter 5

 その日は2月14日で私の15歳になる誕生日だった。私の誕生日を真咲の家で一緒に祝うのだと、何週間も前から彼は楽しみにしているようだった。1ヶ月前の自分の誕生日の時よりもはしゃいでいる真咲はとても愛らしく、私も自分の誕生日を心待ちにしていた。

 その日最後の授業が終わり、友だちにおざなりな挨拶をすませて急ぎ足で正面玄関へ行くと、真咲はいつものように壁に寄りかかり私を待っていた。

「お待たせ。私も急いで教室を出てきたんだけど、真咲の方が早かったね」

 私が微笑むと、彼があまり外では見せることのない、純粋で無防備な笑顔を浮かべた。

「俺、すごい急いで来たから。早く行こう!」

 真咲は私の右手を取り、彼の左手の指を私の指に絡ませ歩き出した。

 彼の家に向かう途中、彼は始終微笑んでいたがいつもより口数が少なかった。トラムを降りアパートに向かって歩きながら、「今、お母さん、日本に帰ってるんだ」と彼がひとり言のように呟いた。私の右手を握る彼の手の力が少し強くなった。

 真咲の母親は、世界規模のNPOの活動に奉仕していて、年中忙しくしている人だった。父親は、業界で世界のトップを走り続ける日本屈指の企業で、ヨーロッパの総責任者を務めていた。業界を問わず、ベルギーで彼の名前を知らない日本企業に勤める日本人駐在員はいなかっただろう。

 真咲は広々としたペントハウスに住んでいた。彼と両親がベルギーに越してきた時に、新築の状態で入居した真っ白な建物だった。アパート内も白が基調とされていた。最上階の5階でエレベーターを降り真咲が玄関のドアを開け、私が先に中に入ると全身が心地よい暖かさに包まれた。

 私は誰とはなしに「お邪魔します」と口にし、玄関の前に敷いてあるマットの上で靴を脱いで、シュークローゼットの中に自分の靴をしまった。以前は客用に用意された日本でよく使われるスリッパを借りていたが、毎回どこかに置き去りにして帰る前にスリッパを探す羽目に陥ったため、最近はもう使わなくなった。コートを廊下の隅のコートラックにかけ、真咲も靴下のまま、玄関からまっすぐに伸びた廊下をリビングルームへと進んだ。キッチンとバスルームの床はタイルだったが、それ以外は全て清潔感のある明るい色調のフローリングになっていた。

「お腹空いた?なんか食べる?」

 真咲がリビングに向かう途中で私に尋ねた。

「ううん、今は大丈夫。でも紅茶が飲みたいな。私も手伝うよ」と真咲に続きキッチンへ向かおうとした。

 すると彼は私の方へ向き直り、私の両肩に手をのせてにこっといたずらっぽく微笑んだ。

「今日は全部俺がするから先に部屋に行ってて、Birthday girl」

 私は嬉しくなり、背伸びをして彼の唇に軽くキスをした。161センチの私よりも、真咲は15センチ近く背が高くなっていた。

「うん、わかった。上で待ってるね。バッグは持ってってあげるよ」と彼の重いグレーのバックパックを両手で抱えた。

 私はリビングルームへ入りすぐ左手にある階段を上り、真咲の部屋へと向かった。

 真咲の部屋はいつものように掃除がされ、全てが整然としていた。私の部屋の2倍以上の大きさがあった。部屋の家具は、チーク色の木目がデザインのようにはっきりと浮き上がった、シンプルでコンテンポラリーなもので統一されていた。入り口の左手には大きなテレビボードが置いてあった。飾り棚には、真咲のコレクションである高そうなポルシェ、メルセデス、BMW、マセラティ、NSX、GT-Rなどのモデルカーが大切そうに飾られていた。テレビの前には、小さい正方形のコーヒーテーブルが2卓くっつけて並べられていた。モカブラウンの革が貼られた、座り心地のよい背の低いイスが、テレビ正面に2脚とテーブルの両サイドに1脚ずつ置かれていた。下には毛足の長いオフホワイトのラグ。部屋の真ん中はクイーンサイズのベッドが占領していた。掛布団カバーの色はベイビーブルーだった。ベッドの奥、入り口と反対側の壁には両開きの窓があり、窓の前に机があった。その上には白いラップトップ、青インクの日本製のボールペン、薄い黄色の大きめのポストイット、3冊の教科書が無造作に置いてあった。机の左側にチェストが1つ。その上にも彼の車のコレクションのフェラーリ、ランボルギーニ、アストンマーティン、マクラーレンが1台ずつ、同じ角度に揃えて並べられていた。入り口から見て右側の壁全体には、天井から床までの高さの白いドアのクローゼットが備え付けてあった。

 私は、教科書とノートが詰められた重いバックパックを2つ部屋の隅に置いた。自分のバッグからブラシを取り出し、真咲の部屋の正面にあるバスルームへ行き、石けんで手を洗った。鏡で自分の顔を点検し、髪にブラシを通した。部屋に戻りテレビ正面のイスに腰を掛け、携帯を見ると午後4時だった。母親にメールをしておくことにした。

 <予定通り、真咲が誕生日会をしてくれるので、帰りは少し遅くなります。8時までには帰るつもり>

 前もって母には伝えておいたので、短いメールで済ませた。以前とは違い、最近は母が真咲と私のことを快く思っていないことを知っていたので、できるだけこまめに連絡を入れるようにしていた。母も、私が真咲に助けられ今の学校生活があることを理解していたので、よほどの問題を起こさない限り、何かを圧しつけてくることはなさそうだった。

 真咲は白いトレーに、私たちがいつも使っている紅茶の入ったマグカップを2つと、2枚ずつ袋に分けられたスペキュロスを載せて、部屋に入ってきた。

 彼は「お待たせ」とトレーをコーヒーテーブルに置きながら言った。

「ありがとう。じゃ、いただきます」

 私はさっそくカップに手を伸ばした。私の好み通り、たっぷりのミルクとスプーンに軽く1杯の砂糖が入れられていた。

 スペキュロスの袋を開け、空気のように軽いサクサクとした食感を楽しみながら頬張り、紅茶を飲んだ。スペキュロスのシナモンの香りが口の中で広がった。真咲も私の右隣に腰を掛け、小気味よい音を立てながらスペキュロスを食べ紅茶を飲んでいた。

「おいしかったぁ。体が温まったよ」と真咲に笑顔を向け、からかう口調で続けた。「さて、私はいつ、真咲のハッピーバースデーソングが聞けるのかなぁ?」

 真咲はカップに残っていた紅茶を飲み干してから「はいはい、ちょっと待って」と面倒くさそうにため息を吐いて立ち上がった。

 彼は机の横の壁に立てかけてあったアコースティックギターを手に取り、ベッドに腰掛けた。私も真咲の隣に腰を下ろした。

 真咲はギターを構えフランス語で「では、俺のお姫様に」と言って、ギターをぎこちなく弾きながら、ハッピーバースデーの歌をフランス語で歌った。

 歌が終わり私が抱きつこうとすると、真咲は日本語に戻って「まだだよ」と言い、制服のブレザーのポケットから光沢のあるインディゴの高そうな箱を取り出した。

「これ、プレゼント」と言いながら、真咲はその箱を私に差し出した。

「ありがとう!真咲、大好き!」と嬉しさを隠せず、すぐに箱を受け取りふたを開けた。

 そして中を見た途端に、あ然として言葉を失った。

 箱の中には、白いシルクでできたクッションの上に、大切そうにペンダントが寝かされていた。ネックレスはホワイトゴールドとプラチナの合金で、真ん中にはハートの形に刻まれたダイヤモンドのペンダントトップが輝いていた。輝きを放つ石は4、5ミリくらいあるように見えた。

「真咲、気持ちはすっごく嬉しいけど……感激してるけど……でも、こんな高そうなもの、もらえないよ!こんなの……14歳の男の子がカノジョにあげるものじゃないよ!」

 嬉しさなど吹き飛び、なぜこんな無茶なことをしたのかと私はひどくろうばいした。

 私はこわごわともう一度、手の中で光る石に目を向けた。本物のダイヤモンドの輝きは、私が持っているガラスのアクセサリーとはまるで違った。

 こんな高そうなプレゼント、受け取れないよ……

 私は箱を両手のひらに載せ、真咲の前に差し出した。

 プレゼントを返されたにもかかわらず、真咲は私の反応を予想していたかのように落ち着きを払っていた。彼は受け取らない意思を示すかのように、身体の後ろに両手をついた。

「それは俺の可奈への気持ちの象徴なんだ。それじゃなきゃダメだったんだ。今回だけだからさ。これからは自分で稼げるようになるまで、 もうこんな高いプレゼントはないから」

 それでも私がためらっていると、私の手を彼の両手で包み真咲は説得を続けた。

「プレゼントで迷ってる時、これが目に飛び込んできたんだ。見た瞬間に、これしかないって思った。透明で、光を反射して、誰も壊せない心が、俺の可奈への想いと同じだって……だから可奈のためじゃなくて、俺のために受け取ってよ」

 私はその真咲の言葉を聞いて呆れ果てた。

「やめてよ、真咲!なんかそれって、40歳とか50歳のおじさんが、すっごい年下の女の子を口説く時に言いそうなセリフだよ。真咲って……最低な大人になりそうな気がしてきた……」

 私は今回の彼のプレゼントの選択を本気で非難していたし、そんな彼の行動が私に不安を抱かせていた。

 ところがそんな私の思いとは裏腹に、彼は突然大きな声を上げて笑い始めた。私は、ベッドに顔を埋めて笑い続ける彼の背中を、わけがわからずにしばらく見入っていた。

「ねぇ、真咲、何がそんなにおかしいの?」

 私がそう尋ねても、真咲は何も答えずに大声で笑い続けている。

 初めは訝しげに見つめていた私も、笑い続ける彼につられてとうとう一緒になって笑いだしてしまった。そのうちにふたりで笑っていること自体がおかしく思え、お互いの笑う姿を見てはまた笑い転げた。

 そのままどのくらいたったのか、もうこれ以上笑えないほど疲れ果てたところで、ふたりとも、はぁー、と大きく息を吐きだし気持ちを落ち着かせた。涙を拭って見つめ合った頃には、不思議と私の心が軽くなっていた。

 真咲が優しく私の髪に触れて言った。

「可奈が簡単には受け取ってくれないだろうなっていう覚悟はしてたけどさ。でも、14歳の少年に向かって、50歳のオヤジみたいって……いくらなんでもひど過ぎだろ。しかも、それが好きな子にプレゼントを渡したお返しの言葉なんてさ。なんか、トラウマになるな」

 私は「だって……」と口を尖らせた。

 彼は無邪気な笑顔を浮かべ、ベッドの真ん中に置き去りにされていたインディゴの箱に手を伸ばした。

「ね、可奈。これ着けてみて」と真咲はペンダントを箱から取り出し、私の後ろに座り直した。

 私は何も言わずに、こくりとうなずき、おとなしく真咲に委ねることにした。

 ハートの形のダイヤモンドは、周囲の光をあらゆる方角にキラキラと反射させながら、私の頭上からゆっくりと胸の上に降りてきた。頭の後で音もなくネックレスがはめられた。真咲の細く長い指が、私の胸まである黒いストレートの髪を後ろで束ね、ネックレスを髪の下にくぐらせた。真咲が髪を束ねていた手を放すと、下を向いて胸元のダイヤを見つめていた私の顔を一瞬にして髪が覆った。私は輝く石を指でそっと撫でた。真咲が想いを込めて私のために選んでくれたプレゼントを身に着けるのは、束縛されたような、支配されたような悦楽を私に運んできた。

 私は、彼の顔がよく見えるように少し横に移動し座り直した。

「ありがとう、真咲。一生……死ぬまで大切にするから」

 真咲は私の肩を抱いて長いキスをした。彼の愛情がこもっていた。彼が私に体重をかけ、私の身体はベッドに横たえられた。

「可奈、大好きだよ。ずっとずっと好きだった。俺の気持ちを全部見せたい……」真咲が私の耳元で囁くと、彼の熱い吐息が私の耳に触れた。

「受け止めてくれる?」そう言って、彼は私の上に覆いかぶさったまま、私を強く抱きしめながら私の首に彼の顔を埋めた。

 私は真咲と出会ってすぐに恋に落ち、それからずっと彼のことが好きだった。そんな彼がこんなにも強く私を想ってくれて、女として私をほっしてくれていることを幸せに感じた。私も真咲を幸せにしてあげたいと思った。

「うん……」とだけ短く返事をすると、彼の口が再び私の口をふさいだ。

 スカートから出されたブラウスの裾を持ち上げブラジャーのホックを外し、彼の右手が私の胸を撫でた。私も彼のシャツをパンツから引き出しシャツの中に手を入れ、彼の背中の素肌を両手で優しく撫でた。彼の体温が私の手と心を熱くした。

 真咲が私から体を離しシャツのボタンを外すのを見て、私も自分のブラウスのボタンを上から外していった。ボタンを外し終えるとまたキスを始めた。ふたりともまだシャツを脱いでいない。

 ここまでは、この1年間に私たちが何度も繰り返してきた行為だった。でも今日は違う。私は可能な限り彼に近づきたいと、胸が苦しくなるほど切望していた。

 私は彼の胸をそっと押して体を離し、ベッドの横に立った。まずはブラウスとブラジャーを、次に靴下、そしてスカートを順に脱いで下着だけの姿になった。真咲も下着になってベッドに座り私を見つめた。

 私は真咲の脚の間に入り、立ったままベッドに腰掛けている彼を抱きしめてキスをした。

「いいよ、真咲の好きにして。何してもいいよ。全部したいことして。真咲の心が見たい」と私の気持ちを素直に伝えた。




 真咲は私の中で射精してから数分間、私の首に頭を埋めたまま身動きせずにいた。私は彼の全てを愛おしく感じ、彼の髪を優しくなで続けていた。

 しばらくして、彼は息を吹き返したように上半身を起こし、コンドームが取れないように抑えながら私の中からそっと出ようとしたが動きを止め、私に「大丈夫?痛い?」と尋ねた。

「全然痛くないよ……痛くなかったよ。なんかこう……最初は不思議な感じがしたけど。痛みは感じなかったの」

 周囲からのさまざまな情報のせいで初回の痛みの覚悟をしていたが、予想に反して全く痛みを感じなかったし出血もなかった。

「よかった」と真咲は小声で言い、安心したように私から離れた。

 部屋の隅のゴミ箱に行きベッドに戻ってくると、私の右側に横になって布団をかけた。布団の中で手をつなぎ、ふたりとも無言で天井を見つめたまま、しばらくそれぞれが物思いにふけっていた。私たちはとても心地よい静寂に埋もれていた。

 最初にその静寂を破ったのは真咲だった。

「頭がおかしくなりそうなくらい、気持ちよかった……ずっと可奈のことが好きだったから、だいぶ前からこうしたいって思ってたんだ。だから、なんか今は現実感が薄いっていうか……夢見てるみたいだ」

「私ね、中1の時、自転車と衝突して真咲が助けてくれた日に、真咲のことが好きなんだって、わかったの。でもね、真咲が私を助けてくれたから好きになったんじゃないの。あの事故の後で、公園のベンチで話してた時に好きなんだって感じたの。なんていうか、行動がきっかけだったんじゃなくて、私と話をしていた真咲っていう人物を好きになったの。それから毎日少しずつ、“好き”が大きくなっていったんだ。最初にキスした日、真咲も私のことを好きなんだってわかって、ほんとに嬉しかった。あの日からずっと、もっと真咲の近くに行きたいって思ってた。だから今、すっごい幸せなの」

 真咲はつないでいた手を放し、左腕を私の首の下に入れ腕枕をした。

「俺は……俺は、日本人学校を探してた時最初に可奈に会った日から、なんとなく特別に思ってた。まぁ、なんていうかインパクトがある出会いだったし。初対面で目が怖いって言われたの初めてだったし。すごく印象に残ってた。それから学校で可奈を見かけると、なんか……可奈がフレームで囲まれてるっていうか……周りの人とは違って見えた。インターナショナルスクールが始まって可奈を見かけた時、嬉しかったんだ。でも話しかける勇気がなくて……あの事故の後、もっと話してたいって思った。だから外国語の練習相手になればって考えたんだ。それから仲良くなったことが嬉しかったけど、クラスも学年も違くて、そのせいでよくわからない不安な気持ちになることがあって……その時に俺は可奈のことが好きなのかなって。女の子を本気で好きになるってこういうことなのかなって。そう思ったら、手をつなぎたくなったし、キスしたくなった。キスしたらその先もって。俺が可奈のこと好きだって気持ちばっか、どんどん先走っちゃうみたいで、可奈がどう思うか不安だった。俺のことイヤになるんじゃないかって……だから、可奈も俺と同じ気持ちになるまで待とうって決めたんだ。可奈を大切にしたいってマジメに思ってた。で、今日もし可奈が受け入れてくれるなら、どうしても俺の気持ちを伝えたかったんだ。さっき可奈が幸せって言ってたけど、俺の幸せが可奈を幸せにできるなんてなんだか……不思議で、気持ちがいい」

 そう言って無邪気な笑顔を浮かべる真咲を見ると、私の心臓は締めつられ脳がしびれた。彼の首に腕を回し、私の感情が伝わるように真咲の薄い唇に私のを重ね、舌で真咲の舌を探った。真咲も私の意図を解し寛容に私を受け入れ、そして私の中に彼の気持ちを流し込んできた。それは下心もなく、何も要求しない、とても純粋なキスだった。

 しばらくキスを続けてゆっくりと名残り惜しそうに唇を離し、お互いの目の中をのぞき合うと、真咲の顔に一瞬悲しみが浮かんだように見えた。

 彼は左腕を私の首の下に残し、仰向けになって右腕を額に当てて目を閉じた。

「なんか今日、重大なことがわかった気がする。俺が生まれた経緯は、今の俺と可奈とは全く違う情況で、たった一度だけ同じ行為をした結果なんだって。それがたまたま違う国の人間で、たまたま日本で起きて……俺とは全く関係ないところで起きた産みの親のそんな行為が、生まれる前から、俺の人生を色んな方向に決めつけたんだってわかった」

 真咲は姿勢を変えずに目を閉じたまま話した。

「俺のこの外見のせいでみんな、一目見ただけで俺と両親が本物じゃないって同情するし、俺が日本語しか話せないと不自然で、外国語ができて当然なんだって思い込む。日本で生まれ育ったのに、俺は自分の国で異物扱いされる。それで、みんながわかってるはずの何か大切なことを、俺には理解できないんじゃないかって疑われる」

 彼は目を開き、白い天井を見つめながら続けた。

「俺は証明したいってずっと思い続けてきたんだ。勉強をがんばってるのも、外国語を必死になって覚えたのも、証明するためだったんだ。俺は自分の足で歩いて、自分の手で選びたいから。俺を産んだ人間のたった一度の行為の結果でなんて、俺の人生を決められたくない。ほかのみんなと同じで、俺は俺だから」

 彼の言いたいことは感情的に痛いほど共感できた。今度は私が話す番だ。

「私はね、ベルギーに来ることが決まってから初めて、お母さんの両親が昔は韓国籍だったって知ったの。こっちに来るのに滞在許可証とか色々な書類手続きがあるでしょ?それでわかったの。でもその祖父母も日本生まれで韓国には行ったこともないし、言葉も話せないんだって聞いた。もともと叔母以外のお母さん側の親戚とは疎遠で、ほとんど会ったことがないから、自分の“血統”の話なんて知りようがなかったんだよね。だって真咲とは違って、私は外見からじゃ判別されないし、何も言わなければ日本で私はほかの人たちと同類の扱いをされるから。」

 私は数秒の間の後に続けた。

「最初から間違った入れ物に入ってるって指摘されてるのが真咲だとしたら、実は偽物の器に入れられてたって後から暴露されたのが私、って感じかな。もしかしたら祖父母が外国籍だったことを、お父さんの親族があまりよく思ってなくて、それで隠してるような状況だったのかも。誰も何も話してくれないから私の勝手な憶測なんだけどね。でも一度疑い始めると、時どき見かけた親戚の不可解な行動が、辻褄が合うように見えるから不思議なんだよね。事実を知って以来、お母さんと私と弟は不完全なものだって扱われてる気がしてくるんだよね。思い込みって怖いね。事実を完全に曲げたり、消したりしちゃうんだよね」

 真咲は無言で私の話を聞いていた。私はさらに続けた。

「でも、そもそもなんでそんなに“同じ”じゃなきゃいけないんだろうね?どうして、入れ物とか紙の上の表記で、私たちの全てを判断されちゃうんだろうね?なんかそれって、ものすごく大切なものを見逃してるような気がするんだけど」

 真咲は少し考えてから、言葉を探るように話した。

「失敗したくないから、なのかな。変わりたくないっていうのもあるのかな。ほら、例えば、新しいものを見ると勝手に脳が“既存情報”と照合して理解しようとするじゃん?“あれみたいだな”とか“あの人に似てるよな”とかさ。そんなことしないで、ちゃんと目の前の新しいものを見て理解したり、感動した方がいいはずなのにさ。だって、“知ってるものだけ”の中で生きていくなんて世界が狭すぎるよ。そんなんじゃ、肝心なことが見えないままになるよな……しかもそれに気づかないし。うわ、なんかそう考えると絶望的だ……」

「私にとっては、私と一緒に過ごした時間にいる真咲だけが、本物の真咲だよ。外からのインプットはないの。私の中の真咲は、私が収集したローデータだけで解析されてます」と私は得意げに言った。

「可奈にとって、本物の俺ってどんなヤツなの?」

 真咲も私も白い天井を見つめながら話していた。

 私は少し目を細め「キレイな顔をしてて、鋭くて怖い目を持ってるの。こう、見つめると」と真咲に顔を近づけて、彼の目をのぞき込みながら「相手の思考を読めちゃうっていう」と言って、ふたりで笑った。

「それでね、すごく強がりで、負けず嫌いで。とっても努力家で、いつも何かと闘ってる。けどほんとは、優しくて、寂しがり屋で傷つきやすいの。でもね、もしも真咲が今とは違う入れ物に入ってたとしても、私は真咲を好きになったよ。真咲は私が決して愛さずにはいられない人なんだ。私の全てを捧げたいかわいい男の子なの」

「かわいい男の子か……そこだけはあんまり嬉しくない気がするけど」と彼は優しい表情で苦笑した。

 それから真咲は口元にかすかな微笑みを残し、しばらく目を閉じていた。何かを考え込んでいるようにも見えたし、闘っているようにも見えた。急に私だけがひとりで取り残された気がして、彼の心臓に右耳を当てながら彼の細い体を抱きしめると、彼は話し始めた。

「この前さ、リビングのテーブルに2、3冊雑誌が置きっぱなしになってたんだ」

 真咲の声は、彼の胸から直接私の右耳に入ってきているようだった。私は黙って彼の声に耳を傾けていた。

「専門誌っていうやつ?英語で書かれてて、大学が研究の発表を載せるような難しそうな感じの。テーブルの上に何日間かそのままになってたから、暇な時になんとなく手に取ったらさ……」

 真咲は大きくため息を吐いた。

「アメリカでの学歴とか収入とかの統計データだったんだ。どれも似たような内容の議論なんだけど、それぞれの雑誌の中に角が折られてるページがあったから、何気なく折られてるページに目を通したんだ。そしたら、初めて恋人ができた年齢とか、セックスをした年齢とかの統計と、学歴と収入との関係の統計とかだった。簡単にまとめると、若いうちに恋人がいてセックスしてるヤツらは大人になって低学歴・低収入が多くて、逆に高学歴・高収入の人間は、恋人ができるのもセックスするのも遅いっていう話。あ、あと若い親の子どもは早いうちにセックスし始めて、若いうちに子どもを作ったりするとかね。で、当然その人たちも低学歴・低収入に分類されてるんだけどさ」

 私の肩を抱いていた彼の左腕に力が入るのを感じた。

「最初は、なんでこんな内容の専門誌をリビングに置いておくんだろうって疑問に思ったんだけど、すぐに、俺に見せたかったからだってわかった。俺の親は、そうやって俺にメッセージを伝えようとしたんだ。きっと可奈とのことを考えているんだろうな。警告のつもりだったのかもしれない。だから心に誓ったんだ。俺が今までずっとそうしてきたように、これからも流れに逆らってもがいていこうって。俺はこれからも今まで以上に勉強するし、学校も行けるところまで登りつめてやる。それから、金持ちになれるかはわからないけど、世間で言う高収入に分類されてる職に就く。で、これが一番重要なんだけど、その上で可奈のことを諦めない。可奈は俺の恋人だし、俺は14になりたてでセックスして、可奈と一緒にいる限りこれからもずっとし続けるけど、でも俺は多数に分類されないように生きていく。絶対にだ」

 ハハッと乾いた笑い声を上げてから「ま、単に俺が今までしてきたことを、これからも続けるってことなんだけどさ。俺は日本人の顔じゃないのに、母国語は日本語しかなくて。外人顔なのに、バカみたいに努力しないと外国語をしゃべれなくて。“本物”の親じゃないのに、幸せな家庭で育ってて。だからこれからも、徹底的に多数派とかステレオタイプに刃向かってやる」

 真咲はそう言い放ち、上半身を起こした。私も身体を起こして座り、布団を胸まで引き上げた。

「それって、私もがんばらなきゃいけないって話だよね。だって、こんなに早くに心から愛する人を見つけられたことが、私の人生の失敗の理由にされるのは絶対にイヤ。真咲は私の人生で“一番いいこと”なんだから」と断言して真咲の方に向き直った。

 裸の真咲があまりに魅惑的に見えるのと同時に、さっきまで“男”として私を抱いていた真咲の残像が脳裏をよぎり、突然恥かしさでいたたまれなくなった。

 彼はそんな私の気持ちを察してか、私の正面に座り両肩に暖かい手を置いて、私の顔をのぞき込むように目を見つめてきた。真咲の大きな手に包まれると、私の裸の肩はとても小さく頼りないものに見えた。

 彼は真剣な面持ちで幼い子を諭すように言った。

「可奈、愛してる。俺は自分が、こんなに誰かを大切だと思えるんだ、って初めて知った。でも、これから先何年経っても、ほかの誰かが可奈のような存在になることはありえないって思う。けど、俺はまだ14のガキで、ひとりじゃ何もできないし、生きてもいけない。だから、俺たちは親の都合で、いつどこに移っていくかわからない。でも……」

 真咲は私を力いっぱい抱きしめた。

 親の転勤でここにいる私たちは、そう遠くはないいつか、ここを離れてしまうことは常に予想していた。いつもどこかでその日を恐れていた。

「それでも待ってて。もしこの先、離れ離れになっちゃうことになっても、俺は大人になって可奈を迎えに行くから。だから俺を信じて待ってて」

 嬉しいのか悲しいのか、よくわからない感情が混ざり合って私の心をひどく揺さぶった。私の目から熱い涙がこぼれ落ちた。真咲を力一杯抱きしめて「うん……」と短い音を発するのが精一杯だった。

 それから、少し前の1度目とは違う、苦しいほど熱い感情をぶつけ合うセックスをした。それは、私がそれまで存在することさえ知らなかった快感を運んできた。




 2度目のセックスの後、ベッドに横たわったまましばらく無言で抱き合っていた。真咲の匂いが私の全身を覆っていた。このまま彼の中に溶け込んで同化してしまいたいと思った。

 真咲は「あ、そうだ!」と急に声をあげた。

「どうしたの?」と私は驚いて聞いた。

「ケーキを買っておいたんだ。忘れるところだった」

「ひどい。今日は私の誕生日なのに……」と私はわざとむくれて見せた。

「ごめん、ごめん。今取ってくるよ。あ、下で食べたい?」

「ううん、この部屋で食べたいな」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

 真咲は私から離れると、床に脱ぎ捨てられていた下着を拾って履き、クローゼットから黒いTシャツを出して着た。

「はい、これ」と白いTシャツを1枚私に手渡し、先ほど運んできたカップが載ったトレーを手にして部屋から出ていった。

 私は下着を履き真咲のTシャツを着て、床に散乱している制服を拾った。私の制服とブラジャーと靴下を机のイスの上に置いた。真咲のブレザーとパンツはクローゼットの中の所定の場所にしまった。ネクタイとセーターは畳んで机の上に載せた。彼の靴下とシャツをコーヒーテーブルの革のイスに置いておいた。それから、部屋を出て正面のバスルームに行き手を洗い、一瞬迷ったが顔も洗って、置いてあったニベアクリームをつけてから髪をとかした。自分の全身から真咲の匂いがして、彼の所有物になった気持ちがした。思わず顔がほころんだ。

 部屋に戻る前に階段の上から「手伝おうか?」と真咲に声をかけると「いや、いい。すぐ行くから待ってて」と返事が返ってきた。

 私が真咲の部屋に戻って間もなくすると、真咲は先ほどと同じ白いトレーに、緑茶が入ったマグカップを載せて運んできた。トレーにはLoveと金色で書かれた赤い箱も載っていた。彼はトレーをコーヒーテーブルに置き、赤い箱を丁寧に開けた。

 真咲は「Bon anniversaire, ma chérie (マ シェリ、誕生日おめでとう)」と言った。

 箱には私の大好きな木イチゴとチョコレートムースのケーキがふた切れ入っていた。

 私は「Je te remercie, mon chéri (モン シェリ、どうもありがとう)」と心を込めて答えた。

 テレビ正面のイスに並んで座り、私たちはお茶を飲みながらケーキを食べた。

 ケーキを半分食べたところで隣をうかがうと、真咲はすでにケーキを食べ終えてお茶を飲みながら私を眺めていた。

「相変わらず、真咲は食べるのが早いなぁ」と私は呆れたように彼を見ると、彼の視線とぶつかった。

 彼の何気ない仕草がとても魅惑的に見えて、私の身体の奥にある何かをくすぐった。キスをしようと彼に顔を近づけると、彼の下着が膨らんでいるのが目に入った。見慣れないものに私の好奇心がそそられた。

「ねぇ、いつもそうなってるの?」と悪気なく率直に尋ねると、彼は慌てたように答えた。

「違うよ!」隠そうと身をよじるようにして「いつもこうじゃないよ。今日はなんていうか……可奈を見てると、反応しちゃうっていうか……あ、でも、可奈といる時は今日に限ってとは限らないんだけど……」と恥ずかしそうに答えた。

 私はそんな真咲をとても愛おしく感じ、唇を重ねて舌を絡ませた。チョコレートの味がふたりの口の中で混ざり合った。

 私は身体を離して立ち上がり、真咲の両手を引いてベッドに誘った。彼は大人しくベッドに横たわると、私は再びキスをしてから彼の耳元で小さな声で尋ねた。

「触ってもいい?」

 彼は、うん、とうなずき裸になりもう一度ベッドに横になった。

 私もTシャツを脱いで下着だけになった。彼の唇にキスをしながら彼のペニスに右手でそっと触れると、彼の身体がビクッと動いた。私は、彼にもっと快楽をあげたい強い衝動に駆られた。

「あのね、よくわからないから……どうすればいいのか教えてね」と囁いて、私は身体を彼の両脚の間に移動し彼のペニスの先端にそっとキスをした。

 私が触れるごとに彼の身体が反応しているのが感じとれた。触れば触るほど愛おしくなり、舌を動かして上から下まで口づけたり舐めたりした。しばらく続けた後に、意を決して口の中に入れてみた。

 真咲が「うっ」と短く呻くのが聞こえたので、慌てて口から出すと彼は「歯があたるとちょっと痛い」と言った。

 今度はできるだけ大きく口を開けて、歯が彼に触れないように気をつけながら口の中に含んだ。

 真咲は私の頭を両手で優しく包み込んで、顔にかからないよう私の髪を抑えながら、じっと無表情に私の行為を見つめていた。

 彼のペニスははち切れそうなほど固くなり、怒っているかのように血管が浮いていた。個別に意思を持った生き物みたいだな、と思った。それはとても私になついているようだった。口の奥まで入れると彼の息づかいが変わったのを聞き、ゆっくりとできる限り喉の奥まで入れてみた。

 私の頭を包む彼の指に少し力が入り「可奈、もういいよ。もうやめて」と言った。

 だが彼のその言葉は、私の衝動をより駆り立てるだけだった。

 私はいったんペニスを口から出して「いいよ」とやさしく言った。

 舌で先端の形を確かめるようになぞってから、私の意図が伝わったかどうか確かめるために、口に含んだまま上目遣いに彼の目を見つめた。真咲は私の髪を抑えたまま、じっと表情もなく私を見つめ返した。

 私は目を閉じて右手でペニスの付け根を持ちそっと上下に動かして、歯が触れないように気をつけながら喉の奥まで入れては出しと、頭をゆっくと上下させながら繰り返した。4度目に喉の奥に到達した時、「可奈……」と真咲の絞り出すような声が聞こえて、ペニスが一瞬膨らんだかと思うと喉の奥に温かいドロッとした液体を感じた。

 出尽くすまで喉の奥に入れたまま待ち、終わったところで液体がこぼれないようにそっとペニスを口から出した。ゴクッと飲み込んだ液体は、苦いような、しょっぱいような、それでいてほのかな甘みがあるような、奇妙な味がした。

 真咲は私を抱き寄せた。彼は腕に力を入れて私を抱きしめ、目を閉じたまま吐き出すように言った。

「Ik hou van jou. Ik ben van jou.」

 意味のなさない音の羅列だけが耳に入り、一瞬何を言ってるのか理解できなかったが、すぐにオランダ語だと気がついた。頭の中で彼の発した音を文字に置き換え、”愛してる。俺はキミのもだよ”という意味を理解してから、慌ててたどたどしく答えた。

「Ik ook van jou en ik ben van jou. (私も愛してる、そして、私はキミのもの)」

 真咲が私にオランダ語で話したのは、この一度きりだった。どうしてあの時彼はオランダ語で言ったのかはわからないが、この時の真咲の言葉はなぜか私の耳の奥に刻まれていて、今でも鮮明に彼の声が頭の中に蘇ってくる。

 真咲はずいぶんと長く私を抱きしめたまま動かずにいた。眠りたいのかもしれないと思い、彼の左胸に頭をのせたまま、私も動かずに彼に抱きついていた。

 私が目を閉じてうとうととし始めると、真咲は突然起き上がりテーブルの上に残されていた、私の食べかけのケーキを一気に口の中に詰め込んだ。そのまま振り返ると、息をするのも苦しいほど荒々しくキスを始めた。私の口の中にも木イチゴとチョコレートムースが広がり、音を立てて飲み込んだ。

「今度は可奈の番だから」

 真咲はそう言って私をうつ伏せにすると、私の脚を開いて中に入ってきた。急に荒々しく扱われ私は状況がよく呑み込めないまま、2度目のセックスよりも、もっと強くなった快感に恍惚となった。私の全身が神経を研ぎ澄まして、快楽をむさぼり続けているようだった。

 数十分間いくつか異なった体勢で私に快感を与え続けると、真咲の呼吸は荒くなり、シャワーを浴びたかのように全身汗まみれになっていた。彼はいったん私と離れてからコンドームを着けてベッドに仰向けに寝そべった。余韻の中で呆然とベッドに座り込んでいた私に「おいで」と腕を伸ばし、私を彼の上にまたがらせてから挿入した。私の身体の一番奥でつながった真咲の身体は、それだけで私に今までにない刺激を与え、大きな吐息に似た声が口から漏れた。

 真咲は私の腰をしっかりと両手で押さえて、私の下で私を突き上げるように何度も何度も動いた。腰の奥の方で今までに感じたことのない疼きを感じ始めると、彼の動きに合わせて私の身体も無意識に動いていた。そのうちに完全に身体の制御を失い、自分の身体が自分のものでなくなったようだった。

 真咲が「可奈」と私の名前を呼ぶと同時に、髪の先から足の爪の先まで電流が流れたような強い刺激が走り、下腹部と脚の付け根の間に痙攣に似た、しびれるような耐えがたいほどの快感に襲われた。全身に鳥肌がたち髪が逆立っているみたいだった。

 私の口から声が出ていたようだが、世界が遠のいてどんな音なのかよくわからなかった。

 真咲は動きを止めて目を閉じた。

 私の脳は機能することを放棄し、私は真咲の上に座って上を向いたままの姿勢で静止していた。指一本動かすこともできないでいた。

 大きく呼吸をする私の裸の胸元で、ハートの形をしたダイヤモンドが輝いていた。

 少しして「可奈、大丈夫?」と真咲が私の左手を取り優しく声をかけた。彼の声で現実に少しずつ引き戻されると、知らないうちに涙が頬を伝っていた。

「どうした?」と真咲が心配そうに私を見つめていた。

 私は真咲の上に倒れこんだ。

「私、今……」初めてのオーガズムを体験し頭が真っ白になっていた。

「うん、知ってる」と真咲は私を抱き寄せて優しく頭を撫でた。

「すごい、気持ちよかったの。真咲と心だけじゃなくて、体もこんな風につながって……感動してる。すごい驚いてて、でも嬉しくて……幸せで。人生で最良の日だよ。ありがとう」

 彼は私の頭を撫で続けていた。

「愛してるよ、可奈」と私の額にキスをした。

「愛してる、真咲。私の心も体も……全身全霊をかけて愛してる」

「 You have no idea how much I love you, Kana. (可奈には想像できないほどすごく愛してるよ)」

 こんなにも愛し合っている私と真咲は、お互いの無二の存在で、人生を共に生きていくことは自然で当然のことだと信じていた。この頃の私はいつも、一点の曇りもない幸せを感じていた。

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