短編:A・シンプルワークス

 現代における警察に相当する組織、治安連合。

 その中でも実働制圧を行うSWAT的な部署である機動二課のオフィス。

 いつの時代、どの場所とも似た様に記録資料や私物が乗ったデスクのある、その場所。

 正午付近の現在、数人の隊員が書類仕事をしていた。

 その中にホロウィンドウを浮かべ、作業する小柄なショートカットの少女――ユーナの姿も在った。

「ふう……」

 視線を上げるユーナ。

 すると丁度入室してくる大柄な黒人男性――アイガイオンの姿を見つけた。

 ほぼ同時に気づいたらしく、他の隊員が彼に声を掛ける。

「エーゲ、メンテ帰りかい? 調子はどうよ」

「ああ、問題無く終わったよ」

「そりゃ何よりだ。」

 軽いやり取りを交わしたアイガイオンはユーナの元へ移動し、声を掛けてくる。

「進み具合はどうだ?」

「大体終わったわ。後はチェックだけ――よし完了」

 そう答えたユーナは送信完了の確認後、ホロウィンドウを消した。

「そろそろ昼だが、何食う?」

「外行くなら奢ってよ」

「俺と同じなら別に少なくないだろ」

 彼女の言葉にアイガイオンが眉をひそめて尋ねてくる。

「機体に四割ちょい持ってかれてんの」

「おいおい、アレって自腹だったのか?」

「補助は出てるけどね。流石に全額負担は蹴られちゃった」

「上持ちと思って無茶な内容にしてたか?」

「冗談、スポンサーの負担にならない様に最低限にしてたわよ」

 意地の悪い表情を向けてくるアイガイオンに、ユーナぱたぱたと手を振りながら返す。

 事実、運用に必要な交換部品や弾薬等々のみ。それも適切な量であった。

 それでも課が運用している装備のそれを超えていた。

 サイズなどを考えれば安く済まないのは、仕方が無い話ではある。

「なるほど。そういう事か」

「前に比べたら懐と相談しながら戦闘する必要が減った分マシだけどね」

 と言ってユーナは肩を竦める。

「そんなにシビアなのか、フリーって」

「額が大きくても報酬が経費込みだと、少しでも減らさない様な動きになっちゃうから」

「自由の代償って奴だな」

「実際はそういう所に所属出来ないからってオチだけどねー」

 シニカルに笑い、ユーナは両手を上げる。

 そんな彼女にアイガイオンは利点について問いかける。

「なら、死ねと言われても拒否出来るとかはどうなんだ?」

「そんなのどうにでもなるわよ。それより安定が重要なの、素晴らしきは正規雇用ってね」

「全ては企業のためなディストピアじゃなければそんなもんか」

 夢も希望も無い答えに、アイガイオンが嘆息をついた。

「ま、世の中はともかく、支出の厳しさはどうにかなって欲しいわ」

「なら少しぐらい俺が持ってやろうか?」

「嬉しいけど、良いの?」

「使い道が薄くて溜まるばかりでな。その分は身体で返すなりしてくれ」

「へー、アンタロリコンだったの」

 身体って所だけに反応して茶化して見せる。

 無論、アイガイオンは働きでという意味は判った上での発言だ。

 しかし同じ様に会話を聞いていた隊員達が反応した。

「マジか。浮いた話が無かったアイガイオンの真相発覚だな」

「実は年下趣味、しかも体格等々が幼め――業界用語でロリコンという奴だな」

「コンビ結成もその辺りが原因だったか。盲点だったな」

「これは回状を回さないといけないぞ。早速作成にかからんと!」

 隊員達は口々に勝手に言って行動まで始める。

「んなワケ無いだろ。止めんか暇人ども」

「その程度で止まると思ったか! 半月ぐらいは話のネタにしてやるわ!」

 隊員は制止を聞かずにはしゃぎ続ける。

 そんな彼にアイガイオンはため息を一つ挟んでから、ぽつりと零す。

「……訓練中の事故で大怪我って流れは、よくある話だよな」

「やるならアタシの分も残しといてよ。生きの良い動標的が欲しかったし」

「落ち着けご両人、特にユーナさん。それフレームでやる気ですかい?」

 隊員が声色から察して腰の引けた態度で尋ねる。

「15ミリを人に向けるのって中々やれる事じゃないわよねー」

 ユーナは作り笑顔で明後日の方に向かって発言する。

「ギャー! ミンチ反対!」

「話を戻すが、それでもプロテクタを使わないのは、やっぱり趣味か?」

 騒ぐ阿呆を放置して、アイガイオンは流れを話題に復帰させる。

「どっちかっていうと技能の問題。身体使うのは得意じゃないもの」

「ああ、身体能力は基より格闘の成績もお世辞レベルだったな」

「そーこーは、判ってても言わないのが紳士じゃないの?」

 ユーナはそう言いつつ半眼で睨む。

 少女としては威圧目的なのだろうが、その仕草は迫力より愛嬌が勝っていた。

「命が関わる事に遠慮が入り込む隙間は無いってな。詫び代わりに奢るから機嫌直せよ」

 ひらひらと手を振り、アイガイオンは詫びを含めた言葉を掛けてくる。

「デザートもつけてよね」

「判ったよ。その代わり手加減はしてくれ」

「よしっ、それじゃさっさと行きましょ」

 目的を達成し、上機嫌なユーナは両手を上に持ち上げて背筋を伸ばす。

『――緊急出動、ベース・エリア54で事件発生。装備A2。繰り返す……』

 そこへ隊員を対象とした通信が脳端末に届いた。

 同僚達は訓練された兵士らしく、即座に動き出す。

 一方のユーナは微妙な表情をアイガイオンへと送っていた。

「……昼食はお預けだな。ま、約束は守るから」

「はいはい。一応聞いとくけど、出れるの?」

 ユーナは頭を撫でられながら問いかける。

「大丈夫だ、背中は任せろ。それにしてもA2、対物クラス想定か……」

「そんなに気にする事?」

「構える相手の事は気にする所だろ」

「倒す相手に思考を割くなんて無駄は要らないでしょ」

 大雑把とも取れる発言をしながら、不敵な笑みを浮かべたユーナは走り出した。



@@@



 高層ビルが林立する市街地を隊員達を乗せたトランスポーターが移動する。

 後方には明るい灰色で直線主体だが、外連味のある人型機体。

 ユーナの乗るフレームが足裏のローラーを使い中腰で走行している

 全高4メートル強、これは主流なサイズより一回り小さく、小型に分類される。

 ただ性能も相応、という事は無い。

 胴体前後にメイン各二基、腰部左右に大型スラスターを搭載。

 そのサイズも機体に対してやや大型で、運動性の高さを伺わせた。

 そんな状況の彼等は現在、脳端末を介したブリーフィングを行っていた。

『機体の照合、完了しました』

 バックアップ要員からの報告が入り、同時にデータが送られてくる。

 映し出されるのは全高10メートル前後、黄色をメインとした角ばった巨体。

 重量作業などを行うに相応しい姿で、正に大型のワークスフレームというべき存在だ。

 腕部に装着された大口径マシンキャノン。動員の掛かった原因として十分な武装である。

 他の特徴としては首から上が無い事だろうか。

 この機種独特な訳ではなく、ワークスフレームの設計思想によるものである。

 人間とは違い、頭部を存在させる必要性が無いためだ。

『胴、脚部はマーボウのMW601ですが各部が換装、正確には修理と武装されています』

『土木建築用大型機に加えて兵器……だがソフトキルは無理と』

『はい、機体はスタンドアローンで電子制圧は困難。及び遠隔の可能性は低いです』

 進行役の隊長の質問に対し、バックアップ要員が答える。

『機体は捜査課の人間が調査に行った所に応じて出てきたそうだ』

『抵抗の武器にしちゃ大袈裟ですね。そっちの救助も仕事ですか?』

 隊員の一人が感想と質問を口にする。

『必要無い。上手く逃げ切れたそうだ』

『それは良かった。その他邪魔になる要素はあります?』

『一般人の退避は完了扱い、警備会社は相手が相手だけに静観中だ』

 隊長の回答と共に幾つかの企業名が表示される。

 ひとまず静観中、或いは治安連合に出動要請をかけてきた所だろう。

 そして、別の隊員が重要な案件に触れる。

『ところで、腕の20ミリは本物ですかね? ハリボテだと嬉しいんですが』

『発砲、着弾が確認されている。威力まできっちり本物だぞ』

『こりゃ装甲はアテにならないな。怖い怖い』

 更に別の隊員がおどけて見せる。

 気を紛らわせるための軽口だが、評価は正しい。

 かの武装は彼らの使うプロテクタを容易く破壊し得る威力を有していた。

 ユーナの操る機体でも当たり所が『良くないと』重大な被害が出るレベルである。

 悪かった場合、勿論即死だ。

「隊長、付近の機械から拾った目標のワードの出力反応が妙です」

 一段落ついた所でユーナはデータを流し見ながら報告を行う。

『お前そんな事も出来たのか』

「出来るんです。IGもカタログと比べて大きい感じ。多分何か隠してる」

『中に武装を仕込むぐらいはしているだろうな。総員に通達、投降勧告を省略する』

 ユーナの情報を受け、隊長がそう宣言した。

 元からその積もりであり、態々発言記録に残したのは対外的、書類上のためだろう。

『情報は以上だ。では行動を送る。通常通り四つに分けて仕掛けるぞ』

 会議が次の段階に進み、目標周囲の地形データも送られてくる。

 地図中央の赤い光点――目標を隊員を示す青いマーカーが三方で囲み、攻撃。

 残りの一つはやや離れた位置で待機、後詰と周囲観測。

 そうして大まかな動きが提示された。

『周囲に注意すべき建物は無い。何か意見はあるか?』

「隊長、良いですか?」

 自分の配置を認識してユーナは再び意見を口にする。

『尾崎か。まだあるのか』

「それとは別です。アタシにファーストアタックをやらせてください」

『ほう、新入りが言うじゃないか。アピールでもしたいか』

「そうじゃなくて、新入りで動き知らないから。フレームだからスーツより少し硬いんで」

 隊長の皮肉に、ユーナは事実に基づいた正論で応じていく。

 そうした意図が無いではない。

 配属から日が浅く、細かな連携が取れない事を理由に後方に回されるのを嫌ったためだ。

 それでも自分達に出番が回ってくる、つまり仲間がやられていて援護が期待出来ない状況。

 その分相手も損耗しているだろうが、厳しさはやはり差し引きでマイナスになるだろう。

 勿論そんな条件でも負けない自信はあるが、無駄に機体を破損させたりする趣味は無い。

 ならば自分の負荷が増えるが援護の得られる方がマシ――とユーナは結論していた。

 隊長の考えも間違いではない。後方に下げる事自体は運用としては正しい。

 指揮官としても、人道的な部分でもだ。だがしかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 短い思考を挟み、隊長が指示を発する。

『判った。配置は4ユニットでの包囲に変更する。アイガイオン、フォローしてやれ』

『了解しました』

『よし、情報は以上だ。各自装備と地形をしっかり確認しておけ』

 隊長がそう締め括り、会議は終了した。

 それでもまだ現場には到着しておらず、隊員同士での打ち合わせの時間となる。

 ユーナもアイガイオンへ通信を行った。

「ところでさ、常識系の事で気になった事、質問していい?」

『手短にな』

「ベースとアンダーの違い。街並み以外で違うの?」

『中身はそう変わらんが、ベースは公式には認められてないんだ』

「なんで?」

 アイガイオンの回答にユーナは首を傾げる。

 今話題にしているのは積層構造である新京の土地の呼び方である。

 アンダーが中層、ベースが下層にあたるエリアとなっている。

 その二つは元々存在していたかどうか、この点が一番の違いとなっていた。

 存在していたのはベースであり、一度放棄もされていた。

 原因は被災、及び復興の担うべき存在の欠如。

 詳細は別の機会とするが、放棄の理由は利益が無かったためとされている。

『詳しい事は俺も知らないが、アンダーが成立した経緯が関係してるんだとよ』

「東京で言う所のイエローやレッドと似た様なもんか」

 他の都市でいう所の管理外領域との答えに、ユーナは納得する。

 そんな所への出動があるのは管理外でも利益が出てるから。

 完全放置だと損をするから、そんな単純な話である。

『大体そうだが、知らなかったのか?』

「元々東京の人間だったしね、そういうものだって認識してたのよ」

『そうか。ちなみに大企業が共同で行っている再開発が済めば公認に変わるそうだ』

「それちゃんと進んでるの?」

『一応進んでいるそうだが、どうした?』

「企業にとっても便利なグレーゾーンを態々潰そうってのが、ちょっとね」

 管理外だからこその利点を口にするユーナ。

『潰すか減らした方が利益が出るって判断したんだろ。こっちは今から展開するぞ』

「りょーかい。こっちもセンサーが目標を捉えたわ。準備出来たら教えて」

 ユーナは少々気の抜けた、良く言えば不要な緊張の無い返事を返す。

 そしてほぼ同時に準備地点に到着したのを確認して、配置へ移動を開始した。



@@@



「それにしても、あんなデカブツ何処で手に入れたんだか」

 行動開始の合図を待つ間、街中に設置されている防犯カメラで目標の様子を窺うユーナ。

 目標の周囲にある建物などには、ばら撒かれた銃撃による破壊の痕跡が残されていた。

『機体ならその辺りの工事現場とかだろう?』

 その言葉に、車道を走っているアイガイオンが答える。

「主に武装の方、動きも妙に良い感じだし……捜査課の人はダシに使われたかな?」

 目標の動きを観察しながらユーナは呟く。

『思考に意識を傾け過ぎて現実を疎かにするなよ』

「僅かでも有利な要素を拾っておきたいの」

『それは殊勝な事で。まあ無理する必要は無いって言いたいだけだ』

「気にかけてくれてるってプラスに受け止めておく事にするわ」

 話している間に所定の位置へ移動を済ませたアイガイオンが、報告を行う。

『デルタ、配置につきました』

『アルファ、到着しました』

『ブラボー、オーケーです』

『チャーリー、準備出来ました』

『よし総員配置についたな。尾崎――いけ』

 各位からの報告も入り、隊長からゴーサインが飛ぶ。

「りょーかい、仕掛けます」

 命令に従い、ユーナは動き出す。

 スラスターを使い機体を高く跳躍させ、上方からライフルを撃つ。

 敵フレームの反応こそ速かったが避けきれず、弾丸はマシンキャノンの機関部を破壊。

 主武装を損失させたのだが、敵の動きに淀みが無い。

 すぐに左手で銃身を掴んで毟り取ると、ユーナへ投げつけてきた。

「やっぱり中身はプロだ。注意して」

 対応の速さから判断したユーナは残骸を回避しながら映像を流し、注意喚起を行う。

 機体は敵の上空を通り抜け、ビルの屋上に着地。

「――っと」

 敵フレームが左前腕の後付けされた装甲が脱落させたのを認めて再び飛翔。

 中に仕込まれていたマシンガンの銃撃がビルの上を薙ぎ払った。

 回避は成功――ではない。

 敵フレームが連射しながら修正を入れ、ユーナの機体に弾丸の描くラインを迫らせる。

 あと半秒の所で横手からの狙撃が敵フレームの左肘の貫き、妨害を果たす。

 成したのは、大小二対の腕を持つ紺色プロテクタに身を包んだアイガイオン。

 二周り近く膨れたにも関わらず、両腕で抱え持つサイズの対物ライフルでの狙撃。

『迂闊だぞ』

「他が狙われない様に注意を引いてたのよ」

 ユーナは敵フレームの頭上を飛び越え、ビルの陰へ退避する。

 無論相手も追おうとするが、ほぼ同時に他の隊員の銃撃が左肘を破壊。

 機能を失い、自重によって路面にちぎれ落ちる。

『よし、左腕もいだ!』

『脱落したパーツにも気をつけろ。何が飛び出すか判らんぞ』

『判ってますよ』

 隊長の注意に、オフィスで軽口を叩いていた隊員が応える。

 口こそ軽いが行動は正確で堅実。連携し合いながら敵を破壊していく。

『奴さんが切り札を持ってるなら切る頃合だ。面倒になる前に決めろ』

『了解、任せてくださいよ』

 周囲警戒しつつ移動していたユーナがとどめに参加しようとビルの谷間を抜けていく。

 しかし隊長からストップが入り、その場に留まった。

『尾崎は引き続き周囲警戒をしていろ。アイガイオンもだ』

「アタシなんかヘマしました?」

『逆だ。奴を確実に仕留めたいから後詰をやれ』

 有無を言わせぬ声色で指示を告げてきた。

 にも関わらず、ユーナはふざけ混じりの態度を取る。

「邪魔するなって事ですか。解りました」

『捻るな。切り札として取っておくだけだ』

「ん、了解しましたよ隊長。でも気をつけて、オーヴァ」

 ユーナは上向き機嫌で締め括り、通信を終える。

「お手柄じゃないか」

 そして一息ついた所に、アイガイオンが隣にやってくる。

「どうだろう、生け捕りは諦めた方が良いかも」

 状況を眺めながら、ユーナは醒めた様子で答える。

 言葉を交わしている間にも隊員達は戦局を優勢に進めていた。

 連携の取れた動きで翻弄し、駆動系を重点的に銃撃を行って機動力を削いでいく。

 順調なのは事前の対策が有効に働いていた証拠だ。

 それでも未だ決着に至らないのは、相手の硬さと向こう技量が原因だろう。

 敵フレームは防戦一方だが、妙なまでに動きに焦りや隙が無い。

 正に今行われた後方から肩口を狙った銃撃も、自ら胴部で受けて対応された。

 被弾した外装が火花を散らし、ひしゃげさせながらも受け切った。

 被害を抑えるためとはいえ、中々無茶な選択である。

 工事用機体の外装は装甲と呼べるものではない。

 角度を間違えれば容易く貫通される所を凌いでいるのは、技量の証明に他ならない。

 同じ様に眺めているアイガイオンが尋ねてくる。

「そんなにこの状況が面白くないか?」

「最初に攻撃した時の反応を考えるとね。絶対伏せ札があるよ」

「なら、俺達がなんとかするしか無いさ。アテにしてるぞ」

 と言ってアイガイオンは機体の装甲を叩き、ユーナの身体を僅かに揺らしてくる。

「ところでさ、隊長が今回解決にこだわる理由、判る?」

「最終的には上に持っていかれるとしても、取れるものは取っておきたいんだろうな」

「それは判るわ。実績は信用に繋がるものね」

 ユーナは頷く。

 今回の相手は間違い無くただの犯罪者ではない。何かしらのバックが居るだろう。

 判明した情報次第、それが無くても治安連合の上位組織が出張ってくる筈だ。

 彼女が働く様になってからでも数件見かけた流れである。

 勿論事件が横取りされるのはいい気分ではない。

 それでも解決されずに悪人がのさばるよりはマシと思うべきであろう。

 ただこれはユーナ個人のスタンスである。本職はまた別だろうが。

「お、カタがついたぞ」

 アイガイオンの言葉の通り、敵フレームは四肢を破壊され、行動不能に陥っていた。

 諦めたか、もがく様子は無い。

『よーし、もう動けないだろ。抵抗するなよ』

 そう言いながら隊員の一人が近づいていく。

 ハッチをこじ開け、中身を確保するつもりなのだろう。

「お前の杞憂だったかな?」

「だと良いんだけど」

 小さいため息をつくユーナ。

 不運な事に、その予想は杞憂にならなかった。

『ん、なん――』

 隊員の上げた疑問の声が、途中で掻き消される。

 敵フレームの内部からの発砲音、それに伴う破砕音によって。

 銃撃を受けた隊員の身体が仰け反る様に後方へと倒れていく。

 被弾箇所は胸部中央少し右。周辺と共に吹き飛んで生身が露出していた。

 派手に出血しているが、幸運な事に即死はしていない様子だった。

『大丈夫か――って、おいおいおいっ!?』

『くそっ、マジかよオイ!』

 隊員達は慌てた様子で倒れた者を捨て置き、全力で離脱を図る。

 プロである身としては情けない反応だが、仕方の無い話ではあった。

「うーわ、これが切り札だったか」

 センサーでその様子を拾いながら、ユーナは機体を向かわせる。

 敵フレームの内部から装甲を押しのけ現れたのが、小型の多脚戦車だった。

 横倒しになった卵の様な胴体に短く太い四脚。

 主な武装は機体前面に腕の様に配置された機銃のユニットが一対。

 後部に接続された、蠍の尾を彷彿とさせる形状の主砲。

 サイズの関係などから主力タイプではないだろうが、完璧に軍用の一品である。

 無論ながら、戦力としては武装した建築機体などとは比べ物にならない。

 装甲、火力といった点だけで見ればユーナの機体すら上回っている。

 悠々と姿を曝け出した戦車が、逃げる隊員達に機銃を向ける。

 防御は不可能、回避も無理と隊員は悟る。

『やば、死――ッ』

「んのっ!」

 ビル陰から飛び出しつつ放ったユーナの射撃が戦車の銃身を逸らし、彼らの命を救う。

 更にそのまま戦車へ突進し、隊員達から引き離していく。

 戦車の足が街路樹や駐車車両を引っ掛け破壊するが、致し方の無い犠牲だ。

「こいつはアタシが面倒見る。そっちはカバー、入ってくる邪魔の排除して!」

『おい、勝手に動くな!』

 後を追うアイガイオンが声を上げる。

「何!? 今の装備で奴の装甲抜けるの!?」

 暴れる戦車を巧みに押さえ込みつつ、ユーナは戦車のデータを送る。

 それを一読するだけの間を置いて、アイガイオンの苦い声が返ってくる。

『……バックアップ組の装備で高出力モード、狙う場所を選べばって所だな』

「装備を取りに帰るってのはナシよ。時間稼げって言われたらアタシ帰るから」

 言っている間に、ユーナの機体が戦車から振り飛ばされる。

 小型とはいえ中々のパワーだ。

(いっそ撃たない方がいいかな? 殆ど威嚇にしかならないし)

 ユーナは体勢を整える最中にライフルを数発撃つが、予想通り胴体装甲に弾かれた。

 浅い弾痕が残ったものの、破損には至らない。

 近距離、ほぼ垂直でこの結果である。通常の射撃はまず有効打にならなかった。

 戦車が動く。

 返礼とばかり機銃を向けてくる。

――そしてサイレンの様な連なった銃声。

 だがこの程度は予想の内。

「っとと、よっと」

 腰と胴部のスラスターを全開で吹かし、跳ねる様な勢いで機体を左右に振って避ける。

 外れた弾丸が路面や壁面に当たり派手な弾痕を刻んだ。

 そうして銃撃から回避行動を続けながら、ユーナは問いかける。

「それで、どうなの?」

『よし。尾崎、専用機持ちの腕を見せてみろ』

『隊長!?』

 通信に割り込んで指示を飛ばしてきた隊長に、アイガイオンが驚く。

『どうこう出来る時間は無い。野放しにしてたら被害が増える上に持ってかれるだけだぞ』

『それはそうですけど、無茶させる理由になりますか?』

 二人の掛け合いを余所に、ユーナは動き続ける。

 壁蹴りとスラスターを併用した跳躍で上を取り、ライフルを連射する。

「あーっ、上手いな。もうっ」

 ユーナは眉を寄せ、不満げな声を上げる。

 関節や武装など比較的脆弱な部分を狙ったが、弾丸は避けられるか装甲で受けられた。

 装甲には浅い弾痕が残るものの、殆ど汚れになるだけで損傷になっていない。

 自らの乗る戦車の特性を十分理解している。ユーナの読み通り相手はプロだった。

『という訳で尾崎、いけるならやれ』

「了解。ところで隊長、一つお願いがあるんですけど」

『何だ?』

「無茶する事になるんで、修理や補給、全額部隊持ちにしてもらえません?」

『お前こんな時に何言ってる!?』

 アイガイオンが語調を強めて問いかけてくる。

「こんな時だからよ。電卓叩きながら戦闘はごめんだもの」

 ユーナはスラスターと壁面の蹴り、弾む様にビルの間を飛び回りながら会話を続ける。

「一応言っておきますけど、周辺被害への補償よりは安い筈ですから」

『判った。通してやるからきっちり決めてこい!』

「了解です――っとぉ!」

 返事に重い砲声が被さる。

 ユーナは強引に横滑りさせ、放たれた主砲をきわどいながらも命を拾う。

 流れた砲弾はビルに炸裂し、結構なサイズの穴を開けて、落下した破片が車を潰した。

 見た目相応の威力である。機体が食らえば原型が残るかも怪しいレベルだ。

『さっきは助かった。だがあんまり撃たせんなよ、課長からのお小言がうるさいぜ』

 プロテクタを半壊させた隊員が茶化しながら生存報告を入れてくる。

「なら自分で受け止めて被害を防げって返すわよ! それと生きてて何より!」

『ちなみに受け止められるか?』

「機銃なら着弾箇所先読みすれば一、二発はね」

 機体を左右に振って銃撃を惑わせつつ、アイガイオンの質問に答えるユーナ。

 そのままライフルを撃ち返しながらビルの陰に滑り込み、仕切り直す。

「さてさて、どうやって仕留めますかね」

 戦車の攻撃を振り切り、一息つくと共に諸々の確認を行っていく。

 直接姿は見えないが、双方相手の位置は捕捉している。

 向こうに逃走の気配が無いのは、そのままでは逃げ切れないと判っているからだろう。

 こちらも逃がすつもりは無い。その点は好都合だ。

 状況は直接的には一対一。

 ある意味、此処からが本番。

 火力はやや、装甲ははっきり上回られているが……絶望的ではない。

 口元に笑みを浮かべ、ユーナは動く。

「あれだけの啖呵切っちゃったんだし、恥ずかしい結果は出せないってね!」

 機体背部から500mlボトル大のミサイルを上方に放ち、ビルの陰から飛び出した。

 斉射されたミサイルの群が弧を描いて一足先に戦車へと向かう。

「――――ッ!?」

 戦車は当然機銃で撃ち落としを試み、半分を破壊される。

 しかし残りの半分近くは銃弾をすり抜け、周囲の空中で炸裂、煙幕をぶちまけた。

 ただの目潰し――ではない。各種センサーを一時的に撹乱する成分で構成された代物だ。

 戦車を包む煙幕の中へユーナは機体を飛び込ませる。

 こちらも目暗になるが、相手の位置は判っているので問題は無い。

「これでっ!」

 脇をすり抜けながら空いている手を一閃。

 袖に装備されたエネルギーブレードを起動させ、戦車の脚を根元から切断。

 片側の支えを失った戦車が、傾いでいきながらも武装を向けてくる。

 だが遅い。ユーナの機体は既に戦車の後方に抜け振り切っていた。

「んっでぇ!」

 そしてスラスターを併用した高速旋回の勢いを乗せ、返す刀で砲塔を斬り捨てる。

 火力の大半と機動力を奪った所で、ライフルの銃口を胴体へ垂直に突きつけた。

 向こうの機銃の可動範囲外。勝負は決した。

 理解したのか、抵抗を続けていた戦車が動きを止める。

 多少盛り上がりに欠けるが、これで決着であった。

「動いたら撃つわよ。さっさと降りてきなさい」

 ユーナは開放回線で投降を呼びかける。

 しかし、戦車からの反応は無い。抵抗もだ。

 それは数秒経っても変わらなかった。

「だんまり決め込むなら、こっちも相応の対応を――っ!?」

 背筋に悪寒が走り、ユーナは口上を途切れさせ機体を急速後退させた。

 機体のセンサーが拾い上げたデータ――戦車が放射するエネルギーの急激な増大。

 直後、戦車の内部から高熱と、それに伴う光が溢れ出した。

 熱量は装甲が赤熱化する程で、輻射熱で周囲の物が焦げさせていた。

 もし生身を晒していたら大火傷を負っていただろう。

 事態を把握した所でアイガイオンが傍に寄ってきて声を掛けてくる。

『大丈夫か!?』

「平気、これ道連れじゃなかったみたいだし」

 ユーナは戦車に視線を据えたままため息混じりに応える。

 発熱は数秒で収まったが熱量によって内装が発火したのか、炎が上がり始める。

 加害や逃走ではなく、自壊――情報の隠滅、分析の阻止が目的だったのだろう。

 外装こそ変化は少ないが、内部はぼろぼろで情報の入手は絶望的になっている筈だ。

 周囲への被害も出始めているが、敷設された災害対応システムが迅速に対応していく。

「すいません隊長、逮捕は無理でした」

 消化剤の泡に埋められていく戦車を眺めながら、ユーナは苦々しい声で報告する。

 派手な啖呵を切っておいてこの結果である。

 正直、皮肉ぐらいは甘受するつもりであった。

『奴は元々そのつもりだったんだろう。良くやったぞ、尾崎』

 隊長の声に嫌味は無い。純粋な労いの言葉だった。

 故にユーナは息を吐き、緊張を解く。

「どーもです。とりあえず引き上げますよ」

『ああ行っていいぞ。総員撤収、後始末は捜査課に任せる』

『ほら、俺達も行こうぜ』

「うん。わかった」

 指示を受け、動き出した隊員達と共にユーナ達は現場を後にした。



@@@



「あー……、やっとご飯だよ」

 食事の乗ったトレイをテーブルに置き、隣に突っ伏するユーナ。

 その向かい側にアイガイオンが着席する。

 二人が居るのはレストラン……ではなく、治安連合基地内の食堂である。

 基地への帰還、最低限の書類作成を済ませた結果、あれから二時間近くが経過していた。

「実質一人で片付けた様なもんだったな、ご苦労さん」

「突っ込んでもらっても被害出るだけだったから、それは良いんだけどさ」

 ユーナはその姿勢のまま応える。

 アイガイオンは苦笑し、自分の分に手を合わせて割り箸を割って食べ始める。

「奴の事で思う所でもあったか?」

「いんや、あの様子からすると全部織り込み済みだったろうしね」

「それならなんでそうなってるんだ?」

「決まってるでしょ」

 ため息混じりの声で言いながら、ユーナは上半身を起き上がらせる。

「外に食べに行く予定がパアになったからよ」

 そしてフォークを取り、メインのチキンに乱暴に突き刺して口に放り込んだ。

「明日にでも果たすから機嫌直せよ」

「それはありがと。でも潰れた事実は変わらないのよね」

 不満を発散するかの様にフォークを咥えて唸るユーナ。

 まるで小動物な様子に苦笑するアイガイオンは、気を紛らわせるために話題を進める。

「さっき報告上げた時に聞かれた事があるんだが、いいか?」

「何?」

「戦車についてなんだが分析が難航していてな。手掛かりと泣きつかれた」

「あんな状態じゃ無理ないか。参考程度でいいから意見寄越せって?」

 ユーナはグラスを傾けつつ尋ねる。

「ああ、なんかないか?」

「なら基本的には報告書に纏めたからそっち見てもらうとして、目的の不透明さかな」

 フォークで付け合せの野菜を突きながらユーナは述べていく。

「直前に言っていた捜査課の人間じゃないのか?」

「それはきっかけ。目的そのものじゃないでしょ。実際狙ってた訳じゃないみたいだし」

「あー……確かにそうだ」

 状況を思い出したアイガイオンが納得した顔で頷く。

 それを受けてユーナは付け合せの温野菜を口に運びながら続ける。

「ただ暴れるにしては手が込み過ぎ。戦車の調達は楽じゃない筈だし、あんな仕込みまで」

「あれだけやるなら相応の目的が無いとワリに合わないか」

「となると宣伝か、テストかな」

「後者ならあっさり使い捨てたのも納得出来るか。だが前者の根拠は?」

「通常戦力だったら正直やばかったでしょ」

 と言ってユーナは得意げに慎ましい胸を張る。

 アイガイオンは一瞬動きを止めた後、特に触れずに話題を進める。

「機動課一つ分と単機で渡り合える……十分な内容だな」

「何にしても、アタシ達の出番は終わりでしょ」

 面白くない反応に、ユーナは唇を尖らせる。

「まあ絶対どっかが動くだろうし、自分達でやろうにも情報も足らなさそうだもんな……」

 苦い表情でアイガイオンは言った。

 あの戦車から事件解決に繋がる手掛かりの獲得は困難だろう。

 元々中身共々使い捨てで、隠滅には気を使っただろうから仕方が無い話ではある。

 その部分は計画した者の完全な成功と認める他無い。

 こんな所とまとめ、ユーナは問いかける。

「こんなぐらいでお気に召しまして?」

「ああ、とりあえずお手上げを考えろって伝えるよ――お?」

「あらま」

 二人して声を上げる。

 原因は今入った事件の報告、それも処理に関するもの。

 半ば予想の通り単独事件、そして解決扱いとなっていた。

 やはり情報不足、或いは他所からの圧力や取引があったのだろう。

 どちらにせよ事態は完全に治安連合の手から離れたという訳である。

 安堵などが混じった小さな嘆息をつきながら、アイガイオンが感想を口にする。

「どうやら心配する必要は無くなったみたいだな」

「そうみたいね。さ、食べ終わったら銀鶏の面倒見にいかないと」

 ユーナは顎先に指を当て、自分の機体を気にかける。

 対照的に事件にはさしたる感慨も無い。

 配慮した言い方なら割り切りの良さ、身も蓋も無い表現では無関心。

 日常の変化の範囲内という認識によるものであった。

「面倒と言えば、あいつ目を覚ましたかな。様子見るついでに落書きしにいかないか?」

「あら意外、そういう事するんだ」

「知り合いからの受け売りさ。生きてる仲間には適度に恨みを買っておけって」

「じゃ、アタシもあんたがヘマしたらやってあげるわ」

 ユーナは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「なんにせよ解決に乾杯って事で」

「こっちの手の中に戻ってきた時は、その時だな」

 そして、二人はグラスを傾けた。



ーーーーーーーーーー


あとがき


 やっと出来上がりました……

 居るであろう読んでくれている方には遅くなって申し訳ありませぬ。

 今回は正直、レディ・ステップと同じく起こった事件に対応するだけの話となりました。

 主役二人は、主軸とした話を作っていこうと考えている奴等です。

 以下、簡単な人物などの紹介。


・尾崎ユーナ

 小柄、というかちびっ子なフレーム乗り。

 およそ警官とは思えない性格をしているが、自ら選択して就職したのではない。

 とある事件に巻き込まれて逮捕された際、取引として能力を買われてスカウトされた。

 元々はフリーランスで輸送や傭兵の仕事を請け負っていた。

 機動課内での扱いは新人ながらフレーム乗りという事で火力扱いされていく、としておく。


・アイガイオン

 新京治安連合機動課の隊員でユーナのパートナー。

 大柄で実直、能力も優秀。

 精神性も含めて仕事に似合う人物。

 しかし所属の経緯は取引ではないものの、ユーナと同じくスカウト組。

 妙に高性能なサイバーウェアをつけている事など、謎が多い。


・治安連合機動課

 ICにおける警察に相当する組織の実働的な部署。

 主な業務は凶悪犯の制圧や警備、要人警護。

 今回の戦車に対抗可能な装備、人員を保有している。

 それでも苦戦していたのは、毎回持ち出す訳ではないため。

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