中編:ストリート・ストーリィ15(中編・完)
マオ達の状況だが、ほぼ変わっていない。
高速道路を走行するワゴンの中で揺られ続けていた。
「大丈夫?」
「……うん」
頷くアリスの顔に、不安の色が強まっている。
マオが助けると言ったが、何の進展も無いこの状況では仕方の無い事だった。
何とかしたい気持ちは勿論ある、しかしだ。
「…………」
窓の外へ向けたマオの視界に、道路頭上にある案内標識が映る。
空港までの距離が近い。恐らく目的地がそこで、高飛びを行うのだろう。
視線を下げると、車線上を同じ速度域で走る車が見えた。
数は先程よりもやや増えている。
正しくはササキが現れた時が何かしらの細工が行われていて減っていた、というべきか。
そんな事を考えている内に出口に差し掛かったワゴンは、そちらへと向かっていく。
そのまま空港の出入り口に停まらず通り過ぎ、直接滑走路へ進入した。
「……? ああ、そういう事か」
マオは一瞬戸惑いを覚えたが、進む先には小型のジェット機の姿を見て、納得した。
考えても見れば当然だ。相手は企業、使える手があるなら、より確実な手を選ぶだろう。
いよいよ決断の時が迫り、取り得る手段を思い浮かべる。
全員倒す……のはまず不可能。
なんとかしてこの状況から逃げ出す、これが精一杯で現実的な選択である。
必要となる武器は、向こうの護衛から奪う。タイミングを計って不意をつけばいける。
ただ、それだけでは足りない。
何をするにしてもアリスの協力が必要になる。
技術でもあれば話は別だが、無いものを強請っても仕方が無い。
無理をさせるのは心苦しいが、贅沢を言っている余裕は無いのだ。
決意したマオはアリスの手を握り、通信を行う。
本来なら反応は無理だが、彼女なら受け取れるだろう。
『聞こえる? 聞こえたら小さく頷いて』
「……うん」
問いかけると目論見通り、アリスが頷いてくれた。
『クルマから出る瞬間に仕掛けるから、力を使って、手伝って欲しい』
「あ、う……」
アリスが顔を強張らせる。
しかし、マオは構わず言葉を続けた。
『やれるなら一人でやってたけど、多分、無理なんだ。だから、お願い』
手を握る力を僅かに強める。
「……うん」
アリスが意を決して了承を示す。
しばらくもしないうちに、ワゴンが停まった。
マオは外を覗き、改めて様子を探る。
小型のジェット機、武装した兵士に、最早見慣れたグラスを掛けた黒スーツ姿。
その中に一人だけ、なんというか偉そうに見える男を見つけた。
軽く息を吐いて、意識を整える。
チャンスは一度だけ。失敗は許されない。
その時がやってくる。
「――――っ!」
ハッチが開かれたと同時に飛び出したマオは、開けていた護衛へ勢いのままぶつかる。
そしてハンドガンを奪うと、目をつけていた三上へ一直線に向かった。
「止まれ!」
当然護衛達は反応し、銃口を向けてくる。
「アリス、奪って!」
マオが叫ぶ。
同時に銃声が――響かなかった。
「――おおっ!? ジャムかよ!?」
意に従わず沈黙を続ける己の得物に、慌てる護衛達。
「んのおおっ!」
「――なっ、うおっ!?」
その間にマオは三上を押し倒し、その上に馬乗りになって眉間に銃口をつきつける。
「全員、動くな」
「撃てるか解ってい――っ!?」
マオは銃口をずらし、地面に一発撃ち込む事で暴れる三上を黙らせる。
護衛達は命令のままに動きを止め、数秒の逡巡の後に銃口を下げた。
一先ず落ち着いた所で、マオはゆっくりと問いかける。
「それで、他に言う事は?」
「そちらの望みを聞こうか」
「……彼女に、これ以上手を出すな」
「なるほど、君が今回かき回してくれた原因か」
答えを聞いた三上は飲み込めず首を傾げるが、すぐに嘲笑を浮かべる。
言動からマオの立場を推測した結果だろう。
「答えろよ、死にたいのか?」
「撃てるのか? 君達も死ぬぞ」
三上がマオの意図を見透かした言葉を吐く。
その通りだ。マオには、この男の命が奪えない。
人質として価値がある。殺したら――殺す利点が無い。
そうほんの一瞬、マオは迷う。
「――あっ!? この!」
その隙を三上に突かれ、ハンドガンを持つ腕を掴まれた。
マオは抵抗し発砲するが、腕力の差によって地面を弾く事にしかならない。
そうしている間に捻り上げられた事でハンドガンが手を離れ、顔面を殴られた。
「全く、一目惚れか何か知らないがっ、ガキが首を突っ込んでくるんじゃっ、無い!」
「――がっ、ぐっ」
マウントから脱した三上に数度腹部を蹴られ、マオは苦悶の声を吐く。
「マオ!」
悲痛な声を上げ、アリスが駆け寄ってくる。
身を挺して庇おうとしているのだろう。
「捕まえろ!」
「離して! マオ、マオ!」
しかし三上の命令で動いた護衛に腕を捕まれ、それも叶わない。
「全く、手間を掛けさせる。おい、聞こえるか?」
三上は居住まいを正しながら言い、更にもう一度踏みつける様に蹴る。
「時間に余裕が無くてな。これ以上邪魔をしないなら、特別に見逃してやる」
勝利を確信し、悠々と宣言する三上。
それが聞こえているのか、マオはよろめきながらも立ち上がる。
そして、端から血を流す口を動かし、声を漏らす。
「……欲しい」
「聞こえなかったぞ。はっきりと答えろ」
「アリスは、どうして欲しい?」
問い詰めてくる三上を無視して、マオはアリスへ問いかける。
「マオ、もういい。もう十分だから……私の事はもう、気にしないで」
「答えてくれ。君の望みを」
アリスの声を半ば遮り、マオは問う。
これは分岐点だ。断られるなら、素直に従う。
そんな意志を込めての言葉を、彼女も認識していた。
「あ、う……っ」
故に反射的に拒否しようとして、出来ない様子を見せる。
マオは何も言わない。ただ、見つめるのみ。
迷い、戸惑い……そして、震える声でアリスは答えた。
「……助けて」
「分かった。助ける」
少女がこの事件で初めて口にした願いに、マオは力強く応える。
その瞳に絶望の色は無い。
ただ純粋で無鉄砲な意思が宿っていた。
「ただのガキに何が出来る!」
「何かは出来るさ!」
マオは啖呵を切って立ち上がり、拳を握る。
武器も策も無い。だが絶望も無い。
足掻けるだけ足掻く――しっかりと腹を括っていた。
「ちっ、さっさと片付け――」
忌々しげに吐き出す三上の声を、足元付近で炸裂した激しい着弾音が掻き消す。
その場の全員が撃ってきた方向に目を向けると、水牙達と更に諸々の姿があった。
『治安連合よ。全員大人しくしなさい』
銃撃を行った全高四メートル程の人型機械――フレームから発せられた女声が告げた。
ゆっくりと巡らされた銃口に、護衛は武器を降ろして降伏の姿勢を見せる。
如何にプロといえど――プロだからこその選択である。
武装が使えるか判らない状況で、兵器に喧嘩を売る馬鹿な真似はしなかった。
「何だ貴様は! 私が何者で此処が今どういう状況か解っているんだろうな?」
『解ってるわよ。カワモト新京支社企画四課の、課長さん』
臆した様子も無く詰問する三上に、パイロットが平然と答えていく。
『それとアタシ達、公式行動してる訳じゃないんでお構いなく』
『そうじゃないだろ。我々はこういう情報のお陰で動いているのです』
パワードスーツを着た、相方らしき男が代わりに言った。
同時にホロウィンドウを幾つか展開させ、今回の事件に関する詳細な情報を見せる。
最早どうにも言い逃れ出来ない、そんなレベルの代物であった。
『もう少ししたら迎えが来ますので、ご同行願えますか』
「な、く……! くそ……」
三上は忌々しげな表情で呻き、諦めた様に項垂れた。
盛り上がりの無い決着だが、戦力差を考えれば仕方が無いだろう。
その姿を尻目に、傍に歩み寄った水牙がマオに手を貸して立たせ、声を掛ける。
「良く頑張ったな」
「何にも出来ませんでしたけどね」
「お前が粘らなかったら奴に逃げられてたよ。お手柄だ」
水牙は少年の頭を撫でる。
「マオ!」
そこに目に涙を浮かべたアリスが、声を上げて抱きつく。
「ありがとう、本当に……」
「あはは……」
マオは抱き返しながら頷く。
「おや、もう終わってしまいました?」
そんな感動のシーンに、遅刻者が姿を現す。
「なんで先に動いたのに遅れてるんだよ」
「捕捉はしたんですが、護衛と戦闘する事になりまして」
水牙の突っ込みに、ササキはいつもの微笑で悪びれた様子も無く答える。
「つまり自己の欲求を優先した、と」
「最大戦力を引き受けたので、仕事は果たしてましたよ」
「全く……で、そのデカブツは何だ? 戦利品か?」
マオ達の邪魔をしないため距離を取りつつ、水牙は尋ねる。
「そんな所です。使っていたのは折られちゃって、貸してもらった物です」
ササキは肩に担いだムツミの刀を揺らしてみせる。
「つまり現在は役立たずって事か。お前ホントに何しに来やがった」
「良いじゃないですか。関わったんですから結末を見るぐらいは」
「お前な……ま、最後の最後は子供の勝利か」
水牙は小さなため息を挟み、マオ達に視線を向ける。
そこには感極まって泣き出しているアリスと、対応出来ず慌てているマオの姿があった。
何の力も無かった少年の行動の影響は、確かに小さなものだった。
しかし行動があったからこそ、この結末に行き着いた。
無力ではあったが、少女を救った少年の行動は無駄ではなかったのだ。
こうして企業の内乱を端に発した一連の事件は、一応の終わりを迎える事となった。
「あれだけの事があったけど、これは変わらないか」
見上げたマオの視界に、天高く聳え立つ企業の高層ビルで縦に割かれた朝の空が映る。
変わらぬ光景だ。二、三日で簡単に変わるものではない。
それと同じ様に、何かが起こったからといって、必ず変化が生じる訳ではない。
「ま、そんなもんだよね」
変化が無いといえば、水牙もそうだったらしい。
彼の目的は平穏を取り戻す事だったのだから、望み通りだったといえる。
混乱が収まってきた現在は平常運行に戻っている。
尚、今回の件で得たものがまるで無かった訳ではない。
ウツミというカワモトの人間から、一千万程受け取った。
口止め料、といった辺りなのだろう。
それにしては額が些か大き過ぎる様に思うが、大企業には端金という事だろう。
変化が無かったといえば、ササキも同様だ。
今回に関して、本人の視点では有意義な経験が得られたと満足していた。
事件後も変わらず、己が見出した剣の道を歩み続けている。
フリーで動き、水牙などから依頼を請けて戦場へ飛び込んでいた。
そして最後……
「――マオ」
「あ、うん」
声を掛けられて、マオは振り返る。
そこには柔らかな笑顔を浮かべたアリスの姿があった。
二人は現在、一緒に暮らしている。
当初は白兎組が手配する予定だったのだが、アリスの希望に沿った結果だ。
アリスという存在を得たマオ。
加えて今回の件で信用を得た事もあり、白兎組から仕事を頼まれる様になっていた。
中身は簡単なお使いレベルで、報酬も相応に少ない。
しかし、碌に収入のアテも無かった頃と比べれば、格段に良くなっていた。
「さあ、今日も頑張ろう」
「うん」
手を繋ぎ、二人は歩き出す。
そうして少年は楽ではないが、日々を生きていく。
剣士は自らの望みのままに。
若頭は自分の家と仕事を守るために。
少年は自分の意のままに少女を助けた。
各々が己の意のままに動く、それがこの都市で繰り広げられる身勝手な物語である。
――ストリート・ストーリィ
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