中編:ストリート・ストーリィ14
先に仕掛けたのはササキだった。
一気に距離を詰め、やや上向いた外向きの払いを放つ。
「――っと」
軽く身を引いて避けられたので、更に追撃の三閃を見舞う。
それらはいずれも並の相手であれば間違い無く仕留められる程、速く鋭かった。
しかしムツミはそれさえも刀身で受け流し、最後を弾いて反撃の横薙ぎを放ってくる。
力の乗った一撃。ササキは受けずに大きく飛び退いて避けた後、再び仕掛ける。
しかしカタナの間合いに捉える寸前、迎撃の振り下ろしに足を止める。
「……おい、舐めてんのか」
「まさか」
小手調べが終わった所で苛立った声を上げるムツミに、ササキは肩を竦める。
一連の攻撃、質は良かったものの狙点が全て首の一点だった事が原因だろうか。
だが、それで憤られるのは心外である。侮りや戯れでやった訳ではないのだから。
「一撃で決められる所を狙っているんです。手足斬られて、痛がってくれます?」
生身は基本脆い。
切断までせずとも大きな切れ込みを入れるだけで、その部位は機能を損なう。
そうでなくても痛みが行動を阻害する。極限状況である戦闘など以ての外だ。
しかし、それが全身義体の場合では話が変わる。
元が頑丈な上に、手足を切り落としても痛みで止まるとも限らない。
相手がプロならば特にである。
斬られてもバランスを崩れるだけ、最悪斬られる箇所を囮にされるまである。
そう考えると下手な場所に攻撃出来なくなる。故にこその行動選択だった。
「……確かにな」
ムツミは息を吐き、気を静める。
誤解が解けた丁度良いタイミングで、ササキは蛇足を口にした。
「ただ、同一箇所を狙っていた事は趣味ですけどね」
「……イイ性格してやがんな」
口の端をヒクつかせるムツミ。
自ら引っ込めたものをもう一度出すなど格好のつかない真似は無い。
勿論狙ってやった事だ。
「それは貴方もじゃないですか。貴方も全力を出していないないのに」
と言ってササキは憤慨のポーズを取る。
それに対して刀を肩に担いだムツミは口元に笑みを浮かべ、尋ねてくる。
「ほお、どうしてそう思う?」
「動きが綺麗過ぎます。戦闘スキル系のソフトも使っていないんじゃないですか?」
カタナの切先で宙に小さな円を描きながら、ササキは答える。
「ご名答。そこまで解ってるなら見当外れだった時の気分も判るよな?」
「判らなくはないですね」
「そこははっきりイエスって言う所だろ」
「だからこそ言えないんです。似ている部分の多い僕と貴方の明確な違いなんですから」
と言ってササキは刃先を小さく動かし、宙に描いた円を両断する。
「違い?」
「貴方は戦闘を目的としている、僕は手段としている。決定的な相違点ですよ」
「最強を目指すって結論は同じなのにか?」
「スポーツ全般で試合を楽しむのと経験を積む事、これらが同じと言えますか?」
「どーだかねぇ」
「まあ楽しい事は否定しませんが」
ササキは笑顔で頷く。
「お前ね……そういやお前の刀、軽量合金の市販品か」
目の前に来たササキのカタナに注意が向けて、ムツミが言った。
「ええ。数打ちの安物です」
「少しは道具にも拘れよ。腕を引っ張られないか?」
当然の様に肯定するササキに、ムツミはため息混じりに感想を口にする。
強度などの点で言っているのだろう。
過去に数度、折られた事もある。言い分は尤もである。
だが生半可なものではそう変わらない上、道具に頼りたくない心情がササキにはあった。
「懐に余裕がある訳ではありませんので。そういう貴方のは一品物ですか」
「ああ。色物だから流石にヴィンテージじゃないけどな」
「スポンサーの力は偉大、という所ですかね」
ササキはそう言いながら歩み寄っていく。
「その分の事はしなきゃならんが――うぉおっと!?」
直後、頷きながら答えていたムツミが慌てて飛び退く。
「あれあれ、外されましたか」
変わらぬ笑顔のでササキは言った。
意図を気取らせずに行う、真正面からの不意打ちの一閃。
奥の手の一つだったのだが、惜しい所で避けられた。
それでも主導権を奪った勢いのままに、更に切り掛かっていく。
「ずるくないか、今の!?」
「あの程度、挨拶代わりでしょう」
会話に平行して、二人は切り結び続ける。
今度のササキは流石に首だけではなく、他の急所も狙っていく。
だがムツミも簡単に斬らせてくれる筈も無く、受け弾いて反撃してくる。
重く力強い、単純で解り易い強烈さを備えた斬撃を、ササキは半身ずらして回避。
「ふう……っ!」
そこから更に返しの斬撃を放つが、これも防がれる。
双方の実力はほぼ同等。ただ剣技の方向性は真逆に近かった。
ササキは片手を基本とし、アクロバティックに飛び跳ねる一目で我流と判る動き。
型も筋も無く、強いて挙げるなら速度を最優先とした、所謂外道の剣。
一方のムツミは両手で刀を握り、肉体の性能を素直に引き出した基本に忠実。
奇抜さなどの無い、必要としない。しっかりとした王道の剣だった。
――風切り音が絶え間無く鳴り響き、刀身のぶつかる金属音が時折、花散らす。
攻撃の頻度はササキがやや多いが……形勢そのものは互角。
ただし二人の攻撃への対応に関しては、大きく違っていた。
ムツミは受け止め、或いは受け流しをメインに行い、反撃に転じている。
一方のササキは全て体捌きで回避しており、決して受け止めない。流しもしない。
この違いは攻守のバランスもあるが主な原因はハードの差だ。
ササキの体格では防御の意味が薄く、更に得物であるカタナが破壊される恐れがあった。
加えて少々の戦闘能力の低下すら致命的なため、消耗は極力避ける必要があった。
彼我の特性を鑑みるに、正面切っての戦闘に身を置き続ける時点で間違いなのである。
「それでもだ、生身にカタナ一つで自ら戦場に飛び込む。いい感じに狂ってるな」
袈裟斬りを弾き、持ち上がった刀身を振り下ろすと共に、ムツミが言った。
「正気で歩める道とでも思っていましたか?」
ササキは横にステップを踏み、刃を躱す。
その際身体を回転させ、引き戻した右腕のカタナで胴の装甲の隙間を狙う。
しかし割り込まれた刀身に阻まれ、届かない。
「それでもよ、無茶が過ぎないか、っと!」
「――――ッ!」
離れようとするが間に合わず、鍔競り合いに持ち込まれ、舌打ちするササキ。
このままでは身体を浮かせられる。押し返すには力も体重も足らない。
故に体勢を立て直すため、自ら後方へ跳んだ。
「どうだ? その辺り」
追撃を覚悟していたが、代わりに言葉がやってきた。
この状況で言うのも何だが、ムツミは殺気立つ事も無く余裕のある様子を見せていた。
意図は判る。この戦いは手段ではなく目的、簡単には終わらせたくないのだろう。
全くの同感だ。
糧とするため、待ち望んでいたものをむざむざ無駄にする真似など出来る筈も無い。
ササキは立ち上がり、息を吐く。
「苦境に身を置かずして、何を得られますか」
「それにも限度ってもんがあるだろ?」
ムツミの声には、明らかに喜色が含まれていた。
「それを鍛えるためにやっているんですよ」
笑い返しながらササキはカタナを握り直し、動き出す。
再び互いに己の手に持つ得物を揮い、彼の身を裂かんと刃を走らせ合う。
斬撃――防御、斬撃――回避。
やはり形勢は互角。しかしそこにササキの勝利する未来は無い。
才能を持つ者の動きには一般的な合理性から外れた、独自のものがあると言われる。
流派なのど技術的な意味でなく、もっと個に因るもの。常人では難しい速度や角度の動作。
それらは才により成り立つ部分であり脅威として、或いは不気味に映るという。
実力そのものは高いが、ササキの剣にはそれが無い。その事は自身が良く理解していた。
経験よって作り上げられただけ、無駄やムラが多い自己流の剣。それだけだ。
故にムツミならば、多少精度は落ちるだろうが動きを簡単に再現してみせるだろう。
ただやられた所で意味は無い。
力はそれに相応しい、正しい使い方をしてこそ意味がある。
力無い者が無理を通すための歪な技を使ったとして、十全の結果にはならない。
ササキという存在が、強者と渡り合うために作り上げたものなのだから。
「そろそろ、全開でいくぞ」
という言葉と同時に、ムツミの動きが変わる。
斜面を滑り降りる様に――それよりも自然な移動。
そこから最初の時を思い出す、鋭く重い一閃が繰り出してきた。
「――くっ」
避け切れず受け止め――直後、身体に衝撃が走る。
「ぐっ!?」
身動きが取れなくなった所でササキの腹部に、ムツミの左拳が突き刺さった。
身体の位置がずれる程の衝撃は十分なダメージを生じさせた。
「ふんっ!」
身悶えする間も無く、首を狙った一閃が飛んでくる。
ササキはそれを倒れる様に身を沈めて、刃から逃れる。
そのまま半ば転がる様に移動し、咳き込みながら跳ね起きた。
「ズァ――ッ!」
そこへ踏み込みの勢いを十全に乗せたムツミの袈裟懸けが叩き込まれる。
ササキは更に後方へ飛び退き、回避する。
攻撃は止まらない。走り抜けた刃が翻り、斬撃を重なっていく。
それは先程より、速度と威力が共に増していた。
「…………、――くっ!!」
回避、回避、回避、回避回避。
手足を使って跳ね回り避け続ける。
攻撃を捨て回避に全力を注ぐ事で、ササキは辛うじて凌いでいく。
下手に手を出せば、その瞬間斬られて終わりだ。
「流石、全身義体、ですね……!」
飛び跳ねる様に刃を避け続けるササキは、頬を引き攣らせながらも笑みを作る。
劣勢も劣勢、生の縁に爪先で踏み止まっている状態なのは理解している。
同時に何故そうなったのか、ムツミの変化も理解していた。
人間らしい歩行を止め、姿勢を保ったままスライドする様な動き。
完全ではないが水平と言って良いこの足場で、まさしく滑る様に動いていた。
生身では不可能な、身体動作に依らない移動法。
まさに能力の強化や拡張を目指した全身義体ならではの芸当である。
その意味を問われれば、凄まじい脅威になると返そう。
単純に言って間合いの調節が自在になるに等しい。
加えて外気呼吸の停止された事も厳しい。
呼吸という動作は行動との関係が深い。
吸気、排気、溜め……状態を知る事で前後の行動の推定が出来る。
故に無くなれば、それが出来なくなる。
こちらは生身でも似た様な真似が可能だが、可不可は問題ではない。
ともかく先程一撃を貰ったのも、読みを外され対応出来なかったが故の結果だ。
「ワードによる、推進、ですか……!」
紙一重で避け続けながら、ササキはタネを言い当てる。
「御名答、見えない癖に良く判ったな」
ムツミは刃を添えて賞賛を贈ってきた。
「嘘ばっかり。端末化していても、見えない様に、隠蔽しているでしょう――にっ!」
ササキは離れる様な回避から一転、肩に手を掛け跳び上がる。
そして頭上を過ぎる辺りで、ムツミの後頭部目掛けてカタナを走らせる。
隙を埋めるための一撃は当然受け止められ、噛み合った刃同士が甲高い音を立てた。
一瞬の拮抗の後、自ら弾かれる形で安全圏まで退避を果たす。
「いや……はや……」
膝をついたまま、ササキは荒い呼吸を繰り返す。
全身が燃える様な熱を帯び、肺が酸素を不足を訴え痛みを発している。
然程長い時間動いていないにも関わらず、酷い消耗。
そこまでしなければ渡り合えない生身の弱さを示していた。
「恐ろしいですね。兵器にカウントされるだけは、あります」
「俺を褒めろよ。中身が無かったらこの程度でも一蹴出来んだろ」
再び刀を担いだムツミは、少々不満そうに鼻を鳴らす。
確かに金やその他条件さえ揃えれば手に入るものを褒められても嬉しい筈が無い。
呼吸を整った所でササキは立ち上がり、苦笑混じりで自らの意見を補足する。
「性能を十全に引き出す貴方の能力を前提としての評価ですよ」
「そうかい。まあいいや」
ムツミは切先を向け、真剣味を帯びた表情で続ける。
「切り札があるならさっさと切れよ。出せず終いとか、無様ですらないぞ」
「判ってますよ。ですが文字通りの切り札なので、使い所が難しいんです。どうぞ」
と言ってササキはカタナを引き寄せ、構える。
先手を譲られたムツミが、訝しい顔をした。
「良いのか?」
「既に二回も貰っていますし、性格は兎も角、本来の剣質は返しですので」
答えるササキに焦りや気負いは無い。
実際の所、言葉の通りだった。
相手の反応さえ許さない先手を取るか、相手の隙を突くか。
単純な性能に劣るササキが、ムツミに勝つには策を労しなければならない。
それを無しに正面を取り押し潰そうとするなど無茶にも程がある。
それでも挑んだのはそれと相手に対する礼儀や、手を尽くす必要の有無を計るため。
何より、単純に剣士らしいやり方が好みだったから、であった。
「そうかい……いくぞ」
ムツミは小さく頷き、静かに動き出す。
「――ゥヅァ!!」
剛体が文字通りに足裏を滑らせて間合いを詰め、渾身の一閃を放ってくる。
下手でなくとも受ければ刀身ごと両断される、そんなレベルだ。
それが一度で済まず、無数に荒れ狂う。
先程の最後と同じく一方的――ムツミの優勢。
双方の手札を合わせた結果としては順当である。
しかし決定的とまでは至っていない。
防戦に回っているササキは被害無く、僅かではあるが反撃までこなしているためだ。
ムツミが全力を出しているにも関わらず、である。
「おいおい、なんで続いてるんだよ!」
大きな払いを放ったムツミが嬉しそうな声を上げる。
技術の面では同等。故にハードの差で押し潰せば終わる――そう彼は考えていた。
しかし現実はそうなっていない。
押せてはいるが、押し切れていない。
僅かに動きが良くなっている様だがその程度である。だからこそ余計に驚いていた。
先の通り、ササキには足りないものがある。
華奢で小さな骨格と馬力の源たる筋肉量に恵まれず、細工も困難な体質の武才の無さ。
鋭さはあるものの、それ以上のものが無い剣才の乏しさ。
戦士として求められる基本的な二つに大きな欠陥があると言っても良い。
そんなハンデを抱えながらムツミと渡り合えている時点で評価すべきであろう。
「――せぁッ!」
刃を掻い潜り懐に飛び込んだササキが、横を抜けつつ斬り上げで左脇を狙う。
「ぬおぉぉ――ッ!?」
ムツミの刀は間に合わなかったが、前腕の装甲で防ぎ凌がれた。
「――――シィッ!」
「ははっ、舐めんなよぉ!!」
更に攻撃を重ねようとするが斬撃で割り込まれ、攻勢を奪われる。
やはりハードの差を利用されると、如何ともし難い。
そうして優勢を取ったムツミだが、その胸中は決して穏やかではなかった。
戦闘状況の時点で当然なのだがそうではなく、危機感によるものである。
原因は数こそ減ったものの鋭さを増した、ササキの斬撃。
言葉の通り、後の先を取るやり方が本来の動きなのだろう。
それでもこの差は相性だけの問題ではない。
「出し惜しみはするなって言ってるだろうよ、っと!」
「上限晒したら勝ち目が無くなる状況で、見せびらかす阿呆が何処に居ます?」
右目を狙った外向きの払いを上へ弾かせながら、ササキは微笑む。
ムツミの猛攻を此処まで凌げている理由、それは単に経験であった。
彼との戦闘は初ではあるが、彼の様な手合いとは初めてではない。
過激な装備の戦闘用サイボーグと、もっと厳しい状況で交戦した事もある。
故に慣れと表現しても良いだろう。
どこまで動けるのかどう動くのか……そういった事を感覚的に知っていた。
システムであるが故に常に最適を選択する癖。
ボディの形状が人型なら、最大限のスペックを発揮するための動作もそれに従う。
ソフトウェアなどの違いがあれど、似てくるのだ。
似ている動きであれば、読む事が出来る。
動きが読めれば、対処の難易度も大きく変わってくるという訳であった。
「フ――ッ」
ササキは連撃の隙を突き、踏み込んで胴を薙ぐ。
無論この程度では回避――後ろに退かれて避けられる。
致命的な隙をついた訳でも、体勢を崩せてもいないのだから当然の結果だ。
「いやはや、恐ろしいものですね」
楽しげに言いながら、ササキは全身の勢いを乗せた振り下ろしを繰り出す。
しかしムツミの取った迎撃の対応に刀身の衝突を嫌い、軌道変更を行う。
その分タイミングが遅れに繋がり 装甲で防御された。
「リスクを避けて勝てるのかよ!」
そして返しの一閃を飛び退いてやり過ごす。
(さて……)
戦闘と平行して、ササキは思考する。
内容はこの戦闘の決着について。
このままの状況――消耗戦では、勝利は不可能である。
故に勝つためには決め手を使わなければならない。
成し得る切札はある。だが、気軽に切れるタイプではない。
使用後に戦闘は不可能な程全身が消耗、損傷する、最後の奥の手という代物である。
使って決められなければ、冗談抜きで後が無い。
それでも確実に勝てるなら良かったのだが、甘く見ても勝ち目は薄い。
腕を落とすぐらいなら確実に出来るだろう。
しかし命を取る――戦闘不能に追い込むのは厳しい。
ムツミ程の実力なら腕を犠牲に凌がれるか、最悪相打ちで仕留められるまである。
どこまでいってもハードの差に悩まされる、という訳だ。そこに文句はさらさら無いが。
「っと……」
首を狙った一閃を防がれ、返しの二斬を躱しながら思考を続ける。
幸いにも、譲れぬ理由は無い。
勿論勝ちたいという思いはある。しがし、負けられない思いは薄い。
水牙達の事は、彼等には悪いがその程度でしかない。
勝てはしなかったものの、得るものはあった。
負けを認め、刃を収める事を頭に過ぎらせた時……ムツミが大きく退いて手を止めた。
「そろそろ、ケリをつけるか」
仕掛けを警戒したが、その言葉で意図を理解する。
此方の逃走の気配を察したのだろう。
「良いんですか? 耐えれば勝ちですよ」
「違うな。それはお前の負けであって、俺の勝ちじゃねーだろ」
問い掛けに、ムツミがため息をつく。
勝ち負けは表裏一体に非ず。そして手に入れるものであり、貰うものではない。
手に入れられるものは余す所無く、見事な主義の一貫である。
そこに彼と己は別種の存在である事、同時にその思考に好ましさを感じていた。
加えて我を通すために勝手にやったとはいえ、勝ち目を渡す真似までさせたのだ。
なればこそ、受けない理由は、無い。
ササキは笑顔を向け、カタナを構える。
「……確かに、その通りね。失礼しました。それと、ありがとうございます」
「ああ、それでいい」
ゆっくりと頷いたムツミも、刀を上段に持っていく。
「んで、一撃か?」
「そういうのは苦手なので、いつも通りに往かせて貰います」
「聞いておいて良かった。危うく負ける所だった」
口元をにやけさせて嘯くムツミの腰が沈み、全身に力が溜められていく。
ササキも呼吸を整え、感覚を研ぎ澄ませる。
抱く感情は歓喜、それだけでいい。
ひたすらに楽しみ、全てを血肉と化せ。
「――さあ行くぜ」
「ええ、こちらも行きます」
此度の邂逅、最後の打ち合い。
互いに余力を残す事を捨て、相手を仕留めるためだけに動く。
刃の交錯。
一閃を避け、反撃――それを反撃。
今まで以上に紙一重、小さな切創が増えていく事すら許容した限界へ迫っていく。
攻防がめまぐるしく入れ替わる打ち合いの中。
ササキの口から言葉が滑り出る。
「――八艘跳んで空を駆け」
宙を滑る様な足捌きで斬撃を躱す。
「――七星仰ぎ赤星示す」
大きく跳び上がり、ムーンサルトを行って切り返し、接近に転ずる。
言葉の内容そのものに意味は無い。
技術的なものの無い、軽い自己暗示。平たく言えば単なる景気づけだ。
「――六文要らずの剣揮い」
迫る斬撃をカタナで六度捌いて隙を窺い、
「――五体を穿つ凶器と成す」
反撃とばかりに首とつく部位五箇所へと刺突を見舞う。
しかし対応出来る範疇らしく、刀身と前腕の装甲て受け弾かれ、火花が散る。
一連の動きは演舞の様に調律が取れていた。
受動的である筈なのに、型をなぞるが如き振る舞い。
音や光さえ演出の一つとして、踊り手たる二人を飾り立てる。
「なんだそりゃ、まじないかぁ!」
全身を回転を乗せた外払いで反撃するムツミ。
その意識は不思議な感覚に囚われていた。
ハッキングや誘導を受けている訳ではない。
何か大きな流れの中に包まれている様な奇妙なもの。
故に苛烈な攻めをもって抗うのだが……
「――死線の奥へ足を置き」
ササキは四歩の足捌きで全てを避け、崩れる事は無い。
そこから刃を翻し、攻撃へ繋げる。
「――斬の理垣間見れば」
半ば刺突と化した三連斬が肩口の装甲の隙間を縫い、ムツミの身体を斬り裂く。
だが浅い。機能を奪うには程遠い。
そしてほぼ同時に左脇腹に痛みが走る。避け切れず斬られた。
具合からして浅くないが、勝負が決まる程でもない。今は無視する。
意識と肉体が限界へと近づいていく。
「ちぃぃぃぃ――!」
「――二つの刃鳴散らし果て」
二度の打ち合い。跳ね上がったササキのカタナが半ばから折れ飛んだ。
得物の差を考えれば当然の結果だ。判っていたからこそ、今まで避けていた。
それでも起こしたのは勝負に出たからに他ならない。
決め手の一つにして、布石。
「馬鹿が……恨むなよ!」
勝利を確信したムツミが、刀を振り被る。
抵抗の無くなったこの間合い、どう行動されようが仕損じる事は無い。
勝負は決した――筈なのにササキは引かず、止まらない。
気づいていないのか、折れたカタナを構わず振るう。
その剣閃は最速の更に上を行った。
折れて軽くなった分の加速。
そして、閃光。
「ハッ――!」
「――一閃煌き、道拓く」
互いに振り終えた姿勢で、動きを止める。
数瞬の静止。
断たれた右腕が、地に落ちる。
「はぁ――かふっ」
力が抜け膝をついたササキ息を漏らし、咳き込む。
呼気には濃い血臭が混ざり、口の端から血の筋が伝う。
全身に血を滲み、目の焦点も合っておらず、半ば失神の様相を呈していた。
「……随分な格好だな。とても、勝者の姿には見えないぞ」
そんな言葉を口にしたムツミが、仰向けに倒れる。
右腕上腕を半ばから断たれ、胴体も右の鎖骨の辺りから斜めに大きく斬られていた。
断面から血液などに相当する循環液が流れ出ている。
それでも、慌て苦しむ様子は無い。
脳などの重要器官の保護と信号遮断がなされているからだろう。
無論全く平気でもないだろうが。その辺りもまた全身義体の長所と言った所か。
「どんな奥の手を使ったんだ? エネルギーブレードにしちゃ、タネは無いみたいだが」
意識はあるか、と問われた所でササキの目の焦点が戻る。
「……やった事は一緒ですよ。本当なら、秘密なんですけどね」
他言無用の前置きをを挟み、ササキは種を明かす。
「手解きしてくれた人曰く、魔術らしいですよ。ワードとは違う本物の」
「なるほどな。そりゃ見えなかったワケだ」
ムツミが苦笑する。
ササキが行ったのは、折れたカタナを軸に魔術で作った新たな刀身による斬断。
本人の言葉を借り、要約するとこういう事になる。
同様の真似はワードでも可能。ただワードでは行使の段階で認識も可能となる。
見えなかったが故に何も無いと思い込んでしまい、結果対応を誤る一因となった。
「隠蔽目的じゃなくて、苦肉の策。その副産物ですけどね」
「ワードも、使えないんだっけか?」
「そっちの才能も無いのに強引にやってるんで、とても割に合っていませんが」
と言ってササキは肩を竦め――痛みが走ったのか体を震わせる。
見ての通り、切り札の使用による反動は酷いものであった。
しかし、この代償は絶対のものではない。
正しい能力――魔力や制御が出来れば、本来はこの有様にはならないのだ。
起動に要する魔力確保のための自己強化も含め、強引に発動させた故の結果であった。
「そうだ、アレの名前はなんて言うんだ?」
「名前、ですか……無いですよ?」
首を傾げながら答えるササキ。
その反応に、ムツミは呆気に取られた表情を見せた。
「マジか? 元になったのでもいいが」
「確か力場生成とか洒落っ気の無いものだった筈ですけど」
「あれだけの前口上があるってのにかよ」
と言ってムツミはため息をつく。
「あれは単なる景気づけ、技術の無い自己暗示です」
苦笑するササキに、ムツミは再びため息をついて言い放つ。
「格好がつかないにも程があるぞ。考えとけよ」
「そうですね。考えておきます」
「さて、もう少し話していたかったが、そろそろ切り上げ時だな」
ムツミは疲れを滲ませた息を吐く。
流石に余裕が無くなってきたのだろう。
「具合は大丈夫です?」
「警報がうるさくなってきた所だ。ま、閉鎖すれば問題無いさ」
「そうですか。それでは」
立ち上がろるササキに声を掛けたムツミが自分の鞘を差し出してくる。
「待てよ、行くなら持っていけ。素手よりはマシだぜ」
「それでは、有り難くお借りします」
ササキは鞘を受け取り、刀を拾い上げて収める。
「ああ。じゃあ……またな」
それを見届けたムツミは、意識を手放した。
「さて行きますか。まだ何も終わっていませんし」
そしてササキは動き出す。
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