中編:ストリート・ストーリィ13

 新京の動脈たる、環状線をメインに四方へ伸びる都市高速。

 マオ達を乗せたワゴンはその中を走っていた。

 周囲――正確には前後に同じ速度帯で走行する車両の姿が在る。

 発進してすぐの時からずっと同じ位置関係を保っていた。

 彼等の反応の薄さからして敵ではない。恐らく護衛だ。

 ワゴンの行き先は方角などから考えて、都市外縁部にある空港。

 目的は勿論、高飛びをするためだろう。

 それを阻止する方法を考えているが、マオの脳裏に良いものは浮かばない。

 黒スーツ達を昏倒させて車を奪う、車外へ飛び出す。

 これらは実行したとしても失敗に終わり、あっさりと捕まるだろう。

 それでも思考は止めない。止めれば敗北を認める事になってしまうから。


「…………」


 外へ投げ出した視界に映るのは、アクリル張りの防音壁と路面ばかり。

 中央分離帯の向こう側にはそこそこの数の車両が見えるが遠過ぎた。

 尽くせる手すら無い、お手上げの状況。

 そんな視界の中に変化が起こる。


「あ……」


 前方、路肩側の照明の一本が車線に向けて倒れてきたのだ。

 直撃すればただでは済まないのは明白。


『大丈夫か?』

『ああ、減速して路肩側を抜ける』


 なれば回避に動くのは当然であり、前走車も進路変更と減速を行う。

 そして照明が路面にぶつかり、激しい音と軽くない衝撃が響く。

 衝突の瞬間、照明の根元の辺りから何かが前走車へと飛んでいった。

 それが前走車の前部に重なると――車体全体がバラバラに寸断、路面へ散らばっていく。


「な、なんだ!?」

「バカ、止まるな!」


 男が叫ぶが、後の祭り。

 反射的な急ハンドルとブレーキによって限界を超え、スピンを始めた。

 タイヤが甲高い悲鳴を上げ、路面にブラックラインを残していく。


「うわわっ!?」

「ひゃぁ……!」


 衝撃に揺さぶられ、マオとアリスは身を縮込ませて耐えるしかない。

 二回転半ほどしてワゴンは停まる。

 幸いにもどこにもぶつかってはいないため、物理的被害は出ていなかった。


「クソっ! ――うぉっ!?」


 ライフルを手に男がワゴンから飛び出し――直後、身を投げ出す様に横へ跳んだ。

 着地の際バランスを崩した訳ではない。

 原因はばっさりと傷の入ったコートが示している。


「はっ、やっぱりお前か……」


 顔を上げ、見据えながらムツミは立ち上がる。

 やったのは前走車の残骸の陰から飛び出してきたモノ。


「どうも、突然失礼を……おや」


 変わらぬ穏やかな様子のササキが居た。

 片手には軽量合金の刀身に樹脂製グリップの組み合わせの、何の変哲も無いカタナ。


「まさか、こんな所で出逢うとはな」

「光栄です、とでも言うべきですかね」

「こっちとしては大迷惑だよ」


 男は苦笑し、頭を掻いた。

 そしてワゴンの黒スーツに通信を送る。


『旦那方、攻撃はナシだ。合図するまでは離脱もな』

『相手が一人なら排除すれば良いだろう』


 まさに行動しようとしていた黒スーツが、男の咎めに従い動きを止める。


『そう簡単には片付かないと思うがね。最悪足を奪われるかもな』


 男の視界はササキを捉えていた。

 その様子は悠然としていたが、意識を逸らした事を認識させたら即座に襲ってくる。

 剣呑な気配を秘めている印象――確信があったからだ。


『そんな相手なのか』

『俺の見立てだとな。さっきの見てただろ?』

『…………』

『そっちの仕事は彼女の輸送だ、こんな所でもたついてたら敵の数が更に増えるぞ』


 いっそ呑気と評したい向こうの調子に押し通したい衝動を抑え、男は説得を続ける。

 そうする理由の一つに、証拠の無いがササキの登場は偶然ではないという推測があった。

 根拠はこちら側を走る車の無さだ。

 偶然と片付ける事も可能だが、交通管制が入ったと見るべきだろう。

 位置情報が捕捉された事と併せればそちらが自然である。

 その割に戦力投入まで至っていないのは、手が回らなかったか着いていないだけか。

 願望も混じるが前者であると、男は判断していた。


『お前はどうする積もりだ』

『残ってこいつの足止めさ。代わってくれるなら喜んで譲るが』

『……解った。此処は任せる』


 ワゴンが動き出す。

 ササキはそれを、男を見据える視界の端で見送る。


「良いのか? 行かせちまって」

「全員の足止めは、流石に厳しいですから」

「ホントかよ」

「そういう事にしておいてください」


 ササキは薄い笑みを浮かべる。

 そして息を吐き、居住まいを軽く整えてから口を開く。


「改めまして。初めまして、ですね」

「ああ、初めましてだな」


 二人は言葉を交わす。

 約束通りの挨拶だ。


「まずはお互い既に知ってると思うが名乗ろうじゃねーか。それが礼儀だろ」

「そうですね。では僕からいかせていただきます」


 ササキは一礼を挟み、自己紹介を始める。


「僕の名前はササキです。『鞘無し』なんて呼ばれる事もありますね」

「俺はムツミ・Kだ。俺も『剣鬼』なんて二つ名がある」


 男――ムツミがは楽しげな笑みを浮かべて応じる。

 そんな彼の言葉にササキは興味深げな表情をして尋ねた。


「まさムサシ……なんていう事は無いですよね?」

「良く言われる。そういうそっちはコジロウか?」

「やめてくださいよ。負けた男の名前なんて縁起が悪いじゃないですか」


 ササキは唇を尖らせ、不本意を露にする。


「何でお前は剣を握ってるんだ?」

「生きるため、見つけた道を往くため……そんな所ですかね」

「必要に駆られてか。前にはそれ以外にも在ったのか?」

「いえ、最初からこれだけです。復讐とか継承とか、そういうのは一切ありません」

「はっ……そいつは厄介だな」


 言葉と裏腹に、ムツミは口元を獰猛な笑みの形に歪める。


「そうですか?」

「そうだろ。望みが無いに等しいって事は会話じゃ済まないって事だ」

「確かにそうですが、いいんですか? 貴方も望んでいるのに避けようとするなんて」

「一応俺は雇われなんだぜ。仕事はしなくちゃならない。形だけでもやっとかないとな」


 と言ってムツミはライフルを肩に担いで見せる。

 正しくポーズ。同時に達成する気の無さの表れでもあった。


「あーあ、此処まで気の合う奴なら一回ぐらい呑みに行きたかったんだがな」

「僕はそこまで呑めませんけど、色々聞いたりしてみたかったですね」


 ササキは頷く。


「どんな戦いをしたのか。どんな相手を斬ってきたのか。ああ、聞きたい事が溢れてくる」

「だろ? 勿体無ぇよな。日本人なら余す所無く味わわなきゃいけねえってのによ」


 立場が無ければ、良い友人として末永く付き合えた間柄――筈が無い。

 例え柵が無かったとしてもいずれ出会い、剣を合わせていただろう。

 単なる手合わせに終わらない――終われない。

 やるからには全力でなくてはならない。よって良くて片方が死ぬ。そこまで止まらない。

 言葉は余禄でしかないが深い所まで語れる貴重な存在を失うのは、残念で仕方が無い。


「向こうと言えばだ。お前、今回の顛末に興味は無いのか?」

「ありませんよそんなもの」


 ムツミの問いに、ササキは強い声で断言する。


「そんなもの扱いかよ」

「ええ、今この瞬間に比べたら他の全てが無価値です」

「酷い言い草、なんて言える口じゃねーか。俺も同感なんだからな」


 と言いながらムツミは喉の奥で笑う。

 その様子に笑みを深めながら、ササキは続きを口にする。


「それにですね、姿を見かけたあの夜からずっと楽しみに待っていたんですよ」

「あの夜……何時の話だ」


 疑問符を浮かべるムツミ。


「一昨日の深夜ですよ。違いました?」

「あれか……て事はあの時見てたの、お前だったのか」

「おや、見えてたんですか」


 喫驚するムツミにササキも驚く。

 戦闘そのものを思い出す事を求めていただけだったのだ。

 あの状況で、観戦者ですらない者を憶えていたとは思っていなかった。

 それを見て、ムツミはしてやったり、といった風の仕草を見せる。


「誰かが見てたのは判った程度だよ。どうだった? あの時の戦いはよ」

「楽しそうではありましたね。充足感は足りなかった様子ですが」

「……良く見てるじゃねえか」


 ササキの率直な感想に、ムツミはサングラスのブリッジを指先で叩く。


「話の種はつきないが……契約してる立場もある。そろそろ始めていいか?」

「我慢出来なくなったの間違いじゃないんですか?」


 嬉しそうに切先を左右に揺らしながら、ササキは問い返す。


「そりゃお前だろ……っと、悪いがその前に準備をさせてくれ」


 と言ってムツミはライフルを足元に手離し、コートを脱ぎ捨てる。

 その下には随所に装甲を配したコンバットスーツに包まれた屈強な身体と、大量の武装。

 ハンドガンにショットガン、幾つものマガジンにグレネード。

 戦闘ではなく戦争用の出で立ちと言うべき具合であった。


「凄い量ですね」

「だが、こういうのは無粋だろ」


 ムツミは次々と装備を毟り取っては投げ捨て、小山を築いていく。

 締めに最後のグレネードを起爆状態で投げ込むと、その場から離れた。


「刀は背負うもんじゃねぇ」


 と言って、ムツミは足を動かしつつ背中から刀を取り出した。

 どうやって隠し持っていたのか疑問の過ぎるサイズのそれを、鞘ごと腰へ移動させる。


「佩くか差すのが正道だ。違うか?」

「そうですね……」


 ササキは口元の笑みを深める。

 強者を求めていただけなのに己に近い存在だったのだ。

 道を往く者にとって同系の存在程、希少なものは居ない。

 それに逢えて、嬉しくない筈が無い。

 小山が火に包まれる。どうやら焼夷モードだったらしい。

 ムツミがゆっくりと刀を抜いた。

 そして二人は正面に構える。


「では、尋常に」

「いざ……参る」

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