中編:ストリート・ストーリィ12

「くそっ、馬鹿みたいに撃ちまくりやがって!」


 事務所のデスクの陰で、銃を手にした側近が毒づく。

 戦場の最前線の様に銃声と着弾音が断続的に続いていた。

 原因は勿論、敵――カワモトの手による襲撃である。

 突入されかけた所を側近と数人の組員と共に応戦している、それが現在の状況だった。


「うわっと!? 駄目だおやっさん、裏も完全に塞がれてる!」


 直接外を覗こうとしていた金髪の若い組員が、傍を掠めた銃撃に慌てて頭を引っ込める。


「となると屋上も無理だな。チビ達は無事か?」

「大丈夫です!」

「は……はい」


 側近の問いに近くに居たマオ達が答える。

 隣に居るアリスは流石にこの状況に怯えていたが。

 そんな彼女の手を握りながら、マオは別の問いを投げかける。


「これってやっぱり、目的は決まってます?」

「恐らくな」


 側近がマオ達の傍に移動してくる。

 実は問いかけるまでもなく、向こうの目的がアリスなのは判っていた。

 白兎組そのものへの攻撃ならば攻撃は終わって、逃走されている筈なのだ。

 特に殲滅が目的なら事務所を丸ごと吹き飛ばす方が楽で確実だろう。

 攻撃の激しさから装備の不足の可能性は無い。

 それならば、と考えたマオは思いつきを口にする。


「だったら、引き渡せば収まるんじゃ……」

「そいつはナシだ。その子を渡しても、俺達は助からない」


 しかし、側近はばっさりと切り捨てる。


「何でです?」

「交渉抜きで奪いに来たんだ、後々面倒になりそうな奴を残す相手だと思うか?」

「…………」


 マオは黙ったまま、怯えるアリスの頭を撫でる。

 彼の意見は筋が通っていた

 その通りならこの状況の説明もつく。

 そして推測が正しいのであれば、結果も似た様なものになってしまうだろう。


「それじゃ、打開策はあります?」

「ほぼ無い。準備も無しに仕掛けられたんだ。最悪を避けるのが精々――窓だ!」


 側近が声を張り上げる。

 直後窓を破れ、敵が突入してくる。


「――くっそ!!」


 窓に一番近かった黒髪の組員が側近の声のお陰もあって反応し、銃を向ける。


――敵味方の銃声が重なる。


 その結果、運悪く頭部に着弾した敵兵は死体となって床に転がり落ちた。

 一方の白兎組も、無傷では済んでいない。


「大丈夫か!?」

「ぐ……右腕は動きます!」


 黒髪は撃たれた右の肩口を気丈に振舞う。

 しかし利き腕を負傷した以上、影響無しとは言い難い。

 撃ち込まれる銃弾が盾にしているデスクや壁に穴を開けていく。

 相手のメインルートである出入り口の攻勢も激しさが増していた。


『弾の残りはどうなってる?』


 陰に隠れたまま、手だけ外に出して撃ち返しながら側近は通信で確認を取る。


『マガジン二つ、それだけです』

『今使ってるのが最後です』

『こっちも似た様なもんですよ、くそったれ』


 返事はどれも芳しくない。

 此処は単なる事務所であり、武器庫ではないのだ。常備している弾薬も高が知れていた。

 この拮抗は此方の反撃によって成立している。

 弾が切れたと判れば敵は意気揚々と突っ込んでくるだろう。

 残された時間は多くない。

 時間経過で助かる見込みは無い。


「……あ」


 通信の事は知らないが雰囲気から察していたマオが打開策を思いつく。


「ちょっとごめんね」


 自分にしがみついていたアリスを離させ、倒れた敵兵に近づく。

 そしてその懐を探り、目当てにしていたハンドガンを抜き取る。

 これを使って加勢……などする気は無い。

 それで解決するなら最初から協力させられていただろう。

 やるのは博打、成功すればこの場の全員が助かる大勝負だ。

 使えるならこのままいけるのだが……


「やっぱり、駄目か」


 多少弄ってみたものの、トリガーの動く気配は無い。

 現代の一般的な銃器には物理的だけではなく、電子的な安全装置が組み込まれている。

 形式は様々だが、それも解かなければ動かない。

 今の様に第三者に容易に使わせないためのシステムである。

 仮にハッキング出来たとしても、簡単に解除が可能な代物ではない。


「これ、オレに使える様にして」


 マオはアリスに向き直り、ハンドガンを示す。

 しかし、彼女の力なら話は別だった。


「ひゃっ!?」

「ごめん、時間も手も無いんだ。何とかする。だから、お願い」

「……わかった」


 説得されたアリスはハンドガンに触れ、瞳を閉じる。

 すると一瞬でロックが解除され、残弾やバレルの状態など各種ステータスが流れてきた。


「戦うの?」

「まさか。この場をなんとかするだけ」


 多少危なっかしい手つきながらも、マオはグリップを握る。


「もう少し怖い思いをさせるけど協力、してくれる?」

「うん」


 問い掛けに、アリスは迷う事無く頷いた。

 準備は全て整った。後は、覚悟を決めるのみ……今、決めた。

 空いている手で彼女を抱き寄せ、反対の腕を上げ、頭上へ向けて二発。


「全員動くなぁ!」


 そして叫び、アリスのこめかみに銃口を突きつけて立ち上がる。


「なっ……おい」


 声を漏らす側近を目で制し、マオはこの場の全員へ告げる。


「そっちの目的はこの子なんでしょ? どうでもいいってなら頭を吹っ飛ばす」


 返事は無い。

 ただ攻撃が止んだ事から、聞こえてはいるのだろう。


「そっちの人達は、この子を助けに来たんでしょ。今からそっちにいくから」


 と言って、マオは出入り口に向けて歩き出す。


「やめろ、そんなブラフは利かないぞ!」


 発砲の瞬間を見ていなかった黒髪がマオを止めにかかる。

 マオはそんな彼の足元を撃ち抜いて黙らせ、歩みを続ける。


「おい、行くなって!」

「待て!」


 更に止めようとした金髪を制して、側近はマオを見やる。


「頼むから、撃たないでよ」


 双方に告げながら、マオは側近へ頷きを返す。

 そこからの反応が無い事から、どうやら意図は伝わったらしい。

 そのままゆっくりと歩き、出入り口を抜ける。

 そこにはしっかりと武装した男達が六人も居た。

 彼等の持つ銃口は全てマオに向けられている。

 その状態で、一人が問いかけてくる。


「撃つなよ。その子の命はお前と繋がっていると思え」

「判ってる。この子渡すから一緒に連れてってよ」


 マオはそのままの姿勢で要求を突きつける。


「お前は何者だ?」

「この子と偶然一緒に居たら、巻き添え食っただけ」

「よし、連れてってやるからついていけ」


 流石に全面的に信用はしていないだろうが、そう間を置かずに男は答えた。

 とりあえず窮状からの脱出は成功、しかし此処からが本番だ。

 内心と、意図を気取られぬ様注意を払いながら、マオは尋ねる。


「此処の連中はどうすんの?」

「皆殺しにして欲しいのか?」

「まさか。ショックを与えたくないだけ。連中、意外と良い奴だったし」


 マオはアリスを抱える手に力を込める。

 内容に嘘は無い。意味する所が多少違う程度だ。


「……俺達の仕事はその子の確保だ」


 やや間を置いて、男が答える。


「追撃の阻止はするが殺害はしない。依頼の範囲外だからな」


 と言って男は手を伸ばし、掌でマオの頭に触れる。


「判った。連れてってよ」


 マオはトリガーガードに指を引っ掛けた状態でハンドガンを差し出す。

 撃つ意図の無い意思表示だ。

 反対の手もアリスを離し、手を繋いでいる。


「よし。ついていけ」


 男はハンドガンを受け取ると、他の二人が動き出す。

 そうして外に出た所で、アリスが後ろを振り返る。


「大丈夫かな……」

「うん、大丈夫」


 意味を察した上で、マオは彼女の言葉に応える。

 そして二人は近くに停まっていた、後部ハッチの開いたワゴンへ乗せられる。

 前の席には最早見慣れた黒スーツ。

 後部座席の前方側にも、先客が居た。

 此方はスーツではなく分厚そうなコートに身を包み、大型のライフルを抱えた大男だった。


「――っ!?」


 乗る際にその姿を見たアリスが、恐怖に身体を竦ませる。

 一連の元凶、その具象化と言って差し支えない存在なのだ。当然の反応だろう。

 大男に関しても、小さめなレンズのサングラスをかけている事もあり、威圧感の存在は否めない。

 マオは彼女の頭を撫でて落ち着かせながら、一緒に乗り込む。


「悪いな。怯えさせたか」

「え? あ、いえ……ごめんなさい」


 先客に声を掛けられたアリスが、申し訳無さそうに謝る。

 そちらに対しての行動じゃなかったのに詫びさせたからだろう。

 そうしている間にハッチが閉じられ、ワゴンが動き出した。

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