中編:ストリート・ストーリィ11
翌日早朝、とある喫茶店。
水牙はササキと共に夜の内に約束していた相手と会うために、そこを訪れていた。
件の人物は店の奥側、通用口付近の席に座っていた。
隣のテーブルには護衛らしき姿が三人。スーツ姿だが、間違いなく武装しているだろう。
そんな彼等に水牙は臆する事無く、人物の向かいの席に手を掛ける。
「お待たせしましたかね」
「大丈夫ですよ。そこまで忙しくなかったもので」
件の人物――三十前後と思われる細身の優男は、外見相応の柔らかい声で答える。
顔全体が笑っている様な作りをした彼はウツミと名乗っていた。
立場はカワモトの役職持ち――つまり三上と同様。
当然だが、三上の味方ではない。特に今回はは三上と対立する関係にある。
内外の評価はそこそこ、そして穏健派。特に後者が接触する理由すの一つであった。
なお、水牙との間に面識は無い。
今回カワモトと取引するため仲介屋に頼んだら彼が来た、という流れである。
「そちらの護衛は彼だけですか?」
「ええまあ」
曖昧な返答を口にしながら座る水牙。
ササキは隣のテーブル、カワモト側の護衛の居るテーブルに着いた。
その直後に現れたホロウィンドウを突いて注文を済ませる。
すると即座に頼んだものが円筒形の汎用ロボによって運ばれてきた。
まるで自販機並みの速度だが、現代の普通の店ならこんなものである。
席料の支払い代わりを済ませ、水牙はまずは社交辞令を口にする。
「改めまして急なお願いに応じてくださった事に、感謝を」
「問題になりませんよ。それでうちの三上についてでしたか」
「ええ。一連の事を仕掛けた張本人、そしてそちらからの裏切りを画策している件です」
「おおっ、そんな情報何処で手に入れたんですか」
白々しく驚いた素振りを見せるウツミ。
身内の行動である。流石に全容の把握はないにしても、全く掴んでいない筈は無い。
此方を試しているにしても清々しいまでの態度である。
「そこまで難しくなかったみたいですよ。時間も余りかかりませんでしたし」
水牙も煙に巻いた態度で応じる。
「そうですか。ところでそれを伝えに来ただけではありませんよね?」
「渡せる分は差し上げます。と言っても手に入れたほぼ全部ですが」
と言って水牙はスティック型のストレージをテーブルに置く。
中身は言葉の通り集めた情報だ。
具体的には何が起こったかがメインで、アリス関連のものは流石に抜いてあるが。
「……決定的なものではありませんね」
ウツミは早速中身を斜め読みして、笑顔で答えを口にする。
その反応に落胆した様子も無く、水牙は頷く。
「やはりそちらが動くには足りませんか」
「調べる動機としては十分でしたが、それ以上にはなりませんね」
「でしょうね。でもそれじゃ間に合わない」
「そちらの事情だと、そうなりますか」
ウツミが変わらぬ笑顔で告げてくる。
短いやり取りだったが、性格の厄介さは十分に理解させられた。
仲介屋から食わせ者と聞いていたが、そんな言葉では収まらない程だ。
穏健派は善性とイコールに繋がらない。
自己や社の利益はきっちり行い、そのためにはえげつない手も平気で取るタイプと見た。
そのやり方も押してこない代わりに此方の意識を誘導して、都合の良い方へ持っていく。
はっきり言ってタチの悪いものという印象を得ていた。
正直味方に近い立場でも関わり合いになりたくない手合いだが、贅沢は言ってられない。
「そちらも被害を被るのに、随分と他人事ですね」
故に、水牙は反撃の一手を取る。
「どういう意味ですか?」
「奴は狡猾です。恐らくですが今回の行動を済ませたら社を離れますよ」
「確かにその可能性はありますね」
余裕の表情で頷くウツミに、水牙は畳み掛けていく。
「悠長に構えていたら逃げられますよ。足跡ぐらいは掴んでいますよね」
「こちらにも事情がありますので」
「身内を刺すなんて軽々しい真似ではありませんが、今まさに裏切る相手ですよ」
「それでも書類の上では有能な訳でして、こちらとしても困っているのです」
ウツミは本当に白々しい言葉を吐く。
一応本心も混じっているだろうが、大部分は演技だろう。
「ですので、こちらの行動に協力を願いたいのですが」
それを汲んだ上で、水牙は告げる。
「具体的な要求をどうぞ」
「三上への支援の妨害と、攻撃の免状を」
水牙の要求は単純かつ容易なものだった。
三上の戦力補強の阻止、及びカワモトへの攻撃ではない事の証明。
つまり大立ち回りをするに際し、纏わりつく面倒事の処理であった。
想定より大人しい内容に、ウツミは軽く驚いた表情を見せる。
「そちらが望む報酬や補償などはありますか?」
「なるべく関係を持ちたくありませんので結構です」
水牙はにべも無く言い放つ。
「では……それを飲む事による、こちらのメリットは?」
咳払いを挟み、ウツミは自分のペースに引き戻すべく意地の悪い質問をしてくる。
「手を汚さず、自腹が少なく済みます」
「それだけですか?」
「ええ。ですが安くはない筈ですよね」
水牙は涼しい顔で切り返す。
企業の部隊を動かすのは単純な資金的にも、労力的にも安いものではない。
常識であり、報酬としては十分だと判断していた。
「そこを言われると、弱いですね」
と言ってウツミは苦笑する。
要求自体は彼の方でも文句は無かった。そもそも申し出は受けるつもりでいたのだ。
だがより美味しい条件が出るなら、それを引き出そうとするのは当然の行動である。
元々部隊動員の出費は前提であり、代償に白兎組へ大きな貸しを作る事が彼の予定だった。
その前提が崩され、代案も浮かばない事に悩んでいるのだろう。
条件を蹴る選択肢は無い。むしろ魅力的なのだ。
それが同時に警戒する理由にもなるのだが。
「返しの代わりの質問ですが、攻略の目処は如何程です?」
「奴の揃えた戦力が御社の戦闘部隊じゃないなら、やり方次第ですよ」
「そちらもそこまでではない様に見受けましたが」
「真正面の殴り合いだけが手ではないでしょう。足りないなら外から呼べば良いですし」
水牙は不敵な笑みを浮かべる。
「盤面をおじゃんにされなければ、ですか」
「そのための一手がこの場ですよ」
「鉄と火薬の舞台を作るための、思考と言語の戦場。それが貴方の本領ですか」
楽しそうにウツミは頷く。
その姿に水牙は若干呆れを抱いた。
「それはお宅もでしょう」
「数字と名前を動かして状況を操り、結果を手に入れる事が仕事ですから」
ウツミは悪びれた素振りも見せない。
「中々面白い人ですね。貴方がたの上司」
二人のやり取りを眺めながら、ササキは暢気に振舞う。
「そう思いません?」
「……ノーコメントで」
無言を通していたのに話を振られた護衛は、やや間を置いて答えた。
隠したものの、本心は答え方から丸判りである。
ウツミの言動からして、普段から相当振り回されていると予想出来た。
そんな外野を他所に、水牙とウツミは交渉を続ける。
「そういえば、今回の件に対する行動の動機は何ですか?」
「勿論立場を果たすためです。そのための存在でもあるんですから」
「てっきり彼の探し物を手に入れてしまって、奪い返されない様にしているのかと」
変わらぬ笑顔のまま、ウツミは鋭い一言を放つ。
今までの話し振りからしてアリスの事そのものは掴んでいない。
単なる推測――いや、邪推だろう。
三上の隠蔽が杜撰だった事はあるまい。立場にあるだけの能力は在ると言うべきか
「冗談でしょう。仮に持っていたら取引して手を引いてますよ」
水牙はカップを浅く傾けた後、努めて平静な態度で返す。
しかし、ウツミは更に突っ込んでくる。
「ちなみに、その場合どれぐらいのお値段で?」
「手放す事を優先して低目の値段になるでしょうね」
「ふむ、それはゴールドぐらいですか?」
「持ってないものをどうやって売れるんですか」
水牙は嘆息を挟み、手を振りながら続ける。
「あー……これも仮の話ですけど、渡すと言っていたら取引したんですか?」
「ん――、中身次第ですね。面倒事を抱え込む趣味はありませんし」
朗らかな笑顔でウツミは答えた。
本当に、清々しいまでの態度である。
「そちらはさておき、そちらの申し出は喜んで受けさせていただきます」
「感謝しますよ、その事についてだけは」
水牙は曲解の余地の無い様、強調した意見を口にする。
――電子音が会話を遮る。
直後、双方の目の前にホロウィンドウが現れる。
それに対して二人がアクションを起こす――より早く、動く者が居た。
「先行きます。詳細などが出てきたら連絡下さい」
ササキは一方的に言い残し、走り去る。
「――ッ、判った!」
反射的に呼び止めようとした水牙は一瞬の逡巡を交え、そう答える。
「良いんですか? 護衛を失って」
「問題無いと判断したんでしょう。それより失礼」
水牙は答えを待たずに通信に出る。
『どうした?』
『襲撃を受けています!』
通信相手である側近が慌しく音質の悪い声で、状況を簡潔に告げてきた。
妨害を出力強化か何かで強引に突破している事が原因だろう。
ともあれ時間に余裕が無い事は確定していた。
『相手は判るか?』
『不明ですが、まあ決まってるでしょう!』
『だろうな』
ウツミに視線を送ると、彼は頷きを返してくる。
向こうも伝えられた情報は似た様なものだったらしい。
恐らく三上の配下に監視をつけていたのだろう。
治安連合へ通報を行いつつ、水牙は指示を出していく。
『無理はするな。人命を最優先、だが投降は絶対に避けろ』
『了解で――』
そして断絶気味に通信が切れる。
投降を禁止したのは、受け入れられても口封じに殺されるからだった。
そして意識を目の前に戻した水牙は、通信を終えていたウツミに尋ねる。
「ウツミさん、一つ頼み事をしたいんですが」
「安くないですよ?」
「こっちが便乗させて貰うだけですよ。駄目なら俺達が不利になるだけです」
水牙は眉一つ動かさず、挑発的に言った。
行動自体は容易な上、損をするものではない。
向こうとしてもこの程度で稼ごうと思っていなかったのか、素直に受け入れてくれた。
「良いでしょう。どの様なものですか?」
「奴が高飛びに使う空港を教えてください。そっちでやる方が早い筈ですし」
「なるほど。自腹や細工をするタイプではなかったですね」
ウツミはほぼ間を置かずに、手に入ったデータをホロウィンドウで提示してくる。
会話に平行して指示を飛ばしていたらしい。
データを受け取り、水牙も立ち上がる。
「助かりました。それじゃそっちも頑張ってください」
「成功を祈ってますよ。その方がこちらも楽ですから」
ウツミの言葉を背に受け、水牙も喫茶店を後にした。
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