中編:ストリート・ストーリィ10

 新京某所。少々小振りだが、見るからに高級な構えの料理屋。

 その奥側の一室で、食後のコーヒーを堪能する男が一人。

 優雅と言える物腰をしていたが、その顔には渋みが出ていた。


「全く、この程度でここまで手を煩わされるとはな」


 男――三上はカップを傾けながら、神経質そうな声で愚痴を漏らす。

 原因は、状況と部下の失態だ。

 多少のトラブルは許容していたが、ここまでの無様を晒すとは思っていなかった。

 哀れな前任者も流した情報で踊ってくれた阿呆にも、ため息しか出ない。

 そして、未だ事態の収拾をつけられていない部下に対しても同じだ。

 潤沢な装備があってもこれでは、本職の意味を確認したくなってしまう体たらくである。

 このまま長引けば、移籍の話にも影響が出てくるだろう。

 今度直属を作る時は、最低でもそれ以上の人材にしよう――そう、強く決心する。

 半ば無意識に逃避していた三上がため息をついていると、ノックが鳴った。


「失礼します」


 断りの声と共にドアを開けて入ってきたのは、黒いスーツ姿の男だった。


「目標の所在が判明しましたので報告を」

「何処に居た」


 三上は高圧的な態度で尋ねる。


「白兎組という組織です。目標の足取りが消えたのもそこの縄張りでした」

「小金目当てに動いたか? 全く迷惑な。現在位置は?」


 報告に苛立たしいため息を吐きながら、三上は続きを促す。

 黒スーツは指示に従い、プロらしく淡々と続ける。


「恐らく連中の事務所です」

「そうか、御苦労」


 三上は明らかに興味の無い声で応じる。

 労いの言葉も正しくとってつけたものであり、ただの飾りでしかなかった。


「それでですが、対応はどうしましょうか」

「何を言っている。相手は弱小企業以下、さっさと叩き潰せば良いだろうが」

「――それは止めといた方がいいかもしれませんよ」


 掣肘する声は、黒スーツの後ろから聞こえた。

 黒スーツが少々慌てた様子で身体をずらして振り返ると、声の主がそこに居た。


「や、どーも」


 ササキと語らっていた銀髪の男が和やかに小さく手を振る。

 そんな彼に、怒気をにじませた声で三上が詰問を飛ばした。


「急に何処に行っていた。契約違反だぞ」

「契約は警護じゃなくて戦力提供でしょう。なら違反にはならないと思いますが」

「それなら肝心の戦闘に遅れて無用な被害が出た場合、報酬から補填しても構わないな」

「判りました。以後気をつけましょう」


 男は悪びれた様子の無い素振りを見せる。

 それに関して三上は認めているのか諦めたのか、咎める様子は無い。

 代わりに小さく鼻を鳴らし、先程の発言の意図を尋ねる。


「それで、手を止めさせた理由を聞かせて貰おうか」

「偶然ですが、ある人物に出会いましてね。見覚えは?」


 と言って男はホロウィンドウを展開し、ササキの姿を映す。


「これがどうかしたのか?」

「俺も知らなかったんですが、調べたら中々良い腕持しているみたいなんですよ」


 男は更に別の窓を開き、情報を映し出す。

 中身は主にササキの戦歴であった。何処かの情報屋から買ったものなのだろう。

 突出したものは見当たらないが項目の多さが目立つ。

 活動期間も含めて考えると、より際立った。

 そんなものを見せてきたのは、証拠のためといった所か。


「しかも白兎組との繋がりもあるみたいで、下手に突っ込ませると返り討ちになりますよ」

「そいつが動く可能性はあるのか?」

「かなり好きモノでしたから、無関係だったとしても首を突っ込んできますね」


 あっさりとした口調で男は断言する。

 そんな彼を三上は睨みつける。


「まさか、誘ったのか?」

「向こうから一方的に好かれましてね。煙に巻かなきゃその場で斬り掛かられてました」


 男は苦笑しながら言った。

 あの場で少しでも応じる素振りを見せていたら、ササキは迷わず仕掛けてきていた筈だ。

 それも悪くなかったが、契約の履行に支障が出て信用問題に繋がるだろう。

 何より、やはり勿体無い――と男は考えながら言葉を続ける。


「まあ、かなりの戦闘狂……それも強者との闘争を好むタイプですよ」

「では対応は任せる。失敗だけはするなよ」


 三上は高圧的な態度を変えず、言い放つ。

 興味無く、理解する気の無い領域には一切見向きもしない

 その姿勢を生み出すのは強い合理主義か。

 それとも、己が不要と定めたものに価値を見出さない傲慢さか。

 知った所で何が変わる訳でもない。

 やるべき事はこなし、後は自分の好きにすれば良い――所詮、雇われの身なのだから。


「個人的にも興味が湧いてますから。これ以上報告を止めるのもアレですし、失礼します」


 男は楽しそうに答えると、三上の返答を待たず去っていく。

 脇に控えていた黒スーツが後姿を見送り、見えなくなると命令を仰いだ。


「三上課長、指示をお願いします」

「……白兎組の周囲に情報を流して攻撃させ、煮詰まった所で襲撃をかけろ」


 短い黙考の後、三上はそう言った。

 権力のある立場とはいえ、表立って動くのは流石に通るものではない。

 救出などの名目は、アリスが死んだ事になっているため立たないからだ。

 故に騒ぎに乗じて処理、という形としたのだろう。


「了解しました。失礼します」


 黒スーツは頭を下げ、男の後を追う様に部屋を出て行く。


「……全く、手間を掛けさせられるな」


 再び一人となった三上はため息をつき、笑みを浮かべてカップを持ち上げた。



――――――――――――

あとがき

 ようやく状況が出揃いました。

 内容は悪役どもの顔見せなだけです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る