中編:ストリート・ストーリィ9
「えと、本当にごめんなさい。関係無いのに、巻き込んでしまって」
「気にしなくていいよ。君が悪い事してた訳じゃないんだし」
頭を下げるアリスに、マオは手を振る。
場所は変わらず、白兎組の応接スペース。
一連の同時期、夕食を摂った子供組はやる事も無く、会話をしていた。
振り返ってみれば今までやっている暇が無かったか、出来る状態になかったのだ。
やっと落ち着いて整理出来る、というべきだろうか。
そういう訳で片手間ではないやりとりは謝罪から始まっていた。
「どうせなら暗い顔での謝罪より、明るい顔でお礼の言葉を言ってくれる方がいいな」
「え、あ……うん。そうね。ありがとう」
といってアリスは頷く。
彼女の明るめな表情を見るのはこれが初めてだ。などと思いながら、マオは動く。
「あー、どういたしましてで良かったっけ?」
「……うん」
答えるアリスは見事な微笑みを浮かべていた。
それを見たマオは、しばし見惚れた後に目を逸らす。
その間に思考を慎重に組み立て、何とか紡ぎ上げる。
「そういう顔、あんまり見せない方がいいよ。変な勘違いする奴が出てくるだろうから」
「そうなの?」
「美人具合と、防御の低さでね」
思う所でもあったのか両手で頬を押さえるアリスに、マオは頷いてみせる。
遭遇した時から気になっていた事がある。彼女の情動の幼さだ。
それは個人差で片付くレベルではない。
まるで経験だけすっぽりと抜け落ちている、と表現してよいだろう。
そちらだけを気に掛けていられないが、状況を踏まえると無視は出来ない要素だ。
手繰れば恐らく今回の案件との繋がりが――それも中枢に近い部分が見えるだろう。
ただ、それは彼女に負担を強いる事は確実である。
それ以外に手は無い訳ではないのだ。まだ、選ぶべきではない――選びたくない。
「話は変わるけど、追われる理由って、話せる?」
マオは大きく息を吐いて、気を取り直してから尋ねる。
ゆっくりと応答を待ったが、アリスの口は閉じたまま。
微かに震える唇が、答えに窮している事を示していた。
「協力を願った以上、こっちも相応の行動はしなきゃならない。それが筋ってもんだから」
代わりにマオは言葉を重ねる。
「それに、勝って貰わなきゃならないんなら尚更ね」
「……うん」
重苦しい様子でアリスが小さく頷く。
「そっか。なら代わりにどうして逃げ出してきたか教えてよ」
「それは……偶然かも」
「偶然?」
「逃げられる状況に遭遇したから動いちゃっただけで、計画とかは無かったの」
「襲撃のどさくさに紛れて、か」
マオは相槌を打つ。
「その時に何があったかを調べようとして、色々不穏な情報を見つけて、それで思わず」
「後先考えずにか。でも現状を見るに、それが正解だったんじゃないかな」
思い詰めた表情になったアリスの頭を、マオはゆっくりと撫でる。
逃げられる状況は二日前のバイアスとカワモトの衝突。
不穏な情報は衝突の原因といった辺りだろう。
その話は掘り下げても仕方ない。マオは本題へと舵を戻す。
「アリスの力ってさ、水牙さんに伝えたので合ってる?」
「……ううん」
アリスは首を横に振る。
「だよね。あれは操作じゃなくって勝手に動いてたし」
「そう、だね」
答えたアリスは怯えた様子を隠し切れずにいた。
「総合すると、魅了とかそういう系だと判断したんだけど、どう?」
「…………うん、魅了。研究している人達はそう言ってた」
アリスは観念したのか、重い声で肯定してくれた。
「ハッキングとは違うから、ログにも残らないって」
「他に使える人は居ない、よね」
「うん、能力の発生自体、偶発的だったらしいから」
「なるほど。言えなかった訳だ」
マオは再びアリスの頭を撫でながらそう言った。
素人目でも価値の高さは理解出来た。
現代では程度の差こそあれ、あらゆる物品にAIは搭載されている。
それを好きな様に出来るという事は、やろうと思えば何でも出来る事に繋がる。
どんな防壁も無意味になる上に異常が残らないとなれば、対処の仕様も無い。
そのまま使うだけでも十分。解析して商品とかに出来たら一財産所ではなくなる。
上手くすれば世界を支配が可能な代物だ。
そこに到った所で、マオは嫌な事に気づいた。
確かめたくはないが、これが通るなら最悪アリスを殺さなくてはならない。
そうではない事を願いながら、少年は恐る恐る少女に尋ねる。
「……それ、人間には作用する?」
「ううん、実験してみたけど人間には効果は無かったわ」
「それは良かった。ホントに良かった」
マオは深く安堵のため息をつく。
反応を見るに、アリスは質問の意図を理解していない。
偽っている可能性は低いだろう。そう信じたい。
そう願っていた所に、アリスが怯えの混じった声で問いかけくる。
「マオは怖がったりしないの?」
「なんで?」
「だって、普通じゃないんだよ?」
「悪意や害意は無いんでしょ? なら別に忌避する理由にはならないよ」
当然の口振りでマオは言った。
ストリートキッズはただでさえ弱い立場であり、敵が多いのだ。
そんな理由で敵を増やす趣味は持ち合わせていない。
これはアリスとは無関係な思想なのだが、信用には足らなかったらしい。
「見た目通りの年齢じゃないって言っても?」
「え、何歳?」
「多分、五歳ぐらい」
「あー……そっちは納得した」
マオは数度頷きながら、声を漏らす。
情動の幼さ、経験が抜け落ちている印象はほぼ正しかった。
元々無かったのだから、それで当たり前なのだ。
こればかりはデータの詰め込みで成立するものではない。
その意味でもアリスは少女である事を確認して、マオは微笑む。
「これが無事に解決したらさ、アリスはどうしたい?」
「そんな余裕無くって……思いつかない。マオは?」
「マシな生活がしたいってぐらいかな。似た様なもんだよ」
指先で鼻を掻いて少々の照れを誤魔化しつつ、マオは答える。
「そっか……そうだね」
相槌を打っていると、アリスはうつらうつらし始める。
抜け切っていない疲労と、秘密を打ち明けた安心感で緊張が緩んだ所為だろう。
「眠れるなら寝ちゃいなよ。明日はきっと激しいだろうから」
と言ってマオはアリスをソファに横たわらせる。
そして渡されていた毛布を掛けた。
「さてと……」
彼女が寝入った事を確認すると、マオは部屋の外へと動き出す。
これから話す内容は恐らく辛い事だ。丁度良かったかもしれない。
そうしてマオは、水牙の元へ向かった。
「ハイ、アリスからクリティカルな情報聞かせてもらったけど、要る?」
「そうだな。こっちも争うべき相手が判ったぞ」
水牙は驚いた様子も無く、手で席を示す。
位置関係は真正面、向かい合う形になったマオは早速尋ねる。
「何処の誰?」
「カワモトの企画四課って所の課長様だ」
「悪そうな顔してんね。偉い立場?」
三上の姿が映されたホロ一瞥し、マオは率直な感想を口にする。
「単純な階級はそんなにだが、実質の権力はその辺りの中小企業の社長と比べ物にならん」
「持ち物じゃないとはいえ、社の持つ部隊が使えるから?」
「その通り、部隊だけじゃなく設備や情報もな。そっちのを聞かせてくれるか」
と言って水牙は指を招く様に動かす。
「まずアリスの力について、さっきの時は嘘ついてたんだ」
「あん? 全く違うのか」
「大体は一緒。操ってたじゃなくって魅了って形だけど」
マオは苦笑混じりに答える。
「違いはなんだ?」
「普通のハッキングと違って異常として扱われたりログに残らない」
「なるほどな。ソースは?」
「能力が発見されて以降、その解析とかの実験に付き合わされてたってさ」
「オーケー。かなり参考になった」
やや渋い表情で水牙は頷いた。
持っている情報で補完して、大凡を理解したのだろう。
あとは、アリスがその辺りを知っている事に対して、か。
そして暫くの黙考の後、マオへ尋ねる。
「答えるだけじゃ飽きるだろう。何かあるか?」
「なら、アリスの両親や他の家族は?」
「一般的な意味の親は居ないに等しい。デザインチャイルドは知っているか」
「製造された子供ってトコ?」
「ああ、遺伝子レベルから調整され、資質の強化などが行われた子供だ」
声に僅かだが澱みがあるのは、あまり伝えたくないと考えているのだろう。
それでも誤魔化さないのは、隠していて良い事ではないと解っているからか。
そもそも想定内だった情報に殊更関心を向ける事無く、マオは尋ねる。
「つまり、広義の人造人間?」
「イイトコ改造人間だよ。だから――」
「忌避感とかは持つな? そんなのより寿命とかが心配になってるだけだよ」
マオは水牙の言葉を半ば遮り、きっぱりと言い捨てる。
過去に興味は無い。
一番優先するのは現在で、次が未来。
無力なストリートキッズにはそれで手一杯なのだ。
自分の害になるのでもないなら、遠ざける理由にはならない。
だから、高がその程度で対応を変えはしない。
そこまで見縊るな――と意思を込めた視線を向ける。
「確かにな。その問題はありそうだ」
真っ向から受け止めた水牙は余裕に嬉しそうな笑みを漏らした。
それは心配が杞憂だった事に対する安堵によるものだった。
「ま、今気にするもんでもないけどさ」
「……そうだな。すまん」
自らの迂闊な発言に、水牙は表情を曇らせる。
「謝らないでよ。それで、企業はなんとかなりそう?」
気にする風も無く尋ねるマオ。
そんな無造作な対応に、気を張り直して水牙は答える。
「なんとかするさ。どうやら相手の正体は企業じゃなく個人みたいだしな」
「どういう事?」
マオは首を傾げる。
先程相手だと言って見せてきたのは企業の上役だった。
しかし今、水牙は相手が個人だと言った。
強大な力を態々捨てる? 何故そうなるのか、その論理が理解出来ない。
意味を掴みあぐねていると、水牙は答えを明かしてくれた。
「相手は親を裏切って独り占めしようとしているって事さ」
「バカじゃないの? 大企業に喧嘩売るなんてさ。しかも自分が所属してる所でしょ」
呆れを露にした声でマオは感想を吐き出す。
奴の行動はどんな見方をしても軽くない、価値の在る立場を捨てると同義である。
正直、理解が出来ない――結論はこれに尽きた。
その感想を理解しているのだろう、水牙が頷きながら口を開く。
「騙し通せると思ってたんだろうよ。事実上手く行ってるしな」
「通せたとして、その先はあんの?」
「さあな、まあ移籍先は既に決まってるんじゃないか」
無責任、というより無関心に言い放つ。
「羨ましいね、色々と」
と言ってマオは羨望などを込めた嘆息をつく。
「奴が優秀な事は否定出来んな。ただ数少ない想定外もあるぞ」
「どれ?」
「俺達の存在だよ」
問いに対して水牙は親指で自身を、人差し指でマオを差して更に続ける。
「向こうの計画にアリスを逃亡させて利点があると思うか?」
「あー、普通無いね」
「だからその隙を突いて相手の優位を奪えれば、勝負になるだろ?」
水牙は不敵な笑みで、そう告げた。
確かにその通りだ。
企業は強大だ。その中でもトップクラスとなれば、人一人の扱いなど好きに出来る。
しかし企業とは総体であり、単一の存在の意思で動いている訳ではない。
同時に企業は敵に対して冷酷である。特に自分達の利益を損なう相手には容赦無い。
それが自分の身内であっても、利害の境界を越えれば躊躇無く処理してしまう。
その性質は企業の規模が大きい程、顕著となる。
三上が逆らっていると報せればどうなるか。
優秀な奴の事、その程度で潰れないのは確実だ。
しかし、良く思わない者達から多少なりとも妨害は入る筈。
そうなれば奴は一時的、不完全だが企業の力を失う。
「その段取りはついてる?」
「ああ。細部を詰めて朝一に実行する予定まではな」
「そっか……」
マオは力の抜けた笑みを浮かべた。
「なら、オレはもう潮時かな」
「あん?」
「だってそうじゃない。元々関わる理由も無くて、力も無い訳だし」
巨大企業が関わるレベルの騒動、その中枢に関わった。
単なる一個人――それも子供の行動としては十分過ぎた行動である。
此処で降りなければ最悪、死より酷な目に陥るだろう。
「……確かにな」
笑みを消した水牙が、静かに相槌を打つ。
そこにあるものに気づかず、マオは会話を続ける。
「やる事はやったし、迷惑かけないためにも此処で身を引くのが正解でしょ」
「お前はそれでいいのか?」
「良いも悪いも、最善を考えただけだよ」
と言って、マオは席を立つ。
「それは誰にとってのだ? もう一度で良いから考えてみろよ」
「…………」
立ち去る背中に言葉を受けたが、マオは無言で部屋を辞した。
――――――――――――
あとがき
遅れに遅れた……
アリスとマオの絡みも少な過ぎる……
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