中編:ストリート・ストーリィ8
マオとの会話から約二時間後、ササキが男と話している頃。
「さて……一息つく暇も惜しいな」
事務スペースのデスクの一つに座る水牙は、一旦消したホロウィンドウを展開する。
今やっているのは集めた情報の確認であった。
今更何を、と思われるだろうが、今まではやっていないに等しかったのだ。
ありきたりな言い方だが好奇心は猫を殺すの諺の通りというべきか。
動きが発覚すると、それを理由に攻撃を受ける可能性があるのだ。
情報そのものもだが、誰が動いたかというのも判断材料となる。
荒事に関わる仕事の以上ある程度の活動は当然なのだが、派手に動けば目をつけられる。
凶暴性に定評のある相手の視界でそんな真似をすればどうなるか、想像に難くない。
ともかく直面している問題は準備無しで解決出来る程、楽でも簡単でもないのは事実。
故にこそ下準備は不可欠で、闇雲に動いての偶然任せは最早博打ですらない。
それでなくてもマオ達子供に、大人の自分が約束したのだ。格好悪い真似は出来ない。
そういう訳で水牙は依頼をかけ、つい先程届いた情報の閲覧を始めた。
――事の発端はバイアスによるカワモトへの襲撃。
目的はカワモトが進めていた企画の成果の奪取。
これだけならばよくある企業抗争で終わる話であるが、勿論それでは終わらない。
違う所は騒ぎの中で、とある企画の管理責任者をしていた社員が殺された点だ。
殺害を企てたのは、同じくカワモトに所属している別の社員。
自身の利益のためアリス強奪を画策、バイアスの介入もその人物によるものとの事。
そんな風に陰謀が表に出ている時点で察せられるが、結果は失敗。
その社員も企てを暴かれた上で処理されている。
企業側の顛末は比較的穏当に終わったというべきだろう。
そして企画の扱いだが、後始末を含めた管理は後任――処理をした者に移譲されていた。
勿論、これらの情報は社外秘である。
結構な金を積んだとはいえ、短時間で出してくれた結果としては上々だろう。
「内ゲバやるために外患を誘致とはよくやるもんだ。バレたら死ぬ……実際死んだか」
水牙はため息をつく。
判っていたが本当に自分達には完全なとばっちりである。解決しても利益は無いだろう。
利益は貰うのではなく作り出すものなのは、経営者として理解している。
しかし今回はそんな欲を張っている余裕は無い。
「事態の経緯は大方予想通り、バイアスに関しては意識を向けなくて済む、か」
バイアスに動きが無いのは、最早旨味が無くなったからだろう。
元々陽動に乗じただけの立場なのだ。手に入ったら儲けもの程度だった可能性もある。
この推測が正しいのなら、企業間の暗闘に首を突っ込む羽目にならずに済む。
最悪よりは幾分マシな状況だ。
続けてアリスの状況を知るために、付随していたカワモトの企画に目を通し始める。
企画の表題はリンクスの量産システムの構築。及び能力増強方法の模索、とある。
中身は遺伝子操作などを駆使して優秀な人材の製造をしようというもの。
発想などに違法性は無く、何処でもやっているものである。
もっとも、具体的な研究活動まで違法性が無いとはいえないが。
ともかくこの企画自体は以前から継続されており、存在自体は騒動とは関係無い。
企画の成果は本筋こそ途中だが、派生技術や製品によりそこそこ利益を生み出している。
なお、リンクスとはウェブでの活動やロボの操作など電子的な技能に長けた者を示す。
昔でいう所のパソコンの扱いに長けた者――ハッカーの様なものだ。
水牙が情報収集を依頼した相手達も、これに属する。
現代では活躍の場が多い技能といって良いだろう。
何しろ電脳を用いた行動全般は、主だった社会生活に深く絡んでいるのだ。
腕の良いリンクスは何処でも欲しがる程に価値がある存在なのだ。
故に同様の企画は大企業なら何処でもやっているものである。
ただ成功例は聞かないので、現状では実用段階まで至っていない様だが。
例えるなら天才を人工的に作り出そうとしている事と変わらない。
、容易に実現出来る筈が無いのは、当然であった。
カワモトの企画に話を戻すと、資料の中でアリスの扱いは被検体の一人となっていた。
「ふんふん、あー、あ~……」
水牙の口から漏れる声が、途中から降り調子に変わり、顔も渋面に染まっていく。
原因はアリスの扱いである。
確かに誕生段階で設計され、成長促進処理まで行われているが、そこではない。
報告者が添えた備考に彼女の情報に関して、偽装の可能性が指摘されていたからだ。
内容は他の被検体と比較して試験の実施間隔や使用機材に不審な点が存在する、との事。
ただ元の正確な情報は不明。処理が巧妙で偽装の事実に辿り着くまでが限界とあった。
要は怪しい情報だが、どう怪しいかまでは見抜けなかった、という事だ。
「彼女が厄ネタなのは確実になった……判ってた事か」
再びため息をつく水牙。
それは偽装の中身が判らなかった事ではなく、偽装のあった事実に対してだった。
隠蔽された情報に興味が無い訳ではないがそちらは極論、どうでも良い要素でしかない。
偽装があった事実は、アリスが単なる高価値存在に留まらない証明に繋がる。
例え話で表現するとアタッシュケースの中身が札束ではなく核弾頭だった程度か。
自分達には使い道が少ないが、元の持ち主には返したくない代物である。
となれば死亡偽装が取れる手として浮かんでくるが、これは上手くない。
生かして確保を基本命令としているのだ、情報を流す程度で納得する筈が無い。
代わりを用意しても騙すのはまず無理、本物の手足でも駄目だろう。
どう足掻いてもやり過ごせない。能動的に解決するしかない――それが結論だった。
「失礼します、何か進展はあった……みたいですね。あまりよろしくない様で」
手の塞がり具合を痛感した所でノックの後にドアが開き、部下がやってくる。
四十過ぎの大柄な男の手には、湯気を昇らせるカップが二つ。
「嬉しい情報が少しと、嬉しくない情報が山盛りって所だ」
「それが集まった情報ですか。見させて貰ってもいいですか?」
「ああ」
水牙は差し出された片方のカップを受け取り、一口啜る。
中身はかなり甘い紅茶だった。
好みからずれているが、状況を思うとその甘みや熱が心地よく感じられた。
一息ついた所で、、水牙は部下――正しくは側近に話しかける。
「街の具合はどうだ?」
「今の所はなんとかなっていますが、限界は近いです。そろそろ倒れる奴が出てきますよ」
「それによって周囲の敵対組織から目をつけられたら、また面倒な事になるぞ」
親父も無理難題を押し付けてきやがって、と水牙は愚痴を吐く。
「それだけ信頼しているんですよ」
「次代の安泰をアピールしたいのは解るが、名前に傷入れる危険を冒す必要はあるか?」
側近の慰めに、水牙は渋い顔で応じる。
親父――組長は、自分を後継として認めさせる一手程度に思っているのだろう。
運営能力は実務をこなせている事実を考えても問題無い。
信頼面も組の関係者からの疑問の声は全く聞かない。
本来候補に挙がっていた古株からでさえも背中を押されていて、申し訳無い程だ。
内向きの評価や意向は揃っているが、年齢や箔の面が原因で外側ではまだまだ。
ただ正直、組を継ぐ事自体は望んでいる訳ではない。
組に関わるのは拾ってくれた恩返しだけで、成り上がろうと画策したのではないから。
実際一度は止められたが、経理などの事務方をやるだけという事で許しを得ていた。
しかし仕事をしていく内に色々口出しをしていた事が節目となった。
担当外の交渉の手伝いなどを頼まれる回数が重なり、そちらでも評価されたのだ。
そのうちに後継者の候補として扱われる様になってしまった。
組の人間が基本的に野心家ではなかった事。
義理とはいえ組長の息子という立場なども原因だろう。
跡目騒動に余計な火種を入れないために名前を変えなかった事が無駄になった。
それでも拒否しないのは、嫌ではないからだ。
親孝行や居心地の良い環境を守る、その目的には便利な立場だと認めているからだった。
まあ、所詮は今の問題とは関係の無い事柄である。
「任せたいと考えさせる能力を見せてしまったのも悪いと思いますよ」
「褒められるのは嬉しいが、なんだかな」
「はっはっは……あー、若の表情が悪くなる訳だ」
側近は話題を逸らす目的も兼ねて本題に立ち戻る。
「見栄張った手前放り投げる選択肢が無い訳だが、どうすりゃいいと思う?」
「それはなんとも……ん?」
答えに窮して視線を流した側近が、何かに気づく。
「どうした?」
「此処の所、彼女のステータスを見てください」
側近が答えながら指で指し示したのは、アリスの状態に関する箇所だった。
そこには襲撃時に死亡。死体は状態が酷く廃棄処分処理、と記されていた。
勿論、本人はマオと一緒に居る。
念のため他の部分を確認してみるが、別人だったというオチも無い。
「……死亡になってるな」
「間違いですかね?」
「それなら襲撃時ってのが妙になるぞ」
水牙は訝しみつつアリスと同じ立場――被検体の情報を確認していく。
入力者が間違えた可能性も見たのだが、そこまで似ている人物は見つからない。
ミスではないとするなら、人為的という事になる。
人為的となれば、今回の騒動と繋げるのが自然だろう。
「彼女を含めた成果の横取りしようとして死んだ間抜けの工作ですかね」
「その場合、カワモトの連中は死人を探している事になるぞ」
水牙は不敵な笑みを浮かべる。
企業がそんなヘマをするとは考え難い。
となれば誰かの仕業となるが、状況的に外部犯は無いと見ていい。
つまり、内部の人間が社にも秘密で処理しようとしている事になる。
結論として、明確な隙を見つけたという事だ。
側近も理解したらしく、含みのある笑みを作る。
「確かに、つじつまが合いませんな」
「となると一番怪しいのはこいつだな」
水牙は指を振り、新たなホロウィンドウを展開する。
中身は薄紫色の髪に見るからに狡猾そうな顔をした細身の男のプロフィールだった。
モルガン・三上・シャルパンティエ。二十七歳。
所属は企画四課、課長。
経歴はカワモト一筋ではなくヘッドハント組で、以前の所属はとある中小企業。
能力評価はヘッドハント組らしく優秀で利益への貢献も大きいが、黒い噂も絶えない。
具体的には公に出来ない類の工作や取引への関与が指摘されている。
しかし証拠不十分や利益の貢献度から不問に処されている。
この人物がアリスが関わっている企画、その責任者の後任になっていた。
任命の理由は以前から企画の処理を手伝っていたため、となっている。
「……確かに、やっててもおかしくない様に思えますね。でもそれなら何故?」
その中身を一読した側近が感想を述べる。
「失敗した間抜けと同じで、彼女を手に入れようとしてるんじゃないか」
水牙は答えてから、気づいた様子で句を継ぐ。
「むしろ、手に入れるために間抜けを唆したって可能性もあるな」
「要らないものを全部押しつけて、自分は美味しい所だけ頂く、ですか」
指先を顎に当て、側近は考え込む仕草を取る。
そこへ、水牙は口の端を歪めながら問いかける。
「在り得る話だろ?」
「企業人とは恐ろしいもんですね。俺達ですらもう少し節度を持った行動をしますよ」
「だよな、ははっ」
「はっはっは」
一頻り笑いあった所で、真顔に戻った側近が尋ねてくる。
「で、実際そうだと思いますか?」
「その方がしっくり来る。それに諸々の偽装に気づかない無能には見えないしな」
同じく真面目な表情で水牙は頷く。
能力からの推測でしかないが、三上が関与していると見て間違いない。
そういう所に大穴がある様な人間に、企業の上役が務まる筈が無いのだ。
仮に穴があった場合は余程幸運を持っていなければ、相応の末路を辿るだろう。
「後釜に据わったのも、処理を円滑に進めるためと考えられますか」
「上から適当に割り振られただけってオチより、その方がらしいよな。やっぱ」
確かに業績の面のみなら優秀な企業人だ。
しかし諸々の情報を見るに企業への忠誠心は無い。
どこまでも己の利益のため、必要ならいかなるものも利用するタイプだろう。
決して相容れない相手――そう水牙は判断した
関係すればこの通り、敵対にしかならないのだから。
「とりあえず、一番の収穫は企業の代表ではなく個人的に動いているって事か」
「それとこいつが首謀者と見て間違いないでしょうな」
「この立場で無関係だったら企業人として失格モンだぜ。その時は不運を呪って貰うか」
水牙は都合の良い願い事を口にして、笑ってみせた。
情報を纏めると、三上は企業側へ内密に行動している。
迷惑をかけないためではなく、叛逆のため可能性が大。
結論として自分達でなんとかなる、という事となる。
しかし同時に、アリスを渡す選択肢は完全に消えた事を意味していた。
どんな意図であれ差し出しても対価は得られない所か、事実隠蔽のために消される。
水牙が三上の立場ならそうすると判断したからだ。
死人に口無し。消せる関係者は消しておくに限る。
短期的な効率を求めるなら、これ以上のやり方は無い。
「奴の方はそれでさておき、あの娘の正体はエレクトロウィザードか」
「その程度でやらかしますかね?」
側近の言葉は尤もだった。
水牙が口にしたのは、電脳や端末無しにリンクスレベルの電子的活動が可能な能力だ。
それがあれば、彼女の状態でも外部を電子的に認識、干渉が可能となる。
つまり彼女の行為が説明出来るのだ。しかし……
「だよな。精々電脳と端末無しで繋がれる程度の能力だ」
「数にしても珍しいのは確かですが、探せば幾らでも見つかる程度ですし」
二人の意見の通り、アリスが件の資質持ちとするには、少し厳しいものがあった。
エレクトロウィザードは電子的には思うが侭に振舞える様に表現したが、それは嘘だ。
実際は電子的な情報の直接的な認識と干渉が可能なだけでしかない。
装備無しではまともな腕のリンクスに劣る。
識者には多少親和性が高いだけの資質として扱われている程である。
希少価値はあるが、企業に背いてまで独占を企てる代物ではない。
親も能力持ちで遺伝が確認された個体、などだとしてもまだ弱い。
最低でも確実な生成手順の成果ぐらいでなければ話にならない。
そこまでいけば、労力やリスクと吊り合う。
水牙は思考を一旦止め、言葉を紡ぐ。
「ま、そっちも放置だな。判った所で対応はそう変わらん」
「ですな」
既に行動は決まっていた。
とりあえず朝一でカワモトに接触する。
三上のバックアップを断ち切る事が主な目的だ。
表面上企業の上役に手を出す事になるで、繋ぎを取っておく必要もあった。
そのために可能な限り材料を集めておかなければならない。
「それでは、私は失礼します」
「ああ。そっちも頑張ってくれ」
やるべき事を思い浮かべながら、水牙は出て行く側近を見送った。
――――――――――――
あとがき
相変わらず何を書けば良いのか解らない場所です。
もう少ししたら事態が動き出す、予定。
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