中編:ストリート・ストーリィ4

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惚れたら負け。どうしようも無いの、ホント。

                 ――少年の内心

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 時間は流れ、同日の夕刻。

 下層地区の中でも崩壊が激しく廃墟が目につく、荒廃の激しい一角。

 その中に残る半壊したマンションの一室に、マオと少女の姿が在った。

 あれからマオは少女を背負い、自身の住処であるこの場所へと移動していた。

 部屋の様子だが、照明はワードによって確保されているが壁はぼろぼろ。

 一応の手入れをされているお陰で埃などは無いが、逆に物も無い。

 あるのはソファに椅子、テーブル代わりにしているものを含めた箱が数個のみ。

 隠れ家と言われた方が納得出来る有様であった。

 そんな所で現在。少女はソファで毛布をかけられ、静かに寝息を立てている。

 一方のマオは傍で椅子に逆向きに座り、背凭れに顎を乗せてその様子を眺めていた。


「本格的に考えないと不味いかな……」


 考えているのは少女への対応や今後について。

 そしてロボの事である。あの現象は一度に留まらなかった。

 此処に辿り着くまで、様々な機体が色々物資を渡してきてくれたのだ。

 お陰で少女の介抱はとても捗ったのだが、それは良い。

 結果はともかく、原因は少女で間違い無いだろう。

 その少女についてだが、身体を調べて判った事が幾つかある。

 一番は首筋の辺りに物理的な接続口が存在を出来た事だ。

 現在における電脳の外部接続は無線が主流であり、普通はまず無い筈の物である。

 電脳本体の構築はマイクロマシンの注入によって行われるため、外科手術の必要が無い。

 通常の手順では誘導装置なども使うが、極論を言えば注射一本だけで済んでしまう。

 故に物理的な接続口は在って当然ではなくなったのだ。

 そんなものをつけるのは、無線を嫌う物好きや確実性を求めるエンジニアだろう。

 障害などのお陰で必要になった可能性もあるが、その方向でも少々考え難い。

 形状が汎用的な規格ではないのだ。それ所か見た事も無いものだった。

 一応ファッションの線は捨て切れないが、服装から見てそれも無いだろう。

 補強する要素としてはバイタル系のサインが確認出来なかった点もある。

 電脳の救命システムは身体情報に異常があった場合、周囲に発信する様になっている。

 一部の人間は不都合が出るなどがあるが、普通は命に関わるので変更しないものである。

 念のため確認してみたら、少女から一切の無線送信が確認出来なかった。

 恐らく受信機能も殺されているだろう。

 結論としては、とびっきりの厄ネタである。

 今からでも遅くない、放り出して知らぬ存ぜぬを決め込むのが正解だろう。


「でも、なぁ……」


 眉間にシワを寄せ、マオは呻く。

 捨てるべき。でも助けたい、だが力が足りない。

 なら助けを求める……何処の誰に。

 善意で動いてくれる相手なんて知らないし、信用出来ない。

 仮に頼めたとして相手に報酬を渡せるか――無理だ。

 思考が渦を巻き、閉塞していく。


「ホント、どうしよう」


 額を背凭れに打ちつけ、軽い音を鳴らす。

 すると、その音がきっかけになったのか、少女が目覚める様子を見せた。


「ん……」

「あ、起きた?」

「……――っ!?」


 起きた少女は身体を縮こまらせ、掛けられていた毛布を引き寄せ、警戒を見せる。

 そんな彼女に対し、マオは努めてゆっくりと優しい声色で話し掛けた。


「憶えてない? 一応助けたつもりなんだけど」


 次いで手で身体を確認する様に指し示してみる。

 こういう場合、説得するよりも本人が納得する様にした方が楽なのだ。

 それが功を奏したのか、少女は状況を理解して多少は態度を和らげてくれた。


「……ありがとう、ございます。それと此処は……どこ?」

「オレの住処。一応、移動中に聞かれてたから答えたんだけど。憶えてない?」


 マオは不安そうにしている少女の問いに答え、問いかける。

 移動中に少女は何回か半覚醒しており、その際短いやり取りをしていた。

 勿論彼女が中身を憶えているとは思っていない。

 精々会話した事実ぐらいは、と期待していたがその程度だ。

 結果はともかく、マオは立ち上がると綺麗に畳まれた着替えを取り、ソファの端に乗せる。


「体調はまだ良くない筈だから訊かないよ。とりあえず、これに着替えて」

「どうしたの……これ?」

「移動中にロボが渡してきた。他にも必要そうなものなら言って。一揃いあるから」


 マオは指で物を指し示す。

 そこには量こそ多くないものの、様々な物品によって小さな山が出来ていた。

 全てロボ達が集めてきた物である。


「わ、判り、ました」


 少女はおずおずとしながらも頷いた。

 状況を飲み込めていないが、とりあえず受け入れる選択をしてくれたらしい。


「それでだけど、どっち先にする?」

「何を、ですか?」

「諸々の話をするか着替えか。着替えなら外に出るよ。それとも着替えさせて欲しい?」


 言いながらマオは立ち上がる。

 しかし少女かそれを止めた。


「えと……話を、先に聞かせてください」

「おっけ。まずは名前かな、オレはマオ」


 マオは反応の寂しさに口を尖らせながらも再び椅子に座り、率先して自己紹介を行う。


「アリス、アリス・ハーグリーヴス、です」


 それを受けて、少女――アリスも答えた。


「よろしくアリス。君を追ってる奴等が居るんだけど、何処のか知ってる?」

「たぶん……カワモトって言ってました」

「……やっぱりその辺りか。おっけ、追われている理由は知ってる?」


 多少間を作ったが、マオは平静を保ったまま会話を続ける。

 内心には後悔が生まれていたが、表には出さない。

 ストリートキッズの身なれど、巨大企業の名前と評判ぐらいは知っている。

 同時にそういうものの関わりを覚悟していたから、その程度の反応で済ませられていた。


「…………」


 問われたアリスは顔を強張らせて俯き、沈黙するばかり。

 非常に判り易い回答だ。

 詳細が解らない、そして最悪を回避したい。その二つが組み合わさった結果だろう。

 後者の懸念を解消するため、マオは努めて明るく振舞いながら口を開く。


「別に理由次第で売ろうとか思ってないから」

「本当……?」

「うん。ツテも無いからそんな事しても、奪われるだけだろうし」


 伝えた瞬間、明るくなりかけたアリスの表情が再び暗くなる。

 これは仕方ない。そうなる前提でやったので違う反応をされても困るとも言える。

 一見関係を悪くするだけの行動を取ったのは、本音でもあるからだ。

 同時に水面下で疑われない様にするためでもある。

 下手に優しくするだけだと、人によっては無い裏を勘繰ってくる可能性もある。

 そうなった場合、情報の隠匿や最悪、裏切りの元になる。

 だからこそ、彼女にとって嬉しくない情報を包み隠さなかったのだ。

 敵意、悪意が無いアピールと言い換えても良い。

 色々言いたいだろうが、敢えて無視してマオは話を進める。


「という訳で状況確認ね。向こうに対して何かやらかした? 君に非があるかって意味ね」

「や、やってないです」

「だよね。やらかしたってならもうちょっとマシな逃げ方してるだろうし」


 声を荒げて否定するアリスに、マオは頷く。

 その辺りも大方の予想通り。

 それでも尋ねたのは、逃走の手筈があるならその通りに進めて欲しかったためだ。

 無いものに期待しても意味は無いので、問題を片付けていく事にした。


「ところでさ、ロボが色々くれたりしたんだけど、何か心当たりある?」

「……うん」

「それは君が原因?」

「…………うん」


 更に表情を暗くさせながら肯定するアリス。


「おっけ、判った」


 つまり、それが彼女が追われる原因だろう。

 今までの情報を踏まえるに、正体は異能の類で合っている筈だ。

 マンガの様な話で現実感が薄いが、企業が絡んでいるとなれば真実味を帯びてくる。

 ただ、これ以上の詮索は彼女を傷つけるだけだろうと判断し、マオは別の話題を振る。


「とりあえずオレの質問はこれぐらい。そっちはある?」

「えっと……じゃあ、あなたは何者、なの?」


 質問する権利を振られたアリスはたどたどしいながらも、そう尋ねてきた。


「オレ? ただのストリートキッズだよ。社会的地位は、君より下かもね」


 マオは正直に答える。

 それを聞いて、アリスは目を丸くする。


「それ、本当?」

「ホント。証明するものすら無いけどね」


 そう言ってマオは大袈裟に肩を竦めてみせる。

 どうやら何処かの組織の下っ端とでも思われていたらしい。

 後ろ盾も無いストリートキッズが、こんな真似をする筈が無いと思う点には同意しよう。


「なら……なんで、私を助けたの?」

「見捨てたら気分が悪くなるから。そんだけだよ」

「それだけ、なの?」


 きょとんとした表情でアリスは首を傾げる。


「さっきも言ったけど、多少は打算もあったよ。でもそっちがメインかな」


 マオは答えながら移動し、彼女の隣に座る。


「それは、背景を知った今も変わりませんか?」

「遭った時から知ってたから、変わるも何も無いよ。大体予想だったけどさ」

「判ってて、なんで……」


 アリスは驚愕に言葉を詰まらせる。

 関わる意味やリスクを承知した上で感情に身任せるなど、正気を疑って当然だ。

 だが事実そうだったのだから、仕方が無い。


「だから言ったでしょ。気分が悪くなるって」


 マオはため息をつきつつ、アリスの太腿に手を撫でる。

 ため息の理由は自らの行動に対してのものだ。

 思い返しても、あの選択には呆れしか出てこない。

 それでも、少年の行動は少女の福音となったのも事実であった。


「その、あの……ありがとう」


 アリスは頬の染まった顔を俯いて隠す。


「結局自分の都合で動いただけだから、気にしないでよ」


 その様子にマオは顔も逸らし、頬を掻く。

 アリスはそれで納得し、内心には気づいてない様子を見せた。


「判りました。それと脚に痛みとかは無いですよ?」

「あー、うん。それはよろしい事で」


 適当な言葉で応じながら、マオは手を引っ込める。

 内心では困惑やため息のオンパレードだ。

 先程のは距離感や危機感を再確認して貰うための軽いセクハラのつもりだった。

 しかし結果はご覧の通り。仕掛けた側としては悲しみに似た何かを感じていた。

 薄々気づいていた事だが、彼女は姿に比べて言動が幼い。

 正確には情動の面が未熟というべきか。

 知識はあるが経験が希薄で、身体ばかりが大きくなった幼児の様に思えてならない。

 まあ、これに関しても今は探るべきではないだろう。

 当面の問題を片付けるために、マオは動く。


「ところでさ、これからどうしたい? いける所があるなら手伝うけど」

「あ……」


 アリスは忘れかけていた自分の立場を思い出す。

 確かに助けられたが、根本的な解決した訳ではない。

 此処に隠れ続けるのも無理だろう。

 数人のグループならともかく企業が動いていたのだ、簡単に諦める筈が無い。

 故にこ、そこの先を決める必要があった。


「具体的なのじゃなくて良いよ。どうしたいかって、希望でいいから聞かせて」

「ん、と……」


 尋ねられ、アリスは悩む。

 逃げる事に必死でその先の事など気にしている余裕が無かったのだ。

 改めて考えてみても、すぐに思いつく訳が無い。

 とりあえず答えようとした時、マオのジャケットから呼び出し音が鳴って遮った。


「ごめん。呼び出しが入った。ちょっと待って」

「あ、はい……」


 そう言われたアリスは即答せずに済んだ事に、密かに安堵のため息をつく。

 そんな彼女の様子に気づかず、マオは端末を取り出し通話を開始した。


『ハイ、マオ。今取り込み中?』


 聞こえてくるのは大体同年代、若干年上な少女の気の強そうな声だった。

 呼び出し時のアイコンから判っていたが見知った相手である。

 しかし特に理由も無く連絡を取り合う相手ではない。

 マオは返事をする――が電脳を介した通信なため声は発さず、アリスには聞こえない。


『何言ってんだよ急に』

『ノブが綺麗な女の子を背負ってたアンタの姿を見てね。もう精通してたっけ?』

『単なる人助け。そういうのじゃないよ。それだけなら切るよ?』


 マオはため息混じりに答える。実際は声を出していないので、ため息のみだったが。

 用件が単なる雑談なら時間が惜しがり、本当に回線を切ろうとする。

 しかし、内容はそれだけではなかった、

 向こう側の少女は澄ました声で用件を言ってくる。


『あっそう。スーツ姿がそっちの子を探してるって感じだったけど、それも違う?』

『違う、って答えたいけど多分当たり。もう誰か言っちゃった?』


 内心で舌打ちしながら、マオは尋ねる。

 流石企業のエージェント、有能な働きで憎らしい。

 何かしらの痕跡を見つけて辿ってきたのだろう。

 場所が特定されていない事は幸いか。それを裏付ける発言が彼女から飛び出してくる。


『まさか、でも危ないわよ。位置的にもうすぐそっちに行くと思う』

「忠告ありがと。そっちには迷惑かけない様にするから」

『どうする気?』

『そうだね、ワンダーランドに行ってみるかな』


 と言いながらマオはアリスの隣へ移動する。

 そして彼女の額に手を当てる。

 その行動によって彼女は硬直しているが、マオは気づかずに頭を撫でて彼女へ頷いた。


『行くのはいいけど、連絡入れたの?』

『先に済ませてる。かなりぼやかしたけど』

『そう、気をつけなさいな。同類が数居ても困るけど、減るのも寂しいから』

『そっちも巻き込まれんなよ』


 皮肉混じりの言葉を交わし、通話が終わる。

 それを見計らってアリスが問いかけてきた。


「移動、するの?」

「あれ、今の会話聞こえてた? そういう事。悪いけど服はその上から着て」


 マオは肯定し、指示を出す。

 アリスの行動を不思議に思うが、今は後回しだ。

 彼女が服を着ている間に外の様子を窺うと、スーツ姿が走っているのを発見した。

 隠れてやり過ごせるかと考えるがが……すぐに却下の判断が下る。

 何かしらの手がかりを使って迫ってきた相手に、そんな幸運は期待出来ない。


「いける?」


 マオは視線を戻して声を掛ける。


「う、うん」


 フード付きのパーカーに袖を通しながらアリスは応じる。

 顔の隠せる中々良い選択だ。

 少々サイズが大きく袖が余っているが、そこは諦めるべき点だろう。


「じゃあ、行くよ」


 マオはアリスの手を握り、移動を開始した。

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