中編:ストリート・ストーリィ3

「どーも、これはまた急な御招きですね」

「ああ、良く来てくれた」


 マオと少女の邂逅とほぼ同時刻、場所はとある事務所。

 割合良質で落ち着いたデザインの家具で揃えられた、応接スペース。

 そこへ先日の戦闘を眺めていた青年が訪れる。

 挨拶に対し腰を上げて応じるのは、黒の短髪に紺のスーツ姿の男。

 冷静で知的、男女両方の視線で受けの良さそうな精悍さがある。

 歳は青年より若く、およそ二十代半ながら、堂に入った振る舞いに違和感は無かった。


「悠長にしていられない状況でな、これは詫び代わりだ」


 そう言って男が指を鳴らす。

 すると何も無かった筈のテーブルの上にケーキとティーセットが現れた。

 まさに魔法の様な真似だが、別に虚空から生み出した訳ではない。

 物を予め用意しておき、ワードによって光学迷彩と消臭を行い、隠していただけである。

 一般人なら中身は判らずとも『隠している事実』は判るため、子供騙しに過ぎない。

 そんな子供でも見抜ける悪戯に青年――ササキは喜びの反応を示し、席に着く。


「便利なものですね。組長さんはお元気ですか」

「人に仕事を押し付けて、知り合いの所で将棋か碁でも打ってるよ」

「それは何よりです」


 ササキは笑顔のまま頷き、早速ケーキに手をつける。

 しかし向かいの席に腰を下ろした男は面白くなさそうな表情をしていた。


「何よりか。まだ若いのに人に重責押し付けるのは、老いの元だと思うがな」

「経験と成長を期待しての行動じゃないんですか、スイガさん」

「そういう積もりなのは解るが、今回は勘弁して欲しかったよ」


 ササキの言葉にスイガと呼ばれた男――黒木水牙はため息をつく。

 彼は言葉の端々から解る様に、地元組織に所属する人間である。

 組織の名は白兎組、いわゆるヤクザである。彼はそこの若頭の地位に就いていた。

 組自体の規模は大きくないが歴史自体はそこそこあり、相応の繋がりを有している。

 活動だが、勢力の拡大はせず悪意ある違法行為にも積極的に手は出していない。

 犯罪組織ではなく、非合法寄りの自警団という評価を周囲から受けていた。

 法的諸々の視点を無視すると、かなり善の側にある存在といえよう。

 そしてササキは水牙と顔見知りの関係にある、フリーランスの戦闘者だった。


「最近どうだ?」

「概ね平常通りだと思ってますよ。色々な物事を耳目にして、故があれば関わってます」

「なら、最近の状況は知っているか?」


 紅茶をカップに注いでササキの前に置きながら、水牙は問いかける。

 ササキは見聞きした情報を思い返し、首を傾けながら答えた。


「昨日辺りから騒がしくなっている事ぐらいは。原因はどっかの企業でしたっけ」

「カワモトとバイアスの衝突が二日前にな。バイアスが襲撃をかけた形らしい」


 水牙は曇った表情で補足を入れる。

 カワモト、バイアスは双方世界規模に展開している巨大企業の名前である。

 カワモトは名の通り日本が大元で、メインの事業はとにかく手広い。

 手に入らない物は無い、を宣伝文句にしている程あらゆる事業を行っている。

 企業体質は利益のためには何でもやる、内ゲバも激しい事が内外に知られている。

 組織として当たり前ではあるが、過激の領域に到っている点で有名だった。

 一方のバイアスはアメリカで起こった医療と兵器関連に強い企業である。

 こちらも体質的に強引……というより積極的に他社へ攻撃を行う過激な面があった。

 とある場所での俗称が強盗企業となっている辺りでお察しである。

 双方の共通点は、他所にとって関係を持ちたくない組織の最上位に君臨している点だ。

 巨大企業の時点で黒い噂は良くある話なのだが、その中でもという意味である。

 今話題にしているのは、よりにもよってその両者が近くで衝突したためであった。

 原因は企業抗争。それが直接的、過激に行われた。昨今では珍しい話ではない。


「その二日も前の事がどうしたんです? もう終わった事でしょ。しかも上の話ですし」


 ササキは不思議そうな表情を作る。

 騒動そのものの続報が無く、それだけの時間が経過したのなら終わったものと認識する。

 それが一般的な感覚だ。部外者にはその程度の扱いでしかない。

 物事を処理する効率と自分達への影響の薄さがそうさせていた。


「衝突そのものはな、だが、原因がどうやらこっちに流れてきたらしいんだ」

「らしい、ですか」

「カワモトと思しき連中がこっちで活動中なのは確認出来ているんだ」


 水牙はそう言ってから、重々しいため息をつく。


「バイアスの方はどうなんです?」

「そっちは一当てして満足したのか動きは見えない。隠れて動いてるだけかもしれんが」

「ですか。そちらとしては煩わしいから叩き潰そうって腹ですか?」

「厄ネタに手を出す趣味は無いぞ。そうでなくても企業に目をつけられるのは御免だ」


 冗談としては面白くも無い発言に、水牙は軽く睨みながら答える。


「それは失礼しました」


 しかしササキは堪えた様子も無く、軽薄な謝罪を口にする。

 暴力を要素の一つとしているヤクザといえど、所詮は小規模組織に過ぎない。

 これは企業が比較対象なら何処でも同じであり、資本と戦力の差は如何ともし難い。

 よって見ず触れず、触れるにしても被害を避けるために留めるのが基本である。

 しかし今回は向こうが近過ぎて、そうも言っていられない状況。

 抑えるためには触れるしかなかった、という所だろう。

 無抵抗、無害を表明し実施すれば安全が確保されるなど、寝言にもならない。

 身の安全は自分で得るしかないのだ。水牙の妥当な判断だと言えた。


「まあ、流石にそっちを直接如何こうしようと思わん。さっさと穏便にお帰り願うだけだ」


 水牙はそこで言葉を一旦切り、カップへと手を伸ばす。


「当面の問題は、その騒ぎに便乗して跳ねてる奴等だ」

「確かに大きなものに注意が集中すれば、やり易い状況と思う人も出てきますか」

「今の所は抑えちゃいるが、時間が経てば間違い無く起こるだろうさ」


 頷いた水牙は再びため息をつく。

 彼が抱えている直接の問題は、企業同士の衝突そのものではない。

 その影響で不安定化した縄張り内の治安維持であった。


「他の所への協力はどうなってます?」

「付き合いのある所はどこも似た様なもんだ。だから他所にまで回す余裕はな」

「中立以下の所は言わずもがな、ですか」

 ササキは小さく嘆息する。


 水牙が対処していない筈も無く、部下を散らしてトラブルの対応に当たらせていた。

 事務所内の人員の少なさも、その所為だろう。

 それでも尚人員不足に苦しむのは組織の小ささではなく、都市の巨大さが原因だった。

 空になった自分のカップを再び満たしながら、水牙は告げてくる。


「そういう事だ。報酬は中身次第でどうだ」

「良いですよ。ですがちょっと抱えている事があるのでつきっきりにはなれませんが」


 ケーキを掬い、軽い調子でササキは条件付きで承諾を示す。

 水牙が報酬額を口にしないのは値切るためではない。

 相場通り支払うのは当然、何かあった場合に上乗せするため態と固定しなかったのだ。

 強者が好き勝手に出来る悪い契約のやり方だが、信頼と実績により節度は守られている。

 二人はそれで互いが納得出来る程度の付き合いを重ねていた。

 その辺りは横に置き、水牙はササキの出した条件に意識を向けた。


「こっちが手伝えば手早く解決出来る事か?」

「重なった時はこちらを優先しますよ。そこまで重要ではないですから」

「必要な時に動いてくれるなら構わんぞ。手札を把握される方が厄介だからな」


 そう言って水牙は口元に笑みを作った。

 恐らくだが一波乱あると睨んでいるに違いない。


――それはそれで構わないが。


 湧き上がった感想をおくびにも出さず、ササキはフォークを立てて質問する。


「判りました。それで企業の件について経緯や進展を聞いても?」

「騒ぎに紛れて何かが行方不明になり、それがこっちの方に来たらしいって所までだ」

「消えたものの足跡も見つけられてないんですか?」

「出来てるのは企業連中の活動範囲からアタリをつけるまで。向こうも同じみたいだがな」


 水牙は苦笑混じりに成果を答える。

 確かに胸の張れる内容ではない。しかし相手が相手故に仕方なし、という事だろう。

 その答えにササキは訝しげな表情を浮かべ、掘り下げていく。


「妙ですね……中身は何だと思います?」

「前後して発生している機械の誤作動の報告が急増しているから、それ関係だろう」

「新型の撹乱装置……まあ企業が取り合う物としては間違いではないですね」


 言い方からしてウェブでの活動に長じている者の仕業ではない。

 そうだとしても、通常の方法ではないのだろう。

 詳しく聞いた所で門外漢が如何こう出来る内容ではない。

 ただ、と前置きを行った上で水牙が続けてくる。


「あとは人間って事か」

「人間ですか?」

「企業の連中が動いてるのに未だ捕まってないのは、自ら動いていると考えるべきだ」

「もしくは誰かが持っている……どちらにしても人間ないし類似の存在という事ですか」


 判り易い理論にササキは頷く。


「何であれ、対応はさして変わらんさ……と言いたいが」


 そこまで言って水牙ははっきりとため息をつく。


「お前、思わせ振りな態度は止めてくれよ。実は興味持ってないだろ」

「あ、やっぱりバレます?」


 演技を看破されたササキは朗らかに尋ねる。


「当然だ。どれだけの付き合いだと思ってやがる」


 水牙が半眼になって睨みつけてくる。

 視線には少々怒気が乗っており、本職であるためか人並以上の迫力があった。

 しかし、まともに受けたササキは全く堪えた様子を見せていない。

 水牙としても効果が有るとは思っていない。じゃれ合い半分であった。

 戦闘に関わる者がその程度で反応する程軟弱ではやっていられないからだ。

 ササキは変わらぬ笑顔のまま、場札の把握作業を再開する。


「あはは、まあ半分冗談という事で。治安連合の動きは把握してます?」  

「企業を刺激しない様に小規模で行動してる。スクリーンにされている感じはしないな」

「そっちを引き込む想定は?」

「してない。馴れ合いは良くないからな」


 治安連合とは、現代における警察に該当する組織である。

 多少の違いは確かにあるが、役割においては同様と見て間違い無い。

 大々的に動いていないのは隠密性の重視と情報足りず動けないからだろう。

 強大な存在に抗えない役立たず、などの声が上がりかねない有様だ。

 しかし証拠などが揃えばしっかりと働くので勘違いはしないでほしい。


「同業者さんの協力はさっきの通りですか」

「ああ、それ以外はブン屋が煩い程度だ」

「ま、その辺りは仕方ないですね」


 そう言ってササキは肩を竦める。


「周囲の話はそこまでとして、終わり方はどういう風なのを望んでいます?」

「穏便で被害が最小限に済ませる。これに尽きるな」

「利益は求めないとか、上の人間として良いんですか?」

「飯の種になるなら御の字だが、そんな程度に分の悪い賭けに出る趣味は無いぞ」


 ため息混じりに水牙は答える。

 それを聞いてササキは問いを重ねる。


「では企業さんと接触する可能性もありますが、段取りはつけてありますか?」

「それはまだだ。態とやってない」


 一切の澱み無く、水牙は言った。

 忘れていたのではなく、選択している口振りである。

 それを踏まえて、ササキは更に問いかける。


「おや、意外ですね。後回しにしていたら手遅れになりません?」

「一応はそれ用の窓口があるとはいえ、基本的に接触したくない相手だぞ」


 水牙は判り切った事を言ってくれるなと、視線を向けてくる。


「それに他との関係も考えると、ですか」

「こう言っちゃ何だが、相手は選ぶべきだろ? 周囲との関係を悪くする趣味は無いんだ」


 此処まで影響が出ている事は根回しや準備をしていない事に繋がる。

 そんな相手と下手に接触すると、問答無用で敵対扱いを受ける可能性があった。

 だからこそ安易な行動は避けていたのだろう。

 幾ら大企業でも、マナーのなってない相手とは付き合いたくない面もあるに違いない。

 仮に接触出来たとしても、力関係を盾に良い様にコキ使われる未来が見えているからだ。

 今回の件だけで終わるならまだ良い。

 今後似た様な事があった時に協力を強制される様になっては目も当てられない。

 そんな流れは例え高額の報酬を提示されたとしても御免だと、ササキでさえ思う。


「それはその通りですね。関係が個人レベル以上なら尚更ですし」

「必要になったらその時に繋ぎを取るさ。どんな形であれ、目をつけられるのは御免だ」


 水牙がそう言った所で意識が逸れる。

 恐らく連絡が入ったのだろう――実際その通りであった。


「悪いな、出るぞ」

「ええ、どうぞ」


 断りを入れてから水牙は回線を開き、相手との通話を開始する。


「どうした? ……誰からだ? ……そうか」


 発言から推測するに相手は部下、通話目的は報告と指示の要求といった所だろう。

 虚空を揺れる視線は、視界内に展開された補足情報を追っている辺りか。

 どちらもテンポの良さからして、悪いものではない様だ。


「とりあえず確保して、こっちに連れて来てくれ。何かあればまた連絡をくれ」


 水牙は指示を出し、通話を終える。

 彼の意識がこの場へ戻って来た所で、ササキは尋ねる。


「進展はありましたか?」

「どうだろうな。単なるいざこざかもしれん」


 水牙は愛想笑いを浮かべる。

 そうあっていてくれという願い半分の発言だった。


「なら他に片付ける話題を進めましょう」

「いや、一先ず全部済んだ。これで展開待ちだ」

「そうですか。所で、件の人物についてですけど」


 ササキは通話中に思いついた話題を口に出す。


「件……モノに関わってる奴の事か。それがどうした?」

「彼が切り捨てても心が痛んだりしないタイプだと良いと思っただけです」

「……フラグを建てる様な事言うなよ。もしそうなったら責任追及するぞ」


 水牙の顔は笑みを消し、避難がましい視線を向けてくる。

 返事までに暫しの間が空いたのは、有り得る流れだと思ってしまったからだろう。

 無論、神ならぬ身の二人に真相が見えている筈も無い。


「ならそこは開き直るぐらいしましょうよ」


 自分から話題を振っておきながら、ササキは無責任な事をのたまう。


「それが出来ないから文句つけてんだ」


 疲れた声で正論を吐いてくる水牙。

 流石に悪戯が過ぎたと感じたササキは一つの提案を持ちかける。


「じゃあ賭けにしましょう。負けた方が一杯奢るって事で」

「判った。勝てる事を切に祈るぜ、俺は」

「ええ、気持ち良く奢れる様に僕も祈っておきますよ」


 ササキはそう言ってから、暢気にケーキの最後の一欠けを口に入れた。

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