中編:ストリート・ストーリィ1

 子供の意地と、

 大人の矜持。そして――


 良くも悪くも穏やかで緩やかではあるが、発達した技術が存在する現代。

 世界の様相はいわゆるサイバーパンクの姿を呈していた。

 深夜、都市・新京の中でも猥雑で活気だけは溢れていた下層地域。

 塗装の剥がれやヒビなどの経年劣化が放置されたままの細長い雑居ビルが幾つも立ち。

 広告より威嚇という表現が適切に思える極彩色の空間投影で飾り立てられた夜の街。

 賑やかな場所から少し外れた車が少ない通りを、小柄な青年が一人で歩いていた。

 黒瞳黒髪で年齢は二十歳過ぎ。

 日系でそれなりに整った人当たりの良さそうな容貌には、薄い笑顔を浮かんでいる。

 服装は灰色のジャケットに紺のシャツと黒のズボン。

 そして肩に背負われた、長さ一メートル程の細長いケース。

 街中を探せばそれなりに似た様な姿が見つかりそうな、ありきたりな外見をしていた。

 その彼の前方、遠くに騒ぎがあった。

 黒煙、粉塵、炎上する車。

 それは戦闘だった。

 何処の誰がやっているかは遠目なので判らない。

 ただ微かに聞こえる音や様子から察するに、銃火器まで使用した本格的なものだろう。


「ふむ……」


 遠間に認めた青年は足を止め、それを眺める。

 戦闘という出来事は現代のこの場所においても大事ではある。

 しかしニュース番組で一週間トップの枠を占領する様な扱いではない。

 それこそ過去の日本における地震速報と同程度というのが、一般的な認識だった。


「……はあ」


 暫くの間、眺めていた青年がため息をつく。

 薄い、本当に薄い落胆の色を見せながらすぐそこの脇道へ足を進める。

 そのまま入り込み、視線が外れかけた所で――動きが止まった。

 身体を戻し、向き直る。


「――ん?」


 原因は視界に映った、ある一人の姿。

 大柄でがっしりとした体型の、恐らく男。

 片手にその体格に見合った大振りの剣を持っていた。

 そして、疾風の様な速度で銃弾の飛び交う戦場のど真ん中を駆けていく。

 逃走ではなく接近のための動き。逃げなど欠片も無い。

 進行方向からして標的は恐らく装甲車両。それに向けて一直線に接近していく。


――獰猛な一閃。


 勢いのままに振り下ろされた男の剣は、当たり前の様に装甲車両を唐竹に両断した。

 当然ながらその所業は容易い事ではない。

 故に苦も無くやってのけたその腕は、相応のものである証明であった。


「へぇ……」


 青年は小さく声を上げ、口元を僅かに笑みの形に変える。

 先程止めた足を再び進める。

 男の動きは一閃の後も続いていたが視界にすら入れない。

 十分に見て、記憶できた。そう言わんばかりの迷いの無さ。

 名前も知らない。顔も碌に見えていない。

 でも逢えたらきっと一瞬で判る。


「ははっ……」


 青年は足を速め、走り出す。

 出会えたら、素敵な事になると期待に胸膨らませながら。

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