短編:リンクス・リンクス

 高度に、普遍的に電子化された現代。

 電子的作業に長けたリンクスと呼ばれる立場が存在していた。

 無線、或いは有線接続して活動する事から『繋がるもの』という語源を持つ。

 卓越した電子的な干渉技術を持ち、過去にあった立場ではハッカーに近い。

 それでも区別されるのは、ハッカーに犯罪者のイメージがあるためだったのだろう。

 勿論個々人で得手不得手が変わるため、全てのリンクスが出来る訳ではないのだが。

 それでも、電脳が一般化した現代でもリンクスに対する認識は変わらない。

 身の回りのちょっとした物すら電子化された今の世界で出来ない事は無い、万能の存在。

 そういった形で疎かったり驕っている者に誤解されていた。

 それは理想論では正しいか、現実的には間違っている。

 確かに電子的な関係については色々出来る。

 それでも出来ない事は多々あるし、何より楽ではないのだ。

 言いたい事を纏めると一つに収まる。

 ちょっと助けてくれ程度の感覚で難題を押しつけないで欲しい、それだけである。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 今回の舞台は数人が座り仕事をしている姿が見受けられる、とある企業のオフィス。


「むー……硬い」


 そんな言葉を紡ぐのは、肩に届く長さの白に近い金髪に制服姿の女性だった。

 年齢は二十代前半、体型や顔の美醜は平均的。飛び抜けて良くも悪くも無い。

 彼女の座っているデスクの上には、大きめな灰色の箱型筐体が置かれていた。

 そして周囲には幾つものホロウィンドウが展開されている。

 その姿はリンクスの典型的なイメージそのものと言って良いだろう。

 事実として彼女――ラウラ・ユーティライネンはリンクスだった。

 彼女は現在、業務としてとある場所にあるデータ奪取のためにハッキングを行っていた。

 具体的な作業としては侵入を阻む防壁の静かな突破を進めている。

 こういった仕事はリンクスとしてはよくある事である。

 ただハッキングという作業に対して、彼女自身の手が動く頻度は少なかった。

 その動きもピアノ演奏の様に忙しないものではなく、手元のメニューを数回つつく程度。

 とても迅速さが要求される行動をしている様には見えない。

 ハッキング作業として想像される定番は、やはりキーボードを高速で叩く姿だろう。

 しかし、あんなものはドラマなどでの解り易さを優先した演出でしかない。

 緊急的に行う時にはやる事もあるが、それは時間が無く力尽くでこじ開ける場合である。

 時間制限が無く、装備が潤沢で隠密裏な進行が優先される場合、態々そんな事はしない。

 ではどうしているかというと必要なアプリケーションを走らせる事、これが基本である。

 今の彼女の場合もそうしており、行う操作もアプリの設定の調整などがメインだった。

 高速で打ち込むのもパスコードなどの入力が必要になった場合程度でしかない。

 例えるなら走行する車の中で、ドライバーがどたばたしていないのと同じ様なものだ。

 なお、ラウラは手で操作以外に電脳をワイヤレス接続して直接的に入力を行っている。

 そちらだけで済ませていないのは、入力系統の増加と確実性を重視しているからである。


「会社の規模に比べて、中々豪華な防壁だなー……」


 少々の予想外に対し声を漏らすラウラ。

 ハッキングではアプリケーションを使うと先述したが、それはある意味で間違いである。

 正確にはアプリケーションさえ使えれば誰でも出来るものではない、というべきか。

 何も知らない素人が使ったとしても成功を収める事は難しい、そんな当たり前の話だ。

 使用するアプリの選択や調整などは、リンクス自身が行わなければならない。

 それ以外にも実行自体が、作業工程全体の中における一部分でしかない事も挙げられる。

 使用する機材などの準備がしっかりとしているからこそ、行える事なのだ。

 勿論、それらを行うにも知識や経験が必要なのは言うまでもない。

 つまる所、職人技の範疇に含まれる行為なのである。

 ラウラの今現在の作業量は少ないが、決して手軽な行動ではないのだ。

 それなのに、新たなホロウィンドウが現れてコール音が容赦無く鳴り響く。

 電子的支援の依頼、これもまたよくある仕事である。

 他の者でも出来ない事も無いが、特技の領域にまで到っている者は多くない。

 故にこそ、呼び名がつけられ区別されているのだ。


「はあ」


 ラウラはため息をつきつつ、相手の氏名を確認してからホロに触れる。

 勿論相手には見えなくとも礼儀としての笑顔は忘れない。


「はい、どうしました?」

『済まない、今から送る奴の過去半年分の金の動きについて集めてくれ』


 通信相手の男が挨拶も無しに仕事を投げつけてきた。

 彼のホロが下方に広がり、そのスペースに別の氏名と所属が表示される。

 所属を見る限り、その人物はそこそこ高い地位にある重役の様であった。

 指先で重役の氏名をなぞり、その指で隣に仮想出現させたファイルフォルダを叩く。

 するとフォルダの中央に氏名が表示された。

 ラウラは更に指先でタッチして期間などの条件を設定しながら、通信相手に尋ねる。


「見つからない様にやると時間がかかりますけど、どうします?」

『見つかって構わない、最優先で頼む』

「わっかりました、しばしお待ちを」


 返事と同時に設定を終え、ラウラは収集を実行させる。

 すると瞬く間に検索されたデータが集まり、フォルダが膨らんで厚みを増していく。

 そうして膨張が止まると、ラウラはフォルダを指先で押した。

 移動先には通信相手のホロがあるが、構わず押し込んでいく。

 ホロと接触したフォルダは押し退ける事無く、接触面を境に溶け込む様に消えていった。


「はい、データを送りました。中身を確認してください」

『――完璧だ。助かった』


 すぐに返事があり、直後に通信が切れてホロウィンドウも消えた。

 既にアタリはつけていて、こちらへの依頼は半ば裏付け的な確認だったらしい。


「んもぅ……」


 ラウラは小さく嘆息をついてから防壁突破に意識を戻すと、作業が停止していた。


「んーと……」


 状況を確認してみると、防壁の構成に変化があったためであった。

 露見の有無を確認して幾つかのホロウィンドウを指先で外側に弾き、新たに展開する。

 更に展開したものを指先で叩いて調整し、手早い動きで作業を再開させた。


「順調にいけば、五分もしないで突破か」


 そう言いながらラウラは両手を頭上で組み、背筋を伸ばす。

 後は何事も起きなければ目的のものを取得して終わりなのだが……そんな事は無い。

 しばらくして、またコールが入る。

 もしかしてさっきのが駄目だったかと思ったが別人だった。


「あ、これは」


 部署の部分を見たラウラはホロの外縁をなぞり、念のため音量を下げる。

 そうして準備を終えた後でホロを指先で叩き、回線を開いた。


『第三後方処理課のリカルドだ! 襲撃受けて状況が悪い! 支援くれ!』


 第一声は予め対応していなければ、痛みを感じていたかもしれない大音声。

 それ程緊迫感に満ちていた。


「はいはい、お待ちをー」


 営業スマイルを浮かべたラウラは答えつつ通信相手――リカルドの現在位置を取得する。

 彼とその仲間からの行動ログからすると、誰かの護衛中だったらしい。

 とりあえず彼の周囲にある機械を強引にハッキングを行い、視界を確保。

 その作業は完全に力尽く、同業者がその場を見ていれば即座に異変に気付くやり方だ。

 メインで進めている仕事とは正反対、速度を最優先していたが故のものである。

 そうやって段取りを整えて彼と戦闘をしている敵の位置をマーキング、その情報を彼等へ転送する。


「あー、よしっ」


 その際目についた物を利用する事を思いついたラウラはそこへアクセスし、細工する。


「ついでに爆発が起こせるので十秒後に起爆させます。有効活用して下さい」

『助かった!』

「それでは御武運を」


 敵の背後の停止車両が爆発し形勢が逆転した事を確認してから、ラウラは通信を閉じた。

 こういった電子的な支援もリンクスの仕事の一つであった。


「あー、ほんと疲れる……」


 笑顔を解き、盛大なため息をつきながらラウラはデスクに身体を預けた。

 軽い調子で頼んできて成功しても大して感謝されず、失敗したら盛大に文句を言われる。

 リンクスならやれて当然という感覚だけはどうにかして欲しいのだが。

 どれだけ時代を重ねても専門的な技術というものは、一般への理解は深まらないらしい。

 上の方も現場が処理出来ているから良いものの、無理だったらどうするつもりだろうか。

 仕事が一段落ついて緊張が緩み、疲労も相まって鈍くなった思考がそんな所に辿り着く。


「これで労働内容に応じた追加報酬が無かったら、転職も視野に入ってたかも」

「そう簡単に辞めさせないわよ。ここじゃアンタが一番ああいう仕事上手なんだし」


 独り言に反応してか、近くで仕事をしていた女性の同僚が傍に来て声を掛けてきた。

 そんな彼女に対して、ラウラは顔を上げて応じる。

 あまり見せるべきものではないが、流石に表情までは変わらない。


「でも疲れる事には変わり無いんですけどね」

「はいはい、だからこうして労いに来たんじゃないの」


 同僚はそう言ってラウラの顔の隣に湯気を立てるカップを置く。


「労いよりも手伝いの方が欲しいです」

「それこそ無理な注文よ。あの速度での仕事なんて、此処じゃあんた以外じゃね」

「メルディさんは物理的な隠密活動がメイン、他の人も前衛とかばっかですもんね」


 ラウラは気の抜けた表情のまま、両手で持ったカップを傾ける。


「こっちからも話はしておくからさ、そういう行動はもう少しだけ待ってよ」

「判りました。それじゃ提出に行ってきます」


 愛想笑いを返しながらラウラはカップを置き、立ち上がる。

 そして胸中で文句の内容を考えながら、成果を手に上司の元へ歩き始めた。



ーーーーーー

あとがき

 サイバーパンク系定番の立場、電脳世界のスペシャリストの紹介でした。

 中身に関しては、表沙汰にはできないけど良くあるお仕事といった程度です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る