閑話:新京の衣

 とある学校の教室。

 机を挟んで向かい合って座る、二人の生徒の姿があった。


「そいやさ、今朝来るの遅かったけど何かあった?」

「中央の方で銃撃戦があったらしくて、それで足止めくらった」


 その片方である黒いのの質問に。白いのが憮然とした様子で答えた。

 黒いのは電脳でウェブ検索を掛けながら相槌を打つ。


「あー……これか。それはご愁傷様」

「せめて朝っぱらじゃなくて、深夜にでもやってくれればいいのに」


 苦労を思い出した白いのは、机に突っ伏すとため息を吐き出す。


「夜にやられても、周辺被害が酷かったら影響出るんじゃないか?」

「家を出る前に知れて諦めがつく分、辛うじてマシって事」

「さいで……やらかした片方はカワモトか」


 検索を続けていた黒いのが、事件に関する情報を見つける。

 流石にクリティカルなものは見つからないが、それでも大凡の所は解った。

 平たくいうと、企業間の対立、企業同士の勢力争いというやつである。

 高が競争と思うなかれ、それに起因した物理的衝突は珍しい事ではない。

 国内で発生する重傷、死亡者の出る交通事故と同程度の頻度で起こってる。

 取り締まる側はどうしているのかと疑問が生じるが、それは単純な結論で片がつく。

 企業は強者である。

 資本も権力も有した存在がどれかを使えば、大概の問題は解決出来るという訳だ。

 加えて基本的に世間一般へ生じさせる損害の軽さから、当然のものと認識されていた。

 人間は、利益が不利益を大きく上回るなら簡単に目を瞑る生き物なのだ。


「原因はいつもの企業抗争ってオチでしょ。もしくは内ゲバかもだけど」

「そんな所だろーね」


 黒いのは苦笑交じりに同意を示す。

 裏で何らかの陰謀が動いていたとして、単なる一個人には基本関係無いのだ。

 心配する方が間違いでしかない。


「企業同士で戦うなら買収とか経営面だけでやって欲しいよ」

「むしろ企業だからこそ、効率第一の手段を取るんじゃない。それも大きければ大きい程さ」

「やるのは良いけど、他に迷惑かけてくれるなってのが、無関係な一市民の言い分さ」


 白いのはため息を追加する。

 今の時代の企業、特に巨大企業は単なる営利単位だけに留まっていない。

 経済面などで崩壊した政府に代わり、様々な保障も行う――いわば国家の位置にあった。

 以前の国家の名は、土地の存在位置を示すものとして扱われている。

 その証拠に書類上の国籍に該当する欄には、所属する社名が載るのが基本となっていた。

 隣に住んでいようとも、所属企業が異なれば別のクニの人間。

 地球の反対側であろうとも同じ企業に属していれば同国人、といった具合だ。


「ま、面白くない話は此処まで。放課後気晴らしに付き合ってよ」


 白いのが身体を起こし、朗らかな声で提案をしてくる。

 その仕草は雰囲気を切り替える目的のためか、やや芝居がかっていた。


「いいけど、何処行くの」

「新しく出来た服屋! 良いデザインが多くてさ、しかもマイクロマシン無しがあるんだ」


 先程とは打って変わった様子で、白いのは目を輝かせながら質問に答える。

 一方の黒いのは、その情報に低い反応を見せた。


「それって喜ぶポイント?」

「勿論。あった方が劣化にも強くなったり良い事尽くめだけど、その分味気無いからね」


 白いのは腕を組み、力説する。

 人間の能力の拡張に貢献したマイクロマシン、その利用法はそれだけに留まらなかった。

 建築物、機械は当然として、彼等が話題にしている様に衣服にも利用されていた。

 目的、用途は多岐に渡る。

 衣服側が着用者の身体に合わせてくれる、形状補正機能。

 軽度の擦り切れなどなら時間を要するものの自己修復する、補修機能。

 戦闘環境における各種攻撃から着用者を保護する、防御性能。

 防虫、カビの繁殖抑制……着用時、手入れ、保管と様々な面で有効になっている。

 しかも機能の上下こそあれ、Tシャツなどの肌着レベルにまで用いられている。

 なお応用として色や模様が変化したり、裾の翻り具合を調節出来る代物も存在している。


「マイクロマシンって便利だけど、使い続けて生まれる味だけは出せないからね」

「つまる所アンティークとかヴィンテージ系の感覚?」

「そんな感じ。たとえ量産品でも時間の経過で自分だけの物になってくって所が良いんだ」


 白いのは立てた指を振りながら、黒いのの質問に答える。

 マイクロマシンが付与された衣服は、着用者に合わせた調整が可能となっている。

 これは同じサイズ、デザインの別の服でも着心地は同じとなる事を意味する。

 良くない言い方だが、節操が無く代えが利くという事だ。

 同じものを用意出来れば、全くの同一に扱えてしまう。

 ユニーク――唯一性の観点から見れば、これ程つまらない物は無いだろう。

 服に関する興味は薄いが、その観点の評価なら黒いのにも理解出来た。


「金を積んでも手に入らない特別……面倒込みでも選ぶだけの価値はあるか」

「ファッションなんて趣味なんだから、面倒は当たり前でしょ」


 笑顔で言い切る白いの。

 趣味は贅沢に通ずる。

 そこに効率を求めるのは無粋以外の何物でもない。単純簡潔な論理である。

 黒いのが納得していると、白いのが言葉を重ねた。


「それはそうと、君はもう少し服に頓着しなさいな」

「え? 見苦しくない様にきちんとしてるよ」


 的外れに感じた文句に、黒いのは首を傾げる。


「そういう名目で大半の場面に対応出来る無難な奴ばっかじゃん。ちゃんと選んでる?」

「勿論」

「そのワリには暗色……それも判り易い黒一色とかじゃなくて地味系って感じだけど」

「……そーゆーが好みなんだから文句をつけんでくれ」


 黒いのは拗ねた様な、味のある表情をする。

 彼が今来ている服は見事に白いのが言った通りの色とデザインであった。

 ちなみに、流行に関しては水物だ。

 SF的なスーツ型もほんの一時話題にはなったが、すぐに流れてしまった。

 多少派手で極端なものが考案、認知されてはいるが、ある程度の幅に収まっている。


「ホントにぃ……?」


 逃げを許さず意地の悪い笑みで白いのは問い掛ける。

 僅かな時間だが睨み合いが発生する。

 先に折れて目を逸らしたのは、黒いのだった。


「……実は面倒半分です。ハイ」

「素直でよろしい。良い機会だから範囲広げてみなよ。選ぶの手伝うからさ」

「はいはい、お願いしますよっと」


 色々と観念した様子で黒いのは肩を竦めた。



ーーーーーーーーーー

あとがき

 一般人のやりとりに流したい情報を載せた、そんな代物でした。

 白いのと黒いの、この二人は説明役の一般人。設定しているのはコレだけです。

 性別すら決定していないので、各自の好みで妄想してください。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る