短編:レディ・ステップ


 昼間の新京中層――アンダーの一地区。

 幹線道路近くのビルの屋上に、重装型パワードスーツを着用した大柄で黒い肌の青年が居た。

 傍らに長銃身のライフルがあり、何かが進行中である事を窺わせた。

 大凡三十路の青年――アイガイオンが行っているのは監視だった。

 肉眼だけではなく、展開させた幾つものセンサーユニットを用いて実行中である。

 対象は幹線道路の傍にある倉庫、及びその周辺。

 そんな彼の元に少女の声が届く。


『おもしろくなーい』

「シティウォッチングがか?」


 アイガイオンは冗談交じりの言葉で応じる。

 少女の声は肉声ではなく、電脳に届けられた情報だった。質としては変わらないが。


『訓練中止な上こういう事やらせるってどーいう事だと思う? 勝手に引き抜いた癖にさ』


 愚痴を漏らす少女――ユーナの姿は近くに無い。

 彼女自身は少々離れたトランスポーター、横たわった機体の中に居た。

 そこでアイガイオンと同じく監視作業に就いている。

 彼等二人は治安連合の人間だった。

 治安連合は現代の新京における警察に当たる組織である。

 他の警備企業とは異なり、諸々の権限を有した公的組織良いだろう。

 今回は機動課――いわゆる実働制圧部門の活動に協力していた。

 主目的は件の倉庫内で行われている取引現場の制圧と、関係者の確保である。

 二人の仕事は周囲の監視と、いざという時のバックアップであった。


「仕方ないだろ。チームで動くとなると連携が重要で、俺達は馴染んでないんだし」

『ならなんでアタシ達なのよ。半人前扱いなんでしょ』

「丁度良かったんだろ。今回の依頼料が俺達の協力って話だし」

『使い物にするための準備を遅らせてまで?』

「その程度の価値って認識なんだろうな。今の所は」


 アイガイオンはあっさりとした調子で答えた。

 チームでの活動が基本となる以上、能力より連携が重視される

 特に生死が関係してくる仕事なら尚更の事だ。

 故に高度な連携が不可能と判っているなら、こういう扱いも仕方なし。

 それはユーナも理解していた。だから愚痴で止まっている。


『……今回の相手さ、なんであんな場所で取引してんのかな?』


 形勢が不利と見て、ユーナは話題を切り替えてくる。

 視界を定期的に切り替え監視を続行しながら、アイガイオンはそれに乗る。


「見つからない自信があったんじゃないか」

『あんないかにもな場所で?』

「いかにもってのは、定番って意味に近いんだぞ」

『……なんか返事が雑なんだけど』


 拗ねたみたいな雰囲気でユーナが言ってくる。


「今は仕事中だぞ。流石に盗聴は無いと思うが気をつけとけ」


 事実その通りなのだが、そこを明かすと機嫌が悪くなるので触れない。

 代わりにアイガイオンは釘を刺す。


『それならもう少し実のある話題って事で、タレコミしてきたのってどう思う?』


 それを見透かしているのか、ユーナは怒る事無く態と無視した様子で話題を乗り換える。

 下手に拗れるよりマシと、声を殺して苦笑しながらアイガイオンは会話を続けた。


「恐らく向こうさんの同業者だろうな」

『手を汚さず、消耗せずにって所?』

「何とかする力が無いから、流すしかなかったってオチかもしれんがな」

『だったらもう少し早く通報して欲しかったもんね。お陰で準備不足だし』


 不満そうな声を出すユーナ。

 今回の件は時間が無かったために確認出来たのは背後関係ぐらい。

 現場の状況に関してはほぼ無しときていた。

 今やるにしても既に中に居るので、下手に覗くと突入を察知される可能性がある。

 よって断念せざるを得ないという訳であった。


「なんであれ活用させて貰うだけさ。目に留まるならその時に動くって事にしとけ」

『そんなんでいいの? 職務的にさ』

「良いんだよ。お前だって正義の味方をやる趣味も、懐の余裕も無いだろ?」


 疑問に対してアイガイオンは判り切った問いで返す。


『……はいはい。その通りですよーだ』


 もっともな意見に、ユーナはため息をついた雰囲気が伝わってくる。

 そんな二人の会話に割って入ってくる別の男の声があった。

 正確には今回の作戦用の共通回線からの声だ。


『時間だ、始めるぞ。異常は無いな?』

「そっちにも見えてると思いますが、大丈夫ですよ」


 アイガイオンが通信に受け答える。

 相手は機動課の人間であり、今回の突入作戦の指揮を執っている人物だった。


『お、画質良いなこれ。ウチでも使えないかな』

「高いんで止めた方がいいですよ」

『金がある所は羨ましいね』

「その分、厄介な事件が多いですがね」


 正直な意見を口にし、相槌を打つアイガイオン。

 雑談交じりで確認を終えた隊長は、締めの言葉を口にする。


『そんなもんか。バックアップ頼むぞ』

「中の様子は時間も無くて探れてません。気をつけて」

『何かあったら頼むぞ』


 通信が終わり、突入が開始する。

 当然だが身分を明かす様な声は無い

 口の出番は一通り終えた後だ。今は指示や確認にしか使われない。

 監視装置越しに銃声を耳にする。

 彼等の動きは悪くなく、推定される敵の装備を考えても数分で制圧完了する筈だった。


『――聞こえるか!?』

『出番?』

『ああそうだ。あいつ等、厄介な物出してきやがった!』


 ユーナの返事を隊長が荒い声で肯定する。

 電脳経由の通信で外部の音は聞こえないが、切迫した状況なのは明白だった。


『何が出たんです?』

『フレームだ! 数は三――五に増えた。コンテナから引っ張り出した銃を使ってる!』


 報告と共にデータが送られてくる。

 短い動画にはその辺りの警備会社が使っていそうな程度の機体の姿が映っていた。


『情報漏れかな。そっちでどうにかできます?』

『サボろうとすんな。というかそっちの不備だぞ!』


 ユーナの発言に隊長が怒鳴り声を上げる。

 二人の所属は特殊部隊であり、隊長とは同僚と呼べる間柄には無い。

 治安連合の特殊部隊で間違いないが、実質は同業他社で組織的な繋がりは強くない。

 それなのに二人がこの場に居るのは、部隊が掴んだ情報を機動課へ渡したからだ。

 関わった事件を自分で処理しないのは部隊の性格によるものが大きい。

 特殊部隊は基本的に他の都市では権力の無い治安連合に解決出来ない事件を扱う。

 なので現場の衝突回避も兼ねてこういった事件の対処は、治安連合へ頼む事が多かった。

 ただ互い別組織なので、仕事の受け渡しは依頼の形を取っていた。

 依頼となれば本来は料金が発生するのだが、今回は代わりに人員の提供が行われていた。

 そういった理由で二人は機動課に協力していた、という訳である。


『アタシに言われても困るんですけど。やってこいって命令されただけなんで』

『なら契約通り命令に従ってくれ! じゃないと報告書に悪様を詳細に書くぞ!』

『りょーかい。突入いける?』

「ああ、大丈夫だ」


 ユーナに話を振られたアイガイオンはライフルを取って立ち上がっていた。


『美味しいトコ譲ってやるんだから上手く決めろよ』

『六十秒で接敵出来るんで、足止めと退避頑張って下さい』


 ユーナと隊長の会話を聞きつつ、アイガイオンはビルからジャンプし、現場に急行した。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 視点は移動し、倉庫内。

 隊長の言葉通りにフレームが暴れていた。


「くそったれ、どっからバレたんだよ」


 突入してきた機動課の人間に撃ち返しながら、フレームの搭乗者が文句を垂れ流す。


『さあな、どうせあいつらだろ。この前からやけにつっかかってきてるし』

『なら今度判らせてやらないとな。どっちが上かよ』


 他の搭乗者達が口々に身勝手な事を垂れ流す。


『とにかく今は治安連合のイヌ共を蹴散らすのが先決だ。時間も無いからさっさと片付けろ』


 その彼等に、ボスらしき者からの指示が飛ぶ。

 全体的に余裕があるのは、機動課の装備が対人用だけで危険が薄いと判断したからだろう。

 間違いではない。対人装備でフレームに対抗するのは流石に無理がある。


「了解です」

『殺すと後が厄介だからな。そこら辺は加減しろよ』


 ボスからの注意を聞き流しつつ、彼等のフレームの一体が出入り口の大扉に近づく。


『判ってますって、戦力はこっちが上ですし。でも勢い余って許し――』


 扉を開けた直後に胸部に銃撃を受け――フレームは擱座した。

 新鮮なスクラップを蹴り飛ばし、新たな機体が倉庫に踏み込んでくる。

 全体的な配色は明るい灰色で他の機体に比べて一回り小さく、外連味のあるデザイン。

 そして右手にはライフルがあった。


「さーて、得意なフィールドじゃないけど頑張りますか」


 その機体の中で、ユーナが言葉を放つ。

 数秒の間を置いて――機体が動き出す。


「――っと」


 初動は回避。敵フレームの射撃をサイドステップで躱す。 

 他の機体も続けて射撃を行うが、ユーナの機体はそれさえも軽やかに避けていく。

 回避自体は不可能ではないが、サイズ比を考えると一般家屋レベルの屋内戦闘の状況である。

 機体性能の優越を加味したとしても、驚異的な実力であった。


「はん、甘いっての!」


 啖呵と共にユーナは反撃に移る。

 右手のライフルが火を噴き、一機の両腕、腰部を破壊する。

 それも連射ではなく速射での全弾命中で実現させていた。

 速度だけではなく、精密性も備えた挙動が成せる業だった。


「あ、駄目か」


 続けてもう一機の胴部に銃弾を叩き込み、破壊する。

 隙間から赤い液体が漏れ出すのが見えた。搭乗員はほぼ確実に死んだだろう。

 欲を言えば全員確保したかったのだが、被害抑制などを優先した結果であり、仕方が無い。


「残りはせめて、ね」


 ユーナは機体を敵へ急接近させ、左前腕のエネルギーブレードを起動。

 そのまま一息で両腕と脚部を斬断、無力化する。


『やろっ、死ねぇぇぇぇ!』


 敵も無力ではない。ユーナの機体が攻撃した直後の無防備な背後を狙う。


――そして銃声、 崩れ落ちる機体が音を立てる。


「……背中が留守だぞ」

「援護してくれるって言ったでしょ」


 アイガイオンの指摘の声に、ユーナが応える。

 敵の射撃が行われる直前、天井の方から侵入したアイガイオンが狙撃で処理していた。

 制圧完了。要した時間は一分も掛かっていない。

 実に見事な手際であった。


「隊長、終わったわ。後始末よろしく」


 右手のライフルを背面右側のラッチに戻し、ユーナは報告を入れる。

 すぐに機動課の人間がやってきて、生き残りの確保に走っていく。


「それじゃ、アタシ達はお暇しますか」

「だな。そんで報告書作成だ」


 その様子をしばし眺めた後、二人は動き出した。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 しばらくの時間が経ち、正午に近い時刻。

 治安連合特殊部隊オフィス。

 その席の一つで、灰色の制服姿のアイガイオンが端末に向き合っている。

 ホロウィンドウには消費した弾薬、装備品や敵フレームに関する情報が映っている。

 今回の事件に関するレポートを作成中であった。


「事件の詳細は向こうさんのやつを見てもらえば良いよな」


 独り言を漏らしながら、アイガイオンは作成を進めていく。

 そこにかなり小柄で華奢な体格で丸みの強い栗毛のボブカットの少女が現れる。

 雰囲気も加味した年齢は十代後半、アイガイオンと同じ制服を着ていた。

 他にある事と言えば水気を身に纏っている事だろう。シャワーでも浴びてきた所らしい。

 首に引っ掛けたタオルを揺らしながら、アイガイオンの傍に移動する。


「フレームの入手元とか判った?」


 そして少女は気安い口調で問いかけた。

 その声は機体を通して聞こえていた声で間違い無い。

 彼女こそ、あの機体を操っていたユーナであった。

 どうみても荒事に向いていない身体だが、そこは機体で補っているのだろう。


「良くある市内の闇ルートで取引相手は消滅済み。足跡が残ってても俺達の出番は無いよ」


 アイガイオンは顔を上げ、彼女の質問に答える。

 なお、情報取得は聴取ではなく、電脳からの抜き取りで実施されていた。

 電脳に不具合が発生する可能性が有る方法だが、相手が相手なので当然の対応、としておく。

 更に言えば機動課で扱っているものであり、本来彼が知り得ない情報である。

 此方に関しては向こうに尋ねたら教えてくれたという事ではあるが。


「良くある事ってオチか、つまんない。陰謀の一つでも動いていたら良かったのに」

「それの何処が良いんだ?」


 唇を尖らせるユーナに、アイガイオンはため息をつく。


「知ってる? 陰謀論って希望とかそういう要素も含んでるのよ?」

「どこら辺が希望なんだよ」

「くそったれな上司がある日死体になって発見され、関わっていた犯罪が暴かれるってね」


 ユーナはしたり顔で答える。

 万人が歓迎するものではないが、納得出来る論理だった。


「なるほど、ダークヒーローって奴か」

「そういうのが居てくれたら、世の中楽しいじゃない」

「だがそういう奴って俺達の敵になるかもしれないんだが、それでも良いのか?」

「それこそ有効に使えば良いのよ。非合法な存在全てが悪って訳じゃないんだし」

「確かにな」


 話を聞きながら、アイガイオンは作業を再開する。

 一方のユーナは自身を持ち上げてデスクに尻を乗せ、別の話題を切り出してくる。


「それより折角非番になったんだしさ、これからどうする?」

「チームとして動ける様に訓練に参加するって選択肢は無いのか?」


 皮肉混じりにアイガイオン問いかける。


「無理矢理やって連携を乱す真似は嫌いってね。連携を大事にするのがチームでしょ?」


 ユーナは意地悪そうな笑みと共に意趣返し的な発言を口にした。

 しかしその後、目を逸らしながら本音を出す。


「それに、今のプログラムは屋内対人系だしね」

「お前の場合多少鍛えても……無駄だもんな」


 そう言いながら、ユーナの上腕を指先で突く。

 非常に柔軟で、膂力の雰囲気を欠片も有していない。

 それ所か体重も外見相応、平たく言って生身だった。

 格闘という事柄で優劣を語る次元にすら無い。

 結論から言うとハード、ソフト両面で改善の余地無しで行う意味が極めて薄かった。


「適材適所っていう言葉もあるしね。手に入ったものを最大限有効に使いましょうって事」


 特に反応を示す事無くユーナはひらひらと手を振る。

 情けない話ではあるが、本人も納得しているらしい。


「へいへい、まず昼はどうする。どうせなら外に行くか?」

「それじゃ新しく出来た店をこの前見つけたから、そこでどう? 評判も中々よ」

「オーライ、それじゃ確認頼むわ」


 アイガイオンは完成したレポートをユーナに見せる。

 彼女が中身に目を通し、電子署名を行ったのを確認するとそれを提出し、立ち上がる。

 そしてこれから街に繰り出そうといった所に、短い通信が入った。


『109、113。コードE3、すぐに来い』

「げ……」


 飛んできた指示にユーナが嫌そうな顔を浮かべ、アイガイオンの顔を見る。


「諦めろ。その分のギャラは出るだろうしな」

「はーあぁ……その時は手伝ってよ?」

「ああ。任せとけ」


 アイガイオンは肩を優しく叩きながら、ユーナに移動を促した。




ーーーーーーーーーー

あとがき

 警察+ロボット物の内容でした。

 この組み合わせだとパトレイバーが思い起こされますが、今回のイメージモデルはアップルシードです。

 続きは作れないって言ってましたけど、なんとか作ってくれないかな。

 

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