短編:シュート・ザ・タンク

 時間は夜、街灯などで明るいビルが立ち並ぶ街中。

 平時と違って人気は無いが、代わりに車の姿があった。

 それらは元気が良く、道の真ん中でひっくり返ったり、店先に突っ込んだりしている。

 そんな所に派手な銃声が響く。

 弾体を食らったのは ひっくり返った車から這い出た立ち上がったサイボーグだった。

 彼は胸をひしゃげさせ、背中からパーツや液体が零れ出させて崩れ落ちる。

 下手人は近くに立つ、二十代半ば程の若い男。

 人を食った様な表情が良く似合う顔で、緩んだ口元はにやけた笑みを形作る。

 体格は縦が平均的。服装はラフなズボンにシャツ、丈が長めの革のジャケット。

 頭髪は色は赤みの入った黒、そこそこ長い後ろ髪をうなじの辺りで縛っている。

 そして水平にまで持ち上げられた左手には、反動で跳ね上がった銃。

 物は腕一本とほぼ同等の全長を有した大口径リボルバー式ライフル。

 ただしストックなし。

 男はそれを片手で扱い、車をスクラップに変え、サイボーグを一撃で仕留めていた。

 特に車の方はドライバーを狙うというケチな真似はせず、車体前方を吹き飛ばしていた。


「おいおい、避けないと危ないぞ?」


 男は哀れな姿となった被害者へ、遅過ぎる忠告を贈る。


「こいつは44マグナムじゃないが、世界最強を名乗れるハンドガンなんだからな」


 更にそんな言葉を、にやけた口から飛び出させた。

 その間にクラッシュしたものからも含め、車から男達が現れる。

 総勢三十人強、服装は先程のと同系統。

 数から見て脱落者は居ない様子である。頑丈な事この上無い。


「な……なんだお前はっ!?」


 男達の一人――恐らく集団のリーダーである四十辺りの中年が惨状を認めて声を上げる。

 他の者達はトランクを開いて色々引き出そうとしている。

 中に武器でも入っているのだろう。


「気にすんなよそんな事。少なくともお前等が逆らえる立場の相手だ」


 その様子を眺めながら男はとぼけた事を口走る。

 明らかに挑発している物腰、穏便に済ませる気の無い事が明確だった。

 証拠の一つは男の行動――リロードをしている点である。

 通常とは逆の右側にスイングアウトさせた空の回転弾倉に、弾を一発ずつ補充していく。

 使用弾薬は現在主流のケースレスで十ゲージ――大型ショットガン用のもの。

 しかも実際に飛んでいく部分の弾体が散弾ではなく、大きな一発の弾体であるスラッグ弾。

 攻撃面積を捨てた代わりに威力を重視した、そんなものが選択されていた。

 最大装弾数は六発、製品名は箒星。正式には箒星・二式。

 恐るべき事実だが特注ではなく市販品、それもハンドガンのカテゴリにあった。

 想定されている攻撃対象は装甲を固めたサイボーグ、もしくは装甲兵器となっている。

 定義的な面も含めて正直、小型の砲と呼ぶ方が相応しいレベルの代物だった。

 勘違いされないために明記するが、男の物がカタログ通りのほぼノーマル品だ。

 馬鹿みたいなロングバレル化や、全体のサイズアップ等の魔改造がされている訳ではない。

 弄ったのはパーツ同士の精度向上などの細かい調整程度のみ。

 当然生身では両手でも扱える代物ではない。

 それを片手で軽々と扱う男は全身に高度な強化処理を施しているのだろう。

 そんな銃のリロード作業を進めつつ、男は変わらぬ調子で言葉を並べていく。


「恨みもねーよ。つかお前等と面識すら無い。頼まれて動いただけなもんでな」

「名前を言え! 貴様の名だ! 目的もだ!!」


 前に出てきたリーダーがまともなハンドガンを懐から抜き、続けて怒鳴る。


「言う事聞いたらどんなご褒美が出るんだ? 冗談だ、答えるから撃たないでくれよ」


 おどけた調子で応じる男。

 リーダーが即座に撃ってくる気が無いのは左右に泳ぐ視線で気づいていた。

 仲間の武装が整うまで時間稼ぎをする腹なのだろう。

 本来ならば待つ理由は無い。

 しかし会話が途中な事もあって男は敢えて乗り、問いに答える。


「フワ・カノン、字は破れずに華麗な音。知ってると説明の面倒が無くなって楽なんだが」


 言葉と共に男――華音はリロードを終える。


「な……なっ! ヘ、ヘヴンズコール……?」


 望みが叶ったのにも拘らず、リーダーは情けない声を漏らす。

 顔色の方も暗がりでも判る程、見事に青ざめたのも見て取れた。

 彼以外に気づいた者も居るらしく、似た状態になった姿がちらほら目につく。


「お、知ってるか。そいつは喜ばしい事だ」


 サプライズに成功した事に、華音は同じ笑顔のままで満足そうに頷く。


「俺の用件はお前等をぶっ潰す事。理不尽だと思うが心当たりはあるよな」

「……幾らで雇われた」


 額に汗を浮かべたリーダーが、緊張に震えた声を絞り出す。

 交戦の気配は消えていた。ハンドガンを持った手も下に下がっている。


「お、金で何とかしようってか」

「ああ、そうだ……っ!」


 疑問の表情になって華音の問いに、リーダーは頷く。

 その動きはまるでとてつもなく重い扉を押し開ける様な重さに満ちていた。

 そしてその拍子に、彼の顎から、極度の緊張で生じた汗が、落ちる。


「数で上回ってるのにか? 囲んで叩こうって気にならないのかよ」

「数ってのは、有効なものだけを、カウントするもんだろうが。ならこっちは、ゼロだ」


 リーダーは聞き間違いが起きない様にするためか、はっきりと言葉を区切って話す。

 流石に手下を持つ身である。頭は悪くないらしい。

 実に格好悪い事この上無いが、状況を理解した上で罵る者は居ないだろう。


「へえ、高く買ってくれたもんだ。気分が良くなっちまうぜ」

「どれだけなんだ……最低でも倍は払う。元が安けりゃ三倍、いや五倍でもいい!」


 焦燥にまみれた様子で叫ぶリーダー。

 そんな破格の条件が提示されたにも拘らず、華音は渋い態度を見せる。


「それだけじゃ厳しいな」

「なら十倍でどうだ! この街から離れるってつけてもいい! これならどうだ!?」

「……駄目だ」


 華音は醒めた顔をしたまま、短い言葉で切り捨てる。


「元が端金だったからか!? プラチナならどうだ! 俺達を見逃すだけでプラチナだぞ!?」


 リーダーが身振り手振りも加えて叫ぶ。

 彼が言っているのは貴金属ではなく、支払い保証済みのプリペイドカードの最高クラス。

 金額にして一億の提示だった。

 最早組織の事さえ考えてない。この場を切り抜けるしか頭に無い提案。

 しかし、それだけの価値がある――そう判断してなのだろう。

 駆け引きを仕掛けようとする素振りは欠片も無い。

 それは完全な降伏以外の何物でもない。

 この取引が成立すれば感謝されこそすれ、恨まれる事は在り得ないレベルの姿勢である。


「嘘じゃない! どんな手を使ってでも絶対に掻き集めてみせる! だから頼む!」

「そーかい」


 膝をつき、渾身の願いを乗せた叫びにも、華音の態度は変わらない。

 リーダーは運が悪かった。本当に、運が悪かった。

 此処からは答え合わせの時間だ。


「金じゃないんだよ。理由はこれ含めて三つって所か」


 華音は言葉と共に人差し指を立てる。


「二つ目は信用を傷がつく事をやらせようとした。お前等の言い方だと面子の問題だな」


 中指を立て、もっともな内容を口にする。


「三つ目は、お前等が被害を与えた奴等に対して一言も無かった事だ」


 だが、最後に親指と共に告げたものは、彼らが思いもよらないものだった。

 どれぐらいかというと、それを聞いた時にリーダーが間の抜けた顔になった程度だった。


「……は?」

「聞こえなかったか。もう一度言ってやる。贖罪の意志が、無かった事だ」


 華音は判決を告げる裁判官の様に、ゆっくりと大きな声でもう一度言った。


「そんな事で……?」

「ああそうさ。依頼者が動いた理由も、お前に家族を殺されたからだしな」


 ややあってから、華音は疑問とも納得とも取れる言葉を肯定する。

 その物腰は誰かの生死が関わっているにしては只管に軽かった。


「問答無用でと言われたが、贖罪の姿勢が見えたら許せって条件で引き受けたんだぜ」

「なんだ、それ……生き残る道を、あんたが用意したってのか……?」

「ああ。それで合ってるぜ」


 放心しながらも確認を取ってくるリーダーへ、肯定を示す華音。

 その事実は彼らにとって、救いが無いとしか他に言い様が無かった。

 条件を用意した理由が、ほぼ華音の気まぐれである点。

 条件が明示されていたとして、彼等が承諾するのは困難である点。

 それらを含めた諸々が、どう転んでも彼等の破滅にしか繋がっていないのだから。


「つーワケでスリーアウト、チェンジってやつだ」


 華音は立てていた指の内、親指を残して握り腕を下ろす。

 そしてゆったりとした動きで、撫でる様に箒星のハンマーを引き起こした。

 意味は宣告、内容は死刑。実にシンプルな情報の提示。


「ふ……ふざけるな!」


 我に返ったリーダーが震えた声で叫ぶ。

 今度の原因は焦燥ではなく怒りだった。まあ解らなくもない。

 豹変を見て、華音は口元を笑みの形に歪める。


「ならどうする?」

「お前を殺して名を上げてやるぁあああぁ!」


 顔を真っ赤に染めたリーダーは口角泡を飛ばし、ハンドガンを振り回す。

 彼の手下も武装が整ったらしく、車の陰から姿を現した。


「そうそう、そういうのが良い。やっぱ人生は楽しまないと損損。派手に行こうぜ」


 心底楽しそうな笑顔をしながら、華音は身体を小刻みに揺らし始める。

 同時に周囲にある機器全てからハードな調子の曲が流れ出す。

 事前に仕込みによるもの。理由は勿論、雰囲気作りである。

 派手に暴れるのに、BGMの一つも無いのでは格好がつかない。

 それだけの目的であった。


「――ィヤァァッ、ハァァァ!」


 曲に乗った華音は口元を笑みに歪め、集団へ全速で突っ込んでいく。

 最初に狙いをつけたのは左翼。

 選んだ理由は特に無い。強いて挙げるなら気分、それだけだ。


「まずひとりぃ!」


 華音は手近な相手に殴り掛かる――振りをして背後に回り込み、別の相手を箒星で撃つ。

 派手な銃声――大きく跳ね上がる銃身。


「――――ッ!?」


 狙われた男は反応する間も無く腹部に受け、そのまま上下に千切れて吹っ飛んだ。

 全力で回避を試みていれば手足で済んだかもしれない。

 高が銃弾の一撃と侮った結果がこの現実だ。

 もっとも、近距離で極超音速の弾丸を躱せるかどうかは別問題だが。

 続けてスクリーンにした奴も髪を鷲掴んで自由を奪い、背中に弾をぶち込んで黙らせる。


「死にやがれぇ!」

「それは、お前だ! オラァ!」


 横から振り下ろされた刃を箒星の銃身で払う。

 甲高い金属音、小さな火花が夜を飾る。

 その勢いのまま膝にローキックを叩き込み、転んだ所を迷わず接射で頭を吹き飛ばした。


「くそったれ! 偉そうにしやがって! 死ねぇ!」

「おわっと、やるなぁ、ハハッ!」


 続けてもう一人が接近戦を仕掛けてくる。

 得物はカタナ。先程の奴より腕が良く、捌いて仕留める余裕が無い。

 勝てない訳ではない。一対一なら無傷で倒せる程度である。

 倒すまで他に晒す隙、或いは倒してから次の安全圏に移るまでの時間が掛かる。

 倒せても蜂の巣にされては意味が無い。


「よーし……ゲットォ!」


 華音は箒星の銃身を盾に凌いでいる間に場所を変え、油断していた奴の襟首を掴む。

 引っ張り込んだ勢いで彼我の位置を入れ替え、カタナ使いの間合いから離脱。

 仕上げにそれぞれに銃撃を叩き込み、しっかり処理を済ませた。

 反動で跳ね上がった銃身を天に向け、大きく振り回す。


「順調順調、次は誰だ!」


 吼える華音。だが近場に獲物は居ない。

 立て続けに倒した事で他の近接系の足が鈍った事が原因だろう。

 地面を蹴り、移動する。


「くそ、逃げるな!」

「なら当ててみせな!」


 後を追ってくる火線に応射しつつ、華音は車の陰に滑り込む。

 銃弾の雨が車体を叩き、穴を開けていく。

 長くは持たない、だがそれで十分だった。その間に箒星のリロードを行う。

 着弾音の群れがBGMに対して良いアクセントになっていた。


「さーて第二ラウンド……開始ィ!」


 攻撃が薄くなるタイミングを計り、飛び出す華音。

 自分か集団の中に突っ込むのは、火力の量で押し潰されない様に銃撃を躊躇わせるため。

 単身である事を最大限に利用した戦術だった。


「オラオラオラァ! どうしたどうした!」


 至近の相手を格闘や箒星の銃身の打撃で仕留め、中距離の相手を射撃で減らしていく。

 そんな華音だが、その動きは最初から外連味に溢れていた。

 正しくは外連そのものというべきか。

 明らかに必要が無い程に動きの中に回転を組み込んだ体捌き。

 箒星を持つ手をころころ切り替え、振り回し回転さえ織り交ぜる射撃スタイル。

 対重戦闘サイボーグを一撃で大破させる事が目的とした武装の選択。

 箒星の性能を十全に発揮するためにタブーである銃身での打撃を当然の様に用いる発想。

 挙げた全てが合理的の対極にある。

 しかも支える技術がある訳でもない。にも拘らず華音は強者であった。


「巻き添えを構うな! 撃ちまくれぇええええっ!!」


 無茶苦茶な指示を飛ばし、リーダー自らも攻撃に参加する。

 遠慮の無くなった銃弾が乱れ飛ぶ。

 華音が飛び込んでいるお陰で奴等にとっての味方が射線に被り、味方を傷つけていく。

 生身であれば戦闘不能者の続出から総崩れになっていた愚策である。

 しかしサイバーアップされた身体は簡単には沈まない。

 多少の無茶が利くが故に可能な方法だった。


「ハハッ、思い切りが良いな!」


 華音は大声で笑い飛ばしながら、曲に合わせて踊る様にステップを踏んで回避していく。

 相手の武装は箒星の様な規格外ではないが、サイボーグに損傷を与えられる威力はある。

 当たり所が悪ければ一発で、そういう所でなくとも数が当たればいずれやられる。

 元々防御が厚い訳ではない。だから同士討ちを誘う様な動きをしていたのだ。

 つまり、それを潰してくる奴等のとった戦法は有効だった。

 それでも――負ける理由にする気は無いが。


「無理に仕留めようと思うな! 当てるだけでいい!」

「当たってやるかよぉ!」


 リーダーの声に、華音は笑いを含んだ怒鳴り声と銃撃で応じる。

 跳び上がって宙を返る。頭を地面に向けた、天地逆の状態での連射。

 箒星の重量、姿勢……どれを取ってもまともに狙いをつけるのも難しい条件の射撃。

 それでも全弾当て、着弾した部位を弾き飛ばして見せた。結果は勿論即死。


「――怯むな!」


 集団の一人が吼える。

 単体戦力の差が絶大な事は十分に理解出来ている筈。

 なのに男達の攻撃の勢い――戦意は衰えない。

 原因は統率が取れているからではなく、薬物などによる感情と思考の制御の結果だ。

 痛覚や恐怖などを抑制し、腰抜けでも戦える様にするシステム群。

 使えば誰でも手軽に戦士になれてしまう。

 デメリットは頼り切りだと逃げたくなる状況でも、戦闘続行を優先する点ぐらいだろう。

 死人が増える要因の一つだが能力上昇の効果もあり、戦場でやらない者はまず居ない。

 特に弱い者は拒否する理由が無い。嫌な事、感じたくない情報を安全に消せるのだから。

 同情などは抱かない。自ら選んだ結果なのだから。

 興奮物質の奔騰の中、闘争本能と破壊衝動に身を委ねたまま死ねるなら悪くない筈だ。


「そらぁ!」


 華音は上半身を大きく逸らし、その勢いで箒星を振り回して発砲する。

 射撃に向かない姿勢、しかし遠心力で安定した銃身から放たれた弾体が一人の頭を砕く。

 これで格闘も含めて大体二十人。曲の盛り上がりも最高潮を迎える。

 確認している間に頭を吹き飛ばし、更にもう一人追加が入る。


「ったく、逃げるなら追わないってのにな」


 軽口を流しながら華音は車の残骸の陰に飛び込み、空になった弾倉を素早くリロード。

 ついでに一服したい気分だ。悪くはない……良くもない。醒めた目で考える。

 この馬鹿騒ぎに酔い痴れるのが一番マシか。質の不足は勢いで誤魔化す。


「くそったれ! なんで当たらねえんだよ!」

「車を全部吹き飛ばせ! 隠れられる場所を潰せ!」


 騒ぎ声の変化に顔を出してみると、手榴弾が投げ込まれる瞬間が見えた。


「おっと! やるねぇ!」


 華音は車ごと吹き飛ばされる前にその場から飛び出し、駆け抜けながら連射。

 進行方向を塞ぐ六人に天使を送り込む。


「リロードさせるな! 弾が無けりゃ奴の大砲も鉄屑に成り下がる!」


 その直後、リーダーの怒声が響く。

 弾切れの実弾銃を再び発射可能にするにはリロードが不可欠。

 その瞬間こそが一番の隙となる。

 特にリボルバータイプは時間が掛かるので致命的だ。

 かといって先程の場面で弾を節約しようものなら、反撃を食らう破目になっていた。

 故に、この窮地は必然だった。


「仲間の仇だあああああ!」


 現実として手札が切れた瞬間を狙って男達が攻勢を掛けてくる。

 周囲に身を隠せる場所は無し。

 避け切れない事は明白。故に華音は出来立ての死体に手を伸ばす。

 そして火線に追いつかれ、銃弾の雨が身体にめりこんだ。


「そんなにやらせたくないか? なら余計にやりたくなっちまうだろうがぁ!」


 華音は防御に使った死体を手放すと右手を外側に水平に振り出し、同時に手首を返す。

 すると、その手に六発の弾薬が現してみせた。


「おあああっ!」「――シィァッ!」

「はっはぁ! 甘い甘い!」


 防御も想定内だったらしく、先程撃ってきた中の二人がカタナ片手に距離を詰めてくる。

 悪くない、悪くない。結果はともかく、その意志は。

 絶声と共に放たれるそれぞれの攻撃を躱して背中側に周り、華音はリロードを実行。

 しかし、その瞬間を二人の陰に隠れていたもう一人に狙われた。


「死ねぇええええっ!」

「――――おわっ!?」


 首筋へ刺突が放たれるが、華音は右手で弾いて防御に成功する。

 だが代わりに握っていた弾薬が宙を舞う事になった。

 これですぐには箒星を撃てなくなった。

 弾かれた弾薬はジャンプしても届かない位置。懐から新たに出している暇は無い。

 その時間で命が取られる。それが彼等が見た未来。


「これで詰みだ、このヒーロー気取りが!」


 先に仕掛けてきた二人が体勢を立て直し、ハンドガンを抜いていた。

 顔には歓喜。彼等は勝利を確信していた。

 打ち砕き、食らって楽しい表情だ。


「そうかい?」


 華音は不敵な笑みで答えながら箒星のシリンダの固定を解除する。

 撃ち込まれる銃弾を箒星で防ぎつつ、手首を振ってスイングアウト。

 落ちてくる弾薬の内二発を、シリンダに直接収めてみせた。

 位置的に入れられなかった残りは、銃身や足を当てて再び打ち上げた。


「な、ふざけんな!」


 曲芸沁みた真似に驚愕の声を上げつつも男達は攻撃を続ける。

 その攻撃もおちょくる様に防ぎ、或いは避ける華音。

 そして残りの弾薬をシリンダーで受け止め、手首を振って装填を完了させる。

 最後の締めとばかりに、絡んでいた三人に弾丸を叩き込んだ。


「さあフィナーレと行こう――おっと!」


 そう言いながら振り返った華音は反射的に横に跳ぶ。

 立っていた場所を急接近してきた車が通り過ぎた。

 搭乗者はリーダーだった。擦れ違う時に確認している。

 先程の言葉を真に受けての行動、と見るべきか。

 とりあえず遊んでいる時間は無くなった。


「おいおい。確かに逃げても追わないって言ったが、それじゃあんまりだろ?」


 華音は箒星で残りを始末した後に顔を顰め、バレルに目をやる。

 だがすぐさまリロードを行い、箒星を車に向ける。

 車は小さく既に有効距離の外。

 しかし大出力ジェネレーターの様な力の気配を発する箒星が、その行為に意味を示していた。


「ま、追ってないって事で」


 軽い調子で華音は引き金を絞る。

 ――放たれる弾丸。

 今までとは桁違いの初速を持って空間を駆け抜け、車を吹き飛ばす。

 乗員の結果は語るまでも無い。


「あーあ。折角のネタばらしをやり損ねちまった」


 仕事を終えた箒星を肩に乗せ、華音は呟く。

 報酬についてである。元々ゴールドだったものをブルーまで値切っていた。

 価値はゴールドがプラチナに次ぐ二番目。

 一方のブルーは下から三番目、会社員の月給の半分程度である。

 一財産を端金にまで落とし込んでいた。交渉し、成立した場合逃がす事を条件に……である。

 自分の命が救われる選択肢を、殺す相手が作ってきて、それを蹴飛ばした。

 この事を吹き飛ばす直前にでも教えようと思っていたのだ。もう出来なくなってしまったが。

 曲の方も丁度終わりを迎えた。


「さて、帰って寝るかね」


 祭の後の余計に沁みる静けさを感じて、華音は肩を竦める。

 そして、適当に口笛を吹きながら歩き出した。



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 先の戦闘から二日後の朝。

 厚めのカーテンを通り抜けてくる陽光に弱く照らされている部屋。

 置かれている家具はシンプルなソファとテーブルのみで、生活感が薄い。

 それが基本的に寝るか、銃器の整備をするだけとなっている華音の棲家ある。

 家主の華音は玄関からこの部屋に入って右手、ほぼ壁際に在るソファで寝ていた。

 別室にベッドはあるが移動が面倒でそのまま、という流れである。

 服装も先日の戦闘時とほぼ同じ。脱いだジャケットはソファの角に引っ掛けられていた。

 そんな所に睡眠を遮る邪魔が現れる。

 侵入者は静かに鍵を開けて入室してきた。

 人数は一人。移動速度は歩行レベル。体重から恐らく生身。目的は不明。

 念のためクッションの下に左手を滑り込ませる。

 それと同時に、侵入者は迷いの無い動きで入室してくる。

 そして手を伸ばせば掴める距離で止まると、上体を倒して……行動する。


「ハァイ、元気にしてた?」


 やってきたのは斬撃でも銃弾でもなく、甘ったるい猫撫で声だった。

 華音は瞼を持ち上げると声の主――二十歳前後の黒衣の若い女が視界に映る。

 彼女は自身の大きな胸を支える様に腕を組んで上方から覗き込んできていた。

 その顔は一言で表すと美人――それもかなり上等と評価してもいい。

 黒目がちで軽く吊り上がった瞳と眉や鼻梁のラインの組み合わせが美しい曲線を形作る。

 適度な厚みのある小さめの唇は見るからに柔らかく、妙に男心を擽る雰囲気がある。

 更に多少の幼さも有しており、非常に蟲惑的な美貌であった。

 長く上質な桜色の髪はアップに纏められており、隠す事無く引き立てている。

 勿論、滑らかな白い肌と良い対比になっており髪単体でも美しい事は言うまでも無い。

 顔だけでも十分に美人の条件を満たしていたが、他も負けていない。

 基本的にスリムながら胸や尻、太腿が十分以上に膨らんでおり、実にグラマラス。

 上下を繋ぐ細い首には黒いリボンが巻かれているのだが、その先端の行方がまた刺激的。

 すぐ下の豊かでハリのある双丘の間に入り込んでおり、色々と思考を掻き立てる。

 高い位置にあるウエストと縦に割れた臍、それに鼠径部が作る曲線が実に艶めかしい。

 見るからに触り心地の良い弾力を有した尻も、大きいながら上向きで引き締まっている。

 僅かに透ける黒いタイツに包まれた太腿も素晴らしく肉感的な魅力に溢れていた。

 そんな極上の肢体を包むのは微かに透けている薄い生地で出来た黒いドレスである。

 胸や肩が見え、短めのスカート部分に深いスリットのある露出度の高いデザイン。

 総合的にもかなり艶やかで、劣情を煽られない男は特殊性癖の持ち主ぐらいであろう。

 小娘、悪女、慈母……様々な女性の要素を内包し、矛盾していない美女。

 豪華で高級な施設が相応しく、間違ってもこんな部屋には似合わない。

 そんな彼女はペルセフォネと名乗っていた。


「なんだ……お前か」


 だるそうに返事をしながら、華音はクッションの下に潜り込ませた左手を抜く。


「もうお昼よ。そろそろ起きたら?」

「昨日も遅くまで遊んでてな」


 そう言われても尚、華音は寝たまま左手で口元を覆い、大欠伸を放つ。

 ――今日は緑か。

 視線が彼女の瞳の色を確認する。

 彼女の虹彩が日によって変化するため、顔を合わせた時の癖になっていた。

 ちなみにファッションではなく、元々の体質らしい。

 それはさておき、華音は宣言する。


「てな訳で俺は寝るぞ」

「つれない返事ね。折角私が会いに来たっていうのに」


 艶のある仕草で息を吐き、唇を尖らせるペルセフォネ。

 しかし華音は色香に動じず、平然と惚けてみせる。


「そーかい?」

「私に声を掛けられる事を四六時中待ち望む人だって居るのよ。もう少し喜んでみたら?」

「知ってるか死神女。お前が動くと死体の増えるペースが上がるって、もっぱら評判だぞ」


 澄まし顔を戒めようと、華音は皮肉を贈る。


「それは不可抗力で仕方の無い事よ。だけど不幸までは呼び込んでない筈よ」

「だろうな。哀れな被害者に全部押し付けちまってるんだから」


 しかしペルセフォネは悪びれた様子も無く胸を張り、豊かな双丘を揺らしてみせた。

 当然の様に親しいスタンスでの会話をしているが、彼女の正体を掴めていない。

 正確には誰も知らないというべきか。

 正体については大企業や組織の幹部級、それらと関係を持つ愛人や高級娼婦。

 変わり種では美貌の完成度から、何処かの企業で製作された超高級自律人形など。

 それ以外にも諸々あるが全て確証も無い噂であり、推測の域を出ていない。

 典型的な様々な謎を身に纏った美女……そんな存在だった。


「今日はどんな理由で来たんだ?」

「ちょっとお願いをしにきたのよ。勿論報酬は弾むわ」


 華音の腰の上に横座りしたペルセフォネが片足を引き寄せ、太腿を強調してくる。

 接触部分の体温と感触も合わさり、並の男なら簡単に骨抜きになる色香を漂わせてくる。


「で、どうしろって?」


 一度乗ってみるのも面白いかもしれない、そんな事を考えながら華音は会話を続ける。

 この美女はこうして時々仕事を持ちかけてくる。

 中身は基本的に此方が喜びそうな戦闘。

 此方を楽しませる事が目的ではない。彼女の事情で都合が良かっただけのオチだ。

 明言された事は無いが、そうとしか思えない仕事が幾つもあった。

 その辺りはよくある話であり、興味も無い。

 ハメてくるならともかく――そう華音は流れかけた思考から目を逸らす。


「襲撃を仕掛けてる集団を殲滅して欲しいの。動いて貰う時間は今夜十時」

「狙われてるのを守る必要はあるか? 囮に使えるなら使うが」

「用意した状況だから構わないわ」

「へぇ、どの段階から仕込んだんだ?」

「酷い言い方ね。あたしは無闇に被害が出ない様に調整しただけよ」


 ペルセフォネは涼しげな微笑のまま首を傾げ、立てた指を頬に当てる。

 自分はお茶目な小悪魔だとでも言いたげな表情だが、同意を示せる要素は欠片も無い。

 それでも無害だというアピールを信じて華音は続きを促す。


「へいへい。相手と場所は?」

「これを見て」


 言葉と共にペルセフォネは自身の胸元からストレージを取り出す。

 体温の残る人差し指大のスティックを受け取り、中身にアクセスする。

 空中にホロウィンドウ――いわゆる空間投影が展開し、保存されている情報が映し出された。


「治安連合はどうなってる?」

「他で仕事して貰うから大丈夫よ。むしろあっちの手が足りないから貴方にお願いしてるの」

「そーかい」


 華音は関連しそうな事柄を尋ねつつ、データの確認を平行して進める。

 データの中身は、戦場となる場所や想定される敵戦力の情報だった。

 数は十五程、戦闘用サイボーグが多い。

 武装もハンドガン等の護身用装備ではなく、しっかりとした長物がメインとなっている。

 車両の欄には防弾車に加えて一人乗り、市街地戦向けの多脚戦車の名前まで並んでいた。

 此処まで来ると喧嘩を売った者の方が気になるが、それは横に置いておく。

 そんな相手と戦闘する場所は街中にある立体駐車場。

 程よく入り組んでいて、迎撃側にとって地形的には悪くない。

 しかも戦況を有利に傾ける仕掛けの設置、更地にして良いとの補足もある。

 各所への根回しは済んでいるらしい。実に用意周到、至れり尽くせりこの上無い。


「ただまー……あれだな」


 そんな好条件にも拘らず、華音はため息交じりの呟きを漏らす。

 先の戦闘であれだけはしゃいでいた事で明白だが、戦闘は半ば以上趣味の位置にある。

 これはペルセフォネも既知である。

 それ故に華音が明るくない反応を見せた事で、彼女は不満そうな表情になる。


「何よ、報酬が少ないって文句?」

「残念だが単純に無理って話だ。他に当たってくれ」

「あら、この極上の肢体がご不満?」


 ペルセフォネは組んでいた脚を持ち上げ、華音の顔の傍に寄せてくる。

 返事を冗談だと思っているらしい。だが残念ながら返事は本気の回答だった。

 勘違いされて後で文句を言われても面倒で困る。

 そう判断した華音は左手をふくらはぎに添え、上下に揺らしながら理由を口にする。


「はいはい上等上等。報酬は魅力的だが、出来ない事を請け負うのは間違ってるだろ?」

「どうして? 勝てない相手じゃないでしょ」


 小さく首を傾げるペルセフォネ。

 こんな話を持ってくる以上、彼女も華音の能力は把握している。

 確かに通常装備なら可能な事は認めよう。しかし彼女の認識から抜けているものがある。

 今現在の状況である。つまり……


「得物が無い。昨日整備に出しちまっててな。返ってくるのは明後日だ」


 華音は揺すっていた手を離し、親指で示す。

 その先はペルセフォネも使った玄関に繋がるドアの傍で、何も置かれていない。

 そこは本来、ケースに入った箒星が置かれている場所だった。

 指示に従って眺めていた彼女もその意味を理解し、向き直って真剣な表情で尋問してくる。


「予備はどうしたのよ。一品物じゃないのは前に聞いたわよ」

「あんなゲテモノそうあるかよ。数あったって、相性の問題だってあんだぞ」

「そーゆー事、自分で言う?」

「あんなもんが出回る世の中とかおかしいに決まってら」


 他人事の様に笑い飛ばす華音。

 盛大なブーメランだが、しかし発言自体は正しい。

 ペルセフォネも反論出来ず、少々悩んだ後で次の質問を口にする。


「なら無い時に戦闘になったらどうすんのよ」

「そりゃ適当にするさ。自分の身一つならどうとでもなるからな」

「まじめに訊くけど、どうにもならないの?」


 声や仕草に真剣味を帯びさせ、ペルセフォネは尋ねてくる。

 この依頼は単純な金儲けを持ちかけてきた訳ではないらしい。


「チャージシステムが死んだ。バレルのへたり具合も限界。一応寿命だ」


 それに応えるためにも、華音は断る理由を包み隠さず答えた。

 箒星には発射時バレルに掛かる不要なエネルギーを変換するシステムが搭載されている。


 マズルブレーキの発展系といえるもので、珍しいものではない。

 箒星では変換機構を威力強化に用いていた。

 それも単純な強化だけでなく、蓄積装置を設け数発分の纏めた上乗せも可能にしている。

 先の戦闘の最後で車を撃ち抜いたあの一撃が、まさにシステムを利用したものだ。

 今回の問題はシステムの蓄積装置――要はバッテリーの劣化が許容限界を迎えていた。

 それはもう安全面や性能面からシステムが使えないレベルである。

 他にも部品磨耗による基本的性能の低下も、どうにもならない所まで来ていた。

 要約するとしっかり直すまで使い物にならなくなった、という訳である。

 言わんとしている所を理解した上で、ペルセフォネが非難めいた視線を向けてくる。


「……何で前もって準備しておかなかったのよ」

「頼んじゃいたが、工場側でトラブルがあったらしくてな。お陰で色々オマケがついたが」


 華音はそう言って肩を竦める。

 勿論こんな事態を避けるために余裕を持って行動はしていた。

 その上で自分の与り知らない所で起こった事に関しては、流石にどうにもならない。

 自分でメーカーに在庫の有無も当たってみたが、物が物だけに在庫が無いと返された。

 トラブル自体は既に復旧し生産は実行中だが、どんなに早くても手元に来るのは先の通り。

 他の所に在庫も無く、作って運んできても時間は縮まらないとの事である。

 仕事熱心ではないが、商売あがったりで困っているのはこっちも同じなのだ。

 そういう訳で、彼女に対しては当てが外れてご愁傷様としか言い様が無かった。


「アレ抜きでは無理、なのよね」

「流石にメイン抜きじゃ無理な相手だ。話持ってきたお前自身判ってる事だろ」

「解ってるわ。アレがあればいいんでしょ。用意するわよ」


 頷きながらペルセフォネはそう言った。


「お前なら出来るだろーが、そこまで入れ込む相手か?」

「約束しちゃったからね、なんとかするって」


 柔らかい微笑みを浮かべ、ペルセフォネは答える。

 死神らしく契約を重んじる姿勢はご立派だ。

 しかし正式ルートは時間的に無理なのは明白。物が無い以上金を積んでも意味が無い。

 他に思い浮かぶ手は所有者から譲って貰う辺りになるが、それも望み薄である。

 尖り過ぎた性能、それを支える素材による高価格などのお陰で使用者が少ないのだ。

 利用者が少なければ人気も無い。つまり出回っている数も察する通りとなる。

 要は一般的な価値が低いにも拘らず、稀少性が無駄に高い専門書と同系である。

 これが日本刀などであれば、入手が楽だった筈だ。

 金こそ掛かるが美術品や骨董品扱いで所有している人間が多く、交渉を挑み易い。

 価値がある物なら求める者も多く、探せば見つかる図式が成り立つ。

 一方の箒星はその逆であり、交渉すら出来ない。交渉相手である持ち主が居ないのだ。

 ゴールに手を掛ける権利どころか、ゴールを探す所から始めなければならない状況である。

 勿論待っていればこの問題は解決される。しかしそれでは本題に間に合わず意味が無い。

 つまる所、探し物として一番面倒な部類にあった。

 難易度はさておき、華音はその姿勢に内心で敬意を抱きながら会話を続ける。


「……なるほど、律儀なお前らしい理由だわ」

「一応訊くけど受けるわよね? 勿論用意が出来た上での話だけど」

「お前の頑張りに免じて受けてやるさ」

「ありがと。報酬はどうする?」

「いつも通り……いや、用意したやつそのままくれ。予備はあった方が良いしな」


 途中で答えを切り替える華音に、ペルセフォネが憮然とした表情を浮かべる。


「それ、どれだけ高いか理解してる?」

「偶には良いだろ。超える分はお前が溜めてるの使っちまえ」

「随分と他人事ね。あれは貴方の分なんだけど」

「要らないって言ってんのにお前が勝手にカウントしてるだけだろ」

 華音は無責任に答え、更に付け加える。


「ついでに助けを求めてきた奴に使っちまえよ。そうすれば管理する面倒も消えるぞ」

「補償するにしても困ってないから必要無いわ。ともかく、報酬の話もそれで良いわね」


 ペルセフォネは呆れ切った様子で強引に話題を締めてくる。

 彼女の様子を他所に、華音はまたも思いついた感じで追加の注文を口にする。


「あと、また飯頼む」

「またそれ?」

「安いもんだろ」


 笑う華音に、ペルセフォネは苦笑交じりで応じる。


「物好きね。美味しいの食べたいなら、ちゃんとした所に連れてくのに」

「高い店なんて食う所じゃねーよ。ありゃ内緒話したり、雰囲気とかを楽しむ娯楽施設だ」


 華音は心底うんざりした様子で手を振る。

 だがその答えがお気に召さなかったのか、ペルセフォネは不満そうな態度を見せる。


「なによ、私の手料理は娯楽にならないってワケ?」

「堅苦しい雰囲気が嫌いって言ってるんだよ。味はちゃんと評価してるんだぜ?」

「そう、なら褒め言葉と受け取っておくわ」


 嬉しそうに答えるペルセフォネ。

 華音はその尻を軽く叩いて行動を促す。


「そーかい、ならどいてくれ」

「これからどうするの?」


 ペルセフォネは素直に退きつつ、予定を尋ねてくる。


「メシと買い物、あと諸々の用事を片付けてくる。そっちこそ頼んだぜ」


 答えた華音は立ち上がり、ジャケットを拾い上げる。

 そして背中越しに手を振りつつ、外へ向かっていった。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 半時間程使い、華音が訪れた場所は銃砲店だった。

 小さめのビルの一階に居を構え、店舗面積は平均的なコンビニレベル。

 中は所狭しと商品である銃器及び関連物が陳列されている。

 ちなみに商品は安全面などの理由から全て実物ではなく立体映像である。

 でなければケースや固定の類が一切無く、自由に手に取れる状態にはなっていない。

 ただしAR環境に同調すれば擬似感覚により触れて重みさえ感じられ、試射も可能。

 基本的に西暦時代と変わらない、現代における一般的な形式の商店だった。




「おーい、おっさん。来たぞー」


 店内に入った華音は他の客が居ない事を確認して、奥へ声を掛ける。

 すると数秒の間を置いて、反応があった。


「……お前か。頼まれた物はまだ無理だぞ」


 ぶっきらぼうな台詞と共に現れたのは、ふてぶてしい態度をした少女だった。

 外見は十代前半で、服装はオーバーオールにTシャツ姿。

 ツーテールにしたオレンジ色の髪が特徴的な気の強そうな顔つきをしている。

 体格は小柄で華奢、間違っても華音が呼びかける様な男性、特に中年には見えない。

 だが華音は当然の様に会話を続ける。


「判ってるって。今日はもう一挺頼む事になりそうだから、それを言いに来ただけだ」

「なんだ、予備の用意とか殊勝な真似する様になったのか」

「緊急の仕事が入ってね」

「なるほどな」


 少女は相槌を打ちながらカウンターに登り、そこへ腰を下ろす。

 行儀の悪い真似だが、クッションが準備されている辺り定位置なのは明白だった。

 ともかく、カウンターの上で胡坐をかいた少女は会話を続ける。


「請け負う条件に代わりの手配、報酬に指定したって所か。相手はペルセフォネか?」

「御名答。急ぎはしないが覚悟してくれや」


 見事な推測に華音は両手を持ち上げ降参のポーズをとって答える。

 外見に似合わない態度で会話をする彼女の正体は、この店の主であった。

 更にもう一つ明かすべき情報がある。それは外見通りの存在ではない事だ。

 彼女――正しくは彼は四十半ばを過ぎた男性、それも既婚者であった。

 過去に重傷を負うなどして全身義体を果たして今の姿になっている……訳ではない。

 この少女の身体は接客のため、リモート制御しているだけである。

 メインのボディは生身の頃の面影のある年齢相応の外見で、脳もそちらに在った。

 複数の身体を使う理由は、負荷の分散軽減や接客の質の向上が目的との事だ。

 確かに厳つい男より可愛らしい少女の方が、客にとって印象が良いだろう。

 それにしては態度は良くないが、本格的な接客ではアプリを起動しているので問題無い。

 機械的な変換があるとはいえ、少女の中身が中年親父なのは中々インパクトがあった。

 本人も最初こそ抵抗があったそうだが、今では割り切って使っているそうだ。

 尚、外見に関しては彼の奥さんの指定である。

 自身の幼い頃がモデルだそうで、並ぶと歳の離れた姉妹に見える様に狙ったらしい。

 経歴はさておき、彼の稼業であるガンスミスの腕はかなり良い。

 腕の面で同等の代わりを探すのはこの街では難しい、華音がそう判断する程。

 他者からの評判もかなり高い。

 店への攻撃禁止、及び付近での活動を控える不文律が存在する程度である。

 職人らしく相応に客を選んだりするが、手掛けた物に対する責任の表れであろう。

 箒星の整備も頼んでいて……今回のトラブルもそこから伝わってきていた。

 そんな彼が華音の発言を聞いて、呆れた表情を見せる。


「それは良いが報酬はふっかけ過ぎだぞ。あれの値段は判ってんだろうな?」

「あいつにも言われたよ。お陰で貸しが幾つか消えちまった」


 でまかせと共に肩を竦めてみせる華音に、店主は嘆息をつく。


「どれだけ高く見積もってるんだ、その貸し」

「後で捌く面倒を消してやってんだし、丁度良いだろ」

「ふむ、物好きが居るならその方が楽か」


 自ら話題を振っておきながら、所詮は他人事と無頓着に頷いて締め括る。


「で、仕事の時間は何時だ?」

「開始は今夜十時だとさ」


 華音の回答に、店主が微妙な表情をする。

 彼は箒星の価値と入手難度を良く理解していた。

 具体的にはそこそこの奇跡が必要な点までである。


「……それ、手配間に合うのか?」

「間に合わなきゃご破産さ。アレ無しじゃ無理な相手だしな」

「そうか。手も空いてるからついでに見てやる。出せ」

「あいよ」


 言われるがまま華音は腰から小型のサブマシンガンを抜き、店主が差し出してきた手に置く。


「相変わらず銃の扱いだけは丁寧……というより使ってないな」


 店主は慣れた手つきでサブマシンガンを分解して確認していく。

 特殊な道具なしの簡易分解だが、工程の進行がかなり速い。

 身体は違えど、腕の良さの片鱗が窺えた。


「弾数の多いハンドガンとしか考えてないしな。どれぐらいかかる?」

「ほぼ見るだけで済むから、調整入れても一時間だな。代わりに持ってけ」


 店主は組み直す手を止め、カウンターの裏に手を突っ込む。

 そこから取り出したのはサブマシンガン――華音が持ってきた物とは別の物。

 受け取った華音は残弾が無い事を確認してから外に向けて空撃ちし、具合を確かる。


「これって新商品? ついでに評価しろってか」

「ああ、ARで構わんがな」


 更にマガジンを二個渡して店主は頷いた。

 それも受け取ると一つは早速セット、本体を操作して初弾を発射可能にしておく。


「解った。何か買ってくるか?」


 会話も一区切りついた所で、華音はサブマシンガンとマガジンを仕舞った。

 それに合わせて店主もカウンターから降りる。


「昼なら要らんぞ。あいつが作ってくれたものがあるからな」

「なら適当なスイーツでも見繕って買ってくるさ」

「そうしてくれ。あいつも喜ぶ」

「アンタだってそうだろ。甘いもん好きな癖に意地張ってよ」

「うるせえ。他に用があるならさっさと済ませてこい」


 照れ隠しなのか、拗ねた様子で店主は奥に消えていく。

 それを見送ってから、華音も出入り口に足を進めた。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



「アンドロイドが羊の夢を見るとして……サイボーグはどんな夢を見るのかね」


 華音は意味も無く、呟いてみる。

 現在時刻二一時三十分。

 今居る場所は何の変哲も無い街角。

 補足するなら遠くに今回の舞台である、箱の様な開放部の無い立体駐車場を望める位置だ。

 ペルセフォネから場所の指定を受けて此処に居た。

 当然の事だがあれからずっと待っていた訳ではない。此処までの間に色々とやっていた。

 ファストフード昼食を済ませ、ちょっとした仕込みの依頼の連絡。

 その後には店主へのスイーツ漁りも実行。

 店に戻り預けていた銃と土産を交換、ついでに店の上階にある射撃場で試射をこなした。

 ここまででそこそこの時間を使ったが、それでも時間は余ってしまった。

 その間、彼女からの連絡は無かった。此方から数回鳴らしてみたものの、繋がりもしない。

 それから時間を飛ばして二十分前、夕食でも摂ろうと思った時に連絡が入った。

 内容は指定の場所で待っていてくれ、というもの。

 時間的に食事を諦め、五分前に辿り着き、今に至る。


「♪~……♪~~……」


 壁に背を預け、華音は暇潰しに鼻歌を口ずさむ。

 曲は最近何かの拍子に耳に入り、気に入ったものだ。

 元は確か、ピアノがメインで賑やかな曲調でだったと記憶している。

 それがサビに差し掛かる頃、ペルセフォネが現れた。

 かなりの労力を払ったのだろう。くたびれた雰囲気が隠し切れていない。

 しかしそれが普段とはまた違った色気を漂わせていた。

 そんな肩には姿に似合わない細長いケースがある。


「待たせたわね」

「ちょっとやばかったぜ。帰ろうかと思い始めてた」

「それは悪かったわよ」


 眉を寄せ、バツの悪そうな表情でペルセフォネは応える。

 しかし華音は舌で更に脇腹を突いていく。

「お陰でまともな飯、食えてねーんだけど」


「……悪かったってば。報酬とは別にもう一食。それでどう?」

「オーライ、それで手を打つさ」


 意地の悪い笑みを浮かべ、華音は提案を承諾した。

 横道はそこまでに留め、会話を本筋に戻す。


「それで、何で遅れたんだ?」

「……ちょっと、ね」


 ペルセフォネは目を逸らし、言葉を濁す。

 連絡も入れられず、遅れた事が理由だろう。

 華音は彼女のためにも敢えて無視して進めていく。


「なんだ、埃でも被ってたポンコツだったか?」

「そうじゃないわ。傷一つ無い新品よ」

「なら問題無いだろ。寄越してくれ」

「……怒らないでよ?」

「質に関しちゃ、期待してないから安心しろ」


 妙な態度に目を瞑りながら、華音は彼女からケースを受け取る。

 ロックを解除し、中身を確認してみると彼女の態度の意味を理解出来た。


「なんだこりゃ?」


 華音の口から間の抜けた声が零れる。

 言葉の通り、確かに見える部分に傷は一つも無かった。

 しかし代わりに余分なものが色々とついていたり、違ったりしていた。

 ストックと一体型のグリップ。

 バレル両側面に安物だろうが宝石付きの精緻な彫刻。

 銃口下部に銃剣取り付け様の加工。

 リボルバーからマガジン式のセミオート、しかもブルパップ方式への変更まで。

 元々実用向けではないとはいえ、完璧に鑑賞物扱いの一品である。

 恐らく床の間に飾られた日本刀と同様の扱いされていたのだろう。

 半ば趣味的な製品だが、よくもこんなものを生み出したものだと関心しそうになった。

 同時に、ペルセフォネが気まずそうにしていた理由も判った。

 目をやると、彼女は拗ねた様な様子で弁明を始めた。


「……仕方ないでしょ。伝手でひっかかったのがそれだけだったんだから」

「中身は……完璧初期設定か。確認用の試射しかしてねーな、こりゃ」


 言葉を聞き流しながら、華音は銃にアクセスする。

 目の前に展開されたホロウィンドウの情報を眺め、ステータスを確認していく。

 SF的な世界の多分に漏れず、現代の銃器も電子制御の組み込みが基本となっていた。

 機能は安全装置を始め、弾道調整を含めた諸々のサポートを行う様になっている。


「それで、やれる?」

「俺を誰だと思ってんだ」


 不安そうに声を掛けてくるペルセフォネに、華音は自身たっぷりな返事で応える。


「ただま、調整は……本番でやるしかないか」

「文句とか無いの?」

「無茶な要求をこなしてくれたんだ。賞賛はあっても文句はねーよ」


 華音はケースを閉じ肩に背負う。


「援軍、今からでも呼ぶわよ」

「いらねーって。それに弾除けに使われて良い思いする奴なんて流石に居ないだろ」


 手振りを交え断る華音。

 それでも責任を感じてなのだろう、ペルセフォネは押し付けるように言ってきた。


「なら貸し一にしといて」

「それもいらねーよ」

「いいから、受け取っておきなさい」

「そんな真剣になるなよ。俺は死なない、仕事も成功させる。それで全部オーケーだ」


 華音は強情なペルセフォネの頭を叩く様に撫でる。

 完全に子供扱いだったが反論出来ない言動をしている自覚もあり、抵抗は無い。


「俺からの宿題だ。返し方、考えておいてくれ」

「解ったわ……頼んだわよ」

「任せろよ」


 そして華音は彼女に背を向け、舞台に向けて歩き出した。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 車の姿がまばらに在り、太めの柱が等間隔に並んだ駐車場の最上階。

 柱の分で視界の通りが悪い以外は悪い所は無い。

 もっとも、今は照明を全て落として真っ暗なので見えない事に変わりないのではあるが。

 華音がボンネットに腰掛けて待ち構えていると、時間通りお目当ての相手がやって来た。

 しっかりとした武装の歩兵が九人、多脚戦車が一台。

 人間の数が少し足らないが、その分は入り口で見張りをしているのだろう。

 多脚戦車は大型車程度のサイズ、搭乗者や中枢のあるコアに各パーツがついている構造。

 後述の情報も含めてになってしまうが、いわゆるサソリに近い外見をしている。

 脚の数は四。獣足に近く、底面のタイヤによる高速走行を重視した形状。

 武装は両手に当たる部位にガトリングガンユニットが一対二門。

 更に尻尾の部位にフレキシブルに動く、短砲身の砲塔が一門。

 元々の標的については知らないが、明らかに過剰火力にしか見えない。

 彼等が坂路を登り終えた所で照明を全開にして出迎える。

 向こうにとっては突然の現象に、動きが止まる。

 そこへ更に駐車車両のスピーカーから音楽も追加する。

 テンポの速いピアノの澄んだ高音がメインの孤独感のある曲。

 嘆き、怒り、祈り……喜び? 或いはそんなものとも違う、もっと透明な意志の発露。

 そんなイメージのメロディラインだ。

 先程、暇潰しに口ずさんでいた歌手の別の曲の、インストアレンジ。

 荒事には似つかわしくないが……今回は真面目な仕事だ、それぐらいで丁度良い。


「さてと……」


 華音は喉の奥に笑い声を押し込めながら、突然の事態に警戒する彼等へ声を掛ける。


「ハロー、バッドカンパニー。頭捩じ切ってオモチャにでもしに来たか?」

「――――ッ!?」


 声に反応し、歩兵達が銃口を華音へ向ける。


「そんな悪い子のアタマは、この俺が弾いちまうぜ」


 お決まりの反応のお陰で出てきた欠伸を噛み殺しつつ、華音は口上を続ける。


『貴様、何者だ。所属と姓名、目的を言え』


 硬質の声。誰何の言葉は戦車から響いた。


「一般市民、不破華音ってな。こんな所に居るのはまあ、お宅らと一緒で仕事って奴だ」


 微かなざわめきを見せる敵達を無視して、華音は語る。

 乗り手が指揮役も担っているらしい。

 前線で被弾の心配が少なく指揮に注力出来る点を見れば悪くないやり方である。


『……内容は何だ』

「対象の処理。所でこっちが答えてばかりで何も貰えてないんだが、そこはどう思う?」


 煽りを含めた皮肉を相手に投げつける華音。

 素直に答えるならそれで良し。怒りに狂うならそれも良し。

 どうせ殺し合いをする相手、仲良くする意味は無い。

 向こうもそれを判っているらしく、声に苦さを滲ませつつも平静を装い続けていた。


『……此処にガキが逃げ込んだ筈だ。此方の目的はそいつだけだ』

「俺は見てないぞ。そもそも、そんな奴が此処に居るのかね?」


 そう言って華音は肩を竦めてみせる。


『……ハメられた、という事か』

「飲み込みが早くて結構。そんじゃ、そろそろ始めるか?」


 腰を上げた華音は傍に立て掛けておいたケースから箒星を取り出し、肩に担ぐ。

 元々その積もりも無かったが、お話の時間は此処までだ。

 後は野蛮で残忍な血と鉄の饗宴の開幕である。


「そんじゃ、合図は派手に行くぜ!」

『――っ、総員散開!』


 戦車から歩兵へ指示が飛ぶが遅い。仕掛けが発動する。

 連続的な爆発と破砕音が鳴り、直後に敵達が立つ一帯が崩落する。

 歩兵は逃れてこの場に留まれたものの、戦車は轟音と共に落下していく。

 ただ、落下音は一度では止まらない。複数のフロアを抜けていく様にしていたからだ。

 流石にこれだけでは潰れないだろうがそれで良い。分断は目的の一つでしかない。

 もう一つは逃走阻止のための封鎖だ。今の起爆と同時に出入り口を塞いである。

 戦車を含めて直接ぶつかっても負ける気は更々無いが、数の不利はどうにもならない。

 特に逃走された場合面倒極まりない。この一手はそこへの対処だった。


「……やっぱズレてんな。さっさと修正しろコラ」


 初撃を歩兵の腹に叩き込んだ華音は顔をしかめる。

 照準を向けていたのは頭だったが、今撃った弾は不規則な螺旋を描いて外れたからだ。

 誤差は大凡二十メートルの距離で照準点から五センチのずれ。

 完全に調整の行われていないまっさらな物だったらしい。

 今の一発で取得したデータから修正をさせているが、精度の向上は期待出来ないだろう。

 戦場を閉所に設定した事が幸いした。距離さえ詰められれば誤魔化せるのだから。


「ま、これはこれでオツってなぁ!」


 ダッシュで距離を詰めながら箒星を連射する華音。

 かなりのテンポ、それぞれを別の目標へ向けた五連射だったが、外れたのは一発だけ。

 しかし当たった弾も狙った場所からずれ、手を潰すか脇腹を削る程度。

 結果として行動不能に出来たのは一人だけに留まっていた。


「ったくよぉ!」


 華音は疾走の勢いを乗せた銃身を振り回し、殴り飛ばす。


「――ッ!?」


 食らった者は声すら上げず、頭部を砕かれ崩れ落ちた。

 重量と速度が生み出した一撃の結果としては順当だろう。


「舐めるなぁ!!」


 箒星の弾を受け、片腕が駄目になった歩兵がマチェットを手に襲い掛かってくる。


「おっと!」


 中々に鋭い斬撃を華音は銃身で受け弾き、打ち合いに移行する。

 それぞれの得物が弧を描き、相手へ向かう。


――甲高い音と火花が散る。


 金属音が断続的に響き、箒星の銃身側面に刻まれた彫刻が削れていく。

 形勢は互角。威力はともかく切り返しの速度で劣る筈の箒星で互角に渡り合っている。

 その動きは超人的の一言に尽きた。


「元気元気、ハハハハハッ!」


 火花が舞い踊る中で、華音は笑い飛ばしながら箒星を振り回す速度を上げる。

 攻勢によって主導権を奪い取り、歩兵を散開した他の者の所へ一気に押し込んでいく。


「くっ、んおっ!!」

「そーらぁっ!」


 十分に距離を縮めた所で体勢を崩し、側頭部を銃身で打ち抜いて仕留めた。

 そのまま箒星を旋回させ、周りの歩兵三人も射撃で処理。そしてその場から離脱。

 流れた弾がボディに穴を空け、ガラスを砕く。

 それを横目に自身も同様にされる前に手近な車の陰に飛び込み、弾倉交換を済ませる。


「あー、戦車のドライバーさん。聞こえるかな?」


 しゃがんだまま弾幕の騒音をバックに、片手で空の弾倉を弄びながら華音は言った。


「逃げたいならお好きに。その場合他ば全員皆殺しになるのでそこんトコよろしく」


 無論、肉声が届くとは思っていない。

 しかし電脳経由で駐車場のスピーカーから内部全域に響かせているので伝わっているだろう。

 お陰で別の所にも作用していた。


「なろ、ふざけやがって!」

「良い度胸じゃねえか! 後悔させてやれ!」


 歩兵達が怒りを露にしながら銃弾を激しく送り込んでくる。

 原因は先程の宣言。

 自分達を殺す前提、それも片手間に近い形と言われて反応しない人間は少ない。

 腕に自信がある程反応が激しくなるだろう。

 その辺りを切り離して戦闘が可能なら別だが、それは例外レベルに近い話である。

 今回の場合でも有効に働いていた。


「おーおー、熱くなっちゃってまあ……」

 華音は呟きつつ場内の監視カメラに電子的に接続。


 その視界で歩兵の位置を確認すると、その場所の一つへ空の弾倉を放り投げる。


「――グレネード!」


 それを見た歩兵が叫び、各々が手近な物の陰に身を隠す。

 正しい反応だ。求めていたものでもあった。

 行動から意味を読み取り、即座に対応する。能力があるからこそ生まれる隙。


「ありがとよ!」


 攻撃の手が薄まった一瞬に飛び出す華音。

 続けて行った箒星の連射が歩兵を食い千切っていく。


「くそっ!」

「慌てるな! 包囲してるようなもんだろうが!」


 歩兵も反撃として銃弾をバラ撒くが、当たらない。


「ほらほらどうしたどうした!」


 華音は車のルーフ、駐車場の柱、天井を足場に立体的な高速移動で躱していく。

 それも曲に乗り、メロディに合わせてステップさえ踏みながら。

 回避の最中も銃撃を続けキルマークを稼いでいたが――


「おっと?」

「弾切れ、馬鹿が!」

「自分の撃った数すら憶えてないなんざ迂闊だったな!」

「このまま押し込め! マグチェンジさせるな!」


 形勢逆転を確信した生き残っている五人の歩兵達が身体を晒して撃ってくる。

 防御を捨てた一斉射撃。弾幕の展開。


「やっべ、ミスった!」


 華音は顔を引き攣らせながら避け続ける。

 しかし動ける空間が狭まり、振り回した箒星の銃身で受け弾く回数が増えていく。

 切り替えしたくても撃つ弾は無く、弾倉を換える暇も無い。

 地形を盾に使わせてくれず、凌ぎ切れなくなるのも時間の問題に見え―ー既に来ていた。


「ぬあ――ッ!?」


 手許が狂い、弾かれた箒星が宙を舞う。

 現在位置は通路の真ん中。唯一の武器が離れ、身を隠す場所は遠い。

 単純明快な絶体絶命。

 だが、それさえも罠だった。


「――なんてな!」


 威勢良く啖呵を切った華音の右手が霞み、一繋がりの銃声が鳴る。


「――――ッ!?」


 直後、歩兵達の頭を撃ち抜かれ、少しの間を置いて崩れ落ちた。

 原因はその手に握られたサブマシンガン。

 ジャケットの下、腰からの抜き撃ちによるものであった。


「残念、サイドアーム無しなんて宣言はしてなかったんだけどな」


 空いた左手で取り出したマガジンを放り上げつつ、おどけて見せながら華音は言った。

 そして代わりに落ちてきた箒星を受け止め、放り上げたマガジンを直接セットする。

 そこで丁度曲も終わりを向かえ、駆動音が明確に聞こえ始めた。

 忘れてはいけないが、今の目的は敵の殲滅である。

 歩兵はあくまで前哨戦。此処からが本日のメインイベント。


「さて」


 サブマシンガンを戻し、口元に笑みを浮かべた華音は坂路に目を遣る。

 その後すぐに現れたのは先程階下に落下した戦車だった。

 外見や挙動を見る限り、損傷は見受けられない。

 一応飛んだり跳ねたりする事も可能なタイプであり、想定内の結果だ。


「遅かったな。今丁度全員平らげた所だ」


 華音は友人へ向けた態度で声を掛ける。

 それに対し、足を止めた戦車はガトリングガンの銃口を向けてきた。

 怒声の一つも無し。怒り骨髄に達するといった具合だろうか。


「一言も無しかよ。ツレないね」


 砲身の回転音を聞いて、横に跳ぶ華音。

 直後、牛の咆吼の様な耳を劈く射撃が始まる。

 銃弾の豪雨が一瞬前に身体の在った空間を貫き――奥に停まっていた車をスクラップに変えた。


「いやー剣呑剣呑……っと」


 柱の陰に入った華音は様子を窺おうと頭を出そうとして、思い留まる。

 盾にした柱が弾丸で勢い良く削られていたからだ。


「ほ――、っと」


 斉射が収まる瞬間を見計らって華音は柱から飛び出し、横に走りながら箒星を撃ち返す。

 放たれた五発の弾丸は的が大きい事もあって戦車の胴部側面に命中し、車体を揺らす。

 箒星の弾丸が成したのは、それだけだった。

 車体を多少揺らしただけに留まり、装甲をへこませる事も出来なかった。


――戦車が動く。


 行動は尻尾の砲塔での砲撃。

 ポンッ、と間の抜けた射撃音と共に砲弾が放たれる。

 狙点は此方の足元の辺りだった。


「――ぐおっ!」


 着弾と同時に強烈な熱と衝撃が撒き散らされ、空間を丸ごと焼き焦がす。

 それは距離を置いていたにも関わらずかなり強烈だった。

 華音は爆風に煽られ吹き飛び、勢いのまま転がって太めの柱の陰へ飛び込む形となる。

 各所に打撲による痛みが走る。程度は軽く行動に支障は無い。

 破片や爆風での被害は無いのだから、享受すべき被害だろう。


『どうしたタンクバスター。二つ名が泣いているぞ』


 戦車のドライバーが嘲笑交じりの声と共に、ゆっくりと前進してくる。

 行く手の邪魔になる車は戦車らしく踏み潰し、蹴り散らして乱暴に進んでくる。

 勝利を確信し、いかに蹂躙するか……そんな認識である事がありありと読み取れた。

 当たり前だが勝負になっていない。立つのは必然である。


「そうかい? こんなもんだろ」


 身を起こした華音は埃を払いつつ、いつものにやけた顔をして適当に返事を口にする。

 逃避や鼓舞のための強がりではなく、本心から楽しんでいた。

 元々この戦闘を選んだのは華音自身。

 喜びこそすれ、恨み言を零す理由など何処にも無い。

 その証拠に、両の目は品の無い宝飾品の様にギラついていた。


「相手は戦車。こっちは威力だけはあるゲテモノ銃。まるで映画のクライマックスだな」


 楽しそうに呟き、マガジンチェンジを済ませる。

 状況を纏めると、勝ち目はあるが厳しいといった所だ。

 火力という点は一応なんとかなる。

 気軽に連打は出来ず必中が前提だが得物に問題があり、当てるには接射しかない。

 つまり接近が必要となっている。

 しかし迂闊に姿を見せたら、銃弾の花束か大輪の砲弾で熱烈な歓迎を受けるだろう。

 歩兵の銃撃とは数も威力も違うため、銃身で弾く手は使えない。

 一発なら出来ない事は無いが、二発目以降は間に合わない。

 体捌きでの回避も瞬間的には有効だが、それ以上は無理だ。

 という事で、その辺りの対処は他の部分で補う必要があった。

 ただ幸いにも戦車の攻撃で照明が半壊し薄暗くなっており、仕掛けるには好都合。

 そこを利用するのが一番だろう。


「なら、生身で戦車を潰すぐらいドラマティックじゃないとな」


 華音は視界に展開させた駐車場の構造図を眺め、要素を探す。

 柱の配置、駐車車両、戦車の位置、配水管などの情報の認識し検討する。

 最悪どうしようもないなら逃げる事も出来るが、その選択肢は無い。

 なんと言っても格好悪いから。

 ヤクザの台詞ではないが、面子に傷がつくのは結構致命的だ。

 冗談の様な、真面目な理由である。

 そうやって探して……見つける


「まあベタだが、現実的でて事か……いや実現可能の限界か? ロマンが無いね」


 自分で出した答えを笑い飛ばす。

 戦車との距離がもう少ない。

 他の手を探す暇は無く、覚悟を決める時間だ。

 足を止めた戦車が、砲身を回転させ始めたガトリングガンの銃口を此方に向けてくる。


『――祈りは済ませたか』


 次にやってきたのは銃弾ではなく言葉だった。

 柱に背を預けたまま、華音は答える。


「神様への懺悔についての心配か? なら毎朝やってるから心配すんな」

『今更毒蛇気取りか。自分が不死身だとでも思ってるのかよ』

「腕に仕込んじゃいないが左手で大砲使ってるんだ。それにあっちみたいにいい男だろ?」

『祈りは痛みを感じる時間が少ない様にって意味だ。もっとも、即死はさせないがな』

「なんだそりゃ」

『あいつらの供養さ。血溜まりの中でもがき苦しむを聴かせてやらないと気が済まない』


 戦車はドスの利いた声を叩きつけてくる。


「オーケー、こっちもそろそろ動きたくてムズムズしてきた所だ」


 振り返った華音は柱を挟んで戦車と正対する。

 共に機を窺い――合図無く、同時に動く。

 戦車はその場での射撃を選んだ。

 柱を削り壊し、隠れ場所を奪った所を蜂の巣にする算段だったのだろう。

 半壊までは順調だったが、衝撃がそれを狂わせる。


『な――んだと!?』


 喫驚の声と共に銃弾の雨があらぬ方向に逸れ、破壊を撒き散らしていく。

 駐車車両が一斉に動き出し、戦車へ突進をかけて車体を押しずらしたためである。

 車両の群れはそれだけではなく、寄り集って足や砲塔の自由を奪いさえもしてくれた。

 電脳を介しての遠隔操作だ。

 本来なら技能的に取れない手だったが、洒落の仕込みが役に立った。

 その隙をついて一直線に接近した華音は車体を駆け上がり、その上に立つ。


「チェックメイトだ」


 ハッチに銃口を突きつけ、トリガーを絞る。

――そして轟音。


「――――っ!」


 足場が傾き、急激に浮き上がる。

 決着の一撃は、至近距離の地面で起きた爆発に阻まれた。

 爆発自体は戦車の車体が遮蔽物になり、被害は無い。

 原因は砲弾だった。

 危機を脱するために、戦車が自分の足元に撃ち込んだのだ。

 その結果戦車はバク転する事となり、華音は潰される事を避けるために跳ぶ羽目になった。

 直接撃ってこなかったのは車のお陰で砲塔を向けられなかったため。

 苦肉の策だろうが、無茶をしてくれる。

 殆ど密着状態で強行した事により、接続基部を残して吹き飛んだ姿が回転する視界に入った。

 お陰で機会を逸した上に離れさせられたのなったのだから、結果は悪くない。


「やばいねぇ……!」


 態勢を立て直し着地する寸前、華音は引き攣った口の端を吊り上げる。

 視線の先にはひっくり返った戦車が、ガトリングガンを向けてきていた。

 足が着いていないから跳べないが、待っていたら間に合わない。


「うらぁ!」


 箒星の銃口を地面に叩きつけ、強引に軌道を変える。

 しかし、それでも射線から逃れられない。

 ならば取れる手段は一つだけ。

 箒星を向け、撃つ。

 放たれた弾丸は不規則にブレながらもガトリングガンの機関部に命中し、沈黙させる。


『死ねぇ!』


 それでも戦車は生き残っているもう片方を撃ってきた。

 弾丸の群れが殺到してくる。これも想定済みだ。

 回避の手段を持たない華音は箒星を連射し、地面に足を着ける。

 悪足掻きの相討ち狙い、などではない。


――一繋がりになった、小さな爆発音が鳴り響く。


 それは華音の二メートル程前方で起きた。

 何が起きたかを答えると、極めて単純である。

 弾丸同士の衝突。それが複数回発生した。

 つまり飛来する弾丸を狙い撃ったのだ。

 電子的、機械的補助があるとはいえ、困難の一言で片付く真似ではない。

 ガンマンの起こす奇跡の御業。

 だが、そんな真似をしても稼げる時間は一瞬。それは十分な時間だった。


「ははっ!」


 華音は稼いだ時間で傷一つ無く続く弾丸の群れから逃れ、戦車に迫る。

 想像の出来なかったらしく戦車の反応は鈍い。いや、華音が速過ぎた。


「カーテンコールだぜぇ!」


 華音は腹の下に潜り込み、箒星を突きつけて全出力を込めた一撃を叩き込む。


『嘘だ――』


 放たれた弾丸は戦車を貫き、ドライバーの声を断つ。

 他にやり方が無かったとはいえ、事実上一撃で終わりなのはなんとも味気無い。

 もっとも、撃ち合いの当て合いなど出来なかったのだから仕方の無い話ではある。

 それでも終わりは終わり。

 こうして今夜起きた事件の一つが片付いて……いない。


「さて、後は飯だな。連絡は……後でいいか」


 戦車の下から這い出し、立ち上がった華音は口元のにやけさせながら呟く。

 貫通した弾丸が開けた天井の穴が視界に入り、肩を竦める。

 そうして仕上げをするために歩き出した。




ーーーーーーーーーー

あとがき

 強いキャラが派手に暴れる。それだけの内容でした。

 主役の彼についてですがゲームシステム的な表現ではごく普通、全うな強くなり方をしています。

 身体を改造して、装備を揃えて……といった具合に。

 彼自身、元々高い資質を持っている点もありますが。

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