新京IC98

アルナ・イン

短編:初めてのお仕事

 幾つもの先進国が力を失った事による、主権国家というシステムの崩壊。

 代替として権力を膨らませた企業が、我が物顔の振舞いで都市に君臨している。

 何でもかんでも電子化して文字通りの人体改造も当たり前。

 おまけに明らかに魔法みたいな訳の判らない代物まで生活に浸透している。


 更に紀年法――年の呼び方さえも西暦から変化したIC98年。

 所謂サイバーパンクな世界。

 定番の超高層建築の乱立とそこに寄り添うスラムを内包した都市、新京。

 地理や世界情勢などのマクロな情報はともかく、今の舞台はレストランである。

 主婦や学生が溜まり場にしそうな、価格など手軽さが売りのチェーン店。

 外の景色は近くに賑やかな街並み、遠くには天地を貫く超高層ビルが見える。

 時間は昼のラッシュも終わり、善良な学生もまだ来ていない二時過ぎ。

 店内の空間を流行の人数すら定かでない大量生産アイドルグループの新曲が埋める。

 薄っぺらい歌詞、何処かで聞いたとしか感じられない安っぽいメロディライン。

 音楽的な価値が薄く、経済的利益を得るための道具に特化したつまらないもの。

 大した才能も無い人間の利用法としては、悪くないのかもしれない。

 今や純粋なアイドルを楽しむのなら、そういう自律人形に入れ込んだ方が余程健全だろう。

 あちらはパフォーマンスが主であり、人間の様に金のためにではないのだから。

 今この場では曲名が『ナイフ・エッジ』なのが知り得た情報の中で唯一の救いに感じた。

 もっとも、肝心の中身とは全くの無関係なのだが。


(…………)


 そんな店内の窓側のボックス席の一つに少年が座っていた。

 頬杖を突き、グラスに刺さったストローを咥え、惚けた様子で外を眺めている。

 年齢は多く見て十代半ば、艶の無い黒の短髪に純朴だが尖った印象の容貌。

 着ているものも厚手のジャケットに地味な色合いをした安物の服。

 カバンを含めた手荷物は無し。

 名前はレイ。漢字だと零。

 親から与えられたと記憶があるが、今の環境を考えると随分と皮肉が利いていた。


「ん……」


 気まぐれに任せて揺れていたレイの視線が跳ねる。

 向けた先の出入り口。応対を軽くあしらいやってくるのは二十歳前後の妙齢の女性だ。

 歩みに合わせて揺れる艶に満ちた薄紫色の長い髪、目鼻の輪郭がはっきりした小顔。

 背は高くないが豊満な体つきに綺麗な曲線を描く長めの足と、目を引く要素は多い。

 加えて服装が長袖、ズボンタイプだが扇情的な代物でその度合いが更に増幅されている。

 全体的に凛々しく活動的な雰囲気を有した、中々の美女であった。

 ただ目の背けられない情報として左腕が肩から欠落している、という点がある。

 失ったのはごく最近なのだろう。それは動作に妙なふらつきがある所から見て取れた。

 そんな彼女がレイを待たせていた者である。名前はトーカと名乗っていた。

 本名の確証は無いが偽名でも不都合は出ないので構わない事にしている。


「ハイ、お待たせ。暇してなかった?」

「中々有意義だったよ。男の仕事をこなせたって意味で」


 レイはおどけを交えた返答を口にする。


「男の仕事?」

「……女の用事を待つっての奴」


 向かい側に座り本気で首を捻るトーカに、レイは不満げな表情を浮かべた。

 少し格好をつけた台詞のつもりだったのが、どうやら伝わらなかったらしい。


「ああ、それは買い物とかの場合でしょ」


 格好悪い事この上無いが補足で理解出来たらしく、トーカは頷く。


「そうなの?」

「そうよ。格好つけたいなら、もう少し学んでからにしなさいな」


 諭す様に言ってきたトーカはテーブルに置かれた端末に触れて注文を行う。

 彼女の細やかな動きを見せる指先を眺めながらため息をつき、レイは意識を切り替える。


「手厳しいね。それでどんな仕事?」

「目標の監視……尾行ね。期間は明日一日。明朝九時時から十五時まで」

「へえ、そんな仕事もするんだ」

「依頼になってれば何でもやるのよ。報酬は時間が長い分、前回より少し多いぐらいね」


 自身の顔の前で指を振りながら、トーカは言った。

 二人はナイトダンサーと呼ばれる存在だった。

 企業その他組織から存在否定可能な人材として利用される、使い潰しの利く便利な駒。

 仕事内容は依頼次第。それこそ多岐に渡るが大抵は非合法――犯罪行為。

 技能を要求される仕事だが、活動するために資格や能力の条件は無い。

 成果さえ出せれば手段は問われず、全て自己責任。

 資格的な制限が無く、個人レベルでは大金が動く事が特徴の存在である。

 無論、犯罪代行とも言うべき仕事が存在するのは本来あってはならない。

 だが活動者の数と有用性の証明により、効率化を是とする現代社会が存在を許していた。

 二人がそんな真似をしているのも、金無し身元無しの身軽な身上故だ。


「それで腕の分を支払える?」

「丸々使っても足りないわ。同程度の仕事なら後三つぐらいはこなさないとね」

「そんなに高いのにしたの?」

「まさか。ほぼ最低レベル、生身ぐらいの性能よ」


 トーカは指折り数えながら答える。


「単純な価格なら今ぐらいの報酬より少し多い程度だけど、生活の事とかも考えるとね」

「もう少し大きな仕事を選ぶと……難易度や危険度も上がるよね」

「そうね。専門的な技能が要求され始めるし、戦闘とかも絡んでくるわ」

「となると……まだ辛いか。専門技能を考えないとしても戦闘はまだお荷物だし」


 そう言ってレイは首を落とす。

 融通の利く技能も無い、ただの子供でしかない自分の無力を痛感させられていた。


「それぐらいの仕事こそナイトダンサーの仕事で、今回のは精々雑用なんだけど、ね」


 そこへトーカがしたり顔で少年を諭してくる。

 ナイトダンサーの活動をするためにコンビを組んでいる二人。

 レイはスラムの力無い住人でしかなく、戦力面ではその辺りのチンピラにすら劣る。

 対するトーカは非合法活動の経験はあるが、装備全損に片腕欠損。

 双方まともな戦力になっておらず、合わせても一人前として換算出来ない有様であった。

 そのため金儲けというより行動する基盤を作るため、小さな仕事をしているのである。


「ところでさ、腕とか戻ったらそういう仕事も選択肢にいれるつもり?」

「ランクを上げるから当然そうなるけど、それがどうしたの?」

「オレより物事を知ってる先輩が、戦闘に対して消極的な理由が気になってね」

「そんなの得が無いからよ」


 トーカは色気のある笑みを浮かべて言い切った。


「戦闘ってそんなに得が無い? 倒した相手から装備の剥ぎ取りとかあるのに」

「それは終わった後であって戦闘に含まれないでしょ。毎回収穫があるとも限らないし」

「あー……」


 言葉にされてレイは意味に気づき、情けない声を漏らす。

 アクション映画みたいな真似には正直、多少の憧れがあった

 ナイトダンサーになればそういう事が出来るかも、という思いも含んでいた。

 だが現実は厳しいもの。

 武器、特に銃は使えば弾薬の補充に金や手間が掛かる。怪我をすれば治療の必要が出る。

 稼ぐのが目的なのに無駄な出費を出すのは本末転倒でしかない。

 生産的な戦闘――狩りをするにしても、手軽に狩れる相手も場所も無い。

 戦闘が経済的にプラスにならないのは仕事の準備だけで十分に痛感出来ていた。


「ま、基本趣味の領域だと思いなさいな」

「はいはい、重々承知しましたよ」


 レイが大袈裟に返事をした時、ウェイトレスがやってくる。

 手には注文したものであろうケーキとソフトドリンクがあった。

 在ったが、数が多い。明らかに二人分の量だ。


「良く食べるね」

「何言ってんの。こっちは君の分だよ」


 レイの色々飲み込んだ発言に対し、トーカは目の前に置かれたものを勧めてくる。

 元々その積もりで頼んでいたらしい。

 少々迷ってから、レイはフォークを手に取った。


「話を本筋に戻すけど、仕事の中身とオレは何をすればいいの?」

「実際に見張って貰うわ。それもメインでね」

「大役だね。でもいいの? そういう技術も持ってないけど」


 レイは自嘲を交えて質問を口にする。


「ホントならあたしも直接やるべきなんだけど、この姿じゃ目立って仕方ないからね」

「確かに。見つかったらどうすればいい?」

「可能なら逃げる、戦闘的な抵抗は相手が殺害目的以外では無し、そうなったら捕まって」


 それに対し、トーカは口早に質問に答えると共に指示を並べ立てていく。


「捕まったら依頼である事を伝えて、あたしと相手を会話出来る状態に持っていく事」

「見つかってもいいんだ」


 妙な指示にレイは関心を示す。


「依頼人から了承取ってきた大丈夫よ。向こうもその積もりだったみたいだし」

「デコイ扱い?」

「どっちかっていうと警報装置かな。カナリア方式の」

「扱いが軽いね」


 レイはため息をつく。

 彼女の発言から推測すると、依頼主は成功をそこまで求めてないのだろう。

 報告に関する指示が出ていないのも重要ではないから。

 監視の目的も対象の位置と大まかな行動の把握だけで十分と考えているのかもしれない。

 無論、トーカがそれを判っていない筈が無い。

 依頼説明の時に意味を見抜き、危険度と報酬を天秤に掛けて請けたと、レイは判断した。


「使い捨てになりたくないなら相応の立ち回りをしなさいな」

「へいへい。でさ、情報はどうなってるの? 流石に相手も判らずにはやれないよ」

「勿論貰ってるわよ。確認はまだだけどね」


 そう言ってトーカは対象の顔の映っている画像を差し出してくる。

 欧州系、精悍で威圧感の強い顔つきをした、スキンヘッドの男が映っていた。

 長身で体格も良く、革の様な素材で出来た灰色のごついジャケットを着ている。

 月並みな表現だが機械じみた雰囲気を有しており、特に目つきが怖かった。

 幼児がうっかり目を合わせたら、高確率で泣き出すであろう迫力がある。

 経歴も凄まじい、経緯は省くが単独で組織を壊滅させたりもしている。それも複数回。

 間違っても敵に回さない方が良い、そう断言出来る相手である。


「それ、大丈夫なの?」


 レイはフォークを咥えたまま、捨て置けない疑問を口にする。


「だから確認するって言ってるじゃない。出来なかったらこれを信じるしかないけどね」

「判った。始まるまでにオレがやっておく事はある?」


「着替えの確保はあたしがそこら辺で買うから……身奇麗にしておくぐらいかな」

 カップを傾けながら、トーカは冗談半分に言ってくる。

「毎日風呂に入ってしっかり身体洗えって事?」

「臭いでばれるなんて間抜けな真似をしたくないなら、日課にしておくのを奨めるわね」

「……どうにも贅沢に感じるんだよね」


 憮然とした反応を示すレイ。

 少年の入浴習慣は本格的なものは数日に一度、それ以外は濡らした布で拭く程度だった。

 衛生面では悪いが、不精ではなくまともな家すら無い事が理由である。

 経済的の厳しさもあり、認識が半ば娯楽の範疇に入っていた。

 当然だが、昨晩は入浴している。

「ま、本番でヘマしないように気負い過ぎない程度に気合入れておきなさい」

 そんなレイに言葉をかけつつ、トーカは優しく頭を撫でた。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@




 翌日、午前十時過ぎ。

 小さな店や零細企業の事務所、集合住宅の並んだ交通量と歩行者の少ない通り。

 街路樹の陰に座り込んだレイの服装は昨日と変わらず、荷物はリュックが増えていた。

 中身は帽子とジャケット、ズボンなど変装用の道具と飲み物である。


「……冷静に考えると、明らかに無理があるよなぁ」


 物陰で様子を窺うレイはぼやきを漏らす。

 視線の先には小さい安マンションの出入り口。

 そこに今回の対象の男が住んでいた。

 その男について、今朝までにトーカが確認してくれた情報は中々のものだった。

 幾つもの大規模な戦闘に参加の上、戦績も上々。

 大規模戦闘や大物狩りもこなしており、誇張を考慮してもかなり腕の良い戦闘者だった。

 人物面の評価は善人ではないが、敵と認識した相手には容赦無く行動するタイプとある。

 おまけに人脈も実力相応に有している事が確認済み。

 纏めると友好的ではない者達にとって出来るだけ関わりたくない存在というべきだろう。

 これらの情報は仲介者から渡されたものと相違無い。

 これならば精度が下がる事を飲み込んででも身内を使いたがらなかったのも頷けた。

 名前は知らない。トーカが教えてくれなかったからだ。調べるなとも言われていた。

 捕まった際に小遣いで使われているストリートキッズだと思わせるため、だそうだ。

 記憶に情報があると矛盾となるので不味いのは確かであり、正しい対策だろう。

 尾行に相手の名前は不要なので問題は無い。


「きた……」


 レイの視線に力が篭もる。

 タバコを咥えた対象の男の姿がマンションの出入り口に現れたからだ。

 画像と同じジャケットを着ており、顔も確認出来た。間違い無い。


「…………!」


 そのまま徒歩で移動していく男の後を追う。

 やり方は距離を取って堂々と、単なる歩行者を装う。

 物語などで定番の物陰に隠れて様子を窺う真似はしない。

 あんなやり方では見つけて下さいと宣伝している様なものだからだ。

 逃げる状況ならともかく、追っているなら不自然に思われない事が第一だった。


『そっちでも姿追えてる?』

『大丈夫よ。けどサポート止まりなのを忘れないで。抜けた所で再補足の準備しておくわ』

『オーケー。それでも頼りにさせて貰うよ』


 歩きながら、レイはトーカと電脳を介した通信を交わす。

 サポートに回ると言った彼女は、街中に配置された観測カメラで監視を行っている。

 より正確には防犯などの目的で配置されたカメラに映る視界を覗いているだけである。

 技量と装備の不足があるため全てに侵入できない上、配置自体に死角が存在する。

 複数の理由があり、見失う可能性が高くサポートでしか使えない有様だった。

 よってレイの仕事――直接尾行が必要になっていた。


「ん……ふむ」


 我知らず、声が漏れる。

 音を立てる等男の意識を引く真似をせず、不自然にならない様注意を払って後を追う。

 それだけをしていれば良い筈なのに……他の歩行者や走行する車に注意が散ってしまう。

 無意識の行動で止められない。それ自体はおかしい行動ではない、と思う。

 止めようとすると不自然な所が出る、止められない。


「――――」


 レイを他所に、男は口から離して紫煙を吐き出し、再び咥える。

 特に気負った感じの無く、羨ましく思う。

 それ以外に目立った動作はせずにしばらく進んだ先で、それは起こった。


『そこの角注意して。曲がった先見えない』

『うげ……と言ってもどうしようも無いよね。誘導なんて出来ないし』


 通信をしている間に男が角を曲がっていったので、レイも覚悟を決めて後に続く。

 入った所は細い路地だった。左右の壁に出入り口も無く、視界を遮る物は何も無い。

 もうばれてしまったのか、その事を気にしながらも打つ手無く、少年は進む。


「…………」


 行動を起こせばもう一度張り付く事は難しい。

 先を歩く男は肩を回すぐらいで、他に目立つ行動は起こしていない。

 そうして炙られている気分を味わいながら路地を抜けた先、通りに辿り着く。


「ふう……」


 レイは開放感に安堵の息をつき、男の後を追う。


『再補足したわ。そっちで何かあった?』

『特に何も。個人的には緊張で気分が悪いってぐらい』


 身体の前に回したリュックから飲み物の入ったボトルを取り出し、中身を口に含む。

 緊張で乾いた口内に水分が染み渡る感覚が、素晴らしく心地良かった。


『そこは仕事だから我慢しなさい』

『判ってるよ』


 ボトルを仕舞い、背負い直す。

 一連の間を視線は前方――男に向いていたが妙な動きは無い。

 強いて挙げるなら吸い終わったタバコを携帯灰皿に捨て、次に火を点けた程度である。

 ちなみにライターなどの火種で炙って、などという趣味的なやり方はしていない。

 フィルター側面に印刷されたワードを使用した一般的なもの。

 ワードとは現代で広く流布している、色々な意味で魔法の様な技術である。

 そのまま進んで交差点を二つ抜けた先に、再び細い路地が見えた。


『そこもカメラは無いわ。ヤバいと思ったら離れて。判断は任せるわ』


 トーカから嬉しくない報告が入る。


『そこの先に店とかちゃんとある?』

『勿論よ。明白な罠じゃないわ』

『オーケー、そっちで気づいた時は迷わず言ってよ』


 いっそ明確な罠ならよかったのに、と内心で愚痴りながら、レイは胸中で祈る。


『……入った?』

『うん、入った』


 レイは短く肯定する。 

 祈りは虚しく終わり、男は角を曲がって路地に入っていった。

 思考の時間だ。選択肢は三つ。曲がるか、通り過ぎるか、引き返すか。

 追うなら曲がる、離れるなら他二つ。

 追うのは意図を悟られていない前提しかなく思考はそこで終わり、続きも気をつけるだけ。

 逃げる場合、存在を気づかれているなら引き返すのは不味い。

 距離は稼げるが確信を与える事になり、そうなれば放置はされず、捕まえに来る。

 この辺りの地理はそこまで明るくないので、男をまくのは難しいだろう。

 よって離脱するなら通り過ぎて離れる方が無難だろう。

 焦点は気づかれているかどうかだが……迷っている時間も満足に無い。


『……一旦離れるよ』

『解ったわ。捕まった時の準備もしておきなさい』


 十秒に満たない間で行動を決めたレイは、駆け足で角に近づく。

 追うのを止めたのなら歩く必要は無いと判断しての事だった。

 そして路地に面した瞬間――


「――――っ!?」


 横目で路地の奥を見ようとした視界が一瞬陰り、ぶれる。


――衝撃が左体側に走る。


 痛みは少ない。正面遠くに路地の先が見える。男の姿は無い。恐らく後方。

 引っ張られたと理解したと同時に身体を起こし、離脱しようとするが……


「動くなよ。今腹に向けている」


 重く鋭い男の声が突き刺さる。

 言われなくても身体硬直していた。動けても反射的に振り向こうとしたぐらいだ。

 向けられている物は当然銃器――ハンドガンだろう。

 それも護身用ではなくサイボーグ用で、生身相手には過ぎた威力の代物だ。

 照準が頭ではないのは確実に当て、動きを鈍らせる事を意図しているに違いない。

 こういうものが欠片の油断さえ無い、プロのやり方なのだろう。


「判ったら両手をゆっくりと頭の後ろで組み、膝をつけろ。喋るな。何を言っても撃つ」


 一方的な言葉に従ってレイは手足を動かす。


「こっちから質問をする。正直に必要な分だけ答えろ」

「……わかった」


 レイは努めてゆっくりと明瞭な声を出した。

 即座に殺される心配は無いが、心象を悪くする意味も無い。


『ごめん、捕まった』

『オーケー、上手くやりなさい』


 同時に短い報告も入れておく。

 その直後から、男の尋問が始まる。


「所属は何処だ」

「所属は……無いかなぁ。その、ストリートキッズだから」

「ナイトダンサーか。それはともかく随分と潔いな」


 男の声から鋭さが消える。

 多少は興味が湧いたからだろう。

 投げた時の体重からの判断も含めて、脅威としては見られていない筈だ。

 自分の命が比較的安全だと仮定して、レイは会話を続ける。


「相方からの指示で捕まったら抵抗するな。大人しく言う事を聞けって言われてるからね」

「そうか。なら目的その他、知っている事を一通り話せ」

「目的は依頼で、今日一日アンタを監視しろってのを引き受けたから」


 レイはそこまで喋って一息つき、回答を再開する。


「依頼者の意図は知らない。相方が知ってる。そっちと話すなら端末渡すけど」

「入れている場所を教えろ」

「ジャケットの左側、内ポケット。チャンネルは一番で登録してある」


 レイは答えながら身体を揺らし、位置を示す。

 ジャケットを叩いて場所の確認の後、男は前面に回り込んで端末を取り出す。

 男の顔が近づいた際漂ってきたタバコの臭いに、レイは顔を顰める。


「このガキが言っていた事は本当か?」


 端末を弄りながら、男が問う。

 なお二人の会話はレイにも届いていた。

 男の回線が新規ではなく、レイとトーカのものに乗る形式だったためだ。

 そして、トーカが応じる。


『本当よ。だからって殺さないでよ。監視が不可能になったら連絡しないといけないの』

「依頼してきた奴は誰だ?」

『仲介人なら42ブロックにある酒場のオヤジ。それより先は聞いてないし調べてない』


 トーカは妙に澄ました声で答える。

 硬いというか、意思を隠している感じがした。

 これが彼女の交渉などを行う時のものなのだろう。


『相手と理由は、貴方の方が知っているんじゃなくて?』

「随分とお喋りだな」


 男も意図を察知してるのか、軽口を叩く。


『害意が無い事を表明したいだけよ。素ならもう少し口数は少ないわ』

「こんな素人のガキを前に出していた理由を答えろ」

『本人がナイトダンサーに成りたいと言ったから実績作りのためよ』


 会話の最中、男は左の指先でレイの胸を突いてから壁を示し、下に下げる。

 移動して座っておけ、という意味なのだろう。

 首を傾げて確認を取ってみると頷かれたので、レイは素直に動いた。


『それとあたしが今片腕無くて、尾行に向かない状態だからってのもあるけどね』

「一応合意の上って事か」

『利用しているのは事実だけど、その分本人が欲しがってるものを返してるつもりよ』

「まあいい。お前らはどうしたいんだ」


 興味が失せたか、男は次の話題を促した。


『出来れば穏便に仕事を終わらせたいわね。贅沢言える立場じゃないのは判ってるけど』

「それが通ると思ってんのか?」

『這い上がろうと頑張ってるだけの子供を蹴り飛ばすタイプには見えないわよ』

「…………」


 トーカの言葉に黙った男の視線がレイに向く。


「何?」


 腕を組んだまま壁に寄りかかって座っているレイ。

 会話の内容はしっかり聞いているが、特に思う所は無い。

 男の口に咥えられたタバコから、細い紫煙が登っていく。

 そのまま数秒の時間で答えを出したのだろう。


「……はあ」


 ため息つき煙草を消すと、男は端末をレイに投げ渡す。


「わ――っとと」


 レイは両手で抱き締める様に受け止めたお陰で、落とさずに済ませられた。

 視線を戻すと男はハンドガンを収めて歩き出していたので、問い掛ける。


「どうすんの?」

「ついてこい」


 振り返る事無く男は言った。

 同時に手が動き、自らに向けてスプレーを使う。

 しかし男の動作に気づかず、発言の意図も理解出来ず悩んだレイはトーカに意見を請う。


『……これ、助かったって扱いでいいの?』

『多分ね。とりあえず言う事聞いてひっついてなさいな』

『へいへい』


 問い掛けにそう言われてしまったレイはため息をつき、男の後をついていった。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 男と一緒に行動する事になったレイは午前中は徒歩で幾つかの場所を巡る事となった。

 内容はアウトローな雰囲気のいかにもな酒場で、情報の売買。

 雑居ビルのワンフロアに居を構えた武器屋で弾薬の購入や整備依頼などである。

 男が用事を終えた現在、二人はファミリーレストランのボックス席で昼食を食べていた。


「どうした?」


 向かい側に座っている男が尋ねてくる。


「監視対象に奢って貰ってるって状況に対してちょっと考え事を、ね」


 フォークを手に、動きを止めていたレイはそう答える。

 目の前にはハンバーグがメインのランチプレート。

 席を取っている間に男が持ってきた物である。彼の前にも同じ物が在った。

 レイの言葉に、男が軽いため息交じりで返してくる。


「だったら、見つからない様にやれ」

「理想はその通りなんだけど、実力が無いならこういうやり方もアリかと思い始めてる」

「……やめておけ。相手が殺しに来ないとも限らないぞ」

「それを含めてのやり方だよ。相手が仕事に対して真摯なら通用しそうでしょ」

「…………」


 男は言を発さず、口を食事に使う。

 呆れたか、客観的に悪くないと判断出来たか。

 策を労する理由は、主に目的の成功率を上げるか実行に際しての被害を減らす事にある。

 逆に言うならそれらの理由が無いなら無策で問題が無いのだ。

 下手なものが害となるなら殊更やらない方がマシ、とも言って良い。

 なまじやれると相手に見られると、余計な疑いを生む事にしかならないからだ。

 誠実は全ての策謀を上回る術である、この言葉を拾った時を思い出し、レイは尋ねる。


「納得出来たならさ、質問していい?」

「言ってみろ」

「アンタってナイトダンサーなの? 武器屋で自分を先輩だって言ってたけど」

「違うな。何故そう思った」

「今までやってた事がナイトダンサーがやりそうな事だったから」


 荒事を生業にしているならやるべき事柄なのは判っている。

 しかしその発言がどうしても気になった。

 イエス、だがノー。矛盾している筈の、その意味が。


「じゃあそもそも、ナイトダンサーってのは何なのか知っているのか?」


 意地の悪い笑みで男が問いかけてくる。


「非合法行為代行者……あ」


 レイは自身の口にした答えに納得を示す。


「何か解ったか?」

「ナイトダンサーの範囲の広さに今更気づいたってだけ」


 ため息をつきながら、レイは頭を乱暴に掻く。

 少し考えれば容易に判る事であり、思慮の足らなさを自白している様なものだった。

 全くもって情け無い。


「その通りだ。盗み屋も殺し屋も運び屋も、ナイトダンサーに含まれる」


 男は喉の奥で笑いながら正解を口にする。


「一応線を引くなら専属、専門にしているかどうかってぐらいか」

「随分と曖昧なもんだね」

「曖昧で当然だ。元々が業種ではなく存在でしかないんだからな」


 馬鹿にする訳でも騙そうとする訳でもなく、単純な事実を告げる口振りで男は続ける。


「誰でも言えば成れ、やる仕事を偏らせていればそっちだと思われる程度のものだ」


 ロマンもへったくれも無いが、それは事実である。

 故に、レイも困った笑みを浮かべるしかなかった。


「そう言われると……なんか色々思う所が出てきそうなんだけど」

「だが、今のお前はそれを目指しているんだろ?」

「そうだよ。金のため、成り上がるためにね」


 レイは素直に頷く。最初からそれが目的だったのだ。

 偶然が重なったとかダンサーに対してのロマンとかは、ついででしかない。


「なら裏仕事って意味での先輩からのアドバイスを贈ってやろう」


 男が口元にニヒルな笑みを浮かべる。


「望みを持て。夢でも物でも女でも、何かしら持つか求めてる奴は長生きし易い」

「何も無い奴より?」

「価値を見出し過ぎて命で支払う破目になるってオチもあるが、無いよりはマシだな」

「……笑い飛ばせない情報だね。経験則?」

「どうだろうな」


 男は煙に巻いた物言いしか返さない。

 これもイエスかつノーなのだろう。

 聞き出す事を早々に諦め、別の話題に移るのが賢明だろう。


「話は変わるけど、何処でオレが尾行しているのに気づいたの?」

「何処だと思う、当ててみろ」

「……交差点の辺り?」


 数秒悩んだ後、レイは捕まった時から考えていた答えを口にする。


「ハズレ。もっと前だ」

「なら路地の辺り? でもそこだと精々存在に気づく程度だと思うんだけど」

「存在なんざ、外を歩き始めた所で見つけてたぞ」


 問いに対し、男は鼻で笑う。

 彼我の差は理解出来ているが、見つかる原因が未だ解らない。

 背中に目がついていたというオチではないだろうとは思うが。

 故に、レイはその点について問い掛ける。


「どうやって? 近くに鏡っぽいのは無かったから反射で確認なんて出来ない筈でしょ」

「周りに無いなら自分で持ってれば良いんだよ」


 言った後に、男はポケットから取り出した物をテーブルに置く。

 それは握り込める程に小さな鏡だった。

 男の言葉を信じるならそれで映して確認した、という事なのだろう。


「……こんなので見れるの?」

「完全な生身じゃ難しいが、電脳を使った洗い出しならお前も出来るだろ?」

「あー……」


 タネを明かされ、原理は理解出来た。

 電脳が有する機能の一つである、記憶の電子化。

 視覚情報を静止画として認識し、それを『見て』判断する。

 人口の九割以上が可能な行動。それによって看破したのだろう。

 しかし前提として画像が不可欠だ。入手のための明確な動作は無かった筈だ。

 偽装していたに違い無く、実行は確実。

 鏡、握った手、行った動作……


「ああ、タバコを弄ったり肩を回したりってのは、それを隠すためだったんだ」


 レイは得心のいった声を出す。


「それでアタリをつけたのは路地を抜けた後だ」


 男が正解の褒美とばかりに存在に気づいた位置を答えた。


「やっぱりあそこってそういう対策で通ってんの?」

「一応そうだが今は習慣だ。こういう事は何も初めてじゃなからな」

「へぇ。あとさ、もし路地を抜けた辺りで逃げてたらどうしてた?」

「身のこなしが素人だったからほっといただろうな」


 当たり前の様に男は答えた。

 つまり脅威と感じなかったという事だ。

 今回はそれを喜んで良いが、能力が不足していると断じられた事実を忘れてはいけない。

 成長の必要性を痛感させられた。

 一方の男だが、食事の手が止まる。

 原因はレイではない。その後方、入り口側に視線が向かっている。

 しかし事実に気づいた時には、原因は横に移動していた。


「…………っ!?」


 正体を知ったレイの背筋に緊張が走る。

 その人物は男と同等の体格だった。

 年齢も同様、逆立ったベージュの髪と垂れ気味の目という外見をしている。

 雰囲気は掴めない。基本は陽気だが、本質を隠している印象があった。

 男の明確な変化は見られない。やや硬くなった程度だろうか。

 彼との関係は単なる友人知人――ではないだろう。治安連合の制服を着ているからだ。

 治安連合は新京における現代の警察に相当する組織である。

 つまり、公言出来ない稼業の者にとって必要以上に関わりたくない存在だった。


「よう、お前が子供と一緒なんて怪しいぜ。誘拐って事でしょっぴいていいか?」


 警官が背もたれに手を置き、気安い口調で男に声を掛ける。

 男と面識があるらしい。どの様な形、関係かは勿論判らない。

 しかし続く男の反応から、一方的や悪い関係ではない事が窺えた。


「うるせえ、生きるためのノウハウを教えてんだ。邪魔すんな」

「そーかい。まあいいか、俺も昼休憩だし」

「パトロール中のサボりが良く言うもんだ」


 男が呆れた様子で軽口を叩く。


「うっせ。仕事はちゃんとしてんだよ。で、どんな関係だ?」

「こいつの仕事が監視で、俺はその対象って関係だ」

「この状態で監視か?」


 言葉と共に警官の視線が動く。

 話題の先に持ち上げられたレイは目を伏せ、食事に集中する振りをしていた。

 能動的に犯罪してる訳ではないにせよ、潔白ではない身には嬉しくない状況である。

 そんな反応を見てなのか、男が助け舟を出す様に状況を説明する。


「捕まえて聞き出したら面倒になってな。引っ張り回してんだ」

「雑だな、お前」


 男の言葉に警官が呆れ混じりに笑う。


「やらせた相手と理由には予想がついてるからな」


 聞き捨てならない情報を、男が口にする。

 依頼の意図は多少は気になっていたが、依頼者を見抜かれる様な発言をした憶えは無い。

 知らない要素を洩らし様が無い。それ以外だったとして、何処からか見当もつかない。

 だが、そんな疑問も、生み出した男自身によってすぐに解消された。


「この前のやつか?」

「ああ。取引相手だった方だ」

「なるほど。わざわざそんな真似したのは面子の問題かね」

「一個人に伺いなんて立ててたら丸潰れだろうしな」


 そう言って男は肩を竦める。

 どうやら彼には最近関わった事件があり、その関係者であると目星をつけていたらしい。

 その事件の事もレイは知らなかった。概要も耳に入ってない。

 裏社会の仕事に手を染めようとしている者が無用心だ、とは言い切れない。

 規模の大小があれ、事件は毎日数多く起きている。

 だから遠方の事など一々話題に上がらない、構っていられないのである。

 そんな常識はともかく、会話は続く。


「だから外注使ってお前さんから動く様に仕向けたと」

「動かず終わればそれで良しだったんだろ。向こうもそこまで期待はしてなかったろうが」

「その形なら探りにきた奴に穏便な対応をしたって事で、面子が守れるって筋書きか」

「そんな辺りだな」


 警官の推測に男が頷く。


「ちなみにあちらさんはやらかしてる方か?」

「いや、節度を持って働いてるみたいだったぞ」

「ふうん。お前が動いた原因は理解してるよな?」

「それなりの地位の奴が現場に居たし、その後売人の動きが大人しくなってるからな」


 そんな風に、二人は意味深な言葉を交わす。


「それでも放置は出来なかったか。いや、だからこそか?」

「バカやらないならどっちでもいいさ」


 男が興味無さげな回答を口にして、グラスを傾ける。

 注意から外れたレイは会話を半分聞き流していた。

 聞いて損をする話ではないが、今の自分には似つかわしくないと判断したからだ。

 逆に気を抜き過ぎて意味も無く警官に視線向けていたら気づかれ、声を掛けられた。


「ん、ああ。勝手に借りちまってたな。悪かった」

「あ、いや……その」


 返事にまごつくレイ。

 ナイトダンサーにとって治安連合は敵、或いは厄介な邪魔者。そう認識していた。

 目をつけられて良い事は無い。先程反応しなかったのもそのためだったのだから。

 切り抜け方を模索している間に、警官が先んじて言葉を放つ。


「お前さんもナイトダンサーだったか?」

「は、はい」

「別に今すぐ捕まえる気は無いから落ち着いてくれ。ま、単なるアドバイスだ」


 言いながら警官は男の隣に座る。


「やるなとは言わない、だけどあんまり悪過ぎる仕事はやらない方がいいってな」

「辞めさせようとは、しないんです?」


 警戒を緩めぬままレイは尋ねる。


「それぐらいしか手が無いってのも解ってるし、事件が減る訳じゃないからな」


 警官は投げ捨てる様に言った。

 業務に対してあまり熱心ではない性分なのだろう。

 良心的に捉えるなら現実が見えていると評価すべきか。


「あと、個人的な意見として俺達に仕事させない様に上手くやれってのがあるか」

「それはまあ、解ります」


 レイは彼の発言を部分的に肯定し、頷く。

 肯定した部分は勿論、上手くやる所についてだ。決して楽をさせようとは考えていない。

 彼からの話が一通り済んだ所で、レイは気にかかっていた事を尋ねる。


「ところで、お二人はどんな関係なんですか?」

「気になるか、やっぱり。まあそうだよな」


 警官は頷き、疑問に対して同意を示す。

 素直に答えなさそうな反応である。それは覚悟していた。

 回答も用意してある。友人、親戚、追い追われの関係。

 しかしそれらは無意味となった。

 意外にも勿体つける事も無く、警官は白状してくれたのだ。


「捻りも無いが元仕事仲間さ。辞めたのはこいつの方だけどな」

「元、警官……」


 レイは意外な真実に、男を見る。

 男は触れてくれるなとばかりに反応を見せず食事を進めていた。


「それも戦闘メインの制圧部じゃなくて捜査課だ」


 衝撃の事実を続ける警官。

 その様子は実に楽しそうであった。

 仮に男が止めようとしても、強引に進めていただろう。

 男の情報は気になっていたから、レイにとっては丁度良かった。


「取調べとか聞き込みとかしてたんだぜ。おっそろしい事実だろ?」

「でも、辞めてしまったと」

「その通り。自主的に、引き止められたにも関わらずな。それからは友人」

「知人だ」


 男が即座に訂正を入れる。

 そのスタンスに苦笑しながら、警官は話題を締め括る。


「……まあそんな感じ。互いの仕事で手伝う事もあるぐらいだな」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 レイはそう言って頭を下げる。

 直後、男が立ち上がった。プレートは空になっている。


「どけ」


 男が警官に短く言い放つ。

 怒っている様子ではないが、何かを押し隠している事は容易に読み取れた。

 それはともかく、警官は席から離れず身体で男の進路を阻んだ。

 表層の様子だけで判断した結果、レイを置いていくと思ったのだろう。


「拾ったんならちゃんと面倒見ろよ」

「ただのトイレだ。そのまま出て行くからさっさと食えよ」

「……自分でした約束は守れよ」

「ああ」


 警官に意図を伝えてどかした男が席を離れる。

 向かう先は宣言の通り店の奥だった。


「……ま、あんなナリでも子供には甘いんだ。だから怖がらないでやってくれや」


 男が視界から外れた後、ため息交じりで苦笑しながら警官も席を離れる。

 それを見送ってから、レイは昼食の残りを慌てて口に入れ始めるのだった。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 夕方、仕事の依頼を受けた酒場の近く。


「無事に終わった?」

「勿論。あらすじを話したら店のオヤジに多少呆れられたけどね」


 報告を終え戻ってきたトーカはそう答えて肩を竦める。

 レストランを出た後、男に二件程連れ回され、良い時間になったのでレイは開放された。

 その後トーカと連絡を取り合流、依頼完了の処理をした所だった。

 そのまま歩きながら会話を続ける。


「あっそ。それで報酬は?」

「きっちり契約通り貰えたよ。ほら」

「いいよ面倒だし、そっちで管理して」


 トーカが差し出してきたカードを、レイは拒んだ。

 理由は幾つかある。一つは当分離れるつもりが無い事。

 もう一つは下手に持ってると、金銭感覚の薄さから馬鹿な使い方しそうだからである。

 しかし、トーカは許してくれなかった。


「あたしが殺されて奪われたりしたらどうするのよ。用心するのも仕事の一つよ」

「……わかった」


 もっともな言い分に諭されたレイは渋々受け取り、懐に入れる。


「そうだ、男の名前や詳細情報とか要る?」

「なんで今更?」

「仕事が終わった今だからよ。あれだけ話も弾んでいたしね」

「いいよ。顔は憶えたし、縁があればまた会うでしょ」


 言ってから、レイは更に続ける。


「それにさ、聞くなら本人からの方が格好良いじゃない」

「そういう意見も判らなくもないわね。でも一つだけ憶えておくと良い事があるわよ」

「一体どんなのさ」

「彼、アーミテッジよ」

「龍殺し……だっけ? サイン貰えば良かったかな」


 レイは冗談半分で軽口を叩く。

 龍殺し――アーミテッジは俗語の一つである。

 主に大仕事をこなした者を意味する。与えられた者の多くは望んでいなかっただろうが。

 経歴といいまるでヒーローだ、そんな感想がレイの胸中に浮かんでくる。

 そしてヒーローという単語でふと、思い出す。

 男に捕まった時は煙草の臭いがきつかったのに、それ以降は感じなかった事を。

 あの短時間で鼻が慣れたという事は無い。

 男が何かしたと仮定してそれらしい動きを思い出し、同時に確認を取る。


「……あの人さ、結構なヘビースモーカーだったよね?」

「そうね。その通りだけど……どうかした?」

「ちょっとね」


 レイは曖昧な返事で煙に巻く。

 胸の内に仕舞っておく事を決めた。

 こんな情報が広まったら、本人としては面白くないだろう。

 それも詰まらない悪用するアホが現れないとも限らないというのもある。


「さて、ナイトダンサーの仕事はどうだった?」


 話題が変わり、トーカは仕事について尋ねてくる。

 仕事に対して思う所は一つ。単純だ。

 レイは迷わず答えを口にする。


「危険度とかが報酬のワリに合わないね」

「そりゃ技術とかが要らない仕事だったもの。加えて信用の確認もあったしね」


 それが当然だ、という風情でトーカは続ける。


「それで、続ける?」

「勿論」

「当分はこういう役割分担になるけど、それでも?」

「構わないよ。というか教えを請う立場なんだから、授業料だって認識してるけど」


 レイは迷い無く答える。

 それ以外に今は道が無いのだ。だから進むだけ。それだけ。

 しかし短絡的な反応を無頓着と取ったか、トーカは肯定的ではない様子を見せる。


「やり方とか、繋がりは出来たんだし……子供だけでもチーム組めば出来ると思うわよ」

「縁切りしたから無理だね」

「それ初耳なんだけど」

「だろうね。話してないし、無関係だし」


 レイは答えながら、トーカの予想を超えられた事に嬉しさを感じていた。

 話題は良くないが、それはそれと横に置く。


「……悪くないなら繋がりってのは大事よ。直す予定はついてる?」


 悩ましく言葉を選びながらも、トーカは切り込んでくる。

 弱者にとって繋がりが大切な事は解っている。

 それはもう痛い程痛感している。

 逆に繋がりを失ったからこそ、強くならなければならない。強くなりたいと思えた。

 だから進むと決めた。

 安い理由なのは判っている。だから強く言葉にするのだ。

 願いはともかく、質問には現実的な回答を行う。


「当分は無理。ヨリを戻すと他との衝突が避けられないから」

「なるほどね……あたしの存在は丁度良かった?」


 言葉を受け止めてくれたトーカが振り切った様子を見せる。

 大体の事情を把握したのだろう。それもしなくていい所も含めて。

 それでも、そこには素直に感謝したい。


「まーね、色々と助かってる」


 レイは素直に意を示し、そして話を続ける。


「ダンサーの方、これからどうすんの?」

「とりあえず装備や技能の強化かな。人員は……追々って事で」

「ん、りょーかい。それじゃ行こう」


 そう言ってレイは歩き出した。




ーーーーーーーーーー

あとがき

 内容を端的に纏めると、サイバーパンクな世界で所謂冒険者的存在が頑張っていくよ、というものです。

 仕事は犯罪行為になる事がザラ。

 異世界転生のファンタジーものと違って都合の良いものもございません。

 そんな中、頑張っていくという感じです。

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