第七話 それぞれの想い
午後六時。
「電源をオフにしているようで電話もメールも繋がらないんです。明日が最後だというのに」
ファランの声が携帯電話から流れた。
「そうか、不味いな。彼女が欠けると最後の手段の効果が半減する」
「あの時、もう少しだけ我慢してくれればよかったのに」
「仕方がないさ。明日はちゃんと準備を整えて、彼女が来るのを待とうじゃないか」
そう言ってキュモンは電話を切る。
*
午後七時。
「と言いながら、やはり捨て置けなかったか」
「そうだね」
小宮山と桜山は、待ち合わせしたわけでもないのに揃って宮島の自宅があるマンションの玄関にいた。
オートロックになっているので、入口のボードで部屋番号を押す。
インターフォンに出た宮島の母親は、
「誰が来ても絶対に合わないからと言って、部屋に籠ってしまったのよ」
と、当惑した声で言った。
小学校の同級生であり、宮島の両親とも面識がある小宮山は、
「学校で何か嫌なことがあったらしく、帰る時に顔色が変わっていたので心配になったものですから――」
と、母親に告げる。
*
同時刻。
宮島=ミルンは自室で煩悶していた。
「セルムの物語を小説化してオルフェに読ませれば、大魔王クレアモンが施した禁呪を迂回できるんじゃないかしら」
そう考えて、慎重派のファランとキュモンを説き伏せて実行に移したのは、他でもない自分である。その結果は散々なものだった。
しかも、あのオルフェの口ぶりでは余計に記憶が戻らないようにしてしまったかもしれない。
そう思うと仲間達に合わせる顔がなかった。
さらには、オルフェが小宮山に言った「ずっと一緒にいたかったんだよ」という言葉が自分を打ちのめした。
詳しい事情を知らないとはいえ、あまりの発言に動転したミルンはその場から逃げ出してしまった。
今は小宮山の顔さえ見られない。
自分の生命さえ投げ出しても惜しくはない仲間だったはずなのに、色恋沙汰が絡んだだけで表裏が反転してしまう。
自分で自分が情けなかった。
そんなことを考えて宮島が涙していると、自室の扉がノックされた。
母親である。
「さっき小宮山さんと桜山君が下まで来ていたわよ。学校で何かあったようだと心配していたけど、帰って貰ったから」
「有り難う、ママ」
「ただ、小宮山さんからよく分からない伝言を預かったんだけど――」
続く母親の言葉に宮島は驚愕した。
*
再び午後五時。
小宮山と話をしている最中に、
「――オルフェの馬鹿!」
という宮島の叫び声が俺の耳に届いた。
驚いて声がした方向を見ると、宮島が走り去ってゆく。
それで彼女が今の会話を聞いていたことに気がついた。
「しまった!」
小宮山は右手を額に当てて天を仰ぐ。
「彼女、今の会話を完全に誤解している! あともう少しだったのに」
桜山が、俺と小宮山のほうに近づいてくる。
申し訳なさそうな顔をしながら、彼は小宮山に向ってこう言った。
「ごめん。今のは間が悪すぎた」
「まったくだ。羽交い絞めしてでもミル――宮島を止めるところだった!」
いつも冷静な小宮山が珍しく桜山に対して憤慨している。
その二人の様子を交互に見ながら、俺はあることに気がついた。
そこで穏やかな声で問い質すことにする。
「小宮山、桜井、お前たち謀ったな」
途端に二人の身体が硬直した。
図星である。
慌てふためく二人を見据えて、俺はさらに言葉を追加した。
「どうして宮島は咄嗟にオルフェと叫んだんだよ? あいつの小説の主人公だろう?」
途端に二人の顔が蒼白になる。
顔を引きつらせながら小宮山が、
「多分、頭が混乱して現実と空想が入り混じったんじゃないかなぁ」
と言うと、
「そうですよ。そうに違いありません!」
と、桜山が普段の落ち着いた物腰からは想像もつかない狼狽ぶりで、小宮山の言葉に追随する。
実に怪しい。
そこで、俺は二人に訊ねることにした。
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