第六話 運命のすれ違い
俺は、校舎の陰で宮島が桜山にもたれているところを遠目で見ていた。
二人の関係は理解しているはずだったが、何故か心がざわめいて仕方がない。
後ろに立っている小宮山にも同じ景色が見えているはずだったが、彼女はそれについては何も言わなかった。
――黙って盗み見ているのは男らしくない。
俺は踵を返して、校門のほうに足を踏み出す。
その背中に向かって小宮山が声をかけた。
「先輩、本当に宜しいのですか。このまま帰ってしまっても」
「……何が?」
俺は振り返って小宮山を見つめる。
「明日は卒業式です。登校してから午前中は式典で忙しいため、殆ど何もできないと思います。昼前には下校して、先輩はそのままクラスのお別れ会に出席するんですよね」
「……だから?」
「何か最後にすべきことが残っているのではありませんか、と言っているのです。残された時間は殆どありませんし、出来ることは限られています」
小宮山の瞳はすっかり傾いた陽光の中で輝いている。
普段のあっさりとした物に拘らない彼女とは違う、思慮深い断固とした彼女のほうが前面に出ていた。
「もう俺がすべきことなんて何もないと思うんだが。部のほうは小宮山に任せておけば大丈夫だろうし――」
「そんなことを聞いているんじゃない!」
急に小宮山がそう一喝したので、俺は驚いた。
これは、いつもの彼女ではない。
「私は部のことなんか聞いていない。貴方はそれで本当によいのかと聞いているんだ」
彼女は腕組みをしながらそう言った。
「貴方にはちゃんと分かっているはずだ。私が何を言っているのか」
「……分からないよ」
「いいや、分かっている。私は貴方のことをよく知っているから、分かる」
「……」
「分からないと言って貴方は問題から逃げている。正面から向き合うことを避けている。それでは何の解決にもならない」
「……」
「ここで向き合うことを避けたら、後で貴方は絶対に後悔することになる。貴方の性格から――」
「お前に俺の何が分かるっていうんだ。勝手に俺の心を推測するのは止めてくれないか!」
俺は憤った。普段の小宮山らしくない執拗さに憤った。
小宮山は黙って俺を見つめている。
俺も彼女の瞳を見つめた。
そして、知った。
小宮山はてっきり俺に対して怒りをぶちまけているものと思っていたのだが、そうではなかった。
彼女は心配していたのだ。
「――済まない、小宮山。君の言う通りだ。俺は確かに避けている」
俺は素直にそう言った。
そして、今まで部員の誰にも告げたことのない話をする。
「俺は本当は、お前たちと一緒にこのまま文芸部をずっと続けていきたかった。いや、まだ俺は避けているな」
そう言って小宮山を見る。
彼女は肩の力を抜いて、溜息をつきながら言った。
「先輩は、自分で自分のことをよくお分かりになっているじゃありませんか」
いつもの小宮山である。俺は苦笑した。
「本当に君には驚かされる。なんで俺のことをそこまで深く理解しているんだ?」
彼女は笑って答えない。
「まったく。その通りだよ、俺はずっと一緒にいたかったんだよ」
口論する声に気が付いた宮島と桜山は、校舎の陰から声がした方向を覗いていた。
そこにはオルフェと小宮山が深刻そうな顔で話をしていた。
声は聞こえるが意味は分からない。
しかし二人の間で話は急速にまとまってゆく。
しばらくするとオルフェはすっかり小宮山に心を許したような表情をし、小宮山はそれを笑顔で受け止めている。
そこで、オルフェが言った。
「俺はずっと一緒にいたかったんだよ」
「――オルフェの馬鹿!」
宮島はそう叫ぶと、身体を翻して走り去る。
桜山が制止する暇すらなかった。
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