第五話 怒りと焦りと悲しみと

「まったく、短すぎるのよ!」

 宮島は桜山に向かって吠えた。

「だいたい、オルフェだけが四月一日生まれで、私達三人が四月二日生まれだっていう時点で、クレアモンの悪意を感じる!」

「それは偶然だよ。いくら大魔王でも、地球の学年の区切りまで分かるはずがない」

 桜山はそう、宥めるように言った。

「――ごめん。それは私も分かっている。大魔王が本気で私達を分離したかったならば、生まれる場所も大陸レベルで分けたに違いないもの」

 宮島は桜山に謝罪すると、そのまま項垂れた。

「でも、近くにいるのになかなか会えないほうが精神的に辛い」


 日本に転生したミルン、ファラン、キュモンの三人は、オルフェと違って異世界の記憶をそのまま保持していた。

 しかも、同じ日に同じ産婦人科で時間差で生まれたために、産後の予防接種やなにやらで接触する機会があり、そこでお互いに情報交換をすることもできた。

 しかし、一人だけ前日生まれで学年が異なるオルフェは、視界に入るもののなかなか直接的な接触ができない。

 さらに、保育園から小学校まで学区域の括りがことごとく三人と違っていた。

 三人は小学生の段階で何とかオルフェに接触しておきたいと思い、実際に何度か試みたものの、流石に見慣れない小学生がうろうろしていると大人の目につく。

 大抵は迷子と見做されて、強制的に家に戻された。

 それでも、宮島が小学校低学年の頃に道に迷ったふりをしてオルフェに接触していたが、小学生では常識が違い過ぎて話が合わなかった。

 そこで、中学生になったところで本格的に接触を開始し、短期間で記憶を取り戻させる作戦に出た。

 オルフェの動向を三人でかき集めて、同じ中学校へ一年遅れで入学できるように画策する。

 宮島の母親が私立中学への進学を望んでいたために、中学校の選択に関する交渉は難航したものの、最終的には成績優秀だった小宮山と一緒に通学するということで、なんとか押し切った。

 苦心惨憺して同じ中学校に潜り込んだものの、当のオルフェはすっかりセルムのことを忘れており、しかもそう簡単には思い出してくれない。

 宮島=ミルンとしては、オルフェが転生前に言った、

「大丈夫、俺がみんなのことを忘れるなんてありえない。特にミルンのことは絶対忘れない、忘れられない!」

 という言葉とのギャップに、何度涙したか分からない。

 ファランとキュモンもそれなりに焦っているはずだが、それを表に出すことはなかった。

 ファランは戦士としての訓練を積んでいたから、組織の中で自分の役割を最大限に果たそうとする。

 キュモンは雑多な盗賊達を一つにまとめてきた男で、相手の心の機微を読み取ることに長けていた。

 それに比べてミルンは魔法使いであったから、基本的には個人主義者である。

 自分の能力だけで人生を切り開いてきた。それが今は、オルフェ頼みである。

 彼が記憶を取り戻さない限り、自分が生まれた世界は破滅するのに、ミルン自身の努力ではどうにもならない。

 いや、それよりもなによりも「オルフェが彼女のことをすっかり忘れている」という事実に打ちひしがれそうになる。 

 それどころか、周囲の噂では小宮山と付き合っていることになっていた。

 勿論、小宮山はその事実を否定していたが、オルフェの態度が宮島と小宮山でかなり異なるのは事実である。

 宮島はそれが悲しかった。

 もしセルムが救えなかったとしても、オルフェが自分のほうを向いていてくれれば、それで構わないと考えたことすらある。

 しかし、現実は彼女を裏切り続けた。

 項垂れたままの宮島に、桜山は優しく語りかける。

「まだ終わった訳じゃない。最後の作戦に賭けようじゃないか」

「……有り難う」

 宮島は桜山に凭れる。

 昔から変わらない彼の優しさが、今はとても嬉しかった。

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