第二話 大魔王の呪い
「――ほう、なるほど。そういうことか」
地を這うような声が戦場に響き、俺の背中の毛が逆立つ。
大魔王の声――俺はクレアモンの骸に目を向けた。
「まさか……最終奥義をまともに受けて、生きていられる筈がない」
「危ないところだったぞ、オルフェ。見ての通りの酷い有様で、これでは身体を元通りにするのにかなり時間がかかる」
「そんな暇なんか与えるものか!」
俺は右足を踏み出そうとしたが、うまく動けない。
その俺の無様な姿を見て、クレアモンは嘲笑した。
「無駄だ、オルフェ。儂は既に心と身体を切り離した後だからな。本当に危ないところだった。お前の剣がもし伝説の魔剣だったならば、儂は心まで瞬時に消し飛んでいただろう」
俺は耳をこらした。
しかし、大魔王の声が何処から発せられているのか特定することができない。
大魔王の嘲笑はさらに激しくなる。
「さて、これで儂はお前の弱点を知った」
「何だと!?」
驚愕する俺の目の前で、大魔王の骸が縮み始めた。
――不味い、自分の骸を
奴の身体はかなり効率の良い呪術補助具となりうる。
「お前が地球からの転生者だと分かれば、話は簡単だ。元の世界に送り返してしまえばよいのだからな。儂の骸を使えば十分可能だ。ついでに、他の連中も一緒につけてやるから感謝したまえ」
「そんなことをしても無駄だ! 俺は再びこの世界に転生して、必ずお前の復活を阻止するからな!」
「ふむ。それが出来ればよいのだがな」
そう言い放つクレアモンの声は、先程より擦れていた。
「何だと!? いったい何をするつもりだ?」
「当然、禁呪を施すのだ。元の世界に帰還した後、お前がセルムのことを思い出せないように。向こうに魔法は存在しないのだろう? であれば、セルムに再転生するためには、お前の意志が必要となるはずだ」
「そんなことをしても無駄だ、俺がこの世界や仲間達のことを忘れるはずがない!」
「では試してみたまえ。全員の記憶を消せればよいのだが、そこまでの余裕はない。ただ、仲間がお前にこの世界のことを直接説明した場合、余計にお前が思い出すことは困難になる」
クレアモンの声は更に擦れてゆく。
「待て、逃がすか!」
「儂が完全復活するためには三十年ほど必要だ。そして、お前がこの世界に再転生できたとしても、儂を倒すためには十五年ぐらい修業する必要がある」
クレアモンは更に擦れゆく声で、そう言った。
「すると、向こうの世界のお前が十五歳になるまでに、セルムの記憶を呼び覚まして再転生することができなければ、儂の勝ちとなる。実に楽しみだ」
「どうしてそんな面倒なことをする? 意味が分からない!」
「分らんのか? 面白いからに決まっているではないか。目出度く儂が復活した時の愉しみのために、わざわざ面倒なことをしているのだよ」
クレアモンの声が呪いのように戦場に響く。
「お前の仲間達はさぞかし苦しむことだろうな。自分達の生まれた世界の破滅が刻一刻と迫っているというのに、お前は全く思い出す気配がないのだから。所詮、お前には関係のない世界だからな」
大魔王の声は囁きに近くなる。
「期待は打ち砕かれて、次第に仲間達はお前のことを恨むようになるはずだ。時間切れの後、絶望して分裂したお前達の姿を見ることができなくて、実に残念だ……」
そう言って、大魔王の声は途切れる。
同時に骸が光を放ち、それを中心点とした半球が生み出された。
異世界への転生門――この場合は地球への入口となる。
ミルンが痣だらけの手を、空中から俺に向かって一所懸命に伸ばしていた。
「オルフェ!」
俺も手を伸ばして、彼女に笑いかけた。
「大丈夫、俺がみんなのことを忘れるなんてありえない。特にミルンのことは絶対忘れない、忘れられない!」
その時、俺が最後に見たものは、泣き濡れた彼女の瞳だった。
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