転生者の憂鬱

阿井上夫

第一話 死闘の終わり

 寸前まで続いていた死闘の余韻は、未だ色濃く戦場を漂っていた。

 命懸けの修業を全うして体得した最終奥義『スーパー・デラックス・ギャラクシー・マグナム』の発動に、苦心惨憺の末にやっと成功した俺は、敵のボスである大魔王クレアモンをぎりぎりのところで葬り去った。

 しかし、その際の衝撃で聖なる剣『ホーリー・グローリー』は折れ、俺の手元には握りの部分しか残っていない。

 刃は黒焦げの骸と化した大魔王の腹から、不細工な墓標のようにはみ出しており、今は陽光を反射してきらりきらりと輝いていた。

 俺は疲れていた。

 ここが日本ならばフルマラソンを立て続けに二回やったのと同じぐらい、俺は疲れ果てていた。

 ――今、魔族の下っ端に襲われたら、流石に危ないかもしれないな。

 と、俺は苦笑しようとしたが、顔の筋肉を動かすことにすら難儀する。

 俺の身体の隅々から悲鳴が上がっていた。

 ――このまま寝ていられたらどんなに楽だろう。

 ふとそんなことを考えて、俺は頭を振る。

 今は休んでいる時ではない。

 仲間の様子が心配だった俺は、よろよろと上体を起こして周りを見渡す。

 すると、仲間達は俺と同様にぼろぼろになって地に横たわっていた。

 最終奥義の発動寸前まで、俺の前で聖なる楯『バルモン』をかざして大魔王の攻撃を防御していた女戦士ファランは、十メートル先に倒れていた。

 彼女の重装甲は罅割れ、大魔王の四天王の一人である妖女マモから奪った聖なる楯も、表面がすっかり溶けてベニヤ板並みに心細くなっている。

「ファラン、生きてるか?」

 と俺が声をかけると、彼女の口元が歪んで右手が上がった。

 その更に向こう側には、手下の魔族を抑えるために駆け回っていた、小柄で敏捷な盗賊頭キュモンが転がっている。

 身体に巻き付けた彼の黒い装束は散々に千切れ、襤褸屑のような有様である。

 もともと小さな身体が、さらに萎んで見えた。

「キュモン、無事か?」

「うるせえ! 少し休ませろ!」

 弱々しいものの、いつもの嗄れ声が聞こえてきたので、俺は安心する。

 そして、彼女の姿を探した。

 後方に下がって支援魔法を使い続けていた魔法使いミルンは――


 どこにも姿が見えない。


 俺の心臓がびくりと跳ね上がる。

 身体中がまだ悲鳴を上げていたが、俺は構わず飛び起きた。

「ミルン、どこだ? どこにいるんだよ、いるなら返事しろ!」

 俺は戦場の中心で彼女の名を叫ぶ。しかし、彼女は答えない。

「おい、冗談はやめてくれよ。戦いに勝っても、これじゃあ俺は全然嬉しくない。君がいない世界でどうやって生きていけばよいのか分からない。お願いだから姿を見せてくれ。これじゃ俺は、俺は――」


「大声で情けないことを言わないの……勇者の名が泣くわよ……」 


 頭上からか細い声が聞こえてきたので、俺は顔を上げる。

 すると、頭上十メートルほどのところにミルンの身体が浮かんでいた。

 最終奥義が発動する寸前、咄嗟に戦場にアンカーを打ち込み、浮遊呪文で衝撃波を受け流していたのだ。

 それでも彼女の身体を守っていた聖衣『カエアン』は千切れ、露わになった彼女の白い肌には無数の痣が浮かんでいた。

 彼女の美しい起伏を持つ身体のところどころには、無残な火傷の痕すら残っている。

 魔法使いは呪文を詠唱するのと同時に、大気中から生体エネルギーを全身で吸収する必要がある。

 そのため、最大限に肌を露出しなければならず、物理攻撃に非常に弱かった。

 そのため、普通は重装甲の戦士が防御につくのだが、彼女のパートナーであるファランは俺の防御にあたっていたために、彼女は自分で自分を守らなければならなかったのだ。

「じろじろ見ないでよ、オルフェ。貴方にこんな情けない姿なんか、見せたくないんだから……」

 そう言って、ミルンは顔を赤らめる。

 その表情に俺は心から安堵した。

「無事でよかった、ミルン。本当によかった」

「オルフェ、貴方こそ大丈夫なの?」

 言葉の素っ気なさとは裏腹に、心が籠ったミルンの声。

 俺の胸は熱くなる。

「もちろん大丈夫さ。俺は地球からわざわざこの異世界セルムに転生した、最強の勇者様なんだからな」

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