第7話
『人間は顔じゃないよ』という言葉は人生の様々な場面で聞くし、大切なことであり、真実のひとつではあるが、そうはいっても見目麗しいものが嫌いな人間は少ない。
はっきり言えば、みんなイケメンと美女が好きなのだ。これは、間違いない。
間違いないが、そのことをしみじみと『外側』から感じるのは、何とも切ないものがあるなと、悠人は思っていた。
「ヘンリエッテちゃん、飲み物足りてる?」
「大丈夫〜。ありがと〜」
「ヘンリエッテちゃん、これ食べなよ。美味しいよ」
「本当だ〜。美味しいね」
悠人は、自分の友人二人が金髪美女を挟んで甲斐甲斐しく世話をする様を、複雑な思いで見ていた。
気持ちはわかる。だが、ちょっとやりすぎだろうが、と。
そんな悠人の傍らには、何かを諦めたように料理を黙々と食すエルネスタと、ただここにいるのが楽しい様子のニコルが座っていた。
今日は合コン当日。
エルネスタの部屋経由で彼女の友人二人――ヘンリエッテとニコルが悠人の部屋にやってきたのを見たとき、その時点で「あ、これ終わったな」と悠人は思ったのだ。
エルネスタも、茶色の猫っ毛が特徴のニコルも、今日のために着飾っていたし、元々の容姿もそれぞれ可愛らしくはあった。
だが、二人と並んで立つヘンリエッテが圧倒的だったのだ。そんじょそこらの女の子が並べば、たちまち霞んでしまうような威力を持っている。
まず、朝の柔らかな陽射しを集めたような金色の髪と宝石を思わせるピンクの双眸に目が行くが、それ以外のどこをしげしげと眺めても、彼女の欠点を見つけることはできない。それどころか、顔ばかり見ていちゃいかんと急いで視線を下に移動すると豊かな胸元が目に入り、さらに下に移動するとスラリと長い脚が目に入り、慌てて顔を上げると美しい顔が微笑んでいるのだ。
強い、強すぎるぞ、と悠人はエルネスタに軽く同情した。
翔太に「女の子の『可愛い友達連れてくるから』って発言はあんまり信じちゃダメだ」と言われていたが、こんなに馬鹿正直に自分より可愛い子を連れて来られても困ってしまうというものだ。
「まずいなぁ……」
鼻の下を伸ばし浮かれきった友人たちを見て、悠人は溜息まじりに呟いた。
「まずい? 美味しいよ」
「ああ……うん、料理はうまいな」
悠人の呟きに不思議そうな顔をしながら、ニコルは料理を食べ続けていた。
予約しておいたのはグリル料理のレストラン。ネットでの評判もよかったのだ。そりゃ美味しかろう、と悠人は思った。
店内全体はファンの付いた黄色がかった柔らかなシーリングライトが、それぞれの半個室は足元にある籐で編まれた丸っとしたライトが照らしていて、その仄かな灯りが良い雰囲気である。
料理とドリンクの種類も申し分ない。食後のおしゃべりが弾みそうなデザートも揃っている。
店選びは、かなり上出来だったのだ。
そのため、自己紹介とその直後の会話はかなり盛り上がった。こういった集まりに慣れていない女の子たちをフォローするために、話題を振り、料理や飲み物を注文し、ジョークを言って笑わせ、三人に平等に接した。翔太は場慣れしているし、もう一人の友人・大樹も最低限の礼儀は弁えていたからだ。
だが、食事が進み、酒が回ってくると、翔太と大樹は露骨にヘンリエッテだけに構うようになった。
日頃の気遣い屋の翔太からは考えられない行動だった。大樹もニヤニヤしがちな男ではあるが、基本は感じの良い奴なのだ。
その二人がなりふり構わずこういった行動に出てしまったのは、ヘンリエッテがそれだけとんでもない美女というのが原因だろうと、悠人は何とも言えない気持ちで考えていた。
「エル、食ってるか?」
「うん。美味しいわユート」
「……声がめっちゃ平坦じゃねぇかよ。デザート食うか?」
「食べる!」
「あ、ニコルは食べるのな。じゃあメニューから選んで。で、エルはいるのか? どれがいい?」
「ユートに任せるわ」
「そうか、じゃあテキトーに選ぶからな」
悟りきったような目で盛り上がる三人を見つめているエルネスタと、小動物のようにひたすら食事を楽しむニコルの世話を悠人はひとり引き受けていた。
時折ヘンリエッテが気にしてこちらに話題を振っていたのだが、浮かれた男二人が「ヘンリエッテちゃんはどうなの?」とすかさず話を自分たちのほうへ戻してしまうため、女の子たちは諦めきったムードを漂わせていた。
「私はね、ヘンリエッテの一人勝ちだってわかってたから、端からご飯を食べに来ていたんだよ。まぁ、こっちの男の子たちに興味はあったけど」
動じていないのはそんなことを言うニコルだけで、エルネスタは見るからに萎んでいる。
ただ、救いなのは女の子たちが元々仲が良かったため、男たちが馬鹿をやっても険悪な雰囲気になっていないことだった。
「あんな美人がいつもそばにいたら『チッ! つまんねーな』ってなったりしねぇの? 俺、翔太のこと好きだけど、たまにやさぐれるぞ?」
「それはないわね。あたしががっかりしてるのは、ここにも良縁がなかったんだなぁって。ヘンリエッテがモテることはわかりきったことよ。だってあんなに綺麗なんだもん。でも、あたしが出会うべき人は、きっとヘンリエッテじゃなくあたしを見てくれるって信じてるから」
「……そっか」
さっぱりとした顔で言いきるエルネスタを見て、悠人は彼女たちが仲が良い理由がわかった気がした。ヘンリエッテが美しいことを認めつつ、卑屈になっていない。お互いの良いところが好きで仲良くしているのだろう。
認め合う気持ちがあれば妬みや嫉みは生まれないのかもしれないなと、悠人は感心して思った。
「何か、合コンっていうか美人キャバ嬢に絡む男二人って感じになってるな……」
呆れてしまった悠人は、もう友人二人は何枚も上手なヘンリエッテに任せて、エルネスタとニコルを楽しませることに徹した。
甘いものを食べはじめたあたりから、ふっきれたのかエルネスタの機嫌は良くなった。ニコルと自分のものを交換したり、悠人のものを欲しがったり、はしゃいだ様子も見せてるようになった。
「エル、楽しいか?」
「……う、うん。楽しいわよ。……って、いつの間にそんなふうに呼ぶようになったのよ……」
「いいじゃん。呼びやすいんだよ。ヘンリエッテとニコルがそう呼んでるんだから、俺が呼んじゃいけねぇってことはないだろ?」
口元に付けたままのクリームを悠人が拭ってやると、エルネスタは困った顔で固まった。だが、すぐに顔を赤くして怒ったような口調で悠人が自分を呼んだ名にこだわった。
腹が立ったわけではないのに、エルネスタは悠人にそう呼ばれることに戸惑った。嫌なわけではない。だが、何だか今まで感じたことがないような気持ちが、ふつふつと湧いてきて困ってしまう。
そんな友人の様子を、ニコルは面白そうに見ていた。
エルネスタ本人も気づいていない、その胸の内に湧いた感情の名を思って、ニコルはついニヤついてしまうのだった。
合コンから数日が経ち、悠人はいつもの日常に戻っていた。友人である翔太と大樹はヘンリエッテ熱に侵されたままで、学内で会うたびその熱が高まっているのが見て取れたが。
ヘンリエッテは異世界の女の子。当然こちらの世界とやりとりするためのツールは持たないが、それゆえ彼らは燃え上がっているようだった。
というのも、彼らに宛てた手紙をヘンリエッテはエルネスタに預け、エルネスタから悠人が預かってくるというやり方で文通が始まったのだ。そういったまどろっこしさと手紙という古風な手段が、彼らの心をえらくくすぐったらしい。
ますますヘンリエッテにどハマリしてしまった彼らは、学内で悠人を見かけるたび、ヘンリエッテからの手紙はないかとせっついてくるようになっていた。時には自分たちの手紙を悠人に預けた直後そう尋ねてくるのだから、かなり重症と言えた。
そんな彼らを見て、「会えない時間が愛育てる云々」という昔の歌を思い出した悠人だった。
不思議なことに、同じ女の子を好きになったのに翔太と大樹は険悪になることはなかった。それどころか、自分たちが持ち得る数少ない情報を分かち合い、ヘンリエッテがいかに魅力的かを語り合うことによって絆を深めていくようだった。
そのあまりの熱狂ぶりは、恋愛というよりアイドルの追っかけに近い。グッズでも作れば一儲けできるのでは、などと悠人が悪巧みをしてしまうほど、二人はヘンリエッテに首ったけになっていた。
「ヘンリエッテはモテるのよ。でもいつもボーイフレンド以下。みんな信者になってしまうの」
悠人の部屋でココアを飲みながら、エルネスタはそう語っていた。せっかく練ったドイツ人留学生という『キャラ設定』を生かすことなく合コンが終わってしまったことを残念がってはいるが、さほど落ち込むことなくエルネスタも普段通りの状態になっていた。
変わったことと言えば、最近はニコルも一緒に悠人の部屋を訪れるようになったことだ。
エルネスタは合コンのあの夜以来、悠人といると何とも説明しがたい気持ちが湧き上がってきて困ってしまう。そうすると言葉に詰まったり、いつもより悠人にきつい口調になったりするから、そのたびニコルがフォローしてくれた。だが、そのときニコルがにんまりするのが、エルネスタとしては少しばかり嫌だった。面白がるような、見透かすような微笑みが、どうにも落ち着かなくさせるのだ。
悠人はエルネスタのそういった様子に気づくこともなく、もはや異世界の部屋と隣り合っていることにすら慣れはじめていた。
エルネスタか悠人、そのどちらかが気づくことがあれば何かが動き出すという何とももどかしい日々が過ぎていった、そんなある日。
久しぶりに授業に参加しようと、エルネスタは講堂に向かっていた。
授業といっても、エルネスタが参加しようとしていたのは、一人の教師が話す内容を大人数が一斉に聞くという形式ではなく、どこかで不定期に開催される小規模な講演会を聞きにいくというものに近い。
エルネスタが籍を置く魔術学院は、基礎課程を終えた者は自由学習の段階に進む。十二歳で入学し、多くの者が基礎課程を終えるのに六年かけるのを、成績の良かった彼女は四年で終え、自由学習を始めて二年近くが経っている。
自由学習の段階に進んだ者は、同じテーマで研究をする学生たちと勉強会を開いたり、教師の開催する講演を聞きにいったりする。そこである程度の成果をあげて就職するか、より上の段階へ進む。ただ、後者の場合は個人の研究室を持つという意味のため、誰でもその段階に進めるわけではない。その研究室を持つというのが、エルネスタが以前悠人に目指していると語った、魔術従士という立場だった。
有力者の後ろ盾を得て己のテーマを追究していく魔術従士を目指すという、言ってみればこれも就職活動だ。
エルネスタのような一般家庭出身の女の子が有力者と知り合えるのは、聖人誕のダンスパーティーのときくらいだ。だからエルネスタはそのときまでに有力者の興味をひけるような研究成果をあげておきたかったのだ。
そのために、お金が必要だった。
研究を続けられる立場を得るためにも、金。
その立場を得るために必要ような成果をあげるためにも、金。
何はなくともとりあえず、金。
そんな金、金、金、な思考でこれからのことを考えながら廊下を歩いていると、向こうから貴族の子弟たちがやってきていた。貴族たちは連んでいるからすぐわかる、とエルネスタはげんなりして思った。
貴族は大抵学力コンプレックスをこじらせて一般家庭出身の優秀な生徒に突っかかって回っている。エルネスタも入学当初から例に漏れず突っかかって来られているため、視界に入るだけで気分が悪くなるほどの貴族嫌いだ。
そうやって真っ向から嫌いという態度を取るのも、やんごとないお子様たちには気に入らないらしく、今では貴族の子弟とエルネスタとの関係は拗れに拗れてどうすることもできない。
ボーッとしていると異世界に飲まれる、などという怪談が生まれるほど同じような景色が続くただただまっすぐな廊下を歩いて、ようやく前から来る集団とすれ違う段になった。
そのときになってようやく、エルネスタはその中に特にいけ好かない人間がいることに気がついた。
ブラージウス――エルネスタと同じ北部出身というだけで特に突っかかって来る男で、とにかく取り巻きを多く抱えることに執心している。元々はエルネスタを自分の子分にしようとして失敗し、それ以降は顔を合わせるたび嫌なことを言ったり張り合ったりしてくるのだ。自分のグループの支持を集めるためヘンリエッテを引き入れようとしたがそれも失敗に終わり、その悔しさを紛らすために「あの女は化粧で顔を作ったブス」と言ったのが何よりエルネスタが彼を嫌っている理由なのだが。
すれ違うとき、何を言われるのかとエルネスタは身構えた。だが、ブラージウスは余分についた顎をクイっと上にそびやかして嫌な目つきを向けただけで、何も言わず通り過ぎた。ただ、口元には余裕の笑みを浮かべており、そのことが妙にエルネスタはひっかかった。
だが、その理由はすぐにわかることになる。
「ブラージウスたちのグループが、西部の森まで遠征して、ユニコーンの捕獲に成功したそうよ」
講堂に入ってすぐ、顔見知りの学生がそうエルネスタに教えてくれた。彼女はエルネスタより二つ年上で、たまに顔を合わせるとおしゃべりをする程度には仲の良い相手だった。
講義はまだ始まっておらず、人は疎らだった。
彼女の言葉を聞いて、エルネスタはふっと気が遠くなるのを感じた。立っていられない――そう思ってしゃがみこむのを彼女が支えてくれたが、エルネスタはその手をそっと拒んで、よろよろと講堂の外へ出た。
聞かされた内容があまりにもショックで、そのあとどうやって寮まで帰り着いたのか記憶にない。
記憶にないが、いつの間にかエルネスタはカーテンの向こうの悠人の部屋まで行き、そこで堪えきれずに泣き出したのだった。
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