第5話
本館から出て中庭を突っ切って少し奥まった場所に、悠人の大学の学食はある。旧館と同時期に建てられたためややくたびれた感がある上、本館の中にオシャレなカフェ風スペースがあるため、そちらで休憩をとる学生のほうが多い。悠人たちも普段は賑やかなそちらで食事をするが、おしゃべりをしながら課題をこなしたり、ゆっくりしたりしたいときは競争率の低い食堂へ足を伸ばしていた。
「え? それって合コンしようってこと?」
うどんを食べる手を止めて、翔太は目を輝かせて叫んだ。
「まぁ、そういうことになるかなぁ」
一味足りない牛丼を食べながら、少し考えて悠人はそれに答えた。
「いいよいいよ! やろう! 悠人がそういうことに興味を持てるようになってよかった!」
「いや、俺はあくまで紹介だけのつもりだから、翔太のほうで良い奴をあと二人連れてきてもらえないかと……」
「何言ってんだよ! せっかくその女の子が友達連れてくるっつってんなら、お前も楽しめよ!」
「いやぁ……でも」
「でもじゃねーよ! 大体、紹介するだけでお前が同席しなかったら、いきなり初対面の六人がおんなじテーブルで食事することになるんだぞ! 紹介役は同時に幹事も兼ねて、責任持って場を仕切るもんなの!」
「そうなのか。……じゃあ、出る」
悠人からの提案を受け翔太のテンションは一気に跳ね上がっていた。
提案というのは『外国から来た知り合いの女の子がボーイフレンドを欲しがっているんだけど、会ってみないか?』というものだ。……つまり、嘘にならない程度の捏造をしてエルネスタのことを話したのだ。
『こんないろんな意味でとんでもない子、誰にも紹介できない』と思っていた悠人だったが、失恋話を聞いて号泣したエルネスタを見て、やや気持ちを許してしまった。
秘密の共有というものは、人と人との距離を縮めてしまう。
自分の今一番触れられたくなかった部分を曝け出して、そのことにエルネスタが気持ちを寄せてくれたことによって、悠人はもう彼女を悪く思うことができなくなった。
簡単に言えば、悠人にとってエルネスタはもう友達で、その友達に男友達を紹介してもいいかという気になったのだ。ついでに、こちらの世界に興味があるというその子の友達もまとめて。
……異世界人、しかも魔女だということを翔太に伏せているのは若干心苦しくはあったが。
「いやぁ、それにしても悠人、外国人の女の子と知り合うなんてでかしたな!」
「うん、まぁな……」
突然部屋にいただなんて言えない、と悠人は思う。
「どこで知り合ったんだ? あ、バイト先に来たのか!」
「うん、まぁそんな感じ……」
異世界にある魔術学校の女子寮と自分の部屋がくっついてしまっただなんて言えない、と悠人は思う。
「外国人ってどこのあたりの?」
「ヨーロッパ系……?」
「おお! 何してる子?」
「学生さんって言ってたなぁ……」
「そっかそっか。あー楽しみ!」
悠人は、今ほど本当のことが話せないのが辛いと思ったことはなかった。
嘘をついているわけではないが、真実からは程遠い。だが、真実は合コンがうまくいってカップルが成立したのち、各々のタイミングで知らされたらいいじゃないかと、そんな気持ちになっているのだ。
エルネスタがバカスカ魔術をぶっ放す非常識をやらかさなかったため、異世界から来たということを悠人はあまり問題視していない。
「悠人は、合コンの幹事とか今までやったことあるのか?」
「いや、合コンに出たことすらない」
「だよな! じゃあ先輩が色々と指南してやろう!」
そう言うと、翔太はうどんの汁をズズイと飲み干し、ニヤリと笑った。
翔太はモテる上、“運命の人”と出会うことを望む夢見る男だ。運命とやらを求めて合コンもかなりの数をこなしていたことを、悠人は思い出した。
「店選びのコツとか、教えてやるからな。これは、合コンだけのテクニックじゃない。社会人になって下っ端のときは、とにかく飲み会のセッティングを任される機会が多いと聞く。そんなときに、上司の好みやタイプに応じて適確な店選びができて損はしないだろう? 合コンだからって気を抜くな。すべては、いずれ身を助けるのだ」
「……師匠」
力説する翔太の背後に神々しい光を見た気がして、悠人はそっと手を合わせた。テキトーに美味しいお店を見繕って連れて行けば大丈夫だと思っていたことは黙っておく。今の翔太はやる気に満ちていて、そんなふうに軽く考えたことがバレればお説教が始まりそうだ。
「悠人、今日は俺と一緒で四限で終わりだよな?」
「うん」
「なら、バイトまでの時間でしっかりレクチャーしてやるから!」
「お、おう……」
悠人がきちんと店を選べるかが自身の戦果に繋がるため、翔太も自然と力が入る。だが、参加してみようかという気にはなったものの、翔太ほど女の子に対しての意気込みがないためモチベーションが上がらない悠人は、友人と自分のその温度差に少し戸惑った。
自覚がないだけで、悠人もまたロマンチストなのだ。大仰なことはせず自然の流れの中にそっと恋を見出したいタイプのため、自ら出会いの場に身を投じることに抵抗があるらしい。だから、合コンに行く人間を否定はしないが、自分がそれに参加するなんて日が来ようとは思っていなかった。
だが、そんな日が来てしまうからには腹をくくるしかないと悠人は思った。自分も参加して、翔太がエルネスタを気に入るように場を盛り立てていかねばならないのだから。
エルネスタと色々話をして、悠人は彼女を応援してやりたくなったのだ。
あの日、エルネスタが泣き止んだあと、お互いの話をたくさんした。
エルネスタの学校のこと、悠人の大学のこと、お互いの専攻のこと、将来のこと。エルネスタが好奇心のままに悠人の世界のことを尋ねるから、それについて悠人が答えるのが主だったが。
「あたし、魔術従士になりたいの。魔術従士っていうのは、有力者から援助を受けて魔術を研究する人のことで、あたしはそれになって、魔術をもっと勉強したいの」
エルネスタは頬を上気させて、揚々と悠人にそう言った。そのあとすぐに話題は別のものに変わってしまったため詳しく聞けなかったが、おそらくその夢を追うのにお金が要り用なのだろう。
話を聞いていて、エルネスタが遊ぶ金欲しさに金持ちと出会いたいと言っているわけではないとわかって、悠人は応援してやりたくなったのだ。
夢を追うために援助してくれる相手を探すことは悪いことではないと悠人は思う。少なくとも、好きでもない相手を騙して貢がせるよりはずっと良い。
バイトを終え帰宅すると、明るい部屋が悠人を出迎えた。一瞬、朝出かけるときに消し忘れたのかと思ったが、よく見てみるとそれが電灯の明かりではないとわかる。
「おかえりなさい、ユート!」
「ただいま……って、また勝手に入ってる」
「いいじゃない。暗いひとりの部屋に帰るのって嫌でしょ?」
「まぁな」
部屋を明るくしているのは、エルネスタが操る燭台だった。電灯とは違う柔らかな明かりがじんわりと部屋を照らしているのを見て、悠人は自分がホッとしていることに気がついた。エルネスタの言うとおり、疲れて帰って部屋が暗いのはあまり気分の良いものではない。
「すげぇな。これ、どうやってるの?」
「えー? そんなこと聞いちゃう? 魔術の素養がない人に説明するの面倒くさーい」
エルネスタは杖をふりふりしながら、悪戯っぽい顔をして言う。実際は悠人がバイトから帰ってきたら喜ばせようと企んでずっと待っていたため、そう言って興味を持たれるのは嬉しいのだ。
「なんだよ。じゃあいい」
「仕方ないわねぇ。まぁ、簡単に言うと、この燭台にかかる重力を浮力に変換してるの。本来下に押さえつけられている力を浮かせる力に変えて、それをちょっとコントロールしてる感じね」
「……よくわからんが、魔術で浮いてるんだな」
魔術で燭台を浮かせたいと思ったことがない悠人には、いくら噛み砕いた説明をされようともちっとも頭に入ってこない。だが、こうして部屋を明るくして待っていようとエルネスタがしてくれたことは、素直に嬉しかった。
「今日な、友達にエルネスタのこと話したらすげぇノリノリだったから。食事会セッティングするからな」
「キャー! やったぁ!」
電灯のスイッチをつけながら悠人が言うと、エルネスタはその場に跳ねださんばかりに喜んだ。本当はジャンプをしたかったのだが、悠人の住んでいる場所は縦に長く、夜中にそんなことをしたら下に住んでいる人に怒られると言われているため慎んだ。
「悠人、こっちの世界の女の子はどんな服装してるの?」
ワクワクした気持ちを抑えきれずどこかに飛んでいってしまいそうな動きをしながら、エルネスタは悠人に尋ねる。
「どんなって言われても色々あるからな。なんで?」
「だって、こっちの女の子の服装していないとバレるでしょ? それに、やっぱりオシャレしたいから知りたいの!」
マントの下は白のブラウスに黒のスカートのため、問題ないのではと悠人は思ったが、そこはやはり女心というものらしい。
要は洋服を新調する理由が欲しいため、悠人の世界のファッション事情を聞き出したいのだ。そんな女心がわからない悠人は、首を傾げながらもノートパソコンを開いて女性のファッションについて検索した。
「んー……ザッと言うとな、『コンサバ系』『ギャル系』『ガーリー系』『カジュアル系』『ストリート系』とか、そんな感じかな。コンサバっていうのは、保守的っていう意味のコンサバティブって言葉を短くしたもので、同性受け異性受け両方に気を配ったファッションで……俺さ、最近まで『婚活サバイバル』の略だと思ってたんだけどな……って、こうやっていけば画像見れるから見てみ……」
「うん!」
女性ファッションのまとめのようなページを見せながら説明していた悠人だったが、疲れと眠気から文字を追うのが辛くなって途中で嫌になってしまった。ノートパソコンをエルネスタに渡して、バスルームへ向かう。
「……男だけで飯食うのとはわけ違うから、大変だなぁ」
シャワーを浴びながら、翔太からレクチャーされた内容を思い出して、しみじみと悠人は言う。元カノとのデートだって、元カノが行きたい場所やしたいことがはっきりしている子だっため、別段困ることはなかった。
翔太から聞かされた店選びのコツというのは、
【1】個室であること、
【2】照明が抑えられていること
【3】主食だけでなく前菜、デザートの種類が豊富なこと、
【4】ドリンクの種類が豊富なこと、
【5】清潔なこと
などであった。
【1】については、完全個室だと女の子が警戒するため、他の客から丸見えでない程度の個室であることが大事なのだという。
【2】についても【1】と同様で、女性の肌や髪をキレイに見せる照明にこだわった店を選ぶということで、ただ単に薄暗い店ではダメということだった。
【3】と【4】については、女性は腹がいっぱいになればいいという男性とは違い、選ぶ過程にも満足感を求めるらしいため、選択肢が多いほうがいいとのことだ。
【5】については、言わずもがなである。女の子を清潔ではない店に連れて行くという選択肢がそもそもないが、翔太曰く、店内だけでなくトイレ(男女別が望ましい)もキレイでゆったり化粧直しができるスペースがあるというのは大事なことらしい。
「あと、食べ物の好みの確認か……エルネスタ、何系の食事が好きなん……あれ?」
悠人が風呂からあがると、エルネスタの姿はそこになかった。ついでに、丸テーブルの上のノートパソコンもなくなっていた。
「友達に見せに行ったのか……?」
隣の部屋に気配がないということは、どこかに出かけたということだろう。「うふふ、これが異世界のファッションよ」などと言って自慢したかったのだろうが、ネット環境がないところではそれはできない。どうもエルネスタはスマホやパソコンを"知識を貯蔵している箱"くらいに思っているようだ。
「んな便利なもんじゃねぇのに……魔術じゃあるまいし」
今ごろきっと、先程まで表示していたページが見られなくなって慌てていることだろう。明日雑誌でも買ってきてやるかなと思いながら、悠人は布団に入り目を閉じた。
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