第3話
「エルったら、もぉっ! 明るいところで見たらあなた、隈がひどくなってるじゃないの!」
「……ヘンリエッテ、ちょっと静かにして……頭に響く」
「エル、頭痛に効くお茶を淹れてあげる」
「ありがとう、ニコル」
「ニコル! このわかってない人に隈消しの化粧水も作ってあげて!」
朝の食堂で、グロッキーなエルネスタを挟んで二人の少女が座っていた。
一人はヘンリエッテといって、金髪に不思議なピンク色の目をした、目を見張るほどの美女だ。日頃からエルネスタに美容について指南するが、ほとんど聞き入れられないことに友人として苛立ちを覚えている。
もう一人はニコルという、茶色の三つ編み猫っ毛が特徴の、おっとりした小柄な女の子だ。魔術薬学を得意とし、エルネスタの健康管理を買って出ている。
二人は昨夜がエルネスタの魔術の決行日だと聞いていたため、今朝がた首尾はどうかと部屋まで呼びに来たのだった。
ドアを叩く音と二人が呼ぶ声で、エルネスタは浅い眠りから覚めた。
机に突っ伏して寝たため首も腰もバッキバキ、しかもマントだけでは体が冷えたらしく若干風邪をひいてしまっていた。だが、早く応対しないと二人の声で隣の悠人を起こしてしまうかもしれないし、何よりもいきなりこの部屋の有様を見られるのは具合が悪かったため、エルネスタは体を引きずるようにして外へ出たのだった。
「とりあえず食べなさい。話はそれから聞くわ」
そう言ってヘンリエッテは、エルネスタの口元にぐいぐいとライ麦のパンを押し付けてくる。起き抜けの、しかも風邪っぽい喉にいきなりパンは無理だと思い、エルネスタはまずジャガイモとソーセージのスープを啜った。
いつもと同じ味なのだが、何となく大味に感じられてしまう。風邪で味覚がおかしくなったのかと思ったが、よくよく考えて、自分が昨夜食べたものと比べているからだと気がついた。
「エル、その調子だと魔術はうまくいかなかったの?」
「……そうね。目的は達成できなかった。うっ……」
ニコルから渡されたお茶を口元に近づけると、苦みのある匂いにエルネスタは思わずむせた。口に含む前からわかるこの匂いは夏白菊のものだ。風邪気味や酷い頭痛のときにニコルが淹れてくれるお茶なのだが、これを飲むたび体調管理には気をつけようと思うほど酷い匂いと味なのだ。
「それってどういうことなの? 発動はしたけどってこと? 」
「うん、発動はしたのよ」
「じゃあ、出て来たのがブサイクさん?」
「う〜ん……ブサイクってわけじゃ……」
ヘンリエッテとニコルに尋ねられて、エルネスタは人畜無害そうでさしたる特徴のない悠人の顔を思い出しながら、二人に事の顛末について語って聞かせた。
合間合間に夏白菊のお茶を飲むため、むせたりえずいたりしてなかなか話が進まなかったが。それでも、二人はかなり盛り上がった。元々多くの人間が大陸から出ることなく、下手をすると自分の生まれ育った村や街しか知らず死んでいくのが当たり前の世界だ。そんな世界で別の世界を見たというのは、誰に話してもすごいことだと騒がれるだろう。
「エル、異世界と自分の部屋を繋げてしまうなんて何てすごいの! そんなの、いけすかない金持ち連中なんてもちろん、どんな優秀な学生でも成功したことないんじゃない?」
「でもね、いくらすごくても目的は達成できてないわけだから」
「そうはいってもやっぱりすごいわよ!」
早朝の食堂で他の生徒がいないのを良いことに、ヘンリエッテは興奮気味だ。肩の上で波打つ金髪は朝の陽を受けて、彼女が動くたびキラキラと光を放っている。
「でも、その異世界の人間が野蛮でなくてよかった。もし悪い奴だったらエルは大変な目にあってたかもしれないよ。でも、エルをいじめなかったし、ご飯まで恵んでくれるなんて良い人だね」
「……そうよね」
ニコルにおっとりとそんなことを言われたが、よく考えてみれば恐ろしい思いをしたかもしれなかったのだと気づき、少し体が震えた。野蛮でなかったとしても、自分の部屋に侵入した不審者として攻撃を受けても仕方のなかった状況だったのだから。
ユートは怒ってはいたが、エルネスタに手をあげようという素振りは全くなかった。そういうことを思えば、彼はとても紳士的と言えるのかもしれない。
「ねぇ、その彼のご飯は美味しかったの? 異世界の食事って気になるわ」
「美味しかった。肉団子と野菜のスープだったんだけど、スープが濃すぎるわけじゃないのに、深みがあって」
「料理できる男の子って、いいよね」
「そうよね! 私、今までお料理できる男の子と付き合ったことないから気になるなぁ」
「私も。薬草とかにも興味あるかな」
「あーいいなぁ。私もその人とお話してみたい」
ヘンリエッテとニコルは、異世界の男の子というだけでかなり興味が湧いてしまっていた。エルネスタも、悠人に興味がないわけではなかったが、昨日はほとんど会話ができなかったし、何より“良縁”を引き寄せられなかったショックが大きかった。
「あー……お金持ちでイケメンな人との縁を結べたら、あたしの金銭面での問題もクリアしてダンスパーティーの相手も見つかって一石二鳥だと思ったのにぃー……」
「まぁ、でも貴重な体験をしたと思って胸を張りなさい」
「学ぶことがあれば、失敗じゃないんだよ」
テーブルに突っ伏して愚痴るエルネスタを、ヘンリエッテとニコルが宥める。こんなに露骨にお金の話をしても、ヘンリエッテもニコルもエルネスタがお金を必要とする理由を知っているため、その発言を咎めたりしない。
美しさを追求するために魔術を究めるヘンリエッテと、植物好きが高じて魔術薬学にどっぷりなニコル、そして魔術オタクのエルネスタ。全くタイプの違う三人だが、不思議なことに気が合った。
何よりヘンリエッテとニコルがエルネスタを好きなのは、他の者とは違う夢を持つ二人を決して彼女が笑わなかったからだ。つまり、二人もエルネスタと一緒で金持ち連中に与しない組だったのだ。
「ねぇ、エル。よく考えたら“良縁”って、その彼そのものを指すんじゃないのかもよ?」
とんでもない色をしたお茶を美容のためにと飲みながら、ヘンリエッテはニヤリと悪い顔をした。彼女の艶っぽさは、そんな表情をしたところで崩れない。むしろ金色の睫毛で縁取られた目がより一層輝いて、彼女の愛らしさと美しさを強調する。
「どういうこと?」
夏白菊のお茶をすべて飲み干して、死にかけた顔でエルネスタは答える。いつもならそんな顔をしたエルネスタをヘンリエッテは叱るのだが、今の彼女は自分の思いつきに浮かれ切っていてそれどころではない。
「だから、その男の子を足がかりに、お金持ちでもイケメンでも、紹介してもらえばいいんじゃない?」
「……その手があったわ!」
ヘンリエッテの言葉に、エルネスタの顔に生気が戻った。そしてヘンリエッテと同じく悪巧みをする顔になる。
「そうよね……目の前のことばかりに囚われて魔術が失敗したとばかり思い込んでいたけど、その先を見なくちゃね。というより、お金と手間を取り戻さずして終われるもんですか」
「学ぶことがあれば、失敗じゃないんだよ。……異世界のお勉強ということで、他の男の子ともお知り合いになるの、大事」
いつの間にかニコルもニヤリとした顔をして、ヘンリエッテとエルネスタのほうに体を寄せていた。そうして、朝の食堂で三人の少女たちはくっついて一様に悪巧みを始めたのだった。
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