真夏の風物詩 -5-

[鍵ヲ置ク]


 フロント内の照明が点くと、三人はその明るさに揃って目を瞬かせた。

 特に黒目の部分が小さい真には、明るいを通り越して少々刺激があり、反射的に滲んだ涙を掌で拭いとる。


「結城のはイマイチだったな」

「二度と金貸さねぇ」

「あ、嘘。面白かったって、結城くーん」


 猫なで声を出す真を智弘は黙って睨み返す。

 明日香はスマートフォンを操作しながら、意外と時間が経っていたことに気付いて溜息をついた。


「お腹空いたなぁ。何か買ってこようかな」

「スギノン、俺コンビニ行くから買ってこよっか?」


 智弘がそう言うと、明日香は声を明るくした。


「マジで? じゃあ、甘いパン買ってきてくれない?」

「いくつ?」

「二つ。五百円渡しておくね」


 そう言ったのとほぼ同時、受付の台の上に何かが落ちる音がした。

 三人が反射的にそちらを向くと、銀色の底浅のトレイの上に、鍵が置かれていた。そのトレイは退室の際に鍵を置くために設置したものだった。


「え?」


 明日香が受付の窓から外を見る。しかしそこには誰もいなかった。

 防犯カメラにも誰も映っていない。


「……客なんて誰も入ってなかったよね?」

「あぁ」

「そのはずだけど……」


 三人の視線が鍵へと注がれる。

 鍵にはプラスチック製の長方形のキーホルダーがついていて、そこに店の名前と部屋の番号が書かれているはずだった。だが、裏返った状態でトレイに入っているので、部屋番号はわからない。


 フロントに置かれたキーボックスの中には全ての部屋のキーが揃っている。

 清掃時に使うマスターキーも、勿論動かされた形跡はない。


「もしかして、今話してた部屋のどれか……だったりして?」


 明日香のその言葉は殆ど直感的なもので、それ故に妙な説得力を帯びていた。


 盗聴されていた部屋。

 妙なパソコンの置かれた部屋。

 不気味な男が住み着いてる部屋。


 この鍵はその部屋のうちのどれかではないか。三人はそう考えると共に、互いに顔を見合わせた。

 同じことを思いついたであろうことは、その口元を見れば一目瞭然だった。


「やべぇじゃん」

「マジやべぇな」

「やっばー」


 その口元は、笑みの形になっていた。

 智弘はその鍵を手に取ると、部屋番号を確認して明るい声を上げた。


「合鍵増えたってことじゃん!」

「イェーイ!」

「助かるー!」


 クズが集まれば恐怖よりも物欲が勝る。

 恐らく他に誰もいないだろうビルに、三人の笑い声が響いた。


END

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