秋の風物詩 -2-
事件が起きたのは、それから二時間後だった。
昼前の暇な時間を、真は「パチスロ必勝法!」なる動画を見て潰し、明日香は客の忘れ物である風俗雑誌を読んで潰す。生産性の可能性が僅かにあるだけ、真のほうがマシかもしれない。
風俗雑誌には都内の熟女デリヘルが特集で組まれており、その通り熟女達の写真が並んでいる。
痩せたのから太ったのまで多様だが、それぞれのプロフィールに比べれば外見の差など些細なものである。
「趣味/若い彼氏を探す」くらいはまだ可愛いもので、「趣味/盆栽をドレスアップすること」あたりになると、ツッコミ待ちなのかガチなのか、些か困る。
これが二十歳前後の、つけまつげをバサバサさせてチークを塗りたくり、歩くときの効果音を自前で出すような女の子なら、キャラの一環として受け止められるが、写真に写るのは、駅前の喫茶店でトイレットペーパーを足の間に挟んで、珈琲を飲んでいるようなおば様である。
ガチの場合は触れない方が良いし、キャラ作りだとしたら迷走しすぎだった。見渡す限りの東京砂漠。歩けば先人の骨にぶつかる。目指す先には何もなく、盆栽だって朽ちるだろう。
「あ、凄い」
また別のプロフィールを見て、明日香は口を開いた。
風俗雑誌を愛読書として楽しむ女というのは、あらゆる面において終わっているが、この店自体が終わっているので問題はない。
流石に外ではこんなことはせずに、なんだったら興味のない「今世紀最大のラブストーリー」なるコミックくらいは、口から砂糖を吐き出しつつ読んでいることすらある。
「何」
明日香の独り言を聞きとめた真が尋ねる。
「いや、「魔女っ娘のマザー達」って店なんだけど」
「ぶっとんでんな」
「そこに所属する、きらりん☆てぃんくるちゃん、五八歳」
「きらりん☆てぃんくるちゃん!」
「出身は魔女の森。得意魔法は愛の魔法。魔法の呪文は「みらくる てぃんくる らぶあっぷる☆」」
「なんだって?」
「みらくる てぃんくる らぶあっぷる☆」
「やべぇな」
「で、趣味が……碁」
真は一秒間を挟んで「あぁ?」と尋ね返した。
「すごいよね。ここまで設定練り込んでて、最後が「碁」って。多分ガチで好きなんだよ」
「そうなるんか」
「隣に載ってる、まどかさん五十五歳の趣味は、魔法陣を作ること」
「いやそれ、書く人が間違ったんじゃねぇの?」
丁度その時、上の階で大きな音がした。
続いて女性の悲鳴が聞こえて、非常階段を駆け下りる音が続く。
「え、何?」
真がフロントを出て、非常階段の方を覗き込む。
そこに駆け下りて来た女が、勢い余って真を突き飛ばした。
謝罪はなく、慌てふためいたまま、女は階段を降りて外へ逃げて行く。
「いってぇ……」
「大丈夫?」
明日香は声をかけたが、本気では心配していない。
いっそのこと、強かに頭をぶつけてギャンブル狂いが治ったほうが良いのではないか、ぐらいにしか考えていなかった。
しかし、明日香は油断していた。
階段を降りる音は、もう一つあった。
「退け!」
後ろから怒鳴り声がしたと思うと、今度は明日香が突き飛ばされる。
女を追いかけて降りて来た男は、そのまま同じように外に飛び出していった。
「杉野さん、平気?」
クズでも優しい真が声をかける。
明日香は頷きつつ立ち上がったが、顔には不機嫌が刻まれていた。
「何、今の」
「わからん。女の方は「ピンキーベア」の子だろ? 違反行為したんじゃねぇの?」
近くの風俗店の名前を真が上げる。
部屋を借りる者の中には、デリヘルを呼ぶために来る者も多い。
「あぁ、妹系の店だっけ」
そんなものに一々反応するほど、明日香は初心ではなかった。なんだったら窓が壊れたからと呼び出され、素っ裸の男女が眺める中でクレセント錠のネジを締めたことだってある。
「……男の方、荷物持ってなかったよね。部屋にあるのかな」
「じゃねぇの?」
真は、突き飛ばされた時に擦った肘を摩りながらフロントに戻る。監視カメラの映像を確認して、明日香を呼び戻した。
「部屋開けっ放しだし、多分荷物もそのままだわ。というか鍵も返してねぇし、あいつ」
「じゃあ鍵探してこようかな」
「よろしくー」
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