秋の風物詩

秋の風物詩 -1-

 天高く馬肥える秋。

 寒くもなければ熱くもなく、一年の中で丁度良い気候である。

 夏には口当たりの爽やかなものばかりが売り出されていたが、秋も本番となると、カボチャやサツマイモなどを使った商品が多い。


「おはよー」


 バイト先である貸部屋業を営むビルにやってきた杉野明日香も、そんな秋の商戦に見事に乗り、「パンプキンラテ」なる飲み物を片手に持っていた。

 部屋を貸し出すためのフロントの内部は、スタッフの控室を兼用している。雑然とした部屋は、此処で働く誰もが掃除する気概のないことを示していた。


「はよ」


 短く返したのは、彼女と同い年の麻木真だった。

 髪の毛はオレンジ色と黄色の二色に染まっているが、本来はオレンジ色一色の予定だった。自己流の脱色を繰り返した髪は、染まる部分と染まらない部分が無秩序に混在している。


「あれ。高山は?」


 明日香が一人なのを見て、真が疑問符を上げる。パンプキンラテを面倒そうに啜りながら明日香は答えた。


「まだ寝てるんじゃない?」

「え、置いてきたん?」

「起こすの面倒くさかったし、ホテルの延長料金払いたくなかったから」


 高山というのはバイト仲間の一人である。昨日は明日香と一緒で、所謂「その目的のホテル」に泊まっていた。

 といっても付き合っているわけではなく、飲みに行った後になんとなくそういうことになることが多いだけである。


「起こしてやればいいのに」

「面倒くさいんだってばぁ」


 飲み切ったラテの容器を、明日香はゴミ箱に放り込んだ。

 クズばかりのいるこの店で、明日香は表面上はまともを装っている。だが中身は、皆に負けず劣らずのクズだった。


「っていうか、別にあいつシフト入ってないじゃん」

「違うって。俺、あいつに返して貰うものがあったから、今日来るように言ってたの

「ふーん。金?」

「違う」

「あ、そう」


 明日香は興味を失ったように言って、店のスタッフ達が使うパイプ椅子に腰を下ろす。

 金だったら集ってやろうと思ったのに、と口に出さずとも態度が告げていた。


「着替えて来る。更衣室使うね」

「はいよ」


 フロントの隣の部屋が更衣室となっている。

 といってもこの店に制服などなく、個人の動きやすい服に着替えるだけだった。

 明日香は更衣室に入ると、薄手のニットとスカートを脱ぎ捨てて、ワゴンセールで格安だったカットソーとジャージを着込んだ。ついでにバッグの中から煙草を手に取り、再びフロントに戻る。


「ねー、ライター忘れた」

「ん。ええよ」


 真が手渡したのは、パチンコ店で貰う安っぽいライターだった。

 ユニコーンの絵が描かれているのを見て、明日香は首を傾げる。


「ユニコーンってさ、処女しか乗せないらしいよ」

「まじか。処女厨怖っ」

「でも私、ユニコーンぐらいなら無理矢理乗れると思うんだよね」

「お前みたいの乗せたら、全身の毛穴から血を吹き出して死ぬだろ」

「別にユニコーンを生かしておく意味はないでしょ」


 残酷なことを言いながら、明日香は喫煙所のある非常階段の方に向かう。その背中に「このファンタスティッククズ!」というパワーワードが浴びせられたが、速やかに忘却した。

 ユニコーンなんて頭から角が出てる化物馬である。日本の妖怪辞典にいてもおかしくはない。


 明日香はそれなりにクズであるが、自身でそれを自覚している。従って、このクズの温床以外ではそういった面を出すことはしない。世の中、そんなに万人の個性を認めないことぐらいは知っている。


 従って彼女は、外の世界での自分を取り繕うことに苦悩や苦労は感じない。

 清く正しくランバダソング。秋の夜長の囁く虫の音が美しい、栄えある日ノ本の国に生まれた彼女は、大和撫子を気取るためなら、ユニコーンの一匹や二匹くらいは憤死させる。

 死んだユニコーンの角を取り、「解毒剤ですよ」と民家を渡り歩いたって良いとすら思っていた。


「なぁ、タイムカード切ったぁ?」


 ビルの中から真が顔を出す。


「あ、ゴメン。切っておいて」

「オッケー」


 明日香は煙草の煙を吐き出しながら、手すりより身を乗り出して階下を見る。

 風に乗った枯葉が踊っているだけの寂しい裏口。後で清掃はしなければいけないだろうが、急ぐほどとも思えなかった。

 暇を持て余したらやろう。そう決めて、再び意識を煙草に戻した。

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