秋の風物詩 -3-

 明日香は出て行った男が借りていた部屋に向かうため、非常階段を上へ昇る。昇りながら、突き飛ばされて汚れてしまった服を手で払い、そして盛大な舌打ちをした。


「ふざけんじゃねぇぞ、くそが」


 男みたいな罵り文句でも使わなければ、苛立ちのあまり壁に穴でも空けかねない。明日香は腕力がないので、穴を空ける場合はバットか肉叩きが必要だが、生憎どちらも店にはない。


 もしあるなら、監視カメラの死角で見事なフルスイングを決めてみせる。今の精神状態なら、例え穴の開いた壁から、ガイコツがHello,World!しても全く動じない。それどころか、良いものが出て来たと、ガイコツからカルシウムの粉末にジョブチェンジさせるだろう。


 要するに、明日香は怒っていた。


 扉が開けたままの部屋に入ると、女性が随分抵抗したのだろう、服や荷物が散乱していた。

 蓋が開けっ放しのローションが床に転がって、中身が零れだしている。ローションを掃除するのは結構な労力で、水に濡らせばぬめりを増すし、タオルで拭き取れば広がるしで性質が悪い。

 それも明日香の怒りポイントを上げた。


 男の荷物と思しき、ビジネスバッグを見つけると、明日香はそれを手に取って部屋の窓を開けた。

 下を見下ろし、何かを確認した後でバッグを外に放り投げる。

 それから改めて部屋の中を見回し、部屋の鍵を見つけると、一先ず安心した。鍵のホルダーに指をひっかけて回しながら、内線を使用してフロントに連絡をする。数コールで真は電話口に出た。


「はいはい」

「あの客の荷物さー、更衣室の窓の外にあるから回収してくれる?」

「りょーかい」


 特に理由も聞かずに承諾するあたり、真はやはり優しいクズだった。

 この部屋のすぐ下は更衣室になっている。更衣室の窓の外には救命梯子を置いておくための台があるので、窓から物を投げ出せば、その台の上に落下する。


 何故そんなことをするのかと言えば、理由は単純明快だった。荷物をドアから持ち出せば、防犯カメラに映ってしまうからである。

 清く正しいクズである明日香は、クズな行為をすることに躊躇いはなくとも、それを咎められることは良しとしない。


 部屋を片付けて、鍵を閉めて、ついでにエレベータの床掃除までしてから下に戻ると、真は涼しい表情でフロントの中にいた。


「あの野郎、戻ってきた?」

「戻ってきたけど」


 そう言いながら真は監視カメラを指さした。

 裏口に、黒いスーツの男が二人いて、彼らに挟まれるようにして先ほどの男がいる。


「ピンキーベアの黒服?」

「片方は店長。女の子から聞いて、うちに電話かけて来たから、裏口張ってたら戻ってきますよーって教えておいた」

「やだー、麻木ったら優しい」


 真は「だろ?」と得意気だった。

 クズたちにとって、他人の不幸は蜜の味なので、自分たちで調達するのも辞さないのである。

 ミツバチに転生しても上手くやっていけそうだが、そこはクズ、働きバチにはなりたくない。


「で、荷物は?」

「更衣室。中に色々入ってたけど、どうするん?」

「秋といえば焚火じゃない」


 何の脈絡もなく明日香は言った。


「人の荷物で焼いた芋とか美味しそうだよね」

「あー、芋なー」


 うんうん、と真が頷いた。


「でも特に燃えそうなもんなかったけど」

「そりゃ紙束背負って来る客なんて滅多にいないだろうからね。でも、折角あそこで修羅場ってんだよ? 利用しない手はないよね」

「……あぁ、なるほどぉ」


 明日香の言いたいことが伝わり、真は間延びした相槌を打った。


「杉野さんは、才能あるよ」

「ありがとう」

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