冬の風物詩 -2-

 電話の相手は、かつてのバイト仲間だった。

 本社から社員が派遣されてくる前、その男に店の全権が委ねられていた。

 最初はその男も真面目に仕事をしていたが、人間どうしても「権力」を得るとそれに溺れてしまう。


 客が来ても接客技術を多く要されるわけではなく、話す相手と言えばバイト仲間ばかり。

 自分より目上の存在はめったに店舗には来ないとなれば、その男が図に乗るのも仕方のないことだった。


 問題は、その男が暴力的であったことである。

 幼少期から柔道を嗜み、全国大会まで行った男は、頭の中は空っぽな代わりに「どうすれば暴力で相手が言うことを聞くか」だけは知っていた。


 その一番の被害者となったのは修也であり、元々腰が低くて気が弱いのが災いして、殴る蹴るは当たり前の「教育的指導」に晒された。

 修也が逆らわないのをいいことに、男は「俺に逆らえない兵隊」と決めつけた。


「あいつの頭の中って、本当に妄想だけで出来てたから」

「そうですねぇ。普通の人間は暴力で優越決めないし」


 修也は可笑しそうに笑う。

 逆らわないというのはあくまで腕力的なものだけで、修也はしっかりと相手に復讐をした。


「なぁなぁ、俺その話知らない」


 真が興味を示して口を開く。


「あの「店長」が急にいなくなったのは知ってるけど、やっぱり伊藤クンが原因なわけ?」

「原因というか、俺はちゃんと本社に此処の業務成果を報告しただけですよ」


 四人ともポーカーを中断して、かつて此処にいた「店長」の話を始めた。


「あの人ね、携帯電話を七個持ってたんですよ。これは杉野さんも知ってますよね?」

「なんか色々な用途で使い分けてたね。そのうち一つが「浮き」」

「浮き?」


 優奈が首を傾げて聞き返す。


「この店の浮いた金を使う時の携帯だよ」

「浮くことってあるんですかぁ?」

「それは色々。部屋を借りる人から、直接お金を受け取って、それを金庫に入れないで自分の財布に入れちゃうの。一日五回やれば一万円以上にはなるからね」


 その他にも店長の行った横領は多々あって、一ヶ月あたり五十万ほどはその懐に入っていた。

 修也も明日香もそれは知っていたが、直接指摘はしなかった。

 修也は殴られるのを避けたかったためであるが、明日香は金蔓を失いたくなかったからである。

 

 「女子供に手を出すな」を「男なら殴っても良い」に解釈してしまった馬鹿は、派手な言葉ばかりを好んで本質を見なかった。

 自分では見ているつもりなのかもしれないが、それは好きな漫画の好きな台詞の切り貼りであり、傍から見ればあまりに空虚だった。

 

 明日香はその空っぽな脳みそが好む言葉を知っていた。

 その男は男らしさを誇張する割には女々しい男であり、自分に少しでも好意的でない人間は徹底的に排除しようとするきらいがあった。

 仮にも店長である男に嫌われれば、シフトが減ってしまう。給料も減ってしまう。

 

 ならば、必要以上に媚びないが信頼感を得ること。それが明日香の考えた処世術だった。

 給料のためなら、いけすかない筋力馬鹿に「わぁ男前」と言うのは朝飯前である。

 

「浮いたお金で何してたんですかぁ?」


 優奈が再び聞くと、明日香は軽く手招きして耳元に囁いた。

 途端に優奈が両手で口を抑えて、可愛らしい悲鳴を上げる。

 

「えー、最悪ー」

「でしょ。そんなことしてるから、ただでさえ悪い頭がどんどん悪くなったんだよ」

「ウケる」


 優奈が笑っている間に、真が修也に顔を向ける。

 

「でもさっきの電話、超やばいじゃん。なんであんなになっちゃったん?」

「あの人、多分俺が裏切ったこと認めたくないんですよ」

「どういう意味?」


 修也は手持ち無沙汰に自分の手の中のトランプを束ねたり広げたりしながら、話を続けた。

 

「俺、ちゃんと証拠集めてたんです。あの人がお金抜く瞬間とか、帳簿のズレとか、あと俺を殴った時の動画とか」

「うんうん。それは聞いた」

「本社にそれを届けて、社長があの人を呼び出して、それでクビになったんですけど」


 煙草を手にとって、それを口に咥える。

 それを見て、明日香と真も同じように自分の煙草に手を伸ばした。

 唯一、非喫煙者の優奈は紙パックの紅茶を手に取る。

 

「あの人とずっと一緒に仕事してたのって、俺ぐらいしかいないんですよ。いくらあの人が馬鹿でも、誰がチクったかわかるでしょ」

「まぁそうだよな。なんかあの人、「俺は嵌められた」「俺の強さを妬む組織の仕業だ」とか言ってたけど」


 真が自分の膝に頬杖をつきながら、口角を吊り上げる。

 既にその頃からおかしくなっていたのだろうが、四人とも店長に全く興味を持っていなかった。

 

 店長自身は、自分のことを「最強の男」だと思っていたが、実際には「意味不明なことをいうアホ」ぐらいにしか見られていなかった。

 そんな悲しい事実を知らずにクビになったことだけは、店長にとって幸運だったかもしれない。

 

「あの人は存在もしない「組織」「刺客」の仕業だと言い張っていた」


 でもね、と修也はいたずらっぽく言いながら煙を吐いた。

 少しタールが重いのに甘い匂いのする、東南アジア系の煙草だった。

 

「本能的にはわかってたと思うんですよ。俺が裏切ったの」

「わからん。何、なに」

「だからね、あの人は俺のことを兵隊だって思ってたんですよ。俺が絶対裏切らない、あの人にビクビクしているだけのザコ」


 実際、修也の扱いはそれに近かった。

 店長は修也が逆らうことなど夢にも思っていなくて、逆らったとしても殴れば言うことを聞くだろう、程度の感覚しか持っていなかった。


「そんなザコに負けて、人間不信になっちゃったんでしょうねー」

「それであの電話って、マジやべぇじゃん。マジなんかアレだわ、アレ」


 語彙力は何処かに忘れたまま生きてきた真が、面白そうに言う。

 丁度その時、再び明日香の携帯が鳴った。

 

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