冬の風物詩

冬の風物詩 -1-

「だから、第六電波部隊の仕業なんだって!」


 電話越しの声は裏返って聞き取りにくい。

 杉野明日香は「あぁ、そう」と相槌を打った。


「その、何六部隊?」

「第六電波部隊だよ!」

「そのせいで皆と連絡が取れないの?」

「あぁ。俺の兵隊は全員奴らに洗脳されたんだ!」


 明日香は右手に持ったトランプに目を走らせると、二枚をテーブルに捨てて、中央の山から二枚抜き取った。


「明日香は違うよな? あいつらと違って杭を打ち込んであるもんな?」

「そういうのはね、口にしてはいけないの。わかるでしょ」


 諭すように言うと、相手は何やら呻いたが、言葉にはならなかった。

 山から抜き取った二枚に舌打ちして、次の順番を待つ。明日香の左隣に座った髪の長い後輩は、大胆にも五枚全てのカードを捨てた。

 

 仕事中のポーカーほど燃えるものはない。いつ客が来るか分からないスリル。接客中に行われるイカサマ。

 あとは純粋に仕事をサボっているという事実。


「洗脳されたって言うけど、どうしてそう思うの?」


 電話の向こうの相手に問えば、こちらの言葉が終わるか否かのタイミングで話し出す。


「だって伊藤に電話しても全然出ねぇんだよ。おかしいだろ? あいつは俺の命令に絶対服従だったのに!」


 明日香の向かいに座った、同い年の麻木真が一枚カードを捨てる。

 脱色したばかりの髪が、室内の暖房の風で揺れていた。

 フロントの中のエアコンは夏から調子が悪く、風量の割に効果が少ない。


「メールなら届くんじゃないの?」

「メールはダメだ。部隊が不法な手段で。俺が送りたい言葉じゃないものを送られる」


 早口で、何かに急き立てられるかのように、電話の相手はまくし立てた。

 何を言っているのか半分以上は理解出来なかったし、理解できそうな残りをまともに聞くつもりは明日香にはない。

 右隣に座った別の後輩が小さい声で「パス」と言った時に、電話の向こうから絶叫が響く。


「今の聞こえたか? なぁ、またあいつらが来たんじゃないか? 明日香も洗脳されるかもしれない!」

「大丈夫だって」

「ダメだ、一度痕跡を消すから! そうじゃないと俺は」


 通話が切れると、明日香はテーブルに置いたままだった携帯を取り上げて、スピーカーをオフにした。


「先輩、勘弁してくださいよぉ」


 左隣にいた、宮川優奈ミヤカワ ユウナが苦笑しながら言った。


「笑いこらえるの必死なんですけどぉ」

「あれで笑えるのって、おかしいよ。俺、ちょっと怖かった」


 右隣の男がそう言ったが、明日香はその足を軽く蹴り飛ばした。


「お前があのバカを構ってやらないから、こっちに連絡来るんでしょ」

「すみません……。でも杉野さんだって、着信拒否しないからいけないんですよ」

「してたの。機種変更したら着信拒否が解除されちゃったんだって。っていうか何、第六電波部隊って」

「俺に聞かれても」


 伊藤修也イトウ シュウヤは肩をすくめるような仕草をした。


「あの人のことだから、どっかの漫画からインスピレーション受けたんじゃないですか?」

「まぁ普段から、漫画のキャラに勝とうとしてたしね」

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