春の風物詩 -4-
真が出て行ってから数分後に明日香が戻ってきた。
「麻木は?」
「次のバイト」
「大変だね、あいつも」
「あの子、ちゃんと帰った?」
明日香は買って来たばかりの缶珈琲のプルトップを空けながら「さぁ」と言った。
「改札通るのだけ見て帰ったからね。その後何処に行こうと知ったことじゃないし」
「確かに」
「でもさぁ、駅に行くまでの間、ずーっと「友達は〜」とか「クラスで〜」とか煩いの。なんか個人情報をいかに多く書くかが、友達を増やす秘訣みたいだよ」
「理解出来ねぇ」
「結局さ、自分たち以外は見ないって思い込んでるんだよ」
明日香は自分の携帯電話を取り出すと、何かの操作を始めた。数分後に「あった」と少し嬉しそうな声をあげる。
「ほら、さっきの子のマイページ」
「うわ、マジでヒットした。……あれ?住所消えてなくない?」
プロフィール画面には、少女の住所らしきものがしっかりと書かれていた。
「電車の中で書き直したんだろうね。人が折角忠告してあげたのに、馬鹿はこれだから」
辛辣な口調で言いながら、明日香はそのページをスクロールしていく。
やがて「私にメッセージはこちら!」といういかにもなメールボックスを発見すると、口元に陰湿な笑みを見せた。
「何する気?」
「危機感持たせてあげようかなーって」
「怒ってる?」
「ぜーんぜん?」
そのメールボックスを開いた明日香は、メッセージを打ち込み始めた。智弘は横からそれを覗き込む。
「何これ、さっきの男の振りしてんの?」
「そうそう。長文だと怪しまれるから、なるべく短文かつ中学生が男だと思うような文章で」
打ち込んでは送り、少し時間を空けては再び打ち込むことを何度か繰り返した後、明日香はメールボックスを閉じる。
そして今度はプロフィール画面の上の方にある「リアル」と書かれたリンクを開いた。
所謂ショートブログというもので、数百文字を制限として文字を打ち込むことが出来る。そこには少女が暇な時に投稿したらしいものがいくつか表示されていた。
五時間ほど前の時刻には「今日はこれから面接を受けに行きます。凄く不安だけど…前に進まなきゃ…」という陳腐な文章を投稿している。
「スカウトのことはガチで信じてたっぽいな」
「可哀想にねぇ。危うく違うほうのデビューするところだったのに」
「何が可哀想だよ、現在進行形で怯えさせてるのスギノンじゃん」
更新された最新のショートブログは「変なメールが来る! 家に行くって言ってる! コワイ!」という内容だった。
「本当に怖いなら書き込まないで、個人情報を消すよね。というわけでもう一度攻撃しまーす」
「楽しいの?」
「えー、私はただ青少年の健全な生活に一役買ってるだけだよ」
なら普通にメールで忠告すればいいのに、と智弘は言いかけて辞める。
明日香も二人に負けず劣らずのクズである。そんな正論が通る相手ではない。
中学生に、一応とはいえ優しく接した直後に悪戯メールを連発して恐怖に貶めて笑っている人間が、「セイショーネンのケンゼン」など考えているわけがなかった。
「あ、住所消した。でもさっきの控えてあるから、住所検索して……あ、このあたりかな?この写真も送ってあげようっと」
「やりすぎてパクられても知らないよ」
「大丈夫、捨てアカ作ってやってるから」
「手ぇ込みすぎ。それで何か得るものあんの?」
明日香はその問いに少し考え込んでから、至って真面目な表情で智弘を見た。
「暇つぶしの道具」
「青少年云々は何処に行ったんだよ」
クズ、と言ってみたが明日香はどこ吹く風だった。
少女のプロフィールが無事に全消去されたのは、それから二時間後のことだった。
END
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