春の風物詩 -2-
十一時頃、一人の男性客が訪れた。フロント業務をしていた智弘は、客に料金形態を説明すると三時間分の料金を受け取った。日が昇ってから初めての客で、普段も大抵この時間から客が入り始める。
男性客が借りたのは事務室のような造りをした部屋だった。スーツを着ているので、営業途中の休憩か仕事用のスペースとして使うのだろうと解釈する。実際、真昼間からこんな場所に来るスーツの会社員は似たようなものだった。
「三階の三十番のお部屋です。ごゆっくりどうぞ」
鍵を渡すと、男はなにやら礼らしきものを述べてエレベータのある方に歩いて行った。その後姿を見ながら、智弘はあることを思い出す。
「やべ、麻木が廊下掃除してるの三階だっけ。まぁ廊下だし問題ないか」
そして五分ほど経って、掃除機を抱えた真が下りて来た。だがその表情はいつもより少々違っていた。
「なぁ、三階に客入れたよな?」
「入れたよ」
「二人連れだった?」
「いや一人だけど」
そう答えると、真は眉間に皺を作って考え込む。
「なんだよ」
「いや、女の子一緒にいてん」
「あー、デリか」
この店はあくまで部屋を提供するだけで、その中で何をしようとある程度は客の自由としている。部屋の料金も二名までは同じ値段だし、このあたりには風俗店が腐るほどある。
実際、あまり客が来ない深夜帯などは風俗店の客引きが電話をかけてきて、部屋が空いているか聞いたりするほどだった。
「仕事中にデリヘルとか、いいよな」
「いや、そういうことじゃなくて。なんかあの子、未成年だと思う」
それを聞いた智弘は相手と同じように眉間に皺を寄せた。
「マジ?」
「だと思う。背がそんな高くなかったし、化粧もしてるのかもしれないけど殆どすっぴんだったし」
「童顔ってことは?」
「それも考えたんだけどな、ここ」
真は自分の首を右手で摩ってみせた。
「手と首が明らかに未成年。皺がない」
いくら若く装っても、年齢の出る場所はいくつかある。二人は男なので女の化粧にはさほど詳しくないが、それでも首と手で年齢を絞れる程度には女性と交流があった。
「どーする?」
「未成年だったら入室拒否だろ。万一のことがあったら、この店パクられるし」
部屋の中で何をしても良いというのは、大前提として犯罪を犯さなければというものがある。ましてそれが未成年を個室に連れ込んで、所謂「そういうこと」をしたとなれば、罰されるのは本人だけでは済まない。
「身分証見せてもらうか?」
智弘が言うと、真は「そうだな」と頷いた。
「俺、ちょっと行ってくる」
「提示拒否したら退室で」
「りょーかい」
掃除機を置いて真がフロントを出て行った。智弘は監視カメラの映像が写っているモニタに目を向ける。
暫くするとそこに真の姿が映り、三十番の部屋の前に立った。ノックをして少し間を空けてから、男性客がドアを開ける。真が何かを言った次の瞬間、男はドアを閉めた。
「ん?」
そのまま画面を見ていると、再び男がドアを勢いよく開けた。外開きなので、真がその勢いに負けて後退する。その隙をついて男が逃げ出そうとした。
上の階からその音が響き渡る。画面の中では真が男のスーツを掴んで足止めした。男はそれを振り払うためか、身体を捩じって真の方に向き直る。その勢いのまま、右腕を振りかぶった。
殴ろうとしたのか、怯ませるためかはわからない。兎に角、智弘にわかったのは真がそれより早く男を蹴り飛ばしたということだけだった。
「よくやるなぁ」
そんな感想に合わせるかのように、上階から真の怒鳴り声が聞こえた。平素温厚な男でも、やはり殴られそうになれば切れるのかもしれない。
画面の中の男は蹴られて無様に吹き飛んだが、そのまま這いつくばるようにして画面から消えた。
外階段を勢いよく駆け下ってくる音が聞こえたが、面倒ごとが嫌いな智弘はそれを放置する。捕まえたところで本社の人間達が舌打ちする程度だろうし、こんな安い店にくる男から「和解金」を取れるとも思えなかった。
逃げていく男に「またどうぞー」などと心にもないことを言い、再びモニタ画面に目を向ける。丁度真が、泣いているらしい女の子を連れて出てくるところだった。
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