6 自販機の詩

ボトルのなかに、オレンジ色の揺らぎがあると嬉しい。

いつか、下一列のボタンしか手の届かない少年を連れたお母さんが、奇跡をくれた。

オレンジジュース、と。

僕はそれに名前があることを知った。

その少年が少し大きくなって、一人でオレンジジュースを買えるようになったとき、初めて女の子を好きになったと知った。

次にオレンジジュースを飲む少年は落ち込んでいて、あとになってから、この子の人生に訪れた最初の大波が「ハツコイ」と「シツレン」だということを知った。


風が吹いている。

色のない、なんてことない、ただの風。


いつのまにか、少年はオレンジジュースの似合う笑顔を取り戻した。

友達と激しく喧嘩したことを知った。

親友ができたことを知った。

仲間外れにされて、しばらくの間、わけも分からないまま独りぼっちになったことを知った。

頑張って頑張って、夢にまで見た志望校に合格したことを知った。

長く入院していた母親が死んでしまったことを知った。

いつまでもオレンジジュースが好きな少年は、もう少年ではなくなった。


一人の人間が、生きながら、それは目まぐるしく、泣いたり、笑ったりすることを知った。

知っただけだ。

それ以上は何も無い。

今日も僕の中には、モーターの音が響いている

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12月17日 榎木イマ @fumifumi050288

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