第120話 家族もいろいろ-家族の罪悪感

『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし』


 これは徳川家康の遺訓です。


 すべての人が、それぞれの人生の課題(重荷)を背負って生きています。


 病院ではたくさんの患者さん、その家族と出会います。


 私は患者さんの課題をともに背負って、その人生を完結させて上げられたらと念じながら、病院の日々を過ごします。


 ある日、85歳の認知症の女性患者Tさんが入院しました。


 認知症は中等度で、不安神経症に近い病状でした。


 病院のルールで、入院して2週間が経つと、患者さんの入院生活の様子をキーパーソンに話します。


 キーパーソンは50歳の娘さんでした。


 病状説明はナースセンターの一角にある診察用デスクの前で行います。


 キーパーソンの娘さんが入ってきました。


 入院時もそうでしたがやや暗い表情です。


 入院時検査の結果や入院後の生活の様子を一通り説明しました。


「何かご質問はありませんか」


 そう私が言うと、娘さんはおもむろに語り始めました。


「本来は私が自分で看るべきなのに、病院に入れてしまって……。何か罪悪感のようなものを感じます……」


 身の上話をいかにも申し訳なさそうに話されます。


 娘さんは患者Tさんの養女でした。


 小さい頃に両親と死別し、患者さんの養女として育てられたのです。


 患者さんが80歳になるまでは、娘さんはいっしょに暮らして面倒をみていました。


 ところが認知症がだんだんひどくなり、働いている自分では世話することができなくなって、この病院に入院させることになったのです。


 それで罪悪感を感じていたのです。それは当の本人でなくては分からない、複雑な心境なのです。


 一通り話され娘さんが目を落としたその時、ふと私がホールに目をやると、彼女の肩越しに、ちょうどTさん(お母さん)がテーブルの仲間たち数人と笑いながら話しているのが見えました。


 私はそれを指差して、


「あそこを見てください!」


 娘さんは後ろを振りむき、しばらくホールのお母さんを見つめていました。


 私はそこで言いました。


「あんなに楽しそうに笑顔で話しているのですよ。よくご覧になってください。あなたは素晴らしい贈り物をお母さんに上げたのですよ」


 娘さんはだまって聞いていました。


「罪悪感など少しも持つ必要はないと思います。逆にこんなにいいことをしてあげたと自分を褒めてあげてください」


 その言葉を言い終わる頃に、娘さんの顔つきが少し変わるのが分かりました。


 暗い表情が少し和らぎ、穏やかな顔になったのです。


「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」


 そう言われて帰って行かれました。


 それからまた2週間ほどして、お母さんに面会に来られた際、 ぜひ私に話がしたいと娘さんはナースセンターにやって来られました。


 その時の表情は満面の笑顔でした。憑き物が取れた、とでも言えるような軽やかな表情だったのです。


「あの時、お話を聞いて心が晴れました」


 本当に嬉しそうに話されます。


「お母さんのケアは私たちに任せて、ご自分の納得できる人生を歩んでください」


 何度も何度もお辞儀して帰って行かれる姿が、目に焼きついています。


 それから娘さんは、働いてお母さんの生活費を稼ぎながら、度々面会に来られていました。


 3年後、娘さんに看取られてTさんは亡くなられました。


 もう一人、罪悪感にさいなまれたキーパーソンがいました。


 50歳の男性です。


 74歳の母親Sさんが重度の認知症になって当院に入院しました。


 キーパーソンはその次男さんで、Sさんの入院後は、週に1回くらい面会に来ていました。


 彼自身も慢性腎疾患の持病を持っており、一般病院に通っています。


 ある時、Sさんが血性の嘔吐をしたので、禁食にして点滴の治療をしました。キーパーソンにその病状説明のために来てもらいました。


 病状説明を終えた後に彼は言いました。


「母親が認知症になり始めた頃、自分は仕事で家を離れていて見てやることができませんでした。


それで母親の病気の発見が遅れて、こんなになってしまったのです。


その自分が許せなくて……」


 うつ向いて申し訳なさそうに話されます。


 私は持論をとうとうと語りました。


「この病気は早期発見が難しい病気で、こうなったのはあなたのせいではありません。


そんなに自分を責めることはないですよ。自分も病気を背負っている状況で、こうして毎週面会に来てお母さんを世話してあげているのですよ。


責めるどころか自分を褒めてあげなさい。


いくら過去のことを悔やんでも過去を変えることはできません。いつまでもその過去の出来事に執着するのはやめましょう。それよりも過去の出来事から得た教訓を大切にして、出来事そのものは手放しなさい。今日から新しい一歩むを踏み出すのです」(⇒豆知識)


 話している最中に、


「うわあ、こんな素晴らしい言葉、聞いたことがありません」


 そう叫んだのは、同席した師長さんでした。いたく感動してくれたようです。わが病棟師長さんは感激家(かんげきか)でユニークな人です。(←(^ω^) 余談です)


 キーパーソンは静かにうなずいて聞いていました。


 それから1カ月ほどして、年1回病院で催される秋祭りに彼は参加してくれました。


 明るい表情で言いました。


「あの時の話、ありがとうございました。今は前向きに考えるよう努力しています」


 すべての人はそれぞれの人生の課題を背負ってそれぞれの道を歩んでいます。徳川家康の遺訓のとおりです。


 私たち医療者は、その課題を完結させて上げるべく、患者さんやその家族に対峙していると思います。


 私はキリスト者として魂の存在を信じています。回診をしながらそれぞれの患者さんの魂に呼びかけます。


「あなたはどうありたいのですか」


☆豆知識


 手放す方法については、『心のブロック解除』が役に立ちます。


 心のブロック解除とは、自分自身の成長を妨害している不安・心配・恐怖などの心的なブロックを除去することをいいます。


 こうありたいと思う自分に、そうでない今の自分を変えていく方法で、

心理学の「自律訓練法」の簡便な方法です。


 最も簡単やり方は、イメージで、部屋の天井に付いている電球を交換する方法です。


 変えたいと思う自分をイメージして今付いている電球を外し、それをゴミ箱に捨てます。そしてこうありたいと思う自分をイメージして新しい電球をポケットから取り出し天井に付け替えます。


 これだけです。変えたい自分に気付くたびに、すぐこれを行います。 1分くらいでできます。


〈つづく〉



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