第121話 患者もいろいろ-腎不全が治(おさ)まった
「腎不全が治(おさ)まった」などと妙な表現にしたのは、急性ならいざ知らず、慢性の腎不全が治(なお)ることは、医学常識では普通無いからです。
ところがです。それが治(おさ)まったのです。医者生活50年で初めての経験なのです。
腎臓の病気というのは、前にも書きましたように、徐々に進行して、ついには腎不全に陥り、人工透析をしなければ死にいたります。
X年11月(←(^ω^)個人情報保護のためにこう書くのです)、中等度の認知症のある76歳男性が入院しました。彼は慢性腎障害を患っていました。
しばらく大学病院の腎臓内科にかかっていて、近い将来、人工透析が必要になるだろうと言われていました。
しかし中等度の認知症があるために、人工透析は無理で、薬による保存的治療でいくことになったのです。
認知症がしっかりありますので在宅ではケアできず、施設に入りました。
施設ではなかなか腎障害のコントロールはうまくいきません。腎障害の治療は急性期病院でも難しいもので、施設でうまくいかないのも、さもありなん、なのです。急性心不全を起こしてしまい、また急性期病院に入院しました。
薬物治療で心不全は軽快しました。
しかし施設に戻れば、また心不全、腎不全が再発しかねないので、当院への入院となったのです。
入院時、治療のために飲んでいた利尿剤は、ラシックス 120mg、スピロノラクトン 200mgでした。
普通の心不全や腎障害の患者さんに処方される利尿剤の量は、ラシックス 40mg、スピロノラクトン 50mgくらいが相場です。
その3倍量が処方されていたのですから、心不全の重篤さが推察できます。
前医の紹介状には、この利尿剤で病状はまあまあコントロールがついていると書いてありましたので、私は当院入院後も薬に手を付けず、そのまま同じ処方で様子を見ていました。
多量の利尿剤を使っていますから、当然のこと、尿量は1日2000から3000cc 出ていました。(←(^ω^)ちなみに健康成人の平均的な1日尿量は1500cc くらいです。)
医学常識なら、尿量に見合う水分を取らなければならないのですが、まあまあコントロールが付いているという紹介状の言葉に、私はすっかり油断していました。(←(^ω^)油断大敵だ!)
お茶やジュースなどの経口投与する水分1500cc に、食事中に含まれる1200cc くらいの水分、つまり合計2700cc ほどで様子を見ていたのです。
単純計算すると1日数百ccの水分不足になります。ちなみに大ざっぱな水分出納(すいとう)は、必要な水分量cc = 尿量 + 500 cc です。
2週間ほどした時に急変しました。
患者の様子がおかしいとナースが言ってきました。意識が朦朧(もうろう)としているというのです。
認知症があって向精神薬も飲んでいるのでそのためだろうと、たかをくくっていたら、血液検査をしてびっくり仰天。
腎障害のひどさの指標となる尿素窒素(BUN)、クレアチニン(Cr)が極めて高くなっていたのです。
BUN、クレアチニンは入院時は37.5、2.62でしたが、120、3.82にもなっていたのです。電解質は、ナトリウム(Na) 124、クロール(Cl) 88、カリウム(K) 6.7です。カリウムは7mEq/lを越えると心筋に悪影響が出るといわれています。(図)
相当やばい状態です。放っておけば心臓が止まります。
意識朦朧(いしきもうろう)は高尿素窒素血症で起きていたのです。(⇒豆知識①)
急いで水分、電解質を補正することにしました。
経口摂取はなんとかできていたのですが、経口水分を急に増やして下手に誤嚥でもしたら、肺炎で命取りです。しかも飲めたり飲めなかったりでは水分摂取量が安定しません。
そこで水分、電解質の補正は、点滴ポタコールR 4本(中の水分量2000cc、電解質:Na 260mEq、Cl 218mEq、K 8mEq)に、電解質をその都度加減して補正することにしました。
利尿剤は、長い間大学病院の大先生が処方しているもので、いじるのは、はばかられます。そのままの量で続け、摂取する水分と電解質の量を調整したのです。
毎日、経口摂取する水分量と排泄する尿量をチェックしてインアウトバランスを図り(⇒豆知識②)、数日ごとに血液検査をして、BUN、クレアチニン、電解質の変化を追っていきました。
するとどうでしょう。
35日目に、BUN、クレアチニン、電解質全てが正常になりました。
そこで水分投与を点滴から経口に徐々に切り替えていったのです。
食事(米飯)中には、1日1200cc ほどの水分が入っているとみなし、オヤツのお茶やジュースなどの水分を少しずつ増やしていきました。
すると分かったのです。
食事とオヤツの水分量を4000cc ほどにすると、インアウトバランスが取れ、BUN、クレアチニン、電解質が落ち着くことが分かりました。
尿は毎日3000cc くらい出ています。こんなに出てもいいかしらと、おっかなびっくりでしたが、全身状態は安定していたのでそのまま続けたのです。
次に利尿剤を少しずつ減らしていきました。
前にも書きましたように、前の病院では、心不全が合併していたために、利尿剤は、ラシックス 120mg、スピロノラクトン 200mg投与されていました。普通に使う3倍量が使われていたのです。
下手に利尿剤を減らせば、水分オーバーになって、全身浮腫や心不全が再発してしまいます。
インアウトバランスを慎重に見ながら、2週毎に、ラシックス 20mg、スピロノラクトン 25 mgを減らすという具合に、徐々に減量していきました。
すると驚くことに、2カ月ほどして、利尿剤は全く必要なくなりました。
全く、です。
つまり、摂取する水分量を4000ccにすると、尿量は3000cc前後出て、ちょうどバランスが取れ、BUN、クレアチニン、電解質も正常になるのです。
ここでふと考えました。
「利尿剤を全て切ってもなぜこんなに尿が出るんだろう……」
「飲む水分が多いせいなのか……」
色々調べているうちに、尿崩症しかも腎性の尿崩症じゃないかと思い至ったのです。(⇒豆知識③)
いつの時点で尿崩症になったのかは分かりません。大学病院時代からそうなのか……。心不全を起こして利尿剤を大量に使ったからなのか……。
分かりません。
でも患者さんの体調は良いのでこれ以上探るのはやめました。
その時出していた指示は、下の指示表1の通りです。
─────────
☆指示表 1(35日目頃)
①投与水分:食事 全粥 (中に水分1700cc/日)
おやつ 2300cc/日 計4000cc
②期待尿量:3500cc/日 くらい
③利尿剤:前日尿量3500cc 未満 かつ 当日夕方尿量 2500cc 未満の時:ラシックス(20mg) 1錠 夕方内服
─────────
それから約1年半後現在でも、うまく腎臓のコントロールは付いていますが、元々ある認知症が次第に進行して、自分で食事をとることがままならなくなりました。介助で食事や水分をとるような状態になっています。
全粥食と水分2000cc 余りを介助で与えるのは、患者さんも介助者も大変です。
そこで新しい指示に変えました。(指示表2)
つまり、前日の尿量から当日飲ませる水分量を毎日算出して、与えたのです。すると1000~1500cc/日 の水分投与で済むようになったのです。
─────────
☆指示表 2(X+2年5月頃)
①当日飲ませる水分量cc/日 = 前日の尿量 ー 1200 cc/日
ただし1日最低1000cc は飲ませること
②前日尿量1500cc 未満の時、ラシックス(20mg)1錠を当日朝投与する
─────────
この1カ月後の検査でも、BUN 17.2、クレアチニン 0.79、電解質 Na 138 Cl 100 K 4.4 とうまくいっています。
こんなこともあるもんなんですね。大学病院の元主治医の先生に報告したら、大いに不思議がっておられました。
めでたしめでたし。
*豆知識
①高尿素窒素血症(こうにょうそちっそけっしょう)とは血中に高濃度に尿素窒素が含まれている病態のことをいいます。
高尿素窒素血症は腎障害による排泄異常だけでなく、蛋白過剰摂取、脱水や異化亢進を背景にした腎外性要因でも生じます。
症状には、疲労、意識障害、錯乱、蒼白色の皮膚、速脈、口の乾燥、口の渇き、むくみといったようなものがあります。
出典:日経メディカル
②インアウト(IN/OUT)バランス 体内水分のIN/OUTバランスとは、水の摂取量と排泄量のバランスのことをいいます。それらが同じ(ゼロバランス)であることでバランスは保たれます。
つまり、そのバランスを保つために必要となる最小水分量は、その1日の排泄量を下回らない量ということになります。
ただし、体内には細胞がエネルギー代謝などを行う際に生じる代謝水(体重当たり5mL)があるので、その分を差し引かなければなりません。したがって、1日の必要水分量は、尿量 + 便 + 不感蒸泄 - 代謝水 によって求めることができます。(注釈:mL=cc)
一般に身体機能に異常がない人の場合、1日の排泄量は、尿量1500mL、便200mL、不感蒸泄900mLといわれています。これを代謝水350mLとして上記の式に当てはめると、1500+200+900-350=2250 です。
よって1日に必要な最小水分量はおよそ2250mLということになります。
出典:ナース専科
③尿崩症(にょうほうしょう、Diabetes insipidus; DI)とは、バソプレッシンというホルモンの合成または作用の障害により水保持機構が正常に働かず、多尿となる疾患のことをいいます。
正常腎はバソプレッシンの作用によって水の再吸収が促進されています。尿崩症はバソプレッシンの合成または作用が低下し、水の再吸収が低下することで多尿となる疾患です。
中枢性尿崩症と腎性尿崩症があります。
中枢性尿崩症:バソプレッシンを分泌する下垂体およびその上位中枢が障害を受け、バソプレッシンの分泌が低下するために起こるもの。
腎性尿崩症:バソプレッシンの作用する腎臓が傷害を受け、バソプレッシンは正常に分泌されるもののその作用が低下するために起こるもの。
出典:Wikipedia
〈つづく〉
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