第119話 置かれた手土産(てみやげ)

 患者からの「謝礼」は、医療現場では頭痛の種です。


 謝礼を当たり前のように受け取るのも、医療界独特の風習です。風習ですからなんら決まりはありません。なのに面白いことに、その相場があるようです。


 徳洲会病院では患者からの謝礼には大変きびしく、みかん1つでも貰ったらクビになるという逸話があります。


 私も謝礼には悩みました。


 命を助けられた患者さんがお礼にと持ってきてくれたものを、受け取れませんと門前払いするのは、なかなか勇気のいるものです。

 時には病棟のナースセンターで、謝礼をめぐって患者と押し問答になることもあります。


「受け取れません」


「そんなこと言わずにもらってください」


 見られた光景ではありません。


 私は考えぬいて、いただきものは個人の懐には入れず、スタッフ全員で分けるか、ホスピス基金を作ってそこに寄付するようにしていたのです。


 そんな医療界の謝礼事情を前振りにして、本題に入ります。


「先生、Aさんの家族の人が、ムンテラ(病状説明)を希望しています」


 ナースからの電話です。


 診察室に行くと、患者の親戚とみえる1人の女性が、椅子に座って待っていました。


 「え~、Aさんは、胃の病気のために胃切除術を受け……」


 術後の経過説明を私は始めました。


 話しが佳境に入る頃、女性は手に持っていた手さげ袋を、真ん前のテーブルの上に無言で起きました。


(あ~、手土産だな)


 そう思うのは私たち医者の習性で、


「そんな、お心遣いは無用に……」


 もう少しでいいそうになりました。


(待てよ。もしそうでなかったらとんだ赤恥だぞ)


 喉まで出かかっていた言葉を押し殺しました。

 

 そんなのが目の前に置かれていては、目ざわりでしかたありません。ちらちら見やりながら、話しを続けました。


 話しが終ると女性は、前に置いた手さげ袋に手をやりました。


「どうぞ、つまらないものですが……」


 いよいよ来るぞと身構えておりましたら、その方、お礼をいうと、一礼してそのまま持って行ってしまったのです。


「なに~、あの人~」


 どうも、患者さんへのお見舞い品のようです。


「そういう場合は椅子の横に置くなりして、まぎらわしいことはやめてよ~」


 「どうも」などといって手を出してたら、大恥をかくところでした。後ろ姿を見ながら、大恥の代わりに、冷や汗をかきました。


 そうかと思うと、ムンテラの時に、大きなテープレコーダーを持ってきて、前のテーブルにデンと置いた男性がいました。


 奥さんの病状説明をしたのですが、そんなものを目の前に置かれては、こちらも緊張してしまいますよね。


 録音されるかと思うと、話す言葉を選ばなければならないからです。


 いつ録音スイッチを入れるのかと、チラチラ見やりながらしゃべっていましたが、いっこうに入れる気配はありません。


 結局その人は、単に自分の趣味なのか、はたまた患者に聞かせるためなのか、それを持ち歩いていただけのようでした。


 これまた迷惑な話だこと、ですよね。ああ疲れた。



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