第66話 患者もいろいろ-娘は詐病か

 それは私がまだ若い頃でした。大学からアルバイトの病院に行っていた時、その病院に20代と見える娘さんが入院していました。急に高熱が出るというのです。


 まだCTやエコーなどの検査機器のない時代で、画像診断はせいぜいレントゲンか内視鏡検査によるという時代でした。


 造影剤を静注して腎盂や尿管を造影するDIP(点滴注入腎盂造影法)検査をしても、異常は見られません。


 やれることはすべてやっても発熱の原因は不明で、お手上げといったところでした。


 そこへ私がアルバイトに行ったのです。


 初めて診るということは、何ごとも先入観なしの新鮮な目で診ることができるものです。


 何より不思議に思えたのは、患者はうら若い娘なのに、なぜか医師たちの診察が熱心ではないのです。


 39度の熱に苦しんでいるのに、


「分からないなあ。何も異常はないよ。不明熱だ」


 そういうばかりで、それ以上追究しようとしないのです。


 不明熱とは簡単にいって、よく分からない熱ということです。こういえば全ての熱病が含まれてしまいますから、医者にとっては便利な病名です。


「詐病じゃないの?」


「そうかもね」


 ナースセンターでは、こんな会話も飛びかっていました。


 詐病とは、自作自演の病気をいいます。自分で故意に熱を上げているというわけです。これは実際にあることで、お湯の中に体温計を浸したり、手を強くこすって摩擦熱で上げたりするのです。


 こんなことをする人は、病院に入院していたいという何らかの理由がある人です。病気が治っても家に帰るあてがないとか、誰かに追われていて社会から隠れていなければならないとかの人がやることなのです。


 娘さんは、詐病を必要とするようないわく付きの人ではありませんでした。


 「詐病じゃないか」といっているわりには、体温を計るときに付き添って観察するスタッフは誰ひとりいません。


 私は初心にかえって、それが詐病なのかどうかから見直しました。


 高熱が出た時に、その娘さんのベッドサイドに行きました。体温計を渡すと脇の下に入れるのを見届けて、話し続けてその場から離れなかったのです。


 体温計は39度の熱を示していました。


 たったこれだけのことで、患者さんは詐病などという不名誉なレッテルを貼られずにすむのです。


 それから熱の原因を最初からまた探り始めました。


 といっても新しい検査法があるわけでもなく、大きな異常は見つかりません。


 何らかの感染症と考えて抗生物質を使いましたが、いっときは下がっても、しばらくすると思い出したように高熱は出ていました。


 それから2カ月ほどしたときです。腹痛発作を起こした彼女の尿の中に、ナースが小さな結石を見つけたのです。


「石だ!尿管結石だ」


 石が排出されてからぴたりと熱は治まりました。


 尿管に結石があって、時々、その石が尿の流れを邪魔してうっ滞をきたし、腎盂炎を起こしていたのです。高熱はそれによるものだったのです。


 喜んで退院していくその娘さんの笑顔が、今でも忘れられません。


 長期入院だったので、その病院の男性事務員さんと、後に結婚されました。(←(^ω^)ムム、いつの間に。でも、おめでとう)


「押してダメなら引いてみろ」


 このことわざは、医療の現場でも通じるものです。3度やってうまくいかない場合は、他の人に変わってもらうのが良いでしょう。


 例えば血管注射をする時、何度やってもダメな場合、「手を変える」つまり他の人がやると、1回で入ることがよくあります。


 新しい目で見て、新しい手でやってみると、すんなり物事が運ぶことがよくあるのです。

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