第11話 医者の仕事は肉体労働 - 死者への接吻

 こんなタイトルをつけますと、スリラーものか、はたまたメロドラマを連想しますが、これまた話はまさしく医者の話し。


 ある夜、当直をしていますと、60歳ぐらいのおばさんが、救急車で運びこまれて来ました。顔をのぞきこむと、すでに息はなく瞳孔散大、まさに死に顔のてい。


「手遅れです」


 死亡を宣告しようとしましたら、付き添って来た娘さんとみえる小奇麗なお嬢さん、


「お母さん、死んじゃだめよ。先生助けて!」


 白衣にすがって叫ぶのです。


 娘さんが小奇麗だったからかどうかは別にして(←(^ω^)きっとそうだよ)、こうせがまれてはいやとは申せません。救急セットを準備する間もおしんで、やにわに患者さんの鼻をつまみ、あごをグイッと引き寄せると、マウスツーマウス人工呼吸を始めたのです。


 マウスツーマウスなどと書けば、なんの変哲もないのですが、実はこれが死者(正確には死亡宣告をしていませんので、心肺停止者)への接吻。私の口を患者さんの口に押しあて、息を吹き込む人工呼吸なのです。


 同時にもう1人の医者が心臓マッサージをします。


 グイッグイッと心臓を強く押すたびに、なにやらゲッゲッと液状物が患者さんの口からとび出してくるのです。それを口移しよろしく、飲み込みながらの人工呼吸。


 10分間ほど続けました。


 残念ながらその効なく蘇生はできませんでしたが、すんでのところで私もゲーッと吐いてしまうところでした。(←(^ω^) やってる最中は真剣勝負で気付きませんでした)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る