第29話 伝説の武器との生活の始まり


「姉ちゃん――いやアンちゃん、すっげえなあ! 上級天魔を一撃でぶっ潰す人間初めて見たぜ!」


 セインベルグの酒場で俺は、ドワーフの親父からそんなお褒めの言葉を聞いていた。

 そして共にテーブルに付き、親父から酒を注がれていた。


「ささ、飲んでくれ! 今日はワシらセインベルグの運営ギルドの奢りだ。街を救った人間に恩返し出来なきゃ、仁義に反するってもんだからな。がはは!」


 ドワーフの親父は相変わらず豪快に笑う。ただ、


「さっき下級天魔と殴り合いをしていたのに、元気だなあおっさんは」


 体のいくか所に包帯が巻かれているが、そんな事を気にしたそぶりも見せない。


「そりゃ、元気になるさ。なにせ、天魔の襲撃があって、街での死人がゼロだったんだから。負傷者はいても、誰も死ななかった。これほどうれしい事はねえさ。向こうの方で自警団も酒を飲んでるけど、誰ひとりかけてねえんだからな」


 ドワーフの親父は自警団の連中が座るテーブルに視線を送る。


 そこでも負傷者は何人かいるものの、気にせずどんちゃん騒ぎをしていた。よっぽど嬉しいらしい。中には落ち込んでいるものもいて、

 

「そんな……。まさか、あの見目麗しい俺達の戦乙女(ヴァルキリー)が……男だったなんて……」

「いや、うん、まあ俺は男でも良い気がしてきたぞ。見る分には一緒だしな!」


 なんて言葉を吐いていた。

 とりあえず、そこには近づかないようにしておくことにしよう。

 そんな事を思いながら、俺はドワーフの方に視線を戻す。


「ま、死人が出なかったのは運が良かったからっぽいけどな。あの上級天魔、レベル一〇〇以上あったし」


 それに何より、俺が鍛え上げた武器を使っていた。

 俺はそこまで非力な武器を鍛えた記憶はないし、ゲーム時代の換算で言うならば、あの上級天魔はレベル一五〇相当の力はあっただろう。


 それこそ天魔王と同じくらいだ。

 レベル三十にも満たない自警団が生き残れたのは、運が良かったとしか言えない。そう思ったのだが、ドワーフの親父の判断は違うらしい。


「運を引き寄せたのは、アンちゃんの武器があったからだって医療班は言っていたぜ? 体力増強効果が無ければ死んでたやつらもいたし。下級天魔の排除が遅れれば死んでいたかもしれない。――だから今回の件は全部、アンちゃんと、アンちゃんが連れて来てくれた嬢ちゃんたちのお陰だ」


 オヤジは俺が座っている席の両横――酒に酔って眠ってしまったレインと、普通に疲れて眠ってしまったケイを見た。


「礼を言うぜ。ありがとうよ」


 ドワーフの親父は酒瓶を一旦テーブルに置いて俺に会釈する。本当に礼儀正しいというか、いい人だな、と改めて思っていると、


「それで、アンちゃん、トラベルゲートを使って、伝説の武器がある場所に行きたいんだった

よな?」


 ドワーフの親父が、今までにないくらいひっそりとした声で聞いてきた。


「ああ、ちょっとした野暮用でな。ただ、行くためにはおっさんの認証がいるって言われてさ」

「おう、そうだな。俺の認証がいるが――まあ、ここまでやってもらったんだ。認めなきゃそれこそ恩を仇で返すことになっちまう。いいぜ、じゃんじゃん使ってくれよ。ブリジッドにも連絡を通しておくさ」

「おう、有り難うよ。おっさん」

「はは、気にすんな。アンちゃんなら信用できる。街を救った上に、こんなに良い武器を見せてくれたんだからな! ――そうだ、今度ワシの工房に来て、鍛冶について話をさせてくれ。アンちゃんと話していると楽しそうだからな」

「了解だ。時間が出来たらよらせてもらうよ」

「頼んだぜ、アンちゃん。それじゃあ、俺は早速ブリジッドの所に行ってくるわ」


 そう言って、ドワーフの親父は俺のテーブルから離れて行った。


 親父の早口から解放されて俺は一息つく。


 両横にいる娘たちが起きない限り俺はここから動けないが、考え事をしたかったしちょうどいい。

 天井を見ながら、俺は物思いにふける。


「俺の武器が、神からの武器、ね……」


 目の前のテーブルには一個の革袋が乗っている。

 中に入っているのは、天魔の無茶な使用で砕け散った武器の残骸だ。


 この状態でも、ステータス看破をすれば、名称はしっかり分かった。


【神速の居合刀lv180 状態:破砕 作成者:ラグナ・スミス】


 しっかりと、ゲーム時代のように、作成者まで乗っかっているステータスを見せてくれた。

 これは確実に、俺が育て上げた武器であることの証明だ。


 ……つまり、俺が鍛えた武器が、この世界にある事は確定。そして天魔の主とやらが、俺の武器を神の武器として渡しているってことも、確定した。


 つまり、天魔の主とやらは、俺の武器をどこかから手に入れた、ということになる。しかも、マーシャルに渡したものだ。


 一体どこから入手したのか。

 そもそも俺の武器であるという事を認識しているのか。

 まだまだ謎が多い。だが


 ……この世界では、俺が鍛えたり育てた武器が、未実装実装問わず、伝説の武器として扱われているのは事実、か。


 奇妙な話だ。


 俺がこの世界に流れ着いたことも、リアルの記憶を失っている事も奇妙だが、自分のプレイした結晶がこの世界で伝説となっている事が一番奇妙だった。


 ……ただ、その奇妙さを追っていけば、俺がこの世界に来た理由や、ワケを知ることが出来るのかな。

  

 今の所、その付近の記憶がごっそり抜けている。

 未実装武器を活躍させてやりたいと願ったのが最後の、デバッグ中の記憶だ。

 その思いがあるからこそ、この世界に来れたのは良かったと思うことがある。


 ……ああ、それに、この子たちがいてくれたから、こんな風に楽しそうに騒ぐ街の連中を守れたんだよな。


 俺は俺の両膝を枕に眠る二人の少女の頭をなでる。


「んみゅ……ラグナしゃん……」

「ますたー……」


 二人とも良い夢を見ているのか、可愛らしい顔をしている。

 それが見れたのは、この世界に来て良かった事の一つだと改めて思うのだった。


●●●●●●●●


 酒場でのひと騒ぎが大分落ち着いて、皆が酔っぱらってダウンし始めた段階で、

 

「……ふわあ」


 俺の片足を占領していたレインが目を覚ました。


「お、起きたか、レイン」

「え……? あ、す、すみません、ラグナさん! 枕にしちゃってました……」

「いや、いいさ。疲れていたんだろうしな」


 ともあれ、片方が起きてくれたのならば、もう動けるだろう。


「レイン。ブリジッドが酒場の二階を宿屋として用意してくれたそうだから、そっちに行ってもいいんだぞ?」

「あ、いえ、もう私は大丈夫です。ラグナさんはどうですか?」

「俺も今はあんまり眠くないな」


 考え事をしているせいか、目がさえてしまっている。


「では、もうしばらくここでおしゃべりして、上の部屋に行きますか」

「ああ、そうだな。変に動いてケイを起こすのもかわいそうだしな」

「すーすー」


 未だにケイは眠り続けている。彼女も彼女で大分消耗していたんだろう。

 なにせ人化して、街に来て即座に大規模戦闘だ。


「本当にお疲れ様だよ、ケイも、レインもな」

「いえ、私はラグナさんの傍にいただけですから。ラグナさんこそ、今日はお疲れさまでした」

「おう。ようやく一日が終わった気がするよ」


 今にして思えば朝から晩まで大騒ぎだった。


 そして騒ぎながら色々な事実を知ってしまって、頭の中を整理するのが大変だ。何も分からないでいるよりは何倍もいいので、良い事ではあるんだけどさ。


「――レインが伝説の武器だって分かって、それから激動だったなあ」

「あはは……そう、ですね。色々ありましたねえ」


 ここ一週間、動きっぱなしだった気がする。

 とはいえ、自分の武器がどういう状況に置かれているのか知るのは大切な事だから、全く苦にはならなかったけれども。などと思っていると、


「ふふ」

「うん? どうした、レイン?」

「いえ、そのなんというか、この体でいるとラグナさんとの思い出がどんどん深まっていく気がして嬉しいなって思ったんです」


 レインはそう言って俺に微笑みかけてくる。


 そういえばこの子は武器で、ずっと人の体に憧れて、俺と触れ合いたかったと言っていたっけな。


「……他の伝説の武器も、レインと同じ状況なのかね」

「それは……わかりませんね。これは私だけの感情ですし。ただ……私たち武器は、ラグナさんに使われる事を待ち望んでいたのは確実ですね。それは武器としての感情でもあり、育成されている時から、ずっと持ちづ受けていた欲望でもありました。」

「欲望かあ。別に使える状況で、使ってほしいっていうんなら、幾らでも使ったんだけどな」


 未実装扱いだったから使えなかっただけだ。そう考えると、


「俺はじらし過ぎたのかもしれないな」

「そうですよ。ラグナさんの焦らしのせいで、辛抱たまらないって子は他にもいましたからね」

「マジかー……」


 それは申し訳ない事をしたな。出来れば改めて触れ合って、話し合いをしておきたい気分だ。


「うん……そうだな。とりあえず今回の件で、伝説の武器の情報が一つ手に入るんだよな」

「ああ、ブリジッドが言っていた、伝説の武器の場所ですね」


 そう、今日明日で、ブリジッドからその情報を貰う事になっている。

 天魔王がドロップ前の状態に戻っていて、レインのような責め苦を受けているのか。はたまたケイのように自由気ままにふるまえる状況なのか。

 それはまだ分からないけれども。それでも、もしも困っている武器が、娘がいるのであれば


「明日からこの街を拠点に、他の伝説の武器を助けに行く為に動きたいところだな」

「ええ、そう、ですね……。探しに行って、助けを求めている子は助けましょう。そして、もちろん、私もお手伝いしますから!」

「はは、心強いよ」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから。私の同期が困っているなら助けてあげたいですから」


 レインは小さく微笑した。この子のこういうお人よしな部分は、全く変わらないようだ。

 

「それにラグナさんと一緒に動けば、沢山の思い出を作れますからね。人の体になって、してみたかった事も沢山ありますから。何が何でも付いていきますよ!」


 前言ちょっと撤回。自分の欲望に素直な所もある子だったな。

 まあ、それでも、思い出作りくらいは、幾らでもしてあげたいと思う。


 ……今の所、俺には彼女たちを育成するためにマラソンした思い出しかないからな。


 だから楽しくて、新しい思い出を作りながら、俺の娘を助けていこう。

 そんな思いを胸に抱いていると、


「ふあ……っと、すみません」


 レインが可愛らしくあくびをした。

 ふらふらと身を揺らしてもいる。眠気が来ているようだ。


「さて、それじゃ寝たいが、二階上がるの面倒だからここでいいか」

「はい。そうですね……」


 と、レインは体をフラフラとさせたまま身を寄せて来た。

 そしてそのままカクンと、意識を落としてしまった。


 中途半端な覚醒だったんだろうな。とても気持ちよさそうに眠っている。


 ……ああ、苦しそうな顔をしないで眠っているってのは、とてもいいな。


 そんな彼女の寝顔を見つつ、俺も目をつむるのだった。

 また明日、自分が育てた娘たちと、どんな思い出を作れるのか楽しみにしながら――。



 育成チート鍛冶師の異世界転移~育てた伝説の武器が嫁になりました~ 第一章 了

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