第8話 大切なものを取り戻すということ


「レインが、伝説の武器……? どうなっている?」


 俺は眉をひそめてレインのステータスウインドウを見ていた。


 彼女の名前がレーヴァテインである事は知っている。そして伝説の武器と同じ名前だなあ、というのも当然気付いていた。


 そして、レーヴァテインには、 《ファイアマスター》というスキルが付いていた。レベル150までの炎系魔法を使えるようになる、という効果のものだが、今回のステータス看破でそれも見えた。


 ……ああ、伝説の武器と通じ合っている部分が多い。


 だが、彼女は確実に人だ。武器では無い。なのにステータス表記の職業で『武器』と言われている。


 ……どうなっている。ステータス看破がバグったか?


 それとも、何か他に要因でもあるのか。分からない。

 だからレイン本人に聞こうと


「なあ、レイン? ちょっと、良いか?」


 寝入ってすぐに起こして申し訳ないと思いつつ、彼女の体をゆすった。だが、

 

「く……う……んく……」

「……起きない、か」


 彼女は嬉しそうな顔をするだけで、起きる気配が微塵もなかった。

 目を開けることはない。


 割と強く揺すったのに、この寝入り方はおかしい気がする。強引に起こすべきか、とも思ったが、


 ……いや、それだけ体力を消耗していたってことかもしれない……。


 だとしたらここで無理に起こすよりは、彼女の起床を待って事情を聞いた方がいいかもしれない。

 彼女が体調を崩しているのは事実なのだから、回復するまで待つのは間違っていない筈だ。そう考えて、彼女の体から手を離したのだが、


「っ……!」


 その瞬間、とても苦しそうな顔になった。


 つむった目の端から涙をボロボロとこぼしている。

 悪い夢でも見ているのかもしれない。


 ……そういえば、この一週間の中でも、寝ている時に泣くんだよな。この子は。


 この数日、苦しそうに眠る彼女に出くわしたのは、一度や二度じゃない。数え切れないほど見た記憶がある。


 この苦しそうな顔を見なくなる日は来るんだろうか。そう、思いながら俺は指で彼女の涙をぬぐっていたら、


「――!」


 家の外から、馬のいななきが聞こえた。聞き覚えのある声だ。

 

「……はあ。こんな時に。でもま、気分転換にやれることをやるか」


 俺は眠り続けるレインの涙を一通り拭いてから、玄関から家の外に出た。


 するとそこには一匹の馬と、一台の荷馬車があった。

 馬車をひく馬は、俺を一瞥すると荷材の方を降ろしてくれと言わんばかりに、荷物を見ている。


「よしよし、待ってろ。今運ぶから」


 俺は荷車の方に近づき、そこに置かれた木箱を降ろして行く。

 箱の中身は、肉、野菜などの食料品や、日用品、雑貨品など多種多様なものだ。


 この家には、数日に一度でこんな馬車が来て、食糧や生活必需品を置いてくれる。

 

 通販みたいなもの、とレインは言っていたけれど、御者もなく、モンスターに襲われることなく物資を届けてくれるこの馬車は一体何なんだろう、と思ったりする。


 ……勝手に食糧が届いてくれるのは助かるから良いんだけどさ。


 『ここで長く生きていれば、そういう事をやれる商人と知り合いにもなるんですよ』とレインも言っていたし、色々な商売形態があるんだろうな。


 そんな事を思いながら、俺は馬車に積まれた荷を下ろしきった。馬車馬はそれを見てから、来た道を戻って行く。

 

 積んできた荷物を降ろしたかどうかも、馬は理解しているらしい。本当に不思議な馬と商売方法だと思ってしまう。


「……って、見てる場合じゃないな。荷物を運ばないと」


 そうして俺は地面に下ろした荷物を見やる。

 木箱の数は二桁以上ある。普段はレインと手分けをして運ぶが、今のレインはお昼寝中だ。


 俺が運ぶしかないが、一人だと手がきつい。ただ、家と外を何度も行ったり来たりするのは面倒なので、


「よし、 《幻影武器展開》」


 俺はスキルを使用した。

 瞬間、俺の周囲に光の剣や斧が何本も浮かんでいく。


 このスキルはここにきてからも、繰り返し使っていたため、運用には慣れていた。


 ゲームでは、倉庫の中におさめられた武器を出すという形式だったが、現実では光で出来た武器が出るシステムになっている。


 ……もしかしたらどこかに倉庫があって、そこから供給されている可能性もあるけれど。


 ともあれ、出せるのは光で出来た武器のみで、今回はそれを使って荷物運びをすることにした。


「これを、こっちの剣と斧の上に置いてっと」


 幅広で、切れ味の鋭くない武器の上に木箱を置いて、俺は家に戻る。

 すると、武器たちは俺の動きに追随しながら、荷物を運んできてくれる。


 幻影とはいえ実態を持っており、俺一人を運ぶくらいの耐荷重性もある。だから、これくらいの荷物なら楽々運べた。


 我ながら便利な使い方を覚えたものだ、と思って食糧と生活用品は家の中へ。

 雑貨は家の裏手にある納屋と運んでいた。その時だ。


『――助けて』


 背後から声が、聞こえた。


「うん? なんだ?」


 俺は突然の声に振り返って、背後を見たが、そこには誰もいない。


 ……幻聴ってやつか?


 だが、しっかり聞こえた気がしたんだが、と首をかしげていると、


『――助けて、下さい』


 また、声が聞こえた。

 今度は、もっとはっきりした声だ。


 家の裏手にある、きれいに整備された林の向こうから聞こえてくる。


 ……この奥には岩石地帯があったよな。


 この付近はモンスターの出現が殆どないので、スキルの練習や散歩をするのに良く使っていた。


 ただ、林の奥の岩石地帯は崩れるような場所もあり、危ないから近づかないようにしていた。散歩も基本的に、林の中をうろうろするのみに留まっていた。


 だが、耳に入ってくる声は、その岩石地帯の方から聞こえてきていた。


「うーん、助けてってことは、モンスターがいるってことなのか? だとしたら危ないし……とりあえず行ってみるか」


 この辺りのモンスターの知識はデバッグプレイヤーとして熟知している。

 そしてここまでの一週間で、討伐慣れしている。今や一人で楽々モンスター狩りをして、素材を得ることも出来ていた。


 だから今回もささっと狩ってしまおう、と俺は光の出所に向かって歩いていくことしばらく。俺は声の主の元に辿り着いた。

 そこに在ったのは、大きさ十メートルはあろうかという巨大な岩石。そしてそこに突き刺さった剣だった。

 しかも、そのグラフィックには見覚えがあった。


「これは、『錆びた剣』だよな……」


 天魔王が落とす、ドロップ品。それがこの岩石に突き刺さっており、しかも、この剣から声が響いていた。


『――助けて』


 という声と、


『――待っています』


 との声が同時に聞こえてくる。


「剣が喋ってるのか? 良く分からないな」


 まあ、この世界の常識的に、喋る剣というのも存在しているのかもしれない。

 とりあえず《ステータス看破》をしてみようか、と俺は剣を視ながら、触れた。刹那、

 

「――ッ!?」


 俺の視界は、暗闇に染まり、意識は遠のいていった。



 レインは暗闇の中に居た。


「ああ、またこの夢、ですか」


 呟きながらレインは周囲を見回す。

 服を身につけていない自分の体は、手足は鎖でしばられた状態で宙に浮かんでいる。


 そんな自分の目の前には、大きな曲刀を持った黒い影がいた。


 そしてその影は、刀を自分の下腹部に当てて、


「――ッ!」


 一息に切り裂いた。


「ぐ……!」


 鋭い痛みが体に走るが、黒い影はそれだけでは止まらない。

 切り裂いた部分に手を突っ込み、中身を引きずりだしてくる。 


 これはただの悪夢だ、とレインは知っている。

 知っていても、苦痛と羞恥で思わず顔が歪む。


「……」


 その様子を黒い影は眺めた後で、口元をニヤ付かせた。

 そして、自分の胎を凌辱し終わった後、刃を手足に当てて、じっくりと肌を貫いてくる。


 ……ああ、いつもの夢、ですね。


 レインは苦痛の中で苦笑して、顔を伏せる。


 最近は、毎日のように見る夢だ。

 苦痛と羞恥と凌辱の夢。

 これを見る原因は、分かっている。


 ……私が、天魔王を、封印しているから。


 外に出せと、天魔が暴れているのだ。そして自分の精神を攻撃してきている。

 もう百年以上、味わっている事だ。


 ……ええ、昔よりも、ペースは早まっていますけれど、ね……。

 

 暗闇の中で、自分の体からこぼれていく血を眺めながら、レインは過去を思う。


 自分・・はずっと暗闇の中にいた。

 右も左も見えない中で、ひたすら一人で存在していた。


「……寂しい」


 ずっとそう思っていたある日、自分を暗闇から救いだしてくれた人がいた。

 天魔を倒したその人は錆びていて、何もできなかった自分に、沢山のものをくれた。

 とても弱くて、とても役に立たない自分を丁寧に育ててくれた。

 たくさん鍛えて、何度も何度も褒めてくれた。


 嬉しかった。でも自分は伝える言葉を持ち合わせていなくて、ただひたすら感謝の気持ちを向ける事しかできなかった。


 いつもいつも、自分の口でお礼を言えたら。

 自分の体で抱きつけたら。

 自分の全身であの人に対して愛情を説明出来たら、とずっとそう思っていた。


 ――そんなある日の事、は目覚めた。


 気が付いた時にはここにいて、自分の体で生きていた。


 自分を育ててくれた人はいなかったけれども、周囲には多くの人々がいて、暮らし方などを覚える事が出来た。


 人として生きる事が出来る事を喜びながら、色々と学んでいった。


 そして、いつかあの人と出会ったときに伝える言葉や、気持ちを沢山用意して待つことにした。待つのは昔から好きだった。


 そんな思いを溜めながら暮らしていたある日、天魔の復活をレインは知った。

 それを封じる運命を背負っている事にも、同時に気付いた。

 

 それは、自分の存在理由であり、武器であったときから、決まっていた事だ。


 だから、レインは受け入れた。仕方ないことだ、と。


 その状態で何年も待った。何十年と待ち続けた。

 眠るたびに定期的に訪れる痛みの中で、しかしあの人に出会うためにひたすら待った。


「寂しい」


 昔のような気持ちが、レインの中に満ちていった。

 辛く、悲しくなっていた。


 ……そんな時、あの人が来ました。



 川に浮かんでいた所を見つけて必死の思いで手繰り寄せた。

 ただあの人が目覚めて、記憶が不明瞭という事を知り、少しだけ悲しかった。自分の事も覚えていないのか、と。

 けれども、そんな悲しみが吹き飛ぶくらい、関係ないくらいに嬉しかった。


 自分の体で触れ合えるのが嬉しくて、自分の言葉で喋りあえるのが楽しかった。


 本当に幸せな時間だった。


 ――だけど、この体はもう、持たないかもしれない。


 そう思ったのはつい最近だ。

 天魔王を封印している本体が、もう限界に来ていた。


 眠るたびに、天魔王の汚染が強まっている。

 ここのところは毎日、攻撃を受けている。

 自分の体だ。そろそろ限界だということは、自分が良く分かっていた。


 ……ああ、でも。我がままを言えるなら、もう少しだけ一緒に居たい。


 そんな事を思っていたら、


「ああ、ラグナさんが、います……」


 出血で薄れていく視界の中に、あの人の姿が視えた。

 自分を見て、駆け寄ろうとして来てくれる。


 ……嬉しい。


 そんな思いと共にレインはほほ笑む。

 こんなにも苦しい夢の中にもあの人が来てくれたのだと。


 自分は幸せ者だ、とそう思った。けれども、やはり自分は欲深いらしい。

 どうしても、それ以上を望んでしまう。

 

 ああ、我がままかもしれませんが、もしも神様がいるなら、お願いします。

 

 あの人が私を覚えていなくてもいいです。

 私にとって都合のいい記憶もいりません。


 だからどうか。どうかあの人と。

 ――もう少しだけ長く、幸せな日々を続けさせてください。



「――っ!?」


 俺が意識を取り戻したとき、既に俺の手は『錆びた剣』から離れていた。

 そして先ほどまで見ていた光景が頭の中に蘇ってくる。


「さっきのは――ッレイン……!!」


 先ほど見た、レインが凌辱され、殺されていく光景をリフレインさせながら、俺は家に向かって走った。


 数百メートルを一息で走りきり、玄関のドアを壊さんばかりの勢いで開けた。

 そして、家の中には、

 

「え、あ、ラグナさん……?」


 寝起きの姿のまま、目を真っ赤にして涙をためているレインがいた。

 そして目をごしごしと擦って、無理にほほ笑もうとする。


「ご、ごめんなさい、こんな情けない姿を見せてしまって。寝起きでラグナさんがいなかったもので、ちょっとだけ涙が出ただけなので。気にしないでください。ああ、まだちょっと、涙が止まりませんが――」


 と、言葉を強引に重ねてくる彼女を、俺は、抱きしめた。


「ひゃ、ひゃあ? ら、ラグナさん……!? ど、どうしたんですか、急に……」

「今まで気づけなくて、すまん。……君は、俺が育てた、天魔王を封印する伝説の武器だったんだな」


 そう言った瞬間、レインの喉から息をのむ音が聞こえた。


「思い出して、くれたんです、か」

「ああ……いや、違うな。正確には知っていたんだ。知っていたのに……それが君であると気付かなかったんだ。すまない」

「いえ、武器が人になっているなんて、おかしな話ですから。謝られることなんて、無いですよ」


 強張った体のレインは、震える声でそう言った。

 優しい子だ、とそう思いながら、俺はレインから体を離し、その顔を見た。


「さっき、岩肌に付き立っている剣を見たよ。あれが君の本体で、封印している天魔王はあそこにいるって事で良いんだな?」


 静かに問いかけると、レインはゆっくりと頷いてくれた。


「……はい。あの剣は私の魂と力の結晶体です。その力を持って、天魔王を封じています」


 何てことだよ。ゲームの中の設定通りだ。

 ただ、完全に設定どおりという事ではないらしい。状態は異なっている。

 

 なにせ、レーヴァテインとは、炎の天魔王を倒すことによって手に入る『錆びた剣』で作り上げるものだ。

 それなのに、天魔王は倒されていないことになっているのだから。そして、

 

「錆びた剣に触れた時、黒い影に傷つけられているレインの夢を見たよ。あんな夢を、君はいつも、視ていたのか」


 聞くと、レインは力のない笑みを浮かべた。


「そう、ですね。あれは天魔王からの攻撃ですから。ずっと視ています。あ、でも、リアルでは傷ついていないので、綺麗なままですよ? あの夢を見てもただ、苦しいだけですから」


 茶化すような事を、仕方なさそうに言ってくる。

 その眼には涙が溜まっているというのに、何てことない、とでも言うかのように喋ってくる。


 そんな彼女の様子を見ただけで、俺は、もう限界だった。


「レイン。……このまま封印していたら君の体が持たないんだろ?」

「……!」


 俺の問いかけに、レインは言葉を詰まらせた。

 その反応を見れただけで十分、先ほどの夢が真実であることが分かった。だから、

  

「そうか。じゃあ、ちょっと、行ってくるわ」


 俺は静かにレインから手を離して立ちあがる。

 そして、居間に立て掛けておいた杖を握った。


「行くとはどこに……」

「岩山の剣を抜いてくるんだよ」

「そ、そんな事をしたら天魔の封印が――」

「――解けるだろうな。だが君を痛みから解放できる。だから、あそこにいる天魔をサクっと片付けてくるわ」

「天魔を片付けるだなんて、そんな無茶な……! 世界を壊せる化物ですよ!」


 レインは叫ぶように言ってくる。けれども、


「無茶だと、本当にそう思うか? かつての俺は、君が覚えている・・・・・・・は、あいつを倒していたんだろう?」

「……っ!」


 俺の言葉にレインは目を見開いた。


「なあ、どうだ、レイン。俺は天魔王を倒せないと思うか? 君を育て上げた男は、君を痛めつけている大バカ者を倒せないと思うか?」


 再び聞き返す。

 するとレインは力強い瞳で俺を見返してきた。


「いえ……いえ、そんな事は、ありません! ラグナさんは……私を育ててくれた人は、負けません!!」

「ああ、そうだろう。――だから、やってやるさ。それになにより、困った時はお互い様、だしな」

「ラグナ……さん」

「君が困っているなら俺は助ける。今の・・・を助けてくれた君をな」


 そして、レインが何かを言うよりも早く、俺は続けて言った。


「レイン、もう少しだけ、待っていてくれ。俺が君を、取り戻してくるから」


 そして俺は家を出る。

 右手に伝説の杖を力強く握りしめながら。

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