第7話 スキル発動と絶大なるその効果
午前中いっぱいレインと話をした後、俺は彼女と共に昼飯作りの為にキッチンに入っていた。
「それじゃ、お皿の方は出しておきますね」
「ああ、俺は肉の方を調理しておくよ」
彼女と話しつつ、俺は戸棚から肉を取り出す。
脂がたっぷりのった骨付きの肉だ。それを包丁を手にして捌こうとした。だが、
「んん?」
刃を肉に当てても、上手くきることが出来なかった。
「あれ、どうしたんですか、ラグナさん」
「いや、脂で切れ味が落ちたみたいでな。ちょっと力が必要――」
と、俺が包丁を握る手に力を込めた瞬間、肉から刃が外れた。
そのままに勢い余って、俺の指に包丁の刃がぶつかってしまう。
というか、指に包丁が食いこんだ。
「あ、やっちまった」
「ら、ラグナさん!! だ、大丈夫ですか!?」
レインは慌てて駆け寄ってくる。
今の所、出血は無いがこれは結構な怪我をしたかもしれない。治療薬を貰わないいけない、と思ったのだが、
【鍛冶師パッシブスキル:『匠の加護』発動】
そんなウインドウが俺の前に現れた。
「今、治療しますから! ぬ、抜かないでくださいね!」
「あー……いや、大丈夫、みたいだぞ?」
「え?」
焦りの視線でこちらを見てくるレインを落ち着かせてから、俺は、指に食い込んだように見える包丁に目をやる。
未だに血の一滴すらこぼれないその部位に触れる。痛みもなかった。そして包丁を握り直し、指から離しても、出血する事はなかった。
「えっと……これは、どういう?」
「ああ、匠の加護ってスキルが発動しているようでな。俺の体はレベル一〇〇以下の武器に傷つけられない……みたいだな」
熟練の鍛冶師は程度の低い獲物に傷つけられることはない、というフレーバーが付いた、鍛冶師レベル二〇〇で覚えるスキルだ。
まさか料理で役に立つとは思わなかったが、日常的にパッシブスキルは発動されているらしい。
「そ、そうなんですか。怪我がなくて良かったです……」
レインはホッとしたように息を吐く。
「心配させて悪かったな。しかし、この包丁も包丁だ。切れ味が悪いにもほどがあるな」
「あ、あはは……。一応、街の鍛冶師が打った業物らしいんですが……」
「ええ、本当か?」
改めて包丁をじっくり見る。するとステータス看破が発動した。
【鈍った刃の鋼鉄包丁 (ノーマル) 状態:なまくら レベル10】
「レベルは十あるけど、ナマクラ状態になってるぞ?」
「え……ラグナさん、見ただけでレベルが測れるんですか!?」
「まあ、どうにかな」
「ほええ……凄いですね。流石はレベル255の凄腕の鍛冶師さんです」
「いやあ、鍛冶師かどうかはあんまり関係ないと思うぞ?」
ゲーム時代は武器のレベルは所有者であれば、誰にでも見えるものだったし。
確かに鍛冶師であれば、《鍛錬》スキルを使えば、他者の武器でもレベルを見る事は出来たけれども――
「――って、そうだ。この際だ。鍛えてみるか」
「鍛える、ですか?」
「ああ、俺は鍛冶師だからな。《鍛錬》をすれば、鍛えられるはずだ」
《鍛錬》とはメイン職を鍛冶師にしたものだけが使えるスキルだ。自分が取得している『鍛冶ポイント(KP)』を使って、武器や防具などのレベルを上げることが出来る。
……ええと、今の俺のKPはどれくらいあるんだ?
ゲーム時代はKPはステータス看破や、鍛冶スキルを行使する時に、ウインドウで確認してい
た。だから今回もステータス看破で自分の腕を見てみると、
【ラグナ・スミス。レベル255。鍛冶ポイント3000/3000】
しっかり鍛冶ポイントは持っているようだ。これならば鍛錬する事が出来る。
……それがこの世界で出来るかどうか分からないし、切れ味が復活するのかどうかも分からないが、やってみる価値はあるよな。
そう思って、俺は包丁を見た。
【鈍った刃の鋼鉄包丁 (ノーマル) 状態:なまくら レベル10】
先ほどと変わらない表記がなされている。
……この包丁はノーマル武器なら、簡単に鍛えられるはずだ。
ノーマル武器ならば、鍛冶ポイント1に付きレベルを1上げることが出来る。
この世界でもそうなるかどうかは分からないが、物は試しだ。俺はゲーム時代に使っていたスキルを使ってみることにした。
「《鍛錬》……!」
そう言って、包丁に意識を集中させた瞬間、俺の周囲に光が満ちていく。
その光は粒子となって、包丁に向かっていき、そして一瞬だけ強く光った。
そして光が収まった頃には、
【鉄をも切り裂く鋼鉄包丁 (ノーマル) レベル30】
俺に握られていた包丁の名前とレベルが変化していた。
「せ、成功ですか、ね?」
「ああ、一応、レベルと名称が変わったな。鉄をも切り裂く鋼鉄包丁レベル30ってのになった。それで……鍛冶ポイントは二十減ったな」
【ラグナ・スミス 鍛冶ポイント2980/3000】
ポイントの減り方もゲームのそれと同じだ。
鍛冶システムもアームドエッダと同じらしい。
「武器のレベルを何気なくも上げるって……ラグナさんは鍛冶師としても凄まじいですね」
「はは……まあ、上手くいって良かったよ。これで昼飯作りも楽になるしな。――じゃあ、まずは切れ味を試してみるか」
そうして、俺は骨のついた巨大な肉に再び包丁を当てる。
脂身までしっかりついた良い肉だ。こういうものを切り分けていくから、刃がナマクラになっていくのだが、今の包丁は一味違う。
しっかり鍛錬したから幾分、切り易いだろう。
そう思って、少し力を込めながら肉に刃を入れた、瞬間。
「……え?」
「あ、あの、ラグナさん? 包丁がまな板を突きぬけて、テーブルに刺さってるんですが」
「うん。熱したナイフでバター切る時みたいに、スッと切れたな。骨付き肉なのに」
分厚い脂身も、骨すらも。木製のまな板すらも、ほんの少しの力でストンと断ててしまった。
「ちょ、ちょっと、私にもやらせてください……って、わあ」
レインが使っても同じく、スパスパと肉が切れていってしまった。
「こ、これ鍛え過ぎですよ、ラグナさん!」
「おう……。ちょっと丁寧に使って調理するか」
「そ、そうですね。丁寧に猫の手で行きましょう」
どうやらこの世界の『鍛錬』は、レベルを少し上げただけで、シャレにならないくらい性能を底上げするようだ。
そんな事を思いながら俺は抜群すぎる威力の包丁で、慎重に昼飯を作っていく。
●
「はー、美味しかったです。お皿、片づけちゃいますね」
「ああ、俺も手伝うよ」
昼食をたいらげた俺は、レインと共に後片付けをしていた。
俺は洗い物をして、レインはテーブルの上の食器を下げてキッチンへと持ってくる。そんな役回りだったのだが、
「……ひゃっ」
皿を持ってこちらへ来る途中、レインが躓いて、転んだ。
「おっと……大丈夫か?」
俺は咄嗟にレインの体を受け止めて倒れるのを防ぐ。
「は、はい。ちょ、ちょっと躓いちゃっただけですので」
「そうか? ……って、なんだか凄く体が熱いんだけど……熱、あるんじゃないか?」
「い、いえ、大丈夫です……っ」
レインは俺の顔を見てほほ笑もうとしてくるが、その体はブルブルと震えていた。
じんわりと汗もかいているし、明らかに体調がおかしくなっている。
「うーん、こりゃ休んだ方がいいって。片付けは俺がやっておくから、レインは寝てくれ」
「で、でも……」
「困った時はお互いさま、なんだろ? だったら、今は寝ていてくれ。午前中から色々教えてくれたことへのお返しだ」
言いながら俺はレインに肩を貸して、居間にあるベッドまで運んでいく。
「は、はい。では……お言葉に……甘えます……ありがとうございます……」
そう言ってレインはフラフラとベッドに倒れ込んだ。
そして目をつむると、ほんの数秒もしないうちに、
「……」
カクン、と眠りに落ちた。
やはり無理をしていたようだ。
「抱え込むタイプなんだなあ、この子は」
今回は異常に気付けて良かったけれども、体調を崩している時ははっきり言ってほしい。そう思いながら、俺はふと、気付いた。
「運営スキルのステータス看破って、状態異常も見えたよな ……」
今までゲーム時代の癖で対人で使わなかったけれど、俺にはステータス看破で他人の状態を知ることが出来る。
そして目の前には体調が悪そうなレインがいる。
……ただの風邪だったらいいけど、他の異常だったら不味いよな。
眠っている所に不意打ちするようで悪いが、念のためだ。ステータス看破で彼女を見てみた。ゲーム時代だったら絶対できなかった、対人に対する運営スキルの行使だ。
少しドキドキしながら、彼女から出てくるウインドウを見た。そうしたら、
【レーヴァテイン・スルト:レベル75 職業:炎の天魔王を封印せし伝説の武器 兼 ファイアマスター】
まず、そんな表記が見えた。
「え?」
表記されていたのは、俺が良く知っている武器の名前だ。
そしてウインドウに描かれる文字はそこでは止まらない。
【状態:バッドステータス。永続呪詛(レベル半減・悪夢・精神凌辱・全能力減退・定期ダメージ・不安強化・恐怖付与】
そんな禍々しい文字が視えてしまったんだ。
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