第6話 可愛い先生
朝食の後、俺はレインと共にテーブルに付いていた。そして、
「さて、それじゃあラグナさんの記憶を取り戻していきましょうか」
「おう、よろしく頼むわ」
この状況で行うのは、俺の記憶に対しての調べ物だ。
結局、今の今までデバッグ仕事以外の記憶を取り戻せてはいなかった。そのため、こうして毎日レインと会話したり、彼女に俺の体を調べてもらう事で、なんらかの手掛かりが見つけようとしていたのだ。
「ええと、では、今日はラグナさんの職業レベルを調べさせていただこうかと思うのですが、よろしいですか?」
そう言ってレインは、一枚の透明な板を取り出してきた。
透き通った水晶で出来たようなモノだ。片側には一枚の紙がひもで括りつけられている。
「それは?」
「レベル判定板と言って、これに触れた者の職業とレベルを記してくれるのです。以前、街でお土産として購入したんですよ」
「そんなものがあるのか。……でも、俺は鍛冶師だとこの前伝えただろう?」
ステータス看破で見ても、俺は鍛冶師であることに間違いはない。【武器に愛されし】なんて前文が付いてしまっているけれども、そこは変わらない。だから調べる意味はあるんだろうか、と思っていると、レインは苦笑した。
「まあ、ラグナさんの事を疑っているわけではないのですが、記憶を失われているのも確かなので。念のため、視える形でデータを頂こうかと思うのですよ。もしかしたら、他の職業かもしれませんし。職業は一人につき一つしか持てませんから、間違って理解していたら大変ですし」
確かに。レインの言う通り、俺の記憶が不確かなのは事実だ。ならばここで調べておいた方が確実か。
「了解だ。で、どうやって使うんだ?」
「あ、はい。今、説明書を読みますね」
「……君も知らないのか」
「お、お土産として買ってきたので。だ、だからちょっとお待ち下さい」
レインはそうして、水晶板に括り付けられていた紙を見てから、テーブルの上の水晶板に手を置いた。
「これは、中央付近に掌をおいて、ですね。しばらく待つだけ、だそうです。ほら、ラグナさんも見て下さい」
と、レインは俺に説明書を見せてくる。
この世界の文字は読めないんじゃないか、と一瞬たじろいだが、俺の目はしっかりその説明書の意味を読みとってくれて、
「おお、割と簡単なんだな。……って、待て。この平均レベルってなんだ?」
説明書の脇に、なにやら数字と枠が付けられていた。なんの平均なんだろう、と思って聞くと、
「これは、冒険者の平均レベルですね。下の枠から下級、中級、上級、熟練という区切りになっていまして、レベル三十を超えれば熟練という事です」
「レベル三十で熟練って……ここいらのモンスターってレベル三十以上だったよな?」
「はい、だから熟練の冒険者でも、ここまで来るのは大変なんです。普通の人はレベル十もありませんし」
「なるほどなあ……というか、待てよ? レベル三十で熟練って事は、それ以上はどうなんだ?」
「それ以上は、そこの説明書に書いてある通り、レベル五十を超えると勇者や英雄と呼ばれる領域で、一〇〇を超えると人外、救世主。百五十にもなれば、その種を纏める王や主と言われる存在になりますね」
言われ見れば、確かに書いてある。それを見たのとほぼ同じタイミングで、水晶板が輝き始めた。
「あ、……ほら、浮かび上がってきましたよ」
そして水晶板を見れば、彼女の手を覆うように、文字が浮かび上がっていた。
『レーヴァテイン・スルト。職業 《炎系魔術師》レベル75』
「へえ、炎系魔術師でレベル七十五。……ってことは、レインは人間の平均レベルを超えた勇者ってことか。それはそれで凄いな」
「あ、あはは……ま、まあ、私はちょっとした事情がありますから。少しだけ強いんです」
「少しだけって、謙遜するなよ。レインは魔術師としてトップクラスってことだよな? こんなところで安全に暮らせるくらいだし」
そう言うと、レインは照れくさそうに顔を赤らめた。
「そ、そうなってしまいます、かね。炎系しか使わないのですが」
「おー、トップクラスが同居人とか誇らしいな。凄いぞレイン、恰好いいぞー!」
「ふ、ふふ、なんだかラグナさんに褒められると、調子に乗ってしまいそうです」
恥じらいながらもレインはほほ笑んだ。
きっと褒められるのに慣れてないのかもしれない。
ただ、何かといつも俺の事を褒めてくるんだから、この位は良いだろうと思ってレインを称えていると、
「ま、まあ私はともかく、さあ、次はラグナさんの番ですよ。どうぞどうぞ」
水晶板をグイッとこちらに向けられた。そして急かす様に背中を押してくる。
「……俺の番か」
俺はここにきてすぐ、運営スキルのステータス看破でレベルの方は知っている。
……ただ、それが必ずしも正しいとは限らない。
ただでさえ記憶があいまいなのだ。幻視した可能性も少なくは無い。だから改めて、ここで調べようと、俺は水晶板に掌をおいた。その瞬間、
――ビシリ。
と水晶板にモザイクが掛かった。
「え、なにこれ。俺の手は下ネタ扱いってこと?」
「い、いや、ち、違いますよ、多分。ちょっと判定に時間が掛かってるだけですよ……多分!」
慰めるような言葉がちょっと不安だったが、レインを信じて待つ事数十秒。その結果は文字として示された。
『ラグナ・スミス。職業 《武器に愛されし鍛冶師》レベル255』
「おお、出た。……やっぱりこのレベルか」
「な、なんですか、このレベル。伝説や神話にいる現人神クラスですよ!?」
レインは口をぽかんとさせて驚いている。
説明書に二百以上のレベルが記載されていなかったのを見るに、ここまでのレベルは珍しいんだろうな。
ただ、ここからどうやって話をすればいいかな、と思っていたら、
『ラグナ・スミス。運営サブ職業 《調理士》 レベル150
《造型士》 レベル150
《調合士》 レベル150』
と、水晶板いっぱいに、追加で文字が並んだ。
「……」
それを見て、俺とレインは動きを止めた。
「……あの、ラグナさん? 職業は一人に付き一つなんですけど……」
「おう。それは、さっき説明を受けたな」
というか、ゲームでもそうだ。
職業は一人につき一つまで。違う職業につきたかったら転職(ジョブチェンジ)するしかない。
……ただ、俺は生産系のデバッガーだからなあ。
生産系のスキルをデバッグをしやすくするために、複数の職業を掛け持ち出来るようにキャラを改造していたのだ。
これもゲーム時代はギルドハウスでしか露見しなかった事だ。けれど、こちらの世界では普通にバレてしまうようだった。
「ラグナさん。あの、レベル255というだけでも驚きなのに、複数職業なんていう驚きを更に重ねられたら、その……とても困ります。凄いとか、そういう反応すらできなくなりますよ」
レインはもはや、笑っていいのか驚いていいのか分からない、といった不思議な顔をしている。
「うん、なんか、反応に困らせてごめんな?」
俺もまさか、こんなことになるとは思わなかった。ステータス看破で見れたのが、職業一つだけだったから、レベルの高さでちょっと騒ぎになるくらいかと思ったのに。
「……も、もう。な、なんだか変な感じです。サブとか書かれている他の職業でも、レベル的に言えば私の方が教わる事が多そうなのに。ここ一週間、先生役をやっていたのが恥ずかしいくらいで。……こ、交換しましょうかね」
そうして結局反応に困ったレインは、ちょっと頬を膨らませて、拗ねてきた。
いかん。これはこれで可愛らしいのだが、彼女にはまだまだ教えてもらいたい事が山ほどある。だから
「そう言わないで、もっと教えてくれよ。レインがいないと、俺、困るからさ」
「こ、困るのであれば……仕方ないですね。困った時はお互い様なんですから」
正直に困ると言ったら、レインは拗ねつつも嬉しそうにほほ笑んだ。
この一週間で分かったのだが、彼女は俺が困っていると助け船を出してくれる。それくらい困り顔に弱いのだ。ただ、困り顔に弱いと言っても何も要求しないわけではなく、
「あっ……で、でも、私も今日のお昼ご飯が、お肉のフライじゃないと困っちゃうかもしれません」
レインは俺を見ながら眼をパチパチさせてきた。
なんというか、我がままの言い方も可愛いなこの子は。
この一カ月で彼女の好物も当然分かっている。
彼女は豚肉っぽいものに、パン粉を付けて揚げたものが、好きなのだ。
「はは、分かった分かった。今日はレインの好物の肉フライにするよ。困った時はお互い様だもんな。――だから、また色々と勉強させてくれ」
俺が苦笑しながらそう言うと、レインはゆっくりと頷いて、
「はい、分かりました! ラグナさんのお料理を楽しみにしながら色々教えちゃいます!」
しっかりしているように見えて、どこか子供っぽい彼女は、楽しそうに笑うのだった。
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