第5話 かつての暮らしと今の暮らし
俺がギルドハウスで鍛え上げた伝説の武器たちの操作テストをしていると、マーシャルが話しかけて来た。
「ねえ、ラグナ。
「ん? 別にいいが、なんでだ?」
「この前ラグナが対人戦で使った時、光の霧で出来たような武器が沢山出てきて、かっこよかったじゃない? だから気になったんだよね。レベルが上がってスキルポイントも上がったし、覚えようと思ったんだけど、他に使っている人もいないしさ」
このゲームは職業ごとにレベルが設定されており、メイン職のレベルを上げることで、スキルポイントを得ることが出来る。それでメイン職ではない職業のスキルも取れたりするので、対人戦などではいかに、相手の想像を超えるスキル構成にするかが問われてくるのだけれども、
「まあ、そりゃ使っている人はいないだろうな。マイナーなスキルだし、俺もデバッグでプレイするまで、微妙スキルとしか思っていなかったしさ」
鍛冶職担当じゃないマーシャルが知らなくても無理はない。
だから、簡単に説明しようと、俺は文章を打っていく。
「この『幻影武器展開』ってのは、倉庫の中にある武器を一時的に取り出して装備するスキルでな。基本的に鍛冶で使うものだが、戦闘で使うと、自動攻撃判定が出て少しだけ楽になるんだ。威力は滅茶苦茶低いがな」
「うん、待って? 倉庫のものを装備するだけって……鍛冶方面ではどう使うの?」
「倉庫に入っている装備を鍛えるときに楽になるんだよ。アイテムスロットには限りがあるからな。素材と鍛冶ポイントを集めたら、これを使って武器を展開して一気に鍛えるって事が出来るんだ。というか、むしろこっちの方が本命な使い方だぞ? これでの自動攻撃なんて威力が低すぎるし」
低威力だから、せいぜい雑魚モンスターを狩って素材を集めるくらいにしか使えない。
そう言うと、マーシャルは不満げな顔になった。
「……それは確かに育成大好きな人しか使わなさそうだなあ。魔法や戦技の自動攻撃スキルを取った方が便利だし。このゲームで育成好きな人はそんなにいないだろうからなあ。道理で攻略サイトに『生産職以外は覚える価値はほぼナシ!』と書かれるわけだよ」
「おい、待て。一応、育成好きは眼の前に一人いるんだから無視するんじゃない」
「君は育成フェチだから例外だよ。でもそうか。武器が倉庫に入ってないと使えないなら、ボクは覚えられないなあ」
そういえば、以前マーシャルの倉庫を見せて貰った時は、素材とイベントアイテムと回復アイテムしか入っていなかったっけな。
「まあ、うん。とりあえず謎技を覚えなくて良かったと思う事にしようかな
「人が覚えている技を謎扱いするな。あと、謎技でもロールプレイに使えるから便利なんだぞ? 幻影の剣を従えて恰好よくポーズする事も出来るし!」
「……ラグナは効率を大事にする癖して、意外とロマン派だよね。この前見せてもらったレーヴァテインにも『ファイアマスター(一五〇レベル以下の炎系魔法を全使用可能)』ってスキル付けてたし。キミ、他の武器に全属性の魔法を使える『マジックマスター』スキルを付けていたよね? 魔法を使うときはそっちで良いっていうか……伝説の武器を鍛えるの無駄じゃない?」
「良いんだよ! 炎系の伝説の武器なんだから、それにふさわしいスキルを付けてやりたいだろ!」
しかも武器に付与しているスキルはそれだけじゃない。
「見ろ! 自動でアイテムを使えるように《武器専用アイテムボックス》とかも付けたんだぞ。何せ伝説だからな。消耗しても自動で回復できるようにセッティングしたんだ!」
そんな感じで強く語ったらマーシャルにため息を吐かれた。
「でも、未実装だよね。ギルドハウスの外に出たら使えないよね」
「ぐっ……! ま、まだ実装されないと決まったわけじゃないぞ。そう、まだチャンスはあるはずだ」
「やれやれ、ボクはそこまで育成に愛は注げないよ。――って、あ。攻略サイトにダメスキルを覚えた人が作ったコンボ技のページがある! 実用性はないけど、……うん、カッコイイから覚えよう! うん、やっぱり大事なのは技だよ、技! 戦技と戦技のコンボ技こそ至高だよ!」
「……俺もお前も同じ穴の狢でロマン派だと思うんだけどなあ」
そんな事を何気ない会話をしながら、俺とマーシャルは日々を過ごして行く。
●
そんな夢を見ていた。
●
朝、ベッドの上で目を覚ますと同時に、俺は息を吐く。
「……また、デバッガー時代の夢か。毎日毎日、よく見るもんだな」
レインとともに生活して、一週間が経過した。レインの家で常識を学びながら暮らしている。
その間、俺はデバッガー時代の夢を見続けていた。一部の記憶を失ったからか、夢に出てくるのはいつもその夢だ。
「そう、ラグナ・スミスの体なんだよな」
レインから借り受けた部屋には姿見があった。そこに映る俺の姿は、やはりデバッグキャラのソレと同じだった。
……改めて視ると、男の娘っていうか、中性的に作りすぎたな。
顔立ちはどちらかという女性的なものになっているし、体格も細身だ。と言っても性別は男で、股間にアレは付いていた。
昔の記憶が無いから、現実での性別がどうかは分からないけれども、この体で不便を感じた事は無いので、恐らく男だったんだろう。トイレで困る事もなかったし。
「冷静になって見ると、変な状態でこの世界にいるんだな、俺は」
自分の持ち物を確かめてみた。装備品はそれこそ夢の中のソレと同じものだ。
レベル二百の防護装備に加え、腰には布袋のような見た目で、しかし容量は限りなく大きいアイテム袋が取り付けられている。
ただ、だからこそ、奇妙な点がある。
「こちらに来た俺の手に、ケリュケイオンがあるってことだよな」
俺はベッドの脇に立てかけた、細長い杖を見る。
これは、アームドエッダの中では未実装だったはずのものだ。
確かにグラフィックなどは用意されていたけれど、テストプレイ段階でしかない代物で、ギルドハウスの外に持ち出そうとすれば消えてしまうものだった。
……だけど、今、この武器は確かに存在している。
ゲームとは明らかに違う点だ。更に言えば、ゲーム時代に、こんな小屋は無かったし、レインという名のキャラクターもいなかった。
……ゲームの世界と同一、というわけではなく、良く似た世界、なのかな。
ただしゲームシステムは使えるし、地名も同じ部分が多い。全部が全部異なっているわけではないからややこしい。
「体は癒えて、心も安定したけど、もう少し考えないと――っと、もうこんな時間か」
窓の外を見れば、もう朝日が高く昇っていた。
とりあえず今は、分かる事をやろう。
そう思いながら、俺は居間へと向かう。
レインの家の居間は広く、テーブルと暖炉、それにソファが備え付けられている。
更に俺が借り受けた部屋に繋がるドアのすぐ近くには小さなベッドがあり、
「くう……くう……」
そこではレインが薄いネグリジェを雑に着て、寝転んでいた。
雑すぎて際どいを通り越しており、胸元のほのかな膨らみなどが完全に見えていた。
とてもだらしないが、妙な色気を感じてしまう姿だ。というか油断しすぎである。
……油断もそうだけど、この子の距離感、なんだか近いんだよなあ。
共同生活して一週間だが、まるで数年来の友人のように接してくる。
「レイン。朝だぞー」
俺はいつも通り彼女に声をかけて、ゆさゆさと体を揺らす。すると、レインは薄く眼を開けた。
「うああ……ラグナさん、おはようですぅ」
「おう、おはよう。朝ごはんは俺が作るけど、何が良い?」
聞くと、レインは俺の手をぎゅっと握ってきてから、にへらっと笑った。
「んみゅう……あったかいのが、いいです……。この前みたいな、シチューとか……」
「了解ー」
俺が返事をすると、レインはむにゃむにゃとベッドで縮こまる。
警戒心などまるっきりない態度を疑問に思う事もあるが、彼女は俺を助けてくれたのだ。
悪い子じゃないし、俺としてもフレンドリーな方がやり易いので問題なく受け入れている。
……しっかり者に見えていたけど、寝ぼけている時は油断しまくりで可愛いしな。
その姿を見れるんだったら、朝食当番なんていくらでも引き受ける。
そんな事を思いながら、俺は家に備え付けられた棚から肉と野菜を取り出す。
この棚には魔法が掛けられているらしく、肉も野菜も鮮度が良いまま保存されている。それを有り難く思いながら、スパイスで下味を付けてから、鍋に放り込んでいく。
肉と野菜が焼ける香りがしてきたら、水を入れてかき混ぜながら煮込んでいく。スパイスの良い匂いが、一気に広がっていく。
……うん、料理は作れるんだよな、俺。
デバッガー時代以外の記憶は失ってしまったが、人と会話できる程度の意味記憶は残っている。
そして新しく物を覚える事も出来t。
だからこそ、こうしてレインの家のキッチンの使い方を覚えて、料理を作れたりする。
つまり記憶する能力が壊れているわけではない。
だから一つ一つ、失った記憶を調べていけばいいか、と考えながら鍋をかき回していると、
「ラグナしゃん……お腹が、すきましたぁ……」
ベッドから起きてレインが、テーブルに体を預けてぐったりとしていた。
それでいて甘えたような声を出してくる。
……寝起きは本当に隙だらけだ。
可愛いから良いんだけどな。
「はいはい。もうできたから、朝飯にしよう」
「わあい。ありがとうございます、ラグナさん~」
腹ペコで愛らしい同居人がお待ちなことだし、食ってからまた考えよう。
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