第4話 連れてきたモノ

 モンスターに気を付けながら歩くこと数分。


 レインに案内されてたどり着いたのは、森の中にポツンと建っている、木造平屋の一軒家だった。

 そこで俺は暖炉の前のソファに座っていた。予想以上に体が冷えていたらしく、炎に当たると一気に安心感が湧いてきた。そんな暖かな火を見つめていると、

 

「はい、こちら毛布です。使ってください」


 レインが横から、俺の体に毛布をかけてくれた。


「あ、すまん」

「いえ、それと室温の方はどうです?」

「十分暖かいよ。何から何まで、本当にありがとうな」

「ふふ、木にしないでください。ただ広いだけの家ですからね。こうして魔法で火つけをしても、温まるのに時間が掛かって、この時期は大変なんです」


 レインは暖炉に火を付けるために、炎の短剣を生み出していた己の手を擦りながら言ってくる。

 火を付けて数分の間にここまでぽかぽか暖かい環境になる時点で凄いと思うんだけどな。 


「というか、勝手に毛布とかソファを使わせてもらっているけど良かったのか? この家の大きさといい、ご家族がいるんだろうし」


 言うと、レインは苦笑して頬を掻いた。


「いいえ、住んでいるのは私だけですから。家具は好きに使って頂いて大丈夫なんですよ」 

「ってことは、この場所で一人暮らしをしているのか」

「そうですよ。ずっとここで独身生活中です」


 苦笑いのまま言ってくるが、その様子はなんとも可愛らしかった。


「街には住まないのか? この辺りのモンスターは強くて、危険な場所じゃないのか?」

「ええ、まあ。少々、事情がありまして。安全に関しては、私の魔法でどうにか、という所です」


 レインは再び苦笑いをした。どうやら、何かワケアリらしいな、と思っていると、


「ところで、ラグナさん。記憶の方は戻ってきましたか?」


 そんな事を聞いてきた。とりあえず目をつむって良く考えてみる。ただ、結果は以前と同じだった。


「……まだ微妙に思い出せない所は多いな」

「なるほど、……ちなみにお聞きしますと、ラグナさんは、私の顔もご存じでは無いのですよね?」

「え……? あー。レインの顔について覚えている最初の記憶は、キミにキスされた瞬間だな」

「ひゃっ!? そ、そこは記憶しなくて良いですよっ!!」


 答えた瞬間、レインの顔は真っ赤になった。とても表情豊かでかわいらしい女の子だ、と思う。ただ、その後で、


「でも、そうですか。それ以前の記憶は、無いですか……」


 レインは少し悲しげな表情に変化した。

 そんな彼女の反応で、少し不安になった。だから聞くことにした。


「……あのさ、もしかして、元々知り合いだったりするのか? 俺を抱きしめて助けてくれるほどだし。話し相手だったとか?」

  

 俺は部分的な記憶喪失だ。だからもしかして、と思って問うてみた。

 すると、レインは少しだけ目を伏せてから、首を横に振った。


「……いえ、喋った事は、ないですね。私はただ溺れている貴方を見かけて引き上げただけですので」

「そう、なのか」


 だとしたら、目の前のこの子は本当に良い子だな。

 見ず知らずの人間を助けてくれたんだから。


「……ありがとうな、レイン」

「いえ、困った時はお互い様ですから。それにまだ終わってませんよ? これから大事になってくるのは、ラグナさんの記憶と、今後について、ですから」

「今後?」

「ええ、今後、ラグナさんは何をしたいですか?」


 レインの言葉に、俺は首をかしげる。何をしたいと言われても、


 ……状況が分からない今は動きようがない。


 分かっている事といえば、今いる世界でアームドエッダのゲームシステムが使用可能ということ。それも運営のスキルまで使えてしまう。

 更に言えば、


 ……未実装だった伝説の武器を一本、持っているということ、くらいか。


 腰のホルスターに付けっ放しだった杖を俺は握る。そして、『ステータス看破』を発動させると、杖の上にウインドウが現れた。そこに描かれているのは


【舞い戻った伝説の武器:雷の天魔王を封印せしケリュケイオン (レジェンド)Lv200】


 ゲーム時代は未実装だった武器の名前だ。

 レジェンドとか奇妙な表記がついていたり、見た目は少し変わっているものの、ステータス状は確かに自分が鍛え上げた伝説の武器だ。

 実物をこの手で握れているのは、なんだか感慨深くもあるが、


 ……なんでこれを持っていたのか。覚えていないんだよな。


 自分の記憶があまりに曖昧すぎる。混乱して取り乱したりはしないが、どこかムズかゆい気分だ。だから、

 

「とりあえずは……俺の記憶を取り戻すために動きたいな」


 当面の目的を言った。すると、


「――ッ」


 レインの表情が少し明るくなったような気がした。


「そ、そうですか。やっぱり記憶が無いのは、不安だったりしますか」

「まあね。ただ、絶望するほどではないよ。こうして人と会話する事も普通に出来るしな」


 ポジティブに考えれば、これからは新しい人生を歩めるかもしれないんだ。

 少しだけ、好奇心的な意味で、楽しみだとすら思えてくる。けれど、

 

「……思い出せるなら、思い出しておきたい」


 自分の記憶だ。忘れちゃいけない事もあっただろう。だから可能であるならば、記憶は取り戻したい。

 そう言うと、レインはほほ笑みと共に頷いた。


「お気持ちは分かりました。……ただ、ラグナさんは病み上がりですし、もう少しお体の様子を見たほうが良いですよ」

「おう、俺もそう思う」


 少なくとも、溺れていたのは事実で死にかけていたのも事実だ。

 今の自分の体がどうなっているのかは知っておきたい、と思って頷いていたら、


「――なのでラグナさんには、ここでしばらく暮らして貰おうかと思うのですが。大丈夫ですか?」


 いきなり、共同生活のお誘いがきた。


「え……っと? いや、それはマズいだろう」


 前触れなしの提案に、俺は思わずそんな言葉が出てしまった。


「マズいって、何がです?」

「いやいや、ここまでしてもらっておいて言うのもなんだが、俺は君にとって見知らぬ男だぞ?」


  既に家に招き入れている時点で言うのもなんだけど、ちょっと危ないんじゃないか。そう伝えたら、


「いえ、もう見知っていますよ。ラグナさんという名前まで知っています。ここまで見知った人を、放っておけませんよ。それに先ほども見せましたが、私は結構強いんですよ?」


 レインはほほ笑みながら、自分の手から炎のナイフを出した。


「ほら、こうして炎の魔法も使えますし。襲ってくるような悪漢は焦がせちゃいますよ」

「お、おう、そうなのか」

「それに自分から見知らぬ男だなんて言って私を気遣う時点で悪い人じゃないと思いますし。――強力な魔法剣を使えるラグナさんでも、この辺りで倒れるような事態が起きたのですから。一人で出歩くのは危険かと思います」

「ああ……それは、確かにな」


 まったくもって彼女の言うとおりだ。

 記憶を失った土地で、どんな危険があるかも分からないのに、一人で出歩こうとするのは愚かというものだろう。


「それに、ここで暮らせば、私も色々とお話出来ますし。というか、記憶を失った人を放りだしたら、罪悪感で私がまいっちゃいますよ」


 レインはゴリゴリと話を進めてくる。やや強引だが、


 ……俺にとっては悪い提案じゃないんだよな。


 というか、自分の安全を考えれば、彼女の提案に乗るのが正解だ。


 少なくとも自分の力がどの程度で、何が出来るのか。この世界の常識はどうなっているのか。周囲に何があるのか。それくらいは知らなければ単独行動は危険だ。だから、

 

「……それじゃあ、なんだか悪いけど、レインのお言葉に甘えるよ」

「気にしないでください。困った時はお互い様です。貴方が落ち着くまで、存分にここで暮らしてください。色々と思い出して頂ければ、最良ですから。……これから、よろしくです、ラグナさん」

「ああ、よろしくな。レイン」


 そうして俺は、自分を助けてくれた少女との、共同生活を始めることになるのだった。

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