第9話 天の魔を射抜く者

俺がギルドハウスに戻ると、体に戦技をセットしている最中のマーシャルがいた。

  

「あ、お帰りラグナ。また天魔王級のレイドボス狩りに行ってたんだね。声かけてくれれば手伝いに行ったのに」

「いや、別にあれくらいなら一人で行けるから、気にするなよ」

「……一応レイド系のボスなんだからさ。もうちょっと集団戦してあげなよ。君が武器を育成しまくるものだから、バランス壊れちゃってるじゃないか」

「ゲームバランス崩壊を俺のせいにするなよ」


 確かに高レベル武器を使うと、あっさりボスを撃破出来てしまうわけだけどさ。

 別に俺だけの特権と言うわけではない。


「一人討伐くらいはお前もやるだろ? それに他のギルドだって二人討伐くらいは余裕でやってるし」

「まあ、うん。……レイドボスは特殊能力や初見殺しな特性は持っていて、ヒットポイントは多いけど、攻撃当てやすいからサンドバッグにはもってこいになるんだよね。武器や戦技を持っていれば、少人数でやれちゃうし」

「生産職から見ると、悪い事じゃないんだよな。ドロップアイテムも美味しいし、狩り時間も長くならないし」


 ただ、設定的にはダメだと思う。ストーリー的には重要なボスみたいな扱いで、凄く驚異的に書かれているのに打撃数発で沈むのだから。色々と台なしだ。


 ゲームバランスというものは本当に難しい。特にレイドボスなどは顕著だった。だからもう、最近は運営のバランサーにテストプレイの結果を丸投げするだけにしていたりする。


「まあ、うん。簡単に突破され過ぎて、ボク達が血の涙流して調整したけど、それでも少人数クリアは余裕だっていうね。……サンドバッグ化が進んだだけというか」

「サンドバッグ化も一長一短なんだよな。プレイヤーは武器の《奥義》スキルを試したいだろうけど、サンドバッグになるような敵は他に居ないし」


 武器レベルが一定値を超えると、その武器専用の特殊なスキルや特殊な戦技が出現する。

 《奥義スキル》と呼ばれるそれは、全般的に非常に当てづらい。

 また、タメが大きいなどのデメリットもあるので、試しどころか限られる。


 だから……体のでかく、HPの高いレイドボスなどは試し打ちの標的にされたりするのだ。 


「確かに、対人戦で打ち所を確認している余裕はないからなあ。練習はレイドボスでするしかないよね」

「そういうことだ。……ああ、早く伝説の武器を実装して、作り上げた奥義を撃ちに行きたいぜ」

「そういえば伝説の武器の奥義ってラグナが決めたんだよね。どんな感じになったの?」


 マーシャルは物欲しそうな目でこちらを見てくる。

 技マニアだから、気になっているらしいな。


「一応、最大レベルに達した状態の《奥義》スキルは演出が恰好よく作ったぞ。今度テストプレイをするときに見せるわ。天魔クラスなら片付く威力になってるし、的はそいつかな」

「それは楽しみだなあ。じゃあ、今度見せてね。約束だよ」

「おう。俺の鍛えた武器が活躍する数少ない場面だからな、しっかり見てくれよ」



 岩山に突き刺さった剣を前に目を瞑った俺は、集中ついでにそんな過去を思い出していた。

 この世界に来る前に、マーシャルとやり取りした記憶だ。残っている中で最も新しい記憶、と言ってもいいかもしれない。


「ああ、皮肉なもんだ。こんな所に来たからこそ、この子たちを活躍させられるんだからな」


 俺は自分の手に握られた杖を見る。ゲームでは未実装で、しかしこれから、活躍するであろう武装だ。

 ただ、いくら活躍させられると言っても、この子たちが酷い目に合う事は許せない。だから、


「《幻影武器展開》……してっと。さあ、やるか」


 俺はスキルを使って武器を周りに出したのち、無造作に岩に刺さった剣を引き抜いた


 瞬間、俺が握っていたはずの剣が光となって消えてしまう。

 同時、剣が突き刺さっていた岩山にぎょろりと目が現れた。それどころか顔も現れて、


「ああん? なんで我輩が目覚めているんだ」


 じろりとこちらを見てきた。そしてその顔岩を中心にして、岩石地帯にあった岩が次々に集まってくる。

 やがて岩は組み上がり、五メートルほどの人型を構築する。そして、


「ったくよお。人間を裁いて殺していただけなのに、こんなところに封じやがって。自我を持ちやがったクソ武器が……!」


 全身に炎を灯し、岩でできた体を赤く燃え上がらせながら、大声で文句を垂れ始めた。


 ……炎の天魔王ユング、だな。設定通りの姿をしていやがる。


 炎の翼を纏い、燃える岩の曲刀を手にし、全身から炎を吹き上げ、人を裁くものとして動きまわる。

 灼熱に燃える岩の天使型レイドボス、それが天魔王ユングだ。

 ゲーム時代の設定はそのまま現実でも出てきている。しかも、最初のセリフですらもそっくりだった。 

 笑いすらこぼれてしまいそうになるが、笑っている暇などない。

 ユングは、大きな岩でできた曲刀を手に、俺に敵意を向けてきているのだから。


「我輩を起こしたのはオメエか、このクソアマ。……気持ちよく夢の中で俺を封じ込めたクソ武器をじわじわいたぶって、自我を壊そうとしてたのによお。もう少しで完全に精神をすりつぶせた、余計な邪魔しやがって」


 口が悪い。設定に無いセリフだが、設定以上に小物に見えるな。

 こんな物の為にレインが苦しんでいたのだと思うと、吐き気すら催してくる。


「まあいいや。解放されたならクソ人間を裁くだけだ。しっかり天命に沿って殺して運んでやらなきゃなあ。クソ人間は我輩達の餌だしなあ? ――そして、運のいい事に、人間の女が眼の前にいる。犯してばらして気持ちよく昇天させてやる! その後で周りの人間も、クソ武器も犯して送ってやるから、安心しな。クヒャハハハ!!」


 なんとも下品で、作ったような笑い声だ。

 この笑い声。設定したのは誰だったか。

 音声班の班長だったか、デバッグチームの部長だったか。思い出せそうな気がするが、まあ、どうでもいい。


 そうだ。今は、そんな過去は、どうでもよかった。


「一人で長々としゃべってくれている所悪いが、ユング。お前の言葉に対して二つ、訂正をしてやる」

「ああん?」

「一つ、俺は男だ。女じゃない。そしてもう一つ。……お前はもう人を殺せない。ここで消えてもらうからな」

 

 そう言った瞬間、ユングの顔に嘲笑が浮かんだ。


「クハハ、人間の中でも弱小なクソアマごときが偉そうに我輩に話しかけるとは。まあ、いい。封印を解いた礼として、しっかりブチ犯して殺してやる。人間など我輩たち天使の餌なのだから、凌辱されることを光栄に思えよ。ハハハ!!」


 そして、ユングは俺に向かって腕を構え、


「《ファイアロックフォール》!!」


 巨大な燃える石の弾丸を、俺に向かって無数に打ち出してきた。

 レベル一四〇の土系スキルだ。


「レベル一四〇を超える 《炎土天使》の我輩に勝てるものかよ!」


 ハハ、とユングは笑いながら、勝ち誇っている。だが、


「――」


 俺が何をするでもなく、幻影の武器が岩をガードした。


「は?」


 幻影武器の特性だ。自動攻撃だけではなく、自動で相手の攻撃も防御する。

 それを見て、ユングは口をぽかんと開けた。そして、俺はその間抜けな隙を見逃してやるほどの忍耐はない。


「もう一度言う。お前はここで消えろ。――レベル150、雷魔法 《ライトニング・ファルク》」

「え……?」


 俺が魔法で打ち出した雷撃の大鎌が、ユングの腕を斬り落とした。

 岩でできた体から、灼熱の溶岩があふれだす。


「わ、吾輩の腕……! き、キサマ、コノヤロオオオオオ!」

「痛いか? でも、その痛みの何倍もの辛さを、レインは味わっていたんだよ」


 だからこの位お返ししてもいいはずだ。そう思っていると、


「コロス!」


 叫んだユングの身に、一斉に周囲の岩石が集まっていく。そしてユングの体を巨大化させた。

 あっというまに、全長二十メートルほどに膨れ上がる。


 灼熱色の岩で出来た体と、灼熱の翼を持つ姿になった。


 ……ああ、レイドで良く見る姿になったな。


 だが、俺は焦らない。

 デバッグ時代に既に何度も戦っているのだから。

 知識は、既にあるのだ。


 ゲームと攻略法が同じであればそれでいい。それなら問題なく倒せる。


 ただ、仮に同じでなかったとしても、気持ちは変わらない。


 ……例えどうあっても倒してやる……!


 そうでなきゃ、あの子が悲しんだままなんだから。

 かつての俺が育て上げて、今の俺を助けてくれたあの子が、泣いてしまうんだ。だから、何度でも決意を言ってやる。


「――天魔王ユング。俺の大切な者の為に、お前を消すぞ」

「オ・オ・オオオオオオオオオオオオ!! 《グランド・ヒートシェイク》!!」


 俺の戦意に答えるように、ユングは叫ぶ。

 地面を殴って、スキルを使ってきた。

 レベル一四〇の天魔専用のスキルだ。

 

 ユングの腕から溶岩が放たれると同時に、大地に強烈な揺れが走る。

 そして周辺の木々や岩石を砕きながら、衝撃と溶岩の波が勢いよく襲い掛かってくる。


 ……ちっ、ゲーム中では、巨大化して十秒間はスキルを使ってこなかったんだがな。

  

 いきなり夢の中の知識とは違う動きだ。

 だが、関係ない。


 ……俺だって、ゲーム中とは、動きが違うんだからな!


「――《幻影武器展開》!」


 俺は体の周りを浮遊していた光の武器を階段状に置いていく。

 剣の腹や、槍の柄を足場に一気に空中へ駆け上がっていく。

 幻影武器の耐荷重性は抜群で、俺一人くらいならば余裕で持ち上げられる。


 地面を溶岩と衝撃波が這おうとも、空中ならば関係ない。

 そして初撃を避けたのならば、あとはやる事も決まっている。


 ……こいつを攻略するには、いくつかの方法がある。


 天魔王ユングは体力を五割以上削ると全身を溶岩と化し、打撃ダメージを半減させてくるという特性を持つ。

 自動回復効果まで付き、毎秒一定値ずつ回復してしまう厄介なボスだ。


 だから、打倒方法はパターンがある。

 多人数で挑むときは、とにかく飽和攻撃で、自動回復よりも早く削りきる。それがレイドボスとしての正攻法。

 

 そして、ソロや少人数で挑む時に行うのは――


「――超威力による一撃必殺。さあ、喜べケリュケイオン。ココが、お前の、初めて活躍する場所だ」


 俺は右手に杖を握りしめる。

 未実装で終わってしまった伝説の武器、ケリュケイオンにも《奥義》スキルがきちんと存在する。

 それは俺がデバッグプレイヤーとして、バランスを調整して組み立てた技だ。


 ……ああ、そうだ。これは、ひと月に一回しか使えないというデメリットを付けなければならないほどに、威力重視で強力なモノだ。


 だから今こそ、それを振るう。

 

「俺が育て上げたこの力で、俺の大切なものを守るために……」

 

 俺は声を放ち、杖を掲げる。


「魔を射抜け、伝説の武器ケリュケイオンよ。――奥義 《マガツ・カンナ・アマル》!」


 瞬間、掲げた杖から巨大な雷球が生まれた。

 それは即座に天に向かって伸びていき、巨大な雷光の一本槍が完成する。


 それを見たユングは身を戦かせて驚愕した。


「ナ、ンデ、人間の癖に、伝説の、カミのミワザを使える……!?」


 何を言っているのかは良く分からないが、そんな事は今、どうでもいい。

 今すべきは攻撃のみ。


「あの子のために、お前は消えろ……!」

「ぬ、オオオオオオオ! 《グランド・ヒートシェイク》!!!」


 抵抗するように、俺に向かって溶岩と衝撃の波を放ってくるが、関係ない。

 俺は、雷光の槍を思い切り、ユングの頭めがけて振り下ろした。

 巨大な一本槍はそのまま、溶岩の波を打ち破り、燃える巨体にぶち当たり、


「こっ、こんなことガアアアアアアアア……!?」


 一瞬のうちに、大地ごとユングの体を引き裂いていった。



「断末魔まで小物とは……。まあ、デバッグの知識を活かして倒せたのは良かったけどな」


 真っ二つに引き裂かれた天魔王ユングの体は、砂のように崩れていった。

 細かな光の粒子となって、虚空に消えていく。


 ユングが消えるまで一分も掛らなかった。

 そして、ユングが立っていた場所に突き立っているのは、一本の剣だ。


 それはとても見覚えのある、一振りの赤い剣――『レーヴァテイン』がそこにあった。

 ステータス看破を発動させて、触れてみれば、


【錆つきつつも舞い戻った伝説の武器・炎の天魔王を封印せしレーヴァテイン (レジェンド):LV150】


 しっかり、馴染みのある名前が表示された。

 余計な前文が付いていたり、レベルの方は若干下がっているけれど、それでも見覚えのある剣がそこにある。

 

「ああ、ちゃんと、この状態でドロップしてくれるんだな」


 俺は苦笑しながら、かつての俺が育てていたレーヴァテインを手にした。


 その後で、背後を向く。

 戦闘の余波は広範囲におよび、林の木々はほぼ全てが吹っ飛んでいた。

 

 とても見晴らしが良くなっている。


 視線の先には、俺とレインが住んでいた家があり、そして、


「――」


 レインがいた。

 林の木々が無くなったことで、彼女の顔が良く見える。

 同時に彼女も、俺の姿をずっと見ていたのだろう。


「……ら、ラグナ……さん……」


 レインは、俺の名前を呼びながら、フラフラとした動きで駆け寄ってくる。

 時折こけながらも、確実にこっちに歩いてくる。

 目には沢山の涙が浮かんでおり、擦って涙を止めようとしているが、それでも溢れ出ているようだ。


 俺もレインに近づいていく。


 彼女を慰めるような言葉は、正直持っていない。

 ただ、それでも、これだけは言える。そう思って口を開いた。


「待たせて悪かったな、レイン。ようやく君を、取り戻せたよ」


 言葉を出した瞬間、レインは俺の体に勢いよく抱きついてきた。

 柔らかで軽い感触が胸元に入ってくる。そして、


「ら、ラグナ、さん。わ、私はずっと、貴方を、待ってました…………!」


 彼女は俺の胸で、ひたすら、嗚咽を混じらせて泣いていた。


 その泣き声は、今までで一番、大きかった。

 眼からあふれる涙は、今までで一番多かった。


 ただ、涙を流すその表情は、今まで一番、悲しみを感じさせないものだったんだ。

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