第3話

 立てつけの悪い庵の扉を開くと、木の軋むいやな音がして、中の薄暗がりが口をひらいた。磨り減った丸太の敷居を飛び越え、イルスは中に入っていった。

 暗さに眼が慣れる前に、イルスは甲冑の擦れ合う音を聞きつけて、緊張した。眼を細めて玄関の土間を見回すと、金属と黒光りする革で身を鎧った、屈強な兵たちの、訝しげにこちらを見上げている視線とぶつかった。

 兵たちは、土間の壁に凭(もた)れて座っていた。暑気にうんざりした顔が、闖入者でも見るような目で、イルスを見上げてくる。だが、すぐに兵のうちの一人が、イルスの額に額冠(ティアラ)があるのに気づき、弾かれたように立ちあがった。

「殿下に敬礼!」

 6人いる兵たちは、次々と立ちあがって、右の胸板を拳で軽く叩き、軍靴の踵(かかと)を打ち鳴らした。イルスは思わず、たじろいだ。抱えた魚篭(びく)からは、潮の匂いと魚の血が、生臭く臭っている。まだ生き長らえていた魚が、ビクビクと跳ね回るのが感じられた。

「ご無礼の段、深くお詫びいたします。何卒お許しください」

 敬礼したまま、兵士のうちの一人が言った。イルスは答えに困って、ただ苦笑した。

 見た目にもどうということのない普段着で、しかも魚くさいときたら、誰がみてもこの辺りの漁師の子とでも思うにちがいない。イルスは、そう思われても別にそれで良かった。兵たちが自分に敬礼する理由など、何一つ無い。額冠(ティアラ)を着けているのは、そんな事のためではない。

「イルスか?」

 庵の奥から、機嫌の良い師匠の大声が聞こえた。

「戻りました」

 少しほっとしながら、イルスは応えた。

「奥へ来い、客人に釣果を見せろ」

 師匠の声に促されて、イルスは玄関を抜け、庵の奥へと入っていった。

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