第2話

 走って戻ると、庵の前には何頭かの馬が繋がれていた。桶に水をもらって、首を垂れている馬たちは、どれも立派な鞍をつけた軍馬だ。そこらで荷車を引いてるような、見慣れた馬たちとは毛並みが違う。

 古い岸壁のあとをくり貫いて作った庵は、外から見ると、洞窟のような陰気さがある。不足な壁だけは、集落の建物と同じように白漆喰で塗られたものが作り足されていて、黒々とした岩盤と見比べると、目がくらむほど眩しい。ついこの前、近隣の集落の好意で塗りかえられたばかりだ。それまで壁を這っていた蔓植物も一掃されて、真新しい白さがいやに目に付く。

 日ごろ、滅多に人の出入りのない庵に、今日にかぎって、そこはかとない活気があった。こういう雰囲気は、壁の塗り替えの時以来だ。

 イルスは馬の体に触れてみた。どれもまだ、うっすらと汗をかている。つい先刻、足を休めたばかりだ。

 どうやら、予定の来客が、約束より早く着いたらしい。

 イルスが触れると、馬たちは迷惑そうに耳を震わせたが、よく躾られてて、抗う気配もなく、相変わらず大人しく水を飲んでいる。イルスは笑いを浮かべて馬の肩を軽く叩いた。

 軍馬に乗れるのは、軍の正規兵のなかでも、それなりの階級のあるものだ。中でも、庵の一番近くに繋いである茶斑の馬は、かなりの名馬のようだった。身分のある客が来ているのだ。

 イルスが通りすがりに首を叩くと、茶斑の馬は、穏やかな深い瞳をイルスに向けた。

 その馬の鞍に、黄色い花が一輪、ガクから先だけになって留まっているのに、イルスは気づいた。馬の乗り手が、通りすがりに見つけて摘んできたのだろうか。浜辺でみた波間の花に、良く似ている。

 この季節、たまに風にのって花や種が飛んでくることがある。客人にはそれが珍しかったのだろうか。軍馬の背に花が飾ってあるのがおかしく、イルスは薄く笑った。

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